2026年4月9日木曜日

【目次】説教や聖書研究をする人のための聖書注解

 説教や聖書研究をする人のための聖書注解

マタイ福音書

22:15-22  22:23-33  22:34-40 22:41-46

23章

23:1-12  23:13-36(① 23:13-14、② 23:15、③23:16-22)  23:13-36(④23:23-24)  23:13-36(⑤23:25-26)  23:13-36(⑥23:27-28)  23:13-36(⑦23:29–36)  23:37-39

24章

24:1-2  24:3-14  24:15-28  24:29-31  24:32-35  24:36-44  24:45-51

25章

25:1-13  25:31-46

28章

28:1-10


マルコ福音書

3:20-30  3:31-35

4章

4:1-9  4:10-12  4:13-20  4:21-25  4:26-29

4:30-32  4:33-34  4:35-41

5章

5:1-20

6章

6:1-6a  6:6b-


ヨハネ福音書

15:26-27


ペトロの手紙二

1:16–21


2026年4月6日月曜日

【新宗教・新興宗教解説動画】2022年頃から数年間、突如として話題となった「ほんみち」関連情報のまとめ

 

【新宗教・新興宗教解説】2022年頃から数年間、突如として話題となった「ほんみち」関連情報のまとめ

「ほんみち」の概要、教祖 大西愛治郎の略歴については、こちらをご参照ください。https://youtu.be/xV9ot72s5-s(概要欄にリンクアドレス)

1. 2022年3月18日 泉南市男子中学生自殺事件

大阪府泉南市において、男子中学生がいじめなどを理由に自殺した事件。
2022年(令和4年)3月18日、大阪府泉南市内の中学校に在学していた当時中学1年生の男子生徒が、自宅近くで自殺した。男子生徒は小学校時代からいじめを受けており、学校や教育委員会にも相談していたほか、自殺する半年前には大阪弁護士会のLINE相談窓口にも相談していたという。また、自殺の背景には、担任からの暴力的指導もあったという。その後、遺族が市の第三者機関の「市子どもの権利条例委員会」を通じていじめの有無などについて検証を求めているにもかかわらず、市側が4ヶ月間にわたり事実上放置していた。

2.  2022年〜2024年 SNS中心に風評の高まり

  • 大阪・泉南市の高校進学率が低いことが話題となる。
  • 進学レベルの他、各家庭の経済レベルについても。
  • X(旧Twitter)で「ほんみち」が急速に話題となる。
主な論点
  • 泉南市の中学生の高校進学率が低い理由として、ほんみち信徒が親の家庭の存在が、SNSの投稿で拡散される。
  →進学率とほんみちとの因果関係などが囁かれ始める
  • ほんみち信徒家庭の進学や生活環境に関する体験談や噂がSNSで投稿される。

3. 2023年〜2025年 風評の過渡期

「ほんみち」が“やばい”とされる理由をまとめた記事が話題に。複数のブログ・まとめサイトが、「ほんみちの実態」を整理した記事を公開。Youtubeなどでも取り上げられる。

主な指摘内容(記事内で紹介されたSNS投稿・体験談)
  • 子どもの高校進学率が低い:高校進学は必要ないとする教団からの勧めがあるとか、強制ではないとする証言など
  • 大人は半月以上を教団関連の奉仕に費やすという証言
  定職が難しく、経済的にも困難になるという情報や証言。
  • 避妊具をつけずに自然に任せた妊娠・出産の重視。
  家計が苦しいのに子沢山という現実の情報、体験談など。
  • 恋愛結婚が制限されるという声:教団で相手を指定されるとか、強制ではないとする証言など
  • 某小学校の児童の3分の一は信徒の子供。
  • 生活困窮や自治体の対応不足を指摘する投稿も拡散。
  • 中学卒業後、奈良の十津川の教団施設で3年間入所。
  →花瀬山修道場(入山資格(試験)と定員あり)

看板の全文(読み取り)
ほんみち  花瀬山修道場
当地はほんみち修道場と称し 青年信徒の心身の修養と鍛錬の場としております。天地の理及び生々としてこれを教理の根本とする。ほんみちは、ここに修の聖域として 清浄なる山谷の保全にも力を注いでおります。以上の趣旨を了解の上、この地より奥への立ち入りを御遠慮願います。(詳細は滝川のほんみちへ)宗教法人 ほんみち

4. 2025年前半から後半 風評の終末期

長文解説記事や、Youtubeなどでの解説動画が多数現れる。SNSでの噂や不安に対し、歴史・教義・地域との関係を整理し、冷静な視点でリスクを分析した記事が公開。

記事の特徴
  • 天理教からの分派としての歴史を整理
  • SNSでの「進学率問題」「労働問題」などの噂を検証
  • 実際の生活上の問題点と、ネット上の偏見を分けて説明






2026年4月3日金曜日

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 「主と共に歩んだ人たち─四福音書が映し出す群像」全12回連載

(『信徒の友』2018年4月号ー2019年3月号所収)


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2026年4月1日水曜日

説教や聖書研究をする人ための聖書注解 マタイ25:31-46

説教や聖書研究をする人ための聖書注解

マタイ25:31-40


概要

 マタイ25章31–40節は、終末における「人の子」の再臨と最後の審判を描く場面である。ここでは、栄光の座に着くキリストが、すべての民族を前にして羊と山羊を分けるように人々を区別し、右に置かれた者には創世以前から備えられた神の国の相続が宣言される。その基準として示されるのは、飢えた者、渇いた者、よそ者、裸の者、病人、囚人といった「最も小さい者」への具体的な愛の行為である。
 本段落の中心的主題は、隣人愛の実践がキリストへの奉仕と同一視されるという点にある。行為者は、自らの行為がキリストに向けられたものであることを自覚していないが、キリストは「最も小さい者」と自らを同一化し、その愛の行為を「わたしにした」と宣言する。ここに、終末の審判における基準が、単なる宗教的知識や形式ではなく、日常の中で行われる具体的な愛の実践にあることが明確に示されている。

注解

  • 原文:Ὅταν δὲ ἔλθῃ ὁ υἱὸς τοῦ ἀνθρώπου ἐν τῇ δόξῃ αὐτοῦ καὶ πάντες οἱ ἄγγελοι μετ’ αὐτοῦ, τότε καθίσει ἐπὶ θρόνου δόξης αὐτοῦ·
  • 私訳:しかし、人の子がその栄光の中に来るとき、そしてすべての天使たちが彼と共にいる時、その時彼はその栄光の座に座るであろう。
  • 新共同訳:「人の子は、栄光に輝いて天使たちを皆従えて来るとき、その栄光の座に着く。


文法解析

  • Ὅταν(接続詞)「〜するとき」(時を表す接続法)
  • ἔλθῃ(動詞・アオリスト接続法能動3単)←ἔρχομαι「来る」
  • καθίσει(動詞・未来能動3単)←καθίζω「座る」

注解

  • 終末におけるキリストの再臨(パルーシア)が描かれている。
  • 「人の子」:ダニエル書の7章を背景にしており、世に審判をもたらす王的存在として降臨する。
  • 「栄光」:神の本質が光として表されていること。神の本質とは、例えば完全性、聖性、義、永遠性。キリストが神的栄光を帯びていることは、キリストが神的存在であることを示す。
  • 天使:キリストの随伴者。


マタイ25:32

  • 原文:καὶ συναχθήσονται ἔμπροσθεν αὐτοῦ πάντα τὰ ἔθνη, καὶ ἀφοριεῖ αὐτοὺς ἀπ’ ἀλλήλων ὥσπερ ὁ ποιμὴν ἀφορίζει τὰ πρόβατα ἀπὸ τῶν ἐρίφων,
  • 私訳:そしてすべての諸国民が彼の前に集められ、彼は彼らを互いから分けることになる。ちょうど羊飼いが羊を山羊から分けるように。
  • 新共同訳:そして、すべての国の民がその前に集められると、羊飼いが羊と山羊を分けるように、彼らをより分け、

文法解析

  • συναχθήσονται(未来受動3複)←συνάγω「集める」
  • ἀφοριεῖ(未来能動3単)←ἀφορίζω「分ける」
  • ποιμήν「羊飼い」

注解

  • 「すべての民族」:審判の世界性、普遍性。イスラエルに限定されない。
  • 羊と山羊の区別はパレスチナの牧畜文化に由来する。それまで混合した状態から、その時が来れば分離が為されることは不可避ということ。
  • 「羊を山羊から分けるように」:新共同訳では羊と山羊を分けるとあるが、原文では表示の通り。大勢の山羊の中に羊は紛れているというニュアンス。

マタイ25:33

  • 原文:καὶ στήσει τὰ μὲν πρόβατα ἐκ δεξιῶν αὐτοῦ τὰ δὲ ἐρίφια ἐξ εὐωνύμων.
  • 私訳:そして彼は羊をその右に、山羊を左に置くことになる。
  • 新共同訳:羊を右に、山羊を左に置く。

文法解析

  • στήσει(未来能動3単)←ἵστημι「立たせる/置く」

注解

  • 右は祝福・名誉を、左は不利・拒否を象徴する。
  • 羊と山羊の分離は、祝福と呪いへの分離。

マタイ25:34

  • 原文:τότε ἐρεῖ ὁ βασιλεὺς τοῖς ἐκ δεξιῶν αὐτοῦ· Δεῦτε οἱ εὐλογημένοι τοῦ πατρός μου, κληρονομήσατε τὴν ἡτοιμασμένην ὑμῖν βασιλείαν ἀπὸ καταβολῆς κόσμου·
  • 私訳:そのとき王は彼の右の者たちに言うことになる、「来なさい、わたしの父に祝福された者たちよ、あなたがたのために世界の基から備えられた王国を受け継ぎなさい。」
  • 新共同訳:そこで、王は右側にいる人たちに言う。『さあ、わたしの父に祝福された人たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい。

文法解析

  • ἐρεῖ:動詞λέγω(未来能動)「言う」
  • Δεῦτε:(命令)「来なさい」
  • εὐλογημένοι:εὐλογέω(完了受動分詞)「祝福する」
  • κληρονομήσατε:κληρονομέω(アオリスト命令)「相続する」

注解

  • 神が王として示され、祝福と救済も王からの褒章的に描かれ、委ねられるものは「王国」と表現されている。それは、天地創造以前から定められ、用意されているもの。

マタイ25:35

  • 原文:ἐπείνασα γὰρ καὶ ἐδώκατέ μοι φαγεῖν, ἐδίψησα καὶ ἐποτίσατέ με, ξένος ἤμην καὶ συνηγάγετέ με,
  • 私訳:なぜなら、わたしは飢えていた、そしてあなたがたは私に食べるものを与えた。渇いていた、そして飲ませた。よそ者であった、そして迎え入れた。
  • 新共同訳:お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、

文法解析

  • ἐπείνασα:πεινάω(アオリスト)「飢える」
  • ἐδώκατε(アオリスト)←δίδωμι「与える」
  • ἐδίψησα←διψάω「渇く」
  • συνηγάγετε←συνάγω「迎え入れる」

注解

  • 挙げられている慈善的行為は、律法の中心であり、イエスも重視した隣人愛の実践項目。

マタイ25:36

  • 新共同訳:γυμνὸς καὶ περιεβάλετέ με, ἠσθένησα καὶ ἐπεσκέψασθέ με, ἐν φυλακῇ ἤμην καὶ ἤλθατε πρός με.
  • 私訳:裸であった、そしてあなたがたは着せた。病気であった、そして見舞った。牢にいた、そしてあなたがたは私のもとに来た。
  • 新共同訳:裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたからだ。』

文法解析

  • περιεβάλετε:περιβάλλω「着せる」
  • ἠσθένησα:ἀσθενέω「弱る/病む」
  • ἐπεσκέψασθε:ἐπισκέπτομαι「訪ねる」
  • ἤλθατε:ἔρχομαι「来る」

注解

  • 本節での隣人愛の実践項目は、訪問系が中心。対象人物との関係性が持続されている。当時、収監された者と会うことは容易で、関係者が囚人の世話をすることはよく行われていた。

マタイ25:37

  • 原文:τότε ἀποκριθήσονται αὐτῷ οἱ δίκαιοι λέγοντες· Κύριε, πότε σε εἴδομεν πεινῶντα καὶ ἐθρέψαμεν, ἢ διψῶντα καὶ ἐποτίσαμεν;
  • 私訳:そのとき義人たちは彼に答えて言うであろう、「主よ、いつ私たちはあなたが飢えているのを見て養ったでしょうか、また渇いているのを見て飲ませたでしょうか。」
  • 新共同訳:すると、正しい人たちが王に答える。『主よ、いつわたしたちは、飢えておられるのを見て食べ物を差し上げ、のどが渇いておられるのを見て飲み物を差し上げたでしょうか。

文法解析

  • ἀποκριθήσονται:ἀποκρίνομαι(未来受動)「答える」
  • εἴδομεν:ὁράω(アオリスト)「見る」

注解

  • 祝福される側の羊たちが、「義人」と呼ばれている。
  • 善行が無意識的に行われたことが焦点であるが、無意識かどうかというよりも、行為の対象がキリストと同化していることを気づかないという構図。あるいは、自己目的なのかそうではないか、ということも重要だろう。相手をキリストと思って善行せよ、というメッセージに繋がる。

マタイ25:38

  • 原文:πότε δέ σε εἴδομεν ξένον καὶ συνηγάγομεν, ἢ γυμνὸν καὶ περιεβάλομεν;
  • 私訳:いつあなたをよそ者として見て迎え入れたでしょうか、また裸で見て着せたでしょうか。
  • 新共同訳:いつ、旅をしておられるのを見てお宿を貸し、裸でおられるのを見てお着せしたでしょうか。

文法解析

  • συνηγάγομεν:συνάγω(アオリスト)

注解

  • 隣人愛の対象がキリストと同化されている。行為する側は、相手がキリストであることに気づいてないという構図。

マタイ25:39

  • 原文:πότε δέ σε εἴδομεν ἀσθενοῦντα ἢ ἐν φυλακῇ καὶ ἤλθομεν πρός σε;
  • 私訳:いつあなたが病気であるのを、あるいは牢にいるのを見て、あなたのもとに行ったでしょうか。
  • 新共同訳:いつ、病気をなさったり、牢におられたりするのを見て、お訪ねしたでしょうか。』

文法解析

  • ἀσθενοῦντα(現在分詞)←ἀσθενέω
  • ἤλθομεν←ἔρχομαι

マタイ25:40

  • 原文:καὶ ἀποκριθεὶς ὁ βασιλεὺς ἐρεῖ αὐτοῖς· Ἀμὴν λέγω ὑμῖν, ἐφ’ ὅσον ἐποιήσατε ἑνὶ τούτων τῶν ἀδελφῶν μου τῶν ἐλαχίστων, ἐμοὶ ἐποιήσατε.
  • 私訳:そして王は答えて彼らに言うであろう、「まことにあなたがたに言う、これらの最も小さいわたしの兄弟の一人にしたことは、わたしにしたのである。」
  • 新共同訳:そこで、王は答える。『はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。』

文法解析

  • ἐποιήσατε:ποιέω(アオリスト)「する」
  • ἐλαχίστων:(最上級)「最も小さい」

注解

  • キリストは「最も小さい者」と同化されている。
「最も小さい者」とは誰か:
  1. 「兄弟」=弟子(教会内部)
  2. 「すべての貧しい者」とする普遍的倫理説
 いずれか特定し難いが、終末時に重視されることは、それまでの隣人愛の実践であることが明示されている。

マタイ 25:41

  • 原文:Τότε ἐρεῖ καὶ τοῖς ἐξ εὐωνύμων· Πορεύεσθε ἀπ’ ἐμοῦ, κατηραμένοι, εἰς τὸ πῦρ τὸ αἰώνιον τὸ ἡτοιμασμένον τῷ διαβόλῳ καὶ τοῖς ἀγγέλοις αὐτοῦ·
  • 私訳:「そのとき、左の者たちにも言うことになる。『わたしから離れて行け、呪われた者どもよ、悪魔とその使いたちのために備えられている永遠の火へ。』」

文法解析

  • ἐρεῖ(λέγω)未来・能動・直説法・3単:「彼は言うことになる」
  • Πορεύεσθε(πορεύομαι)現在・中動(受動形)命令法・2複:「行け/立ち去れ」
  • κατηραμένοι(καταράομαι)完了・中受動分詞・主格複:「呪われた状態にある」
  • ἡτοιμασμένον(ἑτοιμάζω)完了・受動分詞・対格単:「備えられた」

注解

  • 裁きの第二群(「左の者たち」)への宣告。「右/左」の対比は古代の象徴体系において「祝福/拒絶」を意味する。
  • 「呪われた者」(κατηραμένοι)は単なる宣告ではなく、すでにその状態にある存在を指す完了分詞であるから、生前の段階で既に神との関係が断絶した状態、それが改めて宣言され、固定化されるという事態。

マタイ 25:42

  • 原文:ἐπείνασα γὰρ καὶ οὐκ ἐδώκατέ μοι φαγεῖν, ἐδίψησα καὶ οὐκ ἐποτίσατέ με,
  • 私訳:「というのも、わたしは空腹であったが、あなたがたは食べるものをわたしに与えなかった。渇いていたが、わたしに飲ませなかった。」

文法解析

  • ἐπείνασα(πεινάω)アオリスト・能動・直説法・1単:「私は空腹であった」

注解

  • 不作為(消極性)の罪が強調されている。何か不正をしたという積極的な行為ではなく、行わなかったことが裁きの根拠となっている点が特徴的。

マタイ 25:43

  • 原文:ξένος ἤμην καὶ οὐ συνηγάγετέ με, γυμνὸς καὶ οὐ περιεβάλετέ με, ἀσθενὴς καὶ ἐν φυλακῇ καὶ οὐκ ἐπεσκέψασθέ με.
  • 私訳:「旅人であったが、あなたがたはわたしを迎え入れなかった。裸であったが、着せなかった。病気であり、また牢にいたが、訪ねなかった。」

文法解析

  • συνηγάγετε(συνάγω)アオリスト・能動・直説法・2複:「迎え入れた(否定)」
  • ἐπεσκέψασθε(ἐπισκέπτομαι)アオリスト・中動・直説法・2複:「訪ねた(否定)」

注解

  • ユダヤ的倫理において、旅人・貧者・病人への配慮は善行の典型例。ここではそれが終末論的基準へと昇格している。

マタイ 25:44

  • 原文:τότε ἀποκριθήσονται καὶ αὐτοὶ λέγοντες· Κύριε, πότε σε εἴδομεν πεινῶντα ἢ διψῶντα ἢ ξένον ἢ γυμνὸν ἢ ἀσθενῆ ἢ ἐν φυλακῇ καὶ οὐ διηκονήσαμέν σοι;
  • 私訳:「そのとき、彼ら自身も答えて言うであろう。『主よ、いつ私たちは、あなたが空腹であるの、渇いているの、旅人であるの、裸であるの、病気であるの、牢にいるのを見て、あなたに仕えなかったのでしょうか。』」

文法解析

  • διηκονήσαμεν(διακονέω)アオリスト・能動・直説法・1複:「仕えた(否定)」

注解

  • 義人の場合(25:37)と同様、無自覚性が強調されている。

マタイ 25:45

  • 原文:τότε ἀποκριθήσεται αὐτοῖς λέγων· Ἀμὴν λέγω ὑμῖν, ἐφ’ ὅσον οὐκ ἐποιήσατε ἑνὶ τούτων τῶν ἐλαχίστων, οὐδὲ ἐμοὶ ἐποιήσατε.
  • 私訳:「そのとき彼は彼らに答えて言うであろう。『まことに、あなたがたに言う。これらの最も小さい者の一人にしなかった限り、わたしにもしなかったのである。』」
文法解析
  • ἐλαχίστων(ἐλάχιστος)最上級・属格複:「最も小さい者たちの」
注解
  • 「最も小さい者」(ἐλάχιστοι)は、マタイにおける重要用語の一つ。①一般的貧者、②弟子共同体、③宣教者などの議論がある。いずれにせよ、キリストと他者の同一視が中心。

マタイ 25:46

  • 原文:καὶ ἀπελεύσονται οὗτοι εἰς κόλασιν αἰώνιον, οἱ δὲ δίκαιοι εἰς ζωὴν αἰώνιον.
  • 私訳:「そして、これらの者たちは永遠の刑罰へ行き、しかし義人たちは永遠の命へ行く。」

文法解析

  • ἀπελεύσονται(ἀπέρχομαι)未来・中動・直説法・3複:「去って行くであろう」
  • κόλασιν(κόλασις)対格単:「刑罰」

注解

  • この節は全体の結論であり、「永遠の刑罰」と「永遠の命」の対称的並行法が見られる。「永遠」は、神的属性の語で、時間的無限というよりも、時間の超越を暗示する。ここでは、不変の決定事項という意味合いを持つと理解される。

<ここまでの注解に基づいた説教の結びの言葉として>

 主イエスは、終わりの日にご自身の栄光の座に着き、すべての民を前にして羊と山羊を分けると語られました。そこでは、私たちがどれほど大きな業を成し遂げたかではなく、どれほど静かに、どれほど自然に、隣人に愛を示したかが問われます。
飢えた者に食べ物を与え、渇いた者に飲み物を与え、よそ者を迎え入れ、裸の者に衣を与え、病む者や囚われた者を訪ねる――これらは決して特別な行為ではありません。むしろ、日常の中で見過ごされがちな、小さな愛の実践です。しかし主は、その「最も小さい者」に向けられた愛を、「わたしにしてくれた」と言われます。
 つまり、私たちが出会う一人ひとりのうちに、主ご自身が隠れておられるのです。私たちが気づかぬままに行った愛の行為は、主の前では決して忘れられることがありません。終末の審判とは、恐れの場ではなく、主が私たちの中に働かれた愛を明らかにする場なのです。
 だからこそ、私たちは今日も、目の前に置かれた小さな隣人愛を大切にして歩みたい。相手が誰であれ、その人のうちに主がおられると信じて仕えるとき、私たちはすでに神の国を生き始めています。
「これらの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。」

<ここまでの注解に基づいた説教の結びの言葉として>
 主イエスは、終わりの日にご自身の栄光の座に着き、すべての民を前にして羊と山羊を分けると語られました。そこでは、私たちがどれほど大きな業を成し遂げたかではなく、どれほど静かに、どれほど自然に、隣人に愛を示したかが問われます。
飢えた者に食べ物を与え、渇いた者に飲み物を与え、よそ者を迎え入れ、裸の者に衣を与え、病む者や囚われた者を訪ねる――これらは決して特別な行為ではありません。むしろ、日常の中で見過ごされがちな、小さな愛の実践です。しかし主は、その「最も小さい者」に向けられた愛を、「わたしにしてくれた」と言われます。
 つまり、私たちが出会う一人ひとりのうちに、主ご自身が隠れておられるのです。私たちが気づかぬままに行った愛の行為は、主の前では決して忘れられることがありません。終末の審判とは、恐れの場ではなく、主が私たちの中に働かれた愛を明らかにする場なのです。
 だからこそ、私たちは今日も、目の前に置かれた小さな隣人愛を大切にして歩みたい。相手が誰であれ、その人のうちに主がおられると信じて仕えるとき、私たちはすでに神の国を生き始めています。
「これらの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。」

2026年3月31日火曜日

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ーさ行ー

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【新宗教・新興宗教解説】ほんぶしんー「ほんみち」の教祖・大西愛次郎の次女・大西玉が創設した分派系教団

 

【新宗教・新興宗教解説】ほんぶしんー「ほんみち」の教祖・大西愛次郎の次女・大西玉が創設した分派系教団

 1. 基本データ

創始者 大西玉 おおにしたま 1916-69年
    教団内での呼称 みろく、天啓者・みろく
本部 岡山市神崎町
後継者 武田宗真(たけだそうしん)
    呼称:甘露台 昭和44年〜
    現在 近藤道哉(文化庁登録情報)
創立年 1961年 天理みろく会  ほんみち内に設置
    大西玉を天啓者・みろく、とする。
法人化 昭和41年 宗教法人法による法人化
信徒数 90万人(1997年)
名称変遷
 1961年 天理みろく会
 1962年 ほんぶしん

 2. 大西玉と「ほんぶしん」の足跡年表

1916年(大正5年)11月19日、創始者となる大西玉、誕生
 ほんみちの創始者の大西愛治郎とトヲの次女。
* 元々は天理教徒であった大西愛次郎。天理教の創始者中山みきの言葉「ことしから三十年たちたなら なはたまひめ もとのやしきへ」(『泥海古記』)にちなみ、大正5年に生まれた愛娘に中山みきの魂が宿ると信じて、名を「玉」とした。
* 教団内では「玉姫様」と呼ばれる。教団の発展に寄与。

1947年 大西玉、ほんみち信徒宅(京都)にて教義研究に専念
 ほんみちの教義の不滅性を説いた「天啓御教書」執筆。

1958年 大西愛次郎、逝去。
 大西玉、天啓者みろくとの自己意識を持つ。

1961年 ほんみち内にて、「天理みろく会」を発足。
     大西玉を天理教の教祖中山みきの生まれ変わりとし、
     彼女を天啓者・みろくとする「天理みろく会」発足。
                大西玉、『宇宙本体論』を発表。
 
1962年 ほんみち執行部と教義論争が生じ、「ほんみち」から独立
     教団名を「ほんぶしん」に改称。
* 当初、ほんみち本部近くの大阪府高石市羽衣の信徒宅に拠点。後、大西玉の健康上の理由により、塩尻市に移転。

1969年、現在の本部がある岡山市神崎町に移る。
     信徒の多くが関西在住のため。

1969年、大西玉、心筋梗塞により逝去
     同年、天啓者・甘露台とされた武田宗真が後継者に。
     本部近くに神山御苑が建立される。一般参拝可能。

1978年 聖地神山開山。人間の生命・誕生の根源である甘露台設置
* 公式HPより「かつて教祖中山みき様は『将来建立される石造りの甘露台は、完全な露天にあり。まわりには参拝所のごとき建物は一切ない。四面見通しの中に立つのである』」 

1982年 神山御苑に隣接して、墓苑の神山清浄苑が建設される

1994年 再生殿(於神山清浄苑)ー人間再生の祈りの場、建立

* 長野県塩尻市には、「甘露の里 長野」が建設されている。
* ​ハワイには、「元点祈りの場」建立。世界の祈り場所のシンボル

 3. 教義と実践

* 天理教とほんみち、ほんぶしんの位置付け
   天理教を道理上の大元。ほんみちは、本家出現までの仮屋。
   天理教の教祖中山みきは、ほんぶしんにとっての教祖でもある

* ほんぶしんに祀られている神
  月日御両神様(つきひごりょうじんさま)
  天地創造時の陰陽二種の力、不滅にして完全な二つの力

* 平和マーク  神山の甘露台の場を象徴したデザイン。「外側の丸い円は、月日御両神様の御心とお働き(火・水・風=十全の御守護)を表しています。」(公式HP)

* 聞行(もんぎょう):聞いて行う、実践的態度を重視
* 善導:自分と人を正しく神の教えに導く
* 勇魂の言霊(ゆうこんのことだま):勇気のある魂が発する霊的に力ある言葉。人を神の教えへと向かわせる奮起の言葉。
* 聞き添え:個々人が抱える悩みについての諭し
* ひのきしん 労働奉仕 ーー天理教と共通

【キリスト教解説】「イースター」(復活祭)—意味、名称由来、移動祝祭日

 


1. 意味、概要

 イースターは、キリストの復活を記念して祝われるキリスト教の重要な祭日。

2. 名称の由来

 名称の由来についてはゲルマン神話の春の女神(元来は夜明けの女神)「エオストレ(Ēostre)」に由来するという説が主流。

 8世紀のイングランドの修道士・歴史家 ベーダ(Bede) が著書『自然の計算(De temporum ratione)』の中で、 4月は春の女神エオストレの名に因んで古英語でエオストル月と呼ばれ、 キリスト教徒はこの時期の祭りを「Easter」と呼ぶようになったと述べている。
 要するに、ゲルマン民族における異教の春祭りの名称が、キリスト教の復活祭に転用されたということになる。

3. イースターの日付の設定法と移動祝祭日

 クリスマスが毎年12月25日と固定されているのに対し、イースターは 春分(教会暦では3月21日と固定され、天文学的な春分とは一致しない)以降に訪れる最初の満月の次の日曜日 と定められており、毎年日付が変動する。
 この規定は、325年に開催されたキリスト教史上初の全教会会議である ニカイア公会議 において取り決められたもので、当時、地域によって異なっていたイースターの日付を統一することが目的であった(14日に祝う習慣の地域もあった)。
 この日付決定には、太陽暦(春分)と太陰暦(満月)という異なる暦体系が組み合わされている。これは、イエスの受難と復活がユダヤ教の過越祭(Pesach)の時期と深く結びついているためである。過越祭はユダヤ暦(太陰太陽暦)に基づいており、その伝統を部分的に継承したキリスト教は、太陽暦と太陰暦の双方を参照する独自の計算方法を必要とした。この複雑な暦法的・天文学的計算は コンプトゥス(Computus) と呼ばれる。
 移動するイースターの日付の振れ幅は以下の通り。
  • 最も早い日付:3月22日
  • 最も遅い日付:4月25日

 イースターのように日付が毎年変動する祝日は 移動祝日(movable feast) と呼ばれる。イースターはその代表例であり、さらにイースターを基準として、受難日や聖霊降臨祭(ペンテコステ)など、多くの教会暦上の祝日が連動して動くため、教会暦全体の中心軸の役割を果たしている。
  • 灰の水曜日(イースターの46日前)
  • 受難日(Good Friday)(直前の金曜日)
  • 昇天日(39日後)
  • 聖霊降臨祭(ペンテコステ)(49日後)

4. 西方教会と東方教会で日付が異なる理由

イースターの日付は、西方、東方、それと連動しての教派によって異なる。
  •  西方教会(カトリック・プロテスタント):グレゴリオ暦
  • 東方教会(正教会):ユリウス暦を基準に計算
暦法の違いにより、「春分」や「満月」の取り扱い法が異なるため、日付がずれることがある。

5. イースターの象徴—卵とウサギ

  • 卵=「イースターエッグ」:命の象徴として、中世時代のヨーロッパで広まった。
  • ウサギ=「イースターバニー」:ゲルマン系民俗では多産のために生命の象徴とされていたウサギがイースターに転用され、これがアメリカに伝わり流通した。これもまた、異教文化がキリスト教文化と融合した一例である。

【目次】説教や聖書研究をする人のための聖書注解

 説教や聖書研究をする人のための聖書注解 マタイ福音書 22 :15-22    22:23-33    22:34-40   22:41-46 23章 23:1-12    23:13-36(① 23:13-14、② 23:15、③23:16-22)    23:13-36(④...