2026年3月31日火曜日
【新宗教・新興宗教解説】ほんぶしんー「ほんみち」の教祖・大西愛次郎の次女・大西玉が創設した分派系教団
【新宗教・新興宗教解説】ほんぶしんー「ほんみち」の教祖・大西愛次郎の次女・大西玉が創設した分派系教団
1. 基本データ
創始者 大西玉 おおにしたま 1916-69年教団内での呼称 みろく、天啓者・みろく
本部 岡山市神崎町
後継者 武田宗真(たけだそうしん)
呼称:甘露台 昭和44年〜
現在 近藤道哉(文化庁登録情報)
創立年 1961年 天理みろく会 ほんみち内に設置
大西玉を天啓者・みろく、とする。
法人化 昭和41年 宗教法人法による法人化
信徒数 90万人(1997年)
名称変遷
1961年 天理みろく会
1962年 ほんぶしん
2. 大西玉と「ほんぶしん」の足跡年表
1916年(大正5年)11月19日、創始者となる大西玉、誕生ほんみちの創始者の大西愛治郎とトヲの次女。
* 元々は天理教徒であった大西愛次郎。天理教の創始者中山みきの言葉「ことしから三十年たちたなら なはたまひめ もとのやしきへ」(『泥海古記』)にちなみ、大正5年に生まれた愛娘に中山みきの魂が宿ると信じて、名を「玉」とした。
* 教団内では「玉姫様」と呼ばれる。教団の発展に寄与。
1947年 大西玉、ほんみち信徒宅(京都)にて教義研究に専念
ほんみちの教義の不滅性を説いた「天啓御教書」執筆。
1958年 大西愛次郎、逝去。
大西玉、天啓者みろくとの自己意識を持つ。
1961年 ほんみち内にて、「天理みろく会」を発足。
大西玉を天理教の教祖中山みきの生まれ変わりとし、
彼女を天啓者・みろくとする「天理みろく会」発足。
大西玉、『宇宙本体論』を発表。
1962年 ほんみち執行部と教義論争が生じ、「ほんみち」から独立
教団名を「ほんぶしん」に改称。
* 当初、ほんみち本部近くの大阪府高石市羽衣の信徒宅に拠点。後、大西玉の健康上の理由により、塩尻市に移転。
1969年、現在の本部がある岡山市神崎町に移る。
信徒の多くが関西在住のため。
1969年、大西玉、心筋梗塞により逝去
同年、天啓者・甘露台とされた武田宗真が後継者に。
本部近くに神山御苑が建立される。一般参拝可能。
1978年 聖地神山開山。人間の生命・誕生の根源である甘露台設置
* 公式HPより「かつて教祖中山みき様は『将来建立される石造りの甘露台は、完全な露天にあり。まわりには参拝所のごとき建物は一切ない。四面見通しの中に立つのである』」
1982年 神山御苑に隣接して、墓苑の神山清浄苑が建設される
1994年 再生殿(於神山清浄苑)ー人間再生の祈りの場、建立
* 長野県塩尻市には、「甘露の里 長野」が建設されている。
* ハワイには、「元点祈りの場」建立。世界の祈り場所のシンボル
3. 教義と実践
* 天理教とほんみち、ほんぶしんの位置付け天理教を道理上の大元。ほんみちは、本家出現までの仮屋。
天理教の教祖中山みきは、ほんぶしんにとっての教祖でもある
* ほんぶしんに祀られている神
月日御両神様(つきひごりょうじんさま)
天地創造時の陰陽二種の力、不滅にして完全な二つの力
* 平和マーク 神山の甘露台の場を象徴したデザイン。「外側の丸い円は、月日御両神様の御心とお働き(火・水・風=十全の御守護)を表しています。」(公式HP)
* 聞行(もんぎょう):聞いて行う、実践的態度を重視
* 善導:自分と人を正しく神の教えに導く
* 勇魂の言霊(ゆうこんのことだま):勇気のある魂が発する霊的に力ある言葉。人を神の教えへと向かわせる奮起の言葉。
* 聞き添え:個々人が抱える悩みについての諭し
* ひのきしん 労働奉仕 ーー天理教と共通
【キリスト教解説】「イースター」(復活祭)—意味、名称由来、移動祝祭日
1. 意味、概要
2. 名称の由来
8世紀のイングランドの修道士・歴史家 ベーダ(Bede) が著書『自然の計算(De temporum ratione)』の中で、 4月は春の女神エオストレの名に因んで古英語でエオストル月と呼ばれ、 キリスト教徒はこの時期の祭りを「Easter」と呼ぶようになったと述べている。
3. イースターの日付の設定法と移動祝祭日
- 最も早い日付:3月22日
- 最も遅い日付:4月25日
- 灰の水曜日(イースターの46日前)
- 受難日(Good Friday)(直前の金曜日)
- 昇天日(39日後)
- 聖霊降臨祭(ペンテコステ)(49日後)
4. 西方教会と東方教会で日付が異なる理由
- 西方教会(カトリック・プロテスタント):グレゴリオ暦
- 東方教会(正教会):ユリウス暦を基準に計算
5. イースターの象徴—卵とウサギ
- 卵=「イースターエッグ」:命の象徴として、中世時代のヨーロッパで広まった。
- ウサギ=「イースターバニー」:ゲルマン系民俗では多産のために生命の象徴とされていたウサギがイースターに転用され、これがアメリカに伝わり流通した。これもまた、異教文化がキリスト教文化と融合した一例である。
【宗教学解説動画】デーモン(Demon)とサタン(Satan)の違い—悪魔学と悪魔論の違い
ーーーレジュメーーー
【宗教学】デーモン(Demon)とサタン(Satan)の違い
1 用語の問題
・用語上、「悪魔」と呼ばれて、一緒くたにされて使われている場合も多いが…
デーモンは、Demon 広く悪魔的、魔物的、悪霊的存在
サタンは、 Satan 聖書に登場するサタン
サタン=神に敵対(シャイターン)する元・天使とよくされる
→サタンは旧約、新約聖書で言及 ーキリスト教概念
旧約聖書に登場 ー旧約を共有するユダヤ教、イスラム概念
・これに伴い、その「学」の呼称、内容についても相違あり
悪魔「学」 Demonology ー広く悪魔的、魔物的存在
悪魔「論」 Satanology
ーキリスト教、ユダヤ教、イスラムにおける「サタン」
*使い分けが意識されていないケースもあり。
2 悪魔(Demon)
・ざっくり、魔物、悪霊、霊的存在、神的存在もろもろ。
・ギリシャ語の「ダイモーン」(神的、霊的存在の意)に由来。
必ずしも人間にとって悪の存在とは限らない。善の働きも。
同様に、天狗も悪的な妖怪的存在である一方、中立的。
・初期キリスト教時代
キリスト教が、ローマや欧州、東方の多様な多神教的世界観の魔物を取り込む。
悪魔の意味合いが、悪的存在へと傾斜していく。
=ラテン語におけるDaemonのニュアンス
・古代時代から中世時代にかけて
聖書的な絶対悪としての存在であるサタンと、デーモンが融合していく。
意味合いの変遷例:1 上級サタンの手下が、下級デーモン
神学者により、悪魔界の序列という世界観形成が進む
→悪魔に関する説を研究する学=狭義の「悪魔論」
3 サタン(悪魔、Satan)
・聖書(旧約聖書、新約聖書)で言及される「サタン」
ヘブライ語で、神に敵対的な意味を持つ「シャイターン」が語源
キリスト教、および旧約聖書を共有するユダヤ教、イスラムに必然的に限定。
・聖書におけるサタン、神学者などの論 =×悪魔「学」 ⚪︎悪魔「論」
神学者の例:エイレナイオス、テルトゥリアヌス、オリゲネス、
アウグスティヌスなど
・上述のように、サタンとデーモンの意味合いの用例的な融合が進む。
サタンがデーモンであったり、デーモンが悪霊であったり…。
4 サタンと悪魔の性質上の違い
・悪魔は基本的には、魔物的で恐怖の存在となっていったが、絶対悪でもない
・サタンは基本、絶対悪。(上記の天狗のように例外的な伝承があるかも)
神に敵対し、人間に誘いをかけ、神から引き離していく存在。絶対悪。
・魔物的な悪魔や悪霊は、人間に直接的(物理的・精神的)な危害を加える
他方、サタンは人間を唆して神から引き離すため、原則、危害は加えない。
ただし、後代の伝承過程で、デーモンとサタンが融合してくと、その限りでなし
【目次】キリスト教史(教会史)関連
【解説動画】
【キリスト教史解説】ヒッポリュトス ー教父、対立教皇、サベリウス主義批判
【キリスト教史解説】聖遺物、聖遺物崇敬ー「聖人の遺物をゲットだぜ」
【キリスト教史】テルトゥリアヌスー最初の西方ラテン教父、三位一体論の祖
【キリスト教史解説】モナルキアニズムー養子説と様態説ー三位一体の否定、キリストの神性否定
【キリスト教史解説】ユグノー戦争(1562 98年)ー宗教戦争の仮面を被った貴族間政治闘争
【キリスト教史解説】新約聖書の正典化と、新約文書の並び順の形成プロセス
ーー初期キリスト教時代ーー
前21頃-後39年 ヘロデ・アンティパス
後30-101年 ローマのクレメンス
ーー古代教会時代ーー
【キリスト教史】新約聖書の正典化と、新約文書の並び順の形成プロセス(動画)
(古代教会における聖書)「正典」の確定 信条の形成 シモニア(聖職売買)
70/82-156/168年 ポリュカルポス 2世紀初期 エビオン派 エビオン派福音書
100頃-163/167年 ユスティノス
?-170 霊的な熱狂的終末論者モンタヌス(モンタノス)とモンタニズム(動画)
2世紀頃 ヒエラポリスのパピアス
?-258 ラウレンティウス
2世紀中葉 モンタヌス・モンタヌス主義 Montanism / Montanus
2世紀中葉 マルキオン
160頃-220年以降 テルトゥリアヌス 130頃-202年頃 リヨンのエイレナイオス
200頃-258年 キプリアヌス 293頃-373年 アタナシオス
240頃-320頃 ラクタンティウス
3世紀前半から中葉 モナルキアニズム
312-14年 ドナティスト論争(ドナトゥス派)
325年 第1ニカイア公会議/原ニカイア信条
カパドキアの神学者たち(翻訳、ヤング『ニケアからカルケドンへ』)
330頃-379 バシレイオス 342頃-420年 ヒエロニムス
ーー中世時代ーー
テーマ的項目
675年頃-749年頃 ダマスコのヨアンネス
1265年頃-1308年 ヨハネス・ドゥンス・スコトゥス
11世紀-15世紀中葉 十字軍
ーー宗教改革時代ーー
15世紀 人文主義
1482-1531年 エコランパディウス
1483-1546年 マルティン・ルター
1491-1551年 マルティン・ブツァー
1500年代前半以降 再洗礼派
1504-1575年 ヨハン・ハインリヒ・ブリンガー
1509-64年 カルヴァン
1511-53年 セルヴェトゥス
1515-63年 カステリヨン
1524-25年 ドイツ農民戦争
1534年- アングリカンチャーチ(英国国教会)
1545年- 対抗宗教改革 1555年 アウクスブルク宗教和議
16世紀 改革派教会 Reformed Church
1618-48年 三十年戦争
1618-9 ドルトレヒト会議
1635-1705年 シュペーナー
1836- ディアコニッセ
説教や聖書研究をする人のための聖書注解 マタイ25:1-13
説教や聖書研究をする人のための聖書注解
マタイ25:1-13
マタイ25:1
- 原文: Τότε ὁμοιωθήσεται ἡ βασιλεία τῶν οὐρανῶν δέκα παρθένοις, αἵτινες λαβοῦσαι τὰς λαμπάδας ἑαυτῶν ἐξῆλθον εἰς ἀπάντησιν τοῦ νυμφίου.
- 私訳:そのとき、天の国は十人の処女たちに似せられるであろう。彼女たちは自分たちのともしびを取って、花婿を迎えに出て行った。
- 新共同訳: 「そこで、天の国は次のようにたとえられる。十人のおとめがそれぞれともし火を持って、花婿を迎えに出て行く。
注解
- ὁμοιωθήσεται(似せられるであろう):未来受動。
- 「おとめ」: παρθένοι:未婚の若い女性。ギリシャ語のこの語は純潔的な意味を持つが、元々のユダヤ的背景では、未婚・結婚前の女性の意。
- 「ともしび」( λαμπάδες):松明型のともしび。油補充が必要。小型オイルランプ( λύχνος)とは別物。
- εἰς ἀπάντησιν:名詞 ἀπάντησις(女性名詞)の対格単数形。語源は ἀντάω/ἀπαντάω(出会う、迎える)。
マタイ25:2
- πέντε δὲ ἐξ αὐτῶν ἦσαν μωραί καὶ πέντε φρόνιμοι.
- 私訳:そのうち5人は愚かであり、5人は賢かった。
- 新共同訳: そのうちの五人は愚かで、五人は賢かった。
注解
- 「愚かさ」(μωραί):信仰的な鈍感さ(土台の上の家の例え、7:26を参照)。
- 「賢い」( φρόνιμοι):思慮深い者(7:24を参照)。
- マタイ特有の「賢い/愚か」の対比。未来の予見、日頃の準備が焦点。
マタイ25:3–4
- 原文: αἱ γὰρ μωραὶ λαβοῦσαι τὰς λαμπάδας αὐτῶν, οὐκ ἔλαβον μεθ’ ἑαυτῶν ἔλαιον· αἱ δὲ φρόνιμοι ἔλαβον ἔλαιον ἐν τοῖς ἀγγείοις μετὰ τῶν λαμπάδων αὐτῶν.
- 私訳:愚かな者たちは、ともしびを取ったが、自分たちと共に油を取らなかった。しかし賢い者たちは、ともしびと共に予備器の中に油を取った。
- 愚かなおとめたちは、ともし火は持っていたが、油の用意をしていなかった。 4 賢いおとめたちは、それぞれのともし火と一緒に、壺に油を入れて持っていた。
注解
- 「油」(ἔλαιον):これが何を象徴しているかは複数考えられ、信仰、信仰に基づく生活、聖霊などを挙げ得る。前述の通り、焦点は日頃の備え「いつ来てもいいように」。
- ἀγγεῖον:油の予備容器。
マタイ25:5
- 原文: χρονίζοντος δὲ τοῦ νυμφίου ἐνύσταξαν πᾶσαι καὶ ἐκάθευδον.
- 私訳:花婿が遅れている時、皆はうとうとし、眠った。
- 新共同訳: ところが、花婿の来るのが遅れたので、皆眠気がさして眠り込んでしまった。
注解
- χρονίζοντος: 動詞: χρονίζω(遅れる、長引く) 現在分詞・能動態・属格・単数・男性。
- νυμφίος(花婿):属格・単数・男性。 χρονίζοντος と共に独立属格を形成。
- 初期キリスト教時代における再臨遅延問題を反映。
- 全員眠る点が重要で、皆が同じ状況に置かれている中で、決定的な差が生じるという展開。
マタイ25:6
- 原文:μέσης δὲ νυκτὸς κραυγὴ γέγονεν· ἰδοὺ ὁ νυμφίος, ἐξέρχεσθε εἰς ἀπάντησιν αὐτοῦ.
- 私訳:真夜中に叫びが起こった。「見よ、花婿だ。迎えに出よ。」
- 新共同訳:真夜中に『花婿だ。迎えに出なさい』と叫ぶ声がした。
注解
- 「叫ぶ声」(κραυγή):「叫び声」主格・単数・女性 → 主語
- γέγονεν:動詞 γίγνομαι(起こる、生じる)完了形・能動態・直説法・三人称単数。
- 「真夜中」(μέσης νυκτός):夜の只中。予期しない時の突然性を表す。終末の突然性を強調(24:44)。
マタイ25:7–8
- 原文: τότε ἠγέρθησαν πᾶσαι αἱ παρθένοι ἐκεῖναι καὶ ἐκόσμησαν τὰς λαμπάδας ἑαυτῶν. αἱ δὲ μωραὶ ταῖς φρονίμοις εἶπαν· Δότε ἡμῖν ἐκ τοῦ ἐλαίου ὑμῶν, ὅτι αἱ λαμπάδες ἡμῶν σβέννυνται.
- 私訳:そこでそのおとめたちは皆起きて、自分のともしびを整えた。愚かな者たちは賢い者たちに言った。「あなたがたのオリーブ油を少し私たちにください。私たちのともしびは消えかけています。」
- 新共同訳: そこで、おとめたちは皆起きて、それぞれのともし火を整えた。愚かなおとめたちは、賢いおとめたちに言った。『油を分けてください。わたしたちのともし火は消えそうです。』
注解
- ἠγέρθησαν: 動詞ἐγείρω(起こす)。直説法・受動態・アオリスト・3人称複数。
- ἐκόσμησαν: 動詞κοσμέω(整える、飾る)。直説法・能動態・アオリスト・3人称複数。
- σβέννυνται: 動詞σβέννυμι(消す)。直説法・受動態(または中動態)・現在。現在形は現在進行中の意味が強いから「消えつつある」という意。⠀
マタイ25:9
- 原文:ἀπεκρίθησαν δὲ αἱ φρόνιμοι λέγουσαι· Μήποτε οὐ μὴ ἀρκέσῃ ἡμῖν καὶ ὑμῖν· πορεύεσθε μᾶλλον πρὸς τοὺς πωλοῦντας καὶ ἀγοράσατε ἑαυταῖς.
- 私訳: しかし賢い者たちは答えて言った。「私たちにもあなたがたにも足りなくなるかもしれません。売る人のところへ行って、自分たちのために買いなさい。」
- 新共同訳:賢いおとめたちは答えた。『分けてあげるほどはありません。それより、店に行って、自分の分を買って来なさい。』
注解
- Μήποτε:「もしかすると〜しない」否定の可能性の副詞。
- ἀρκέσῃ: 動詞ἀρκέω。接続法・能動態・アオリスト・3人称単数。
- 「オリーブ油」の代理は不可能。再臨を見据えた営みは、人に分け与えることはできない。
マタイ25:10
- 原文:ἀπερχομένων δὲ αὐτῶν ἀγοράσαι ἦλθεν ὁ νυμφίος, καὶ αἱ ἕτοιμοι εἰσῆλθον μετ’ αὐτοῦ εἰς τοὺς γάμους, καὶ ἐκλείσθη ἡ θύρα.
- 私訳:彼女たちが買いに行っている間に、花婿が来た。準備のできていた者たちは彼と共に婚宴に入り、そして戸は閉ざされた。
- 新共同訳:愚かなおとめたちが買いに行っている間に、花婿が到着して、用意のできている五人は、花婿と一緒に婚宴の席に入り、戸が閉められた。
注解
- ἀπερχομένων: 動詞ἀπέρχομαι(去る、離れて行く)。分詞。現在・中動態・属格・女性・複数。
- ἀγοράσαι: 動詞ἀγοράζω(買う)。不定詞・アオリスト・能動態。
- ἐκλείσθη: 動詞κλείω(閉める)。直説法・受動態・アオリスト・3人称単数。受動態なので「戸は閉められた。」時がくれば、自分で開け閉めはできない。終末の不可逆性。
マタイ25:11–12
- 原文:ὕστερον δὲ ἔρχονται καὶ αἱ λοιπαὶ παρθένοι λέγουσαι· Κύριε κύριε, ἄνοιξον ἡμῖν. ὁ δὲ ἀποκριθεὶς εἶπεν· Ἀμὴν λέγω ὑμῖν, οὐκ οἶδα ὑμᾶς.
- 私訳:後になって他の処女たちも来て言った。「主よ、主よ、私たちに開けてください。」 しかし彼は答えて言った。「アーメン、私はあなたがたに言う。 私はあなたがたを知らない。」
- 新共同訳:その後で、ほかのおとめたちも来て、『御主人様、御主人様、開けてください』と言った。12しかし主人は、『はっきり言っておく。わたしはお前たちを知らない』と答えた。
注解
- ὕστερον:副詞。「後で」「その後」。
- ἄνοιξον:動詞ἀνοίγω(開ける)。命令法・能動態・アオリスト・2人称単数。
- Κύριε κύριε:7:21「主よ、主よ、と言う者が皆、天の国に入るわけではない」と対応関係。物語中の愚かな女たちと、教会における備えのなかった者が重ね合わせられている。
- οὐκ οἶδα ὑμᾶς:「あなたがたを知らない」関係性の否定。「あなたがたとは関係ない」
- 物語中の「ご主人様」「主」は、再臨のキリストを表している。新共同訳のように「ご主人様」と訳すと、対応関係が見えにくくなる。
マタイ25:13
注解
- γρηγορεῖτε:命令形・現在。継続的覚醒。24:42と対応。終末講話全体の中心主題。
- 「その日、その時を知らない」:これも中心的主題。「時の予知」は不可能、だからこそ、いつ来てもいいように備えを。メッセージ内容は、単純至極。
<この注解に基づく説教の結びの言葉の一例>
遅れて戻ってきたおとめたちは叫びます。「主よ、主よ、開けてください」。しかし返ってきたのは、「私はあなたがたを知らない」という関係の否定でした。ここで語られる「主」は、単なる物語上の主人ではなく、再臨のキリストその方です。だからこそ、この言葉は私たちの胸に重く響きます。神の愛は深いものですが、それに甘えてしまう、「愛ゆえの甘え」には注意したいものです。
説教や聖書注解をする人のための聖書注解 マタイ24:45-51「忠実な僕と悪い僕」
説教や聖書注解をする人のための聖書注解
マタイ24:45-51「忠実な僕と悪い僕」
概要
マタイ24:45
- 原文: Τίς ἄρα ἐστὶν ὁ πιστὸς δοῦλος καὶ φρόνιμος, ὃν κατέστησεν ὁ κύριος ἐπὶ τῆς οἰκετείας αὐτοῦ, τοῦ διδόναι αὐτοῖς τὴν τροφὴν ἐν καιρῷ;
- 私訳: それでは、誰が忠実で思慮深い僕であるか?それは、主人が自分の家の使用人たちの上に任命した、時間で彼らに食物を与える者である。
- 新共同訳: 「主人がその家の使用人たちの上に立てて、時間どおり彼らに食事を与えさせることにした忠実で賢い僕は、いったいだれであろうか。
注解
- πιστός::信仰と訳される語であるが、本来は忠実、信頼を表す語。
- πιστόςと φρόνιμος(思慮深い):この組み合わせは、マタイ10:16「蛇のように賢く、鳩のように純真でありなさい」と似ている。無用に深く考えすぎずに委ねる姿勢と、そうでありながらも思慮深いという、場合によっては矛盾する事柄同士の組み合わせ。
- 「僕(使用人)」:奴隷とも訳される。教会では、「神の僕」という意味から転じて、教会の指導的立場を表す場合もある。
- 「時間で」:「適切な時に」とも訳されるが、ここではおそらく「時間で」一定期間ごとに給料が支払われることを意味すると思われる。
- 「家の使用人たち」:この箇所では、教会指導者によって運営される教会共同体を指すのだろう。
- 教会を表す比喩とすれば、「食物」は霊的な食物、すなわち神の言葉を教えることを表すことになる。
マタイ24:46
- 原文: μακάριος ὁ δοῦλος ἐκεῖνος ὃν ἐλθὼν ὁ κύριος αὐτοῦ εὑρήσει οὕτως ποιοῦντα.
- 私訳:幸いなるかな、そのしもべは。その主人が来た時、そのようにしているのを見出されることになる者は。
- 新共同訳: 主人が帰って来たとき、言われたとおりにしているのを見られる僕は幸いである。
注解
- μακάριος:山上の説教(5章)の祝福宣言に繋がる言い回し。
- 「来た時」(帰ってきた時):主の再臨の時を表す。その時がいつかは分からないことが繰り返し強調されてきた。それがいつかを知るよりも、「まだ大丈夫」と思うことなく、いつも「忠実」であるべきことが強調されている。
マタイ24:47
注解
- καταστήσει:動詞 καθίστημι(任命する)の未来・3単
- 忠実さは、より大きな委任へと導く。25章のタラント譬えと主題的に繋がる。
マタイ24:48
- 原文: ἐὰν δὲ εἴπῃ ὁ κακὸς δοῦλος ἐκεῖνος ἐν τῇ καρδίᾳ αὐτοῦ· Χρονίζει μου ὁ κύριος,
- 私訳:しかし、もしその悪い僕がその心の中で言うならば——「わたしの主人は遅れている」と。
- 新共同訳: しかし、それが悪い僕で、主人は遅いと思い、
- κακὸς δοῦλος:悪い僕。「忠実な僕」と対比されている。
- Χρονίζει:「彼は遅れている。」マタイ福音書執筆時の再臨遅延問題を反映している可能性が高い。
マタイ24:49
- 原文:: καὶ ἄρξηται τύπτειν τοὺς συνδούλους αὐτοῦ, ἐσθίῃ δὲ καὶ πίνῃ μετὰ τῶν μεθυόντων,
- 私訳:そして、自分の共なる僕たちを打ち始め、また酔う者たちと共に食べ、かつ飲むならば。
- 新共同訳: 仲間を殴り始め、酒飲みどもと一緒に食べたり飲んだりしているとする。
注解
- ἄρξηται(~し始める):堕落が始まっていく転換点。
- τύπτειν:「打つ」ことで、暴力行為を示す。教会であれば、支配権を濫用し始めることか。
- ἐσθίῃ:動詞 ἐσθίω(食べる)現在接続法・3単
- πίνῃ:動詞 πίνω(飲む)現在接続法・3単
- τῶν μεθυόντων:μεθύω(酔う)の現在分詞・属格複数
マタイ24:50
- 原文:ἥξει ὁ κύριος τοῦ δούλου ἐκείνου ἐν ἡμέρᾳ ᾗ οὐ προσδοκᾷ καὶ ἐν ὥρᾳ ᾗ οὐ γινώσκει,
- 私訳:そのしもべの主人は、彼が予期していない日に、彼が知らない時刻に来ることになる。
- 新共同訳:もしそうなら、その僕の主人は予想しない日、思いがけない時に帰って来て、
注解
- ἥξει:動詞 ἥκω(来る、到着する)未来・3人称単数
- 予期しない時・知らない時は、マタイ24:36「その日、その時は誰も知らない」と対応関係にある。
マタイ24:51
- 原文: καὶ διχοτομήσει αὐτόν καὶ τὸ μέρος αὐτοῦ μετὰ τῶν ὑποκριτῶν θήσει· ἐκεῖ ἔσται ὁ κλαυθμὸς καὶ ὁ βρυγμὸς τῶν ὀδόντων.
- 私訳:そして彼を二つに切り裂き、その分け前を偽善者たちと共に置くであろう。そこでは泣くことと歯の歯ぎしりがあるであろう。
- 新共同訳: 彼を厳しく罰し、偽善者たちと同じ目に遭わせる。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。
注解
- διχοτομήσει:動詞 διχοτομέω(切り裂く、二つに分ける)未来・3単。「厳罰に処す」の比喩的表現。
- ὑποκριταί:偽善者。マタイに特徴的な用語の一つ。
- ὁ κλαυθμός:名詞「泣き叫び」
- ὁ βρυγμός:名詞「歯ぎしり」、 τῶν ὀδόντων:属格複数「歯の」。マタイ8:12、13:42など、マタイが描く終末的表現。
- 忠実な僕の任命(祝福)と悪い僕の断罪(呪い)の対比で締めくくられる。
<この注解に基づく説教の結びの言葉として>
主が思いがけない時に来られるという事実は、恐れではなく、希望と励ましです。なぜなら、主は私たちの忠実を決して見逃されないからです。だからこそ、私たちは今日も、与えられた場所で、与えられた人々に、与えられた務めをもって仕えていくのです。
主が来られるその日、私たちが「そのようにしている」のを見出されますように。
説教や聖書研究をする人のための聖書注解 マルコ6:6b-13
説教や聖書研究をする人のための聖書注解 マルコ6:6b-13 マルコ6:6b 原文:Καὶ περιῆγεν τὰς κώμας κύκλῳ διδάσκων. 私訳:そして彼は周囲の村々を巡りながら教えていた。 新共同訳:それから、イエスは付近の村を巡り歩いてお教えになった。...
-
ーーーレジュメーーー 【真如苑】「接心」について ー霊能者との対面カウンセリング 1 接心とは 霊能力を育成された指導者が、信徒と対面で行う相談的システム。 ・指導者が複数の信徒と行う形式や、一対一で行う形式などあり。 ・「接心」における様々な献立 ーーー以下、一対複数...
-
<AIによる内容の客観的説明> 安野貴博氏の経歴と仏教用語との関連性 「チームみらい」の中心人物・安野氏が関わった企業(ベドア/PKSHA Works、PKSHA Technology)の社名に、仏教由来の語が用いられている点を紹介。 真如苑系財団との接点の可能性 真...
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公式HPもなく、情報が限られていて、それでいてネット界隈ではしばしば謎の教団と噂されている「誠成公倫」について、教祖の八島義郎氏と教団の足跡、教義の基本について解説しています。 <再生リスト> 「新宗教・新興宗教」 https://www.youtube.com/playli...