序
1618-19年。オランダのドルトレヒトにおいて開催された教会会議。採択されたドルトレヒト信条は、オランダ改革派教会の信仰基準となり、アルミニウス派の主張を否定するカルヴィニズムの予定論を生み出した。別称、ドルト会議。
本文
アルミニウス派の予定論否定、ドルト信条採択
オランダのドルトレヒトにおいて開催された教会会議。そこで採択されたドルトレヒト規定(ドルトレヒト信条)は、オランダ改革派教会、オランダ系移民教会の信仰基準となっただけではなく、予定論を骨子としたカルヴィニズムの体系をもたらすに至った。別称、ドルト会議。議長は厳格なカルヴィニストであるレーワルデンのボーヘルマン(Jan Bogerman)。
予定論を否定するアルミニウス派と、ゴマルス派との神学論争の終結を同会議は志向していたが、同時に、オランダのスペインに対する外交政策を巡る政争も絡む。オランダを初め、ドイツ、スイス、イギリスの改革派教会からも26名が参加。オランダ国内代表はすべてゴマルス派。
アルミニウス派による予定論批判に対抗して
予定論を否定するアルミニウス派は、1610年にその主旨の宣言を発表。これに対抗して、同会議において、アルミニウス派の宣言の5項目に対応する5章構成の規定、すなわちドルト信条を採択。
日本基督一致教会による1878年の信条採択
日本との関わりでは、1878年、日本基督一致教会がこれを信仰規準の一つとして採用した。
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