レジュメ
0. はじめに:問題の所在
- 終末預言が外れても、信仰を保ち続ける人がいる
- 預言を再解釈し、むしろ信仰を強める人さえいる
- 本講で扱う3つの事例
- エホバの証人の「1975年」
- 末日聖徒イエス・キリスト教会の神殿建設の啓示
- 1844年の「大失望」(ミラー運動)
- 分析の視点:認知的不協和理論
1. 認知的不協和とは何か
1-1. 定義
- 信念と現実が食い違ったときに生じる心理的な緊張・不快感
- 体系化:レオン・フェスティンガー(米国の社会心理学者)
1-2. 不協和を小さくする方法
- 信念そのものを修正する
- 預言の意味を解釈し直す
- 外れた理由を新たに説明する
- 仲間との結びつきを強め、信念を支え合う
→ 矛盾に直面しても、信念を捨てるとは限らない
1-3. 『予言がはずれるとき』(1956年)
- UFOによる終末を予言した小集団を、研究者が身分を隠して観察
- 予言の失敗後、信者は外部への布教を活発化させた
- 解釈:支持者が増えれば不協和は和らぐ
1-4. 研究への批判
- 研究者の参加が集団の動きに影響した可能性
- 観察記録の信頼性への疑問
2. エホバの証人:1975年をめぐる期待
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1966 | 書籍『神の子たちの自由のうちに得る永遠の命』が、アダム創造から6000年の終わりを1975年とする年代計算を示す |
| 1966〜75 | 期待を高める記事が出版物に続く |
| 1975 | 何事もなく過ぎる |
| 1980 | 『ものみの塔』3月15日号が、一部の記述が望ましい以上に断定的だったことを認める |
- 組織は「1975年に世界が終わる」と公式に断言してはいない
- ただし期待を強める表現は存在した
- 反応は一様ではない:期待を修正して留まる人/離れる人
3. 末日聖徒イエス・キリスト教会:神殿建設の啓示
3-1. 啓示の内容
- 『教義と聖約』84章(1832年9月)
- ミズーリ州インディペンデンスに新エルサレムの都と神殿を建設
- 神殿を「この世代のうちに」建てる
3-2. その後の経緯
- 1833年末、信徒がジャクソン郡から追放され、神殿は建たず
- 『教義と聖約』124章:敵対者に妨げられた命令は求めない、との趣旨
- 教会の理解:神殿はいずれ建てられる
- 批判側:成就しなかった預言の例
- 補足:現地には分派コミュニティ・オブ・クライストの神殿(1994年献堂)があるが、84章の想定とは別の文脈
3-3. 分析の視点:区別すべき3つの層
- 当初の文書は何を述べたか
- 当時の人々は何を期待したか
- 後世にどんな解釈が生まれたか
4. 1844年の大失望
4-1. 経緯
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 当初 | ミラーがダニエル書を独自に計算し、1843年3月21日〜1844年3月21日の再臨を説く |
| 1844年3月 | 期限が過ぎる(1度目の失敗) |
| 1844年8月 | サミュエル・スノーが、贖罪の日(第七の月の十日)=10月22日と提示。「第七の月運動」が拡大し、ミラーも受け入れる |
| 1844年10月22日 | 再臨は起こらず=大失望 |
4-2. 再解釈
- 誤りは日付ではなく「その日に起こる出来事の理解」にあった
- 10月22日=天の聖所でのキリストの働きが新段階に入った日
- → 後のセブンスデー・アドベンチスト教会の教理へ
4-3. 注意点
- 心理的防衛だけでは説明できない(聖書解釈の伝統、宗教体験、共同体の再編成)
- ミラー派は複数の流れに分かれた。ミラー自身はSDAに加わっていない
5. なぜ信仰を維持するのか
- これまでの歩みを無意味にしたくない
- 長年の活動・献金・人間関係の変化
- 関連概念:努力の正当化、サンクコスト効果
- 預言の再解釈
- 意味の変更、成就時期の延期
- 集団への帰属
- 宗教は生活の基盤でもある
- 仲間との支え合いや布教が不協和を和らげる
- ただし、失敗をきっかけに離れる人もいる
- 信仰の継続は、教義への確信だけでなく生活環境・人間関係にも左右される
6. 宗教だけの問題なのか
- 身近な例
- 支持する政治家の失敗を認められない
- 投資の損失を認めず、資金をつぎ込む
- 計画を見直せず、損失を広げる
- 宗教的終末預言と同じ現象ではないが、「信念を手放す難しさ」は共通
- 「愚かだから信じ続ける」という説明は不十分
7. まとめ
- 3つの事例は預言の種類が異なる
- 共通して見えるのは、信念を修正・再解釈し、ときに手放す過程
- 人は矛盾に直面しても信念を捨てるとは限らない
- 理解には、心理と社会的環境の両面が必要
考えてみよう
預言が外れたとき、信者は何を守ろうとしているのか。
- 神への信仰か
- 指導者への信頼か
- 仲間とのつながりか
- 「自分の人生には意味があった」という確信か
参考文献
- L. フェスティンガー、H. W. リーケン、S. シャクター『予言がはずれるとき』水野博介訳、勁草書房、1995年(原著1956年)
- L. フェスティンガー『認知的不協和の理論』末永俊郎監訳、誠信書房、1965年(原著1957年)
- 『神の子たちの自由のうちに得る永遠の命』ものみの塔聖書冊子協会、1966年
- 『ものみの塔』1980年3月15日号
- 『教義と聖約』84章、124章