2026年2月28日土曜日

【仏教】「日蓮正宗」ー日蓮、日興、そして創価学会・池田大作氏との対立、破門宣告

 


日蓮正宗(にちれんしょうしゅう)


1 基本データ

  • 宗祖日蓮(1222–1282年)

  • 開祖(二祖)日興(1246–1333年)

    • 日蓮の直弟子・六老僧の一人

    • 日蓮正宗では「日蓮の唯一の正統継承者」と位置づけられる

  • 本尊:大御本尊(だいごほんぞん)

  • 経典妙法蓮華経(法華経)

    • 一切衆生の仏性と成仏可能性を説く大乗経典

    • 日蓮は「南無妙法蓮華経」の題目を唱える実践を中心とした

  • 総本山大石寺(静岡県富士宮市)


2 日興と日蓮正宗の形成

(1)日興の生涯と立場

  • 1246年、駿河国に生まれる

  • 日蓮に師事し、晩年まで側近として活動

  • 1279年、「大御本尊」建立に関与(宗門伝承による)

  • 1282年、日蓮入滅直前に後継者として指名されたとするのが日蓮正宗の立場

日興は他の六老僧(五老僧)と決別し、自らを日蓮の正統継承者と自認した。


(2)大石寺の建立と富士門流

  • 1290年、南条時光の支援により大石寺を建立

  • 日蓮建立とされる「大御本尊」を同寺に安置

  • 1298年頃をもって、日興門流(富士門流)の基盤が確立

日興の系統は、後に富士山周辺で寺院群を形成する。


(3)富士五山

日蓮正宗の伝統に基づく主要寺院群:

  • 大石寺

  • 北山本門寺

  • 西山本門寺

  • 小泉久遠寺

  • 下条妙蓮寺

これらを総称して「富士五山」と呼ぶ。


3 近代以降の組織的展開

(1)明治維新後の再編

明治政府は仏教教団の統合を推進。
日蓮系諸派は大きく二系統に分かれる:

  • 一致派

  • 勝劣(しょうれつ)派

大石寺は勝劣派に所属。


(2)教団名称の変遷

  • 1876年:富士五山ほか諸寺により「日蓮宗興門派」結成

  • 1899年:「本門宗」に改称

  • 1912年:「日蓮正宗」と改称

ここに現在の宗派名が確立する。


4 創価学会との関係と決別

  • 在家信徒団体として創価学会が所属

  • 特に池田大作会長(のち名誉会長)の時代に急拡大

しかし、

  • 教義理解や指導体制をめぐる対立

  • 組織中心主義への批判

  • 指導者の言動をめぐる緊張

などから関係が悪化。

1991年、日蓮正宗は創価学会を破門。

以後、両者は完全に分離。
創価学会側は日蓮正宗を形式主義的と批判し、宗門側は教義逸脱を問題視した。

【新約聖書学小論】ヨハネ福音書における共観福音書資料の編集意図と神学的再構成

【新約聖書学小論】ヨハネ福音書における共観福音書資料の編集意図と神学的再構成
 
序論
 1. ヨハネ福音書と共観福音書の文献的関係――五つのモデルと研究史的展開
 本題の考察を進めるにあたり、まずヨハネ福音書と共観福音書の文献的関係を整理する必要がある。この問題は新約学において困難な課題の一つとされ、今日に至るまで決定的な定説はない。
 両者の関係をめぐる議論は、研究史上、おおむね次の五つのモデルに整理することができる[1]
 (1) 独立モデル
 本モデルは、ヨハネ福音書の著者自身も、その背後に想定される伝承層も、共観福音書を一切知らなかったとする立場である。両者の類似点は、初期キリスト教世界に広く分散して存在していた口頭伝承に由来すると説明される。この立場は20世紀初頭のヨハネ研究において支配的であり、ヨハネ福音書の独自性を強調する傾向と結びついていた。
 (2) 伝承層レベルでの共観福音書的影響モデル
 この立場では、ヨハネ福音書の最終的著者は共観福音書を前提としていないが、ヨハネ福音書成立以前の伝承資料の段階において、すでに共観福音書的伝承、あるいはそれと重なり合う伝承が存在していたと想定する[2]
 (3) 二次的口承伝承モデル
 本モデルは、初期ヨハネ共同体において、礼拝などの場で共観福音書が朗読され、その内容が再び口頭伝承化されたと想定する。こうして形成された「口頭化された共観福音書伝承」が、ヨハネ福音書の成立に間接的影響を与えたと理解される。この立場では、ヨハネは共観福音書を文書として直接参照したのではなく、礼拝での朗読などの共同体的実践を通して媒介された形で認識されていたと想定する。
 (4) 最終編集段階での共観使用モデル
 本モデルは、ヨハネ福音書の最終編纂段階、特にヨハネ21章を含む編集過程において、編纂者が共観福音書を知り、それを部分的に利用したとする立場である。ヨハネ福音書の初期層に共観福音書的影響を想定する説とは異なり、文献的依存を最終編集段階に限定する点に特徴がある。
 (5) 著者自身による共観福音書の認識モデル
 本モデルでは、ヨハネ1-20章の著者が、マルコ福音書およびルカ福音書を知っていたと想定する。ただし、それは逐語的・機械的な文献依存ではなく、共観福音書を参照しつつ、独自の神学的構想に基づいて意識的に再構成したと理解される。この方向性を示した研究者として、Raymond E. Brown、大貫隆、田川建三[3]、ゲルト・タイセン[4]、Mark W. G. Stibbe などが挙げられる[5]。Brown は、ヨハネ福音書の著者(あるいは共同体)が共観福音書、もしくはそれに極めて近い伝承形態を部分的に知っていた可能性を否定せず、ヨハネ福音書を共同体史的展開の中で理解した[6]。大貫は、マタイとルカにおけるマルコに対する編集句が、ヨハネ福音書の受難物語に観察されることを理由に、直接的にであれ間接的にであれ、ヨハネは共観福音書を前提としていると述べている[7]。Stibbe は、物語論的分析を通して、ヨハネ福音書が共観福音書の物語世界を前提としつつ、それを神学的に再語りしていると主張した[8]。同様にFrancis J. Moloneyも、ヨハネ福音書を共観的イエス伝承の神学的再解釈として位置づけている[9]
 以上の五つのモデルとそれに対応する研究史は、ヨハネ福音書と共観福音書の関係を、単純な文献的依存の有無ではなく、伝承の共有、媒介、再構成という多層的プロセスとして理解する視座を提供している。近年の研究動向では、ヨハネ福音書が共観福音書に直接依存していることを証明することは困難であるとの認識が広がっている。しかし、物語構造、語彙、主題などの共通性と相違性を総合的に検討するならば、ヨハネが共観福音書をまったく知らずに福音書という文学形式を独自に創出したと想定することもまた困難である。よって、ヨハネは何らかの形で共観福音書を認識していたとする立場が、現在では比較的有力である[10]
 
2. 本章の目的
 本章の目的は、ヨハネ福音書が共観福音書の物語および神学を意識的に再構成している可能性を明らかにすることにある。すなわち、ヨハネの共観福音書に対する態度が、単なる対抗や排除ではなく、自らの地域教会の状況に即して福音書を再提示しようとする「協働的」姿勢であったことを論証する。
 すなわち、ヨハネ福音書は共観福音書を前提としつつ、それを否定するのではなく、独自の神学的深化と再定位を通して再解釈し、当該共同体にふさわしい形で再提示している。本章の主眼は、この再構成の具体的様態とその神学的意図を明らかにすることにある。
 この目的のため、本章では、ヨハネ福音書が共観福音書の存在を前提として意図的な修正を施していると考えられる箇所を取り上げ、その意図と神学的方向性を分析する。検討は、以下の四つの観点から行う。
1. 物語配置の修正
 出来事の時系列・位置づけを変更、また、記事自体を変更することで、物語全体の神学的焦点を再構成している点を扱う。
2. 神学的用語・神学的焦点の修正
 共観福音書の概念(例、「神の国」)を別のもの(例、「永遠の命」)に置換するなど、神学的枠組みの再構成を検討する。
3. 人物像の修正
 主要人物の描かれ方の違いを通して、ヨハネ独自の神学的意図を探る。
4. 受難物語の再神学化
 受難叙述における時間構成、王権モチーフ、十字架理解の相違を通して、ヨハネが共観的受難理解をどのように神学的に深化させたかを検討する。
 以上の分析を通して、ヨハネ福音書を共観福音書との対立的関係に置くのではなく、相互参照的かつ神学的対話の中で形成された文書として位置づけることを試みたい。
 
1. 物語配置の修正
 まず、物語配置の修正という観点から検討する。
1.1. 宮清め(マタイ21:12-17、マルコ11:15-18、ルカ19:45-48 // ヨハネ2:13-22
1.1.1 配置の相違——終盤から冒頭へ
 共観福音書(マタイ・マルコ・ルカ)において、宮清めはエルサレム入城直後に配置され、宗教指導者との対立を決定的にし、神殿体制との緊張を頂点に導く出来事として描かれている。物語構造上、それは受難へと至る決定的契機として機能している。
 これに対し、ヨハネ福音書では同じ出来事が公生涯の最初期(2章)に置かれている。もしヨハネが共観福音書の伝承を何らかの形で認識していたとすれば、この配置転換は単なる編集上の偶然ではなく、意図的な神学的再構成と理解すべきである。以下では、この配置転換の意図を検討する。
1.1.2 ヨハネが配置を変更した理由:主要な学説
1.1.2.1 宮清めの史実的位置づけ
 かつては「宮清めは二度行われた」とする調和的解釈も提唱された。しかし、現在ではほとんど支持されていない。宮清めは一度限りの出来事であり、受難直前に起こったとする見立てが一般的である。その主な理由は以下の通り。
・ヨハネ福音書は成立時期において後発の可能性が高く、先行する先行する共観福音書の伝承を知った上で再配置したと理解するのが合理的である。
・もし宮清めが公生涯の初期に起こったと仮定すれば、神殿体制との対立は即座に深刻化し、その後のエルサレムでの活動が継続できたとは現実的ではないと考えられる。
 以上を踏まえるならば、宮清めは史実としては受難直前に位置づけられる出来事であり、ヨハネが神学的意図に基づいて物語冒頭へと移動させたと考える方が合理的である。
1.1.2.2. ヨハネの神学的意図——イエスを「真の神殿」として提示する
 現在有力な解釈によれば、ヨハネが宮清めを冒頭に配置した理由は、イエスこそが真の神殿であるという神学的主張を、福音書の序盤で提示するためである。共観福音書では、「この神殿を壊してみよ。三日で建て直す」という言葉は、受難物語において敵対者の発言として提示される(マルコ14:58他)。しかしヨハネでは、この言葉が公生涯の初期にイエス自身の発言として提示され(ヨハネ2:19)、さらに「それは自分のからだの神殿を指して言った」と注釈が加えられる(2:21)。すなわち、共観福音書においては歪曲された証言として現れる言葉が、ヨハネにおいては啓示的発言として再構成されている。
 ヨハネ福音書は、物語の初頭からイエスのアイデンティティを明示的に提示する傾向を持つ。冒頭の「言(ロゴス)」宣言(1:1)に始まり、「神の子」(1:34)、「世の光」(1:9)といった称号が早期に提示される構造はその典型である。宮清めもまた、その延長線上において、イエスの本質を象徴的に示す出来事として配置されていると理解できる。
 これに対しマルコ福音書では、イエスの正体は十字架に至るまで段階的に明らかにされる構造を持つ(いわゆる「メシアの秘密」)。ヨハネはこの物語構造を意図的に反転させ、イエスの本質を早期に開示する神学的構成を採用していると考えられる。 このように、ヨハネは宮清めを単なる「受難の原因」としてではなく、福音書全体のキリスト論的主題を先取りする象徴的出来事として再構成している。
 ヨハネがマルコの構成を知っていたとすれば、ヨハネはマルコの「メシアの秘密」には競合的な位置に立つ一方、洗礼者ヨハネから始まり十字架へと向かう全体の物語構成は継承しているので、その態度は「協働的」と表現すべきだろう。
 
1.2. 受難死の日付の変更
1.2.1. 受難死の日付をめぐる共観福音書とヨハネ福音書の相違
 共観福音書は、イエスが弟子たちと共に過越の食事をとった後に逮捕され、十字架刑に処されたと報告している。この叙述に従えば、イエスの死はニサン月15日に位置づけられる。
 これに対してヨハネ福音書は、イエスの十字架刑を「過越祭の準備の日(ニサン月14日)」に置いている(ヨハネ19:14)。この設定によれば、過越の小羊が屠られる時刻にイエスが死を迎えるという構図が成立する。ヨハネはすでに冒頭においてイエスを「世の罪を取り除く神の小羊」(1:29, 36)と宣言しており、この日付設定はそのキリスト論的宣言と密接に結びついている。また、19:36において引用される「その骨は一本も折られない」という記述は、出エジプト記12:46における過越の小羊の規定を想起させるものであり、イエスの死が過越祭儀の成就として理解されていることを示唆する。
 このようにヨハネは、小羊の屠殺とイエスの死とを重ね合わせることによって、神殿祭儀の完成とその超克とをキリストの受難に見ている。
1.2.2. 史実的観点からの検討
 史実の問題に関しては、ヨハネ福音書の時間設定(ニサン月14日)をより妥当と見る見解も有力である。その主な理由として、以下の点が挙げられる。
 第一に、過越祭当日に死刑が執行された可能性は低いと考えられることである。過越祭はユダヤにおける最重要の祝祭であり、エルサレムには多数の巡礼者が集まっていた。そのような状況下で公然と死刑を執行することは、治安上の観点からも慎重を要したと推測される。
 第二に、最後の晩餐を過越の食事として描く共観福音書の叙述は、イエスの死を新しい契約の制定と結びつける意図を反映している。しかしながら、このことは共観福音書の伝承を否定することを意味しない。ヨハネ福音書は最後の晩餐の制定記事を明示的には伝えないが、第6章のパンの説教において、「命のパン」(6:35、48)、「天から降って来たパン」(6:41、50)という表現を通して、イエス自身が与えられる食物であるという主題を展開している。とりわけ「わたしが与えるパンは、世を生かすためのわたしの肉である」(6:51)との宣言は、犠牲と食事の主題を統合する神学的表現と見ることができる。
 したがって、共観福音書が「過越の食事」の枠組みの中で十字架を解釈しているのに対し、ヨハネ福音書は「屠られる小羊」という象徴のもとで同じ出来事を再解釈していると整理できる。両者は相互に排他的というよりも、同一の受難伝承を異なる神学的焦点から展開しているのであり、その意味でヨハネの再配置は対立ではなく再構成として理解されるべきである。
 
1.3. 最後の晩餐における聖餐制定語の欠如と洗足記事による置換
1.3.1. 共観福音書における聖餐制定記事
 共観福音書――マタイによる福音書(26:26–29)、マルコによる福音書(14:22–25)、ルカによる福音書(22:14–20)――は、最後の晩餐の場面において聖餐制定語を伝えている。この叙述は、過越の食事を背景としつつ、イエスの死を救済史的転換点として再定位し、共同体の儀礼的中心に聖餐を据える神学的構成を形成している。
 これに対しヨハネによる福音書は、最後の晩餐における聖餐制定語を伝えない。ヨハネ13章は最後の晩餐に相当する場面であるにもかかわらず、パンと杯に関する言及は存在せず、その代わりに洗足記事(13:1–20)が配置されている。
 13:1において場面は「過越祭の前」と設定され、さらに受難日は「過越祭の準備の日」(19:14)とされるため、物語構造上、イエスは過越の食事そのものを祝っていないことになる。したがってヨハネにおいては、「過越の食事=最後の晩餐=聖餐制定」という共観福音書的構図は成立しない。
1.3.2. 洗足記事の導入と神学的意図
 ヨハネが聖餐制定語を欠き、代わりに洗足記事を配置した理由は、単なる伝承の偶然的差異ではなく、神学的再構成の結果と理解されるべきである。その要因は、少なくとも次の三点に整理できる。
(1)物語構造上の必然性
 前節で論じたように、ヨハネはイエスの死を過越の小羊の屠殺日(ニサン14日)に一致させる構図を採用している(19:14)。この時間設定においては、イエスが過越の食事を祝う余地はない。ゆえに、共観福音書のような聖餐制定記事をそのまま組み込むことは、物語構造上困難である。
(2)独自伝承の採用
 洗足記事(13:1–20)は共観福音書には見られない独自伝承である。ヨハネはこれを最後の晩餐の中心的行為として据えることで、共観福音書とは異なる象徴的焦点を提示している。イエスが弟子たちの足を洗うという叙述が提示していることは、犠牲の祭儀的解釈ではなく、自己贈与としての愛の具体的実践である。
(3)儀礼中心から倫理中心への再定位
 洗足記事は、単なる象徴的行為にとどまらず、共同体倫理の基礎づけを伴う。
 ここでは、聖餐制定語が象徴する「契約の血」という祭儀的枠組みの代わりに、愛と奉仕という倫理的実践が強調される。ヨハネはこの場面において、受難死を共同体の礼拝的中心としてではなく、共同体倫理の根拠として再解釈している。
 もっとも、これはヨハネが聖餐神学そのものを否定していることを意味しない。第6章における「命のパン」説教(6:35, 51)は、イエスの肉を食べるという表現を通して、犠牲と参与の主題を展開している。したがってヨハネは聖餐的象徴を別の文脈へ移動させ、晩餐叙述から切り離したと理解すべきである。
1.3.3. 結論
 以上の検討から明らかなように、ヨハネ福音書は共観福音書に見られる聖餐制定語を意図的に削除し、その代わりに洗足記事を配置することによって、最後の晩餐の神学的意味を再構成している。
その背景には、
・過越の食事を欠く時間構造
・独自伝承の積極的採用
・儀礼中心から倫理中心への神学的再定位
という複合的要因が存在する。
 この編集方針は、ヨハネ福音書がイエスの死を過越の小羊の犠牲として描きつつも、共同体における愛と奉仕の倫理を決定的中心に据えるという、ヨハネ的キリスト論および教会論を形成するものである。
 したがってここでも、ヨハネは共観福音書に対して対抗的に振る舞っているというよりは、むしろ同一の受難伝承を別の象徴軸において再神学化していると理解すべきである。
 
2. 神学的用語・焦点の修正
2.1. 共観福音書の例え話の不採用――「聞く者」から「信じる者」への転換
 共観福音書に特徴的なπαραβολή(例え話)は、「聞く者」に理解と識別を促す教育的装置として機能している。特にマルコ4章において典型的に見られるように、例え話は「聞く者」と「悟る者」を分ける選別的構造を持ち、理解の可否が救済史的参与の指標となっている。
 これに対し、ヨハネによる福音書は、共観福音書的意味での例え話を基本的に採用しない。もっとも、比喩的表現そのものが排除されているわけではない。ヨハネ10:1–18(良い羊飼い)、15:1–8(まことのぶどうの木)、6:35–58(命のパン)などに見られるように、ἐγώ εἰμι 宣言を伴う自己啓示的講話が導入されている。10:6ではこれをπαροιμίαと呼んでおり、形式的にも共観的παραβολήとは区別されている。
 この相違は単なる文体的差異ではなく、受容構造そのものの転換を示している。共観福音書において中心となるのは「聞いて悟る」主体であるが、ヨハネにおいて中心化されるのは「信じる」主体である。すなわち、段階的理解の過程から、啓示に対する信仰の決断への転換が図られている。
こうした重点の移動は、福音書全体に体系的に配置されている。
・1:12 信じる者に「神の子となる権利」が与えられる。
・3:16–18 信じる者の救済と信じない者の裁きが対置される。
・3:36 信仰の有無が命の有無に直結する。
・6:29 「神の業」は「遣わされた者を信じること」と定義される。
・20:31 本書執筆の目的は「あなたがたが信じるため」であると総括される。
 さらに、ヨハネ特有の「しるし(σημεῖον)」神学も理解より信仰を指向している。2:11では最初のしるしによって弟子たちが信じ、4:48–53では役人がイエスの言葉を信じることによって出来事が成就する。
 この構図は、イエスとの個人的出会いを軸とする物語群において顕著である。
・サマリアの女(4:39–42)
・生まれつきの盲人(9:35–38)
・マルタの告白(11:27)
・トマスの告白(20:28)
 これらは理解の深化よりも、人格的出会いを通した信仰告白へと収斂していく物語である。
 同様の傾向は復活顕現記事にも認められる。共観福音書において比較的強調される集団的顕現に比して、ヨハネではマグダラのマリアやトマスなど、個人への顕現が前景化され、信仰の告白へと結び付けられている。
 以上を総合すれば、ヨハネ福音書は
・例え話(聞く/悟る)から象徴的講話(信じる)へ
・弟子の無理解から信じる/信じないの二分法へ
・集団的顕現から個人的顕現へ
という神学的再構成を行っていると言える。理解のモティーフは後景化され、信仰的決断が全体を規定する原理として前景化されている。
2.2. 共観福音書の「神の国」からヨハネ福音書の「永遠の命」への転換
 共観福音書、とりわけマルコによる福音書において、イエス宣教の中心概念は「神の国」である(1:15)。この概念は、終末論的かつ歴史的次元における神の支配の到来を指し、「既に―未だ」の時間構造を特徴としている。
 これに対し、ヨハネ福音書において「神の国」という語は3:3および3:5の二箇所に限られる[11]。その代わりに、「永遠の命」(ζωὴ αἰώνιος)および「命」(ζωή)が神学的中心語として機能している。
 「永遠の命」は17回以上現れ、「命」も極めて頻出する。これは共観福音書における用例数と比較して顕著な差異を示している。この語彙的偏重は、神学的焦点が「神の国の支配」から「命への参与」へと移行していることを示唆する[12]
 さらに重要なのは、その時間理解である。ヨハネ5:24では、ἔχει ζωὴν αἰώνιον(永遠の命を持つ)が現在形で用いられ、信じる者はすでに命に参与していると描かれる。永遠の命は未来的報酬ではなく、現在的実在である。
 この理解は3:16に示される神の愛と自己贈与に基礎づけられている。17:3では永遠の命が「唯一のまことの神と、その遣わされたイエスを知ること」と定義され、関係論的に把握されている。
 ヨハネ3:3, 5の「神の国」も、終末的支配の到来というより、「新生」という主題のもとで再解釈されている。したがって「神の国」は必ずしも否定されているわけではなく、「永遠の命」という中心概念に吸収され、信仰による存在変容の言語へと再定位されているのである。
 結論として、ヨハネ福音書は共観的終末論を単純に継承するのではなく、それを関係論的・存在論的枠組みにおいて再構成している[13]。歴史的介入としての神の支配は後景化され、神との関係性としての命が前景化される。
 
3. 人物像の修正
3.1.「十二人」像の相対化
 共観福音書において「十二人」は、イエスによって選任された権威的集団として強調される(マルコ3:13–19ほか)。彼らは宣教・悪霊払い・治癒を担う代理的存在として描かれ、歴史的・象徴的・制度的意義を有している。同時に、「弟子の無理解」や逃亡(マルコ14:50)が描かれる。
 これに対し、ヨハネ福音書では「十二人」への言及は限定的で(6:67, 70–71; 20:24)、制度的集団としての描写は後退している。代わって、個々の弟子が物語的に前景化される。
3.2.個別の弟子の物語化
 ヨハネでは、共観福音書で周縁的であった弟子たちが具体的役割を担う。
・アンデレ:仲介者としての役割(1:40–42; 6:8–9; 12:22)
・フィリポ:理解の限界を示しつつ導き手となる(1:43–46; 14:8–9)
・トマス:疑いから最高度の告白へ(20:28)
・ナタナエル:初期の信仰告白者(1:49)
 特に「イエスの愛しておられた弟子」は、証言者としての権威を担う存在として描かれ、ペトロと対比される(21:20–24)。
3.3.ペトロ中心の権威構図の相対化
 ペトロは依然重要である(21:15–17)が、トマスの告白(20:28)や「愛しておられた弟子」の優位的描写(20:8)によって、その中心性は相対化されている。
 また、マグダラのマリアは最初の復活証人として描かれ(20:17)、宣教の起点が使徒集団から個人へと再配置されている
 このようにヨハネは、制度的権威から人格的証言へと重心を移動させている。
 
4. 結論
 本章の検討から明らかになったのは、ヨハネ福音書が共観福音書を否定するのでも単純に補完するのでもなく、それらを前提としつつ再配置・再定義することによって独自の神学的総合を提示しているという点である。
 
・宮清めの配置転換
・受難日の再構成
・聖餐制定語の不採用と洗足記事の導入
・「神の国」から「永遠の命」への転換
・集団的権威から人格的証言への移動
 これらはいずれも、史実の改変ではなく、キリスト論的・教会論的再神学化である。ヨハネ福音書は共観福音書と緊張関係を保ちつつ、それを排除せず、多声的伝承の中でキリスト理解を深化させる協働的営みとして成立している。その意味で、本書は初期キリスト教における正典形成過程――分散的証言の協同的収斂――を高度に体現する文書の一つであると結論づけることができる。


[1] Schnelle, Einleitung, 531
[2] ルドルフ ブルトマン, 『新約聖書神学 II――パウロとヨハネの神学』, 川端純四郎訳 (東京: 新教出版社, 1966年), 239-242.ヨハネが共観福音書のすべて、あるいはいずれかを知っているかについて証明は困難とし、他方で「しるし資料」など、独自の資料仮説を展開した。伝承上の一部の共通性は認めている。
D. M. スミス, 『ヨハネ福音書の神学』松永希久夫訳, 叢書 新約聖書神学 3,東京: 新教出版社, 2002年, 28-30頁.
[3] 田川建三, 『新約聖書——訳と註5(東京: 作品社, 2013年), 776-779頁. 田川は、ヨハネ2:4の「両替する者」と次節の「両替人」という二語の用例その他から、ヨハネは確実にマルコ福音書を元にヨハネ福音書を執筆したと主張する。
[4] ゲルト・タイセン, 『新約聖書——歴史・文学・宗教』(東京: 教文館, 2003), 220. 「少なくとも口承されたマルコ福音書を知っていなければ、説明がつかない。」
[5] John S. Kloppenborg, “The Use of the Synoptics or Q in Did. 1:3b-2:1,” in Matthew and the Didache ——Two Documents from the Same Jewish—Christian Milieu?, ed. Huub van Sandt (Assen : Royal Van Gorcum, 2005) , 105-129. 田川建三, 『書物としての新約聖書』(東京: 勁草書房, 1997), 350. 「ヨハネは福音書記者の著作をおそらくはその弟子たちがかなり修正して仕上げた。」
[6] Raymond E. Brown, The Gospel According to John I-XII, Anchor Bible 29 (New York: Doubleday, 1966), xxxiv-xxxviii; lxxx-lxxxv.
[7] 大貫隆『ヨハネによる福音書』(「福音書のイエス・キリスト」4), 東京: 日本基督教団出版局, 1996年, 27-28頁。
[8] Mark W. G. Stibbe, John as Storyteller: Narrative Criticism and the Fourth Gospel (Cambridge: Cambridge University Press, 1992), 23?41, 159-170. 神学部図書室              226.4:158 0000892760
[9] Francis J. Moloney, The Gospel of John, Sacra Pagina 4 (Collegeville, MN: Liturgical Press, 1998), 4-11, 27-30.
[10] この立場の最近の論考は次のとおり。Corin Mahǎilia, “John and the Synoptic Gospels: What John Knew and What John Used,” Perochoresis: The Theological Journal of Emanuel University, 22 (2024): 31-56.
[11] ルドルフ・ブルトマン, 『新約聖書神学 II――パウロとヨハネの神学』, 川端純四郎訳(東京: 新教出版社, 1966.), 241. 「律法の妥当性の問題、神の国の到来の問題およびその到来の遅延の問題など、原始教団の特徴をなす問題については、ここでは黙して語られない。」
[12] 同様に、ヨハネ福音書が神の国の主題を欠き、奇跡物語が少なく、代わりに永遠の命、光と真理、父と子の関係論が中心に据えられていることが指摘されている。R. E. Brown, An Introduction to the New Testament, Anchor Bible Reference Library, New York: Doubleday, 1997, 364-365.
[13] イェルク・フライは、ヨハネ福音書の終末論を従来のC. H. ドッドのように「実現された終末論」とはせず、実現された終末論と未来的終末論の双方によって意図的に二重の時間構造が保持されており、イエスは過去・現在・未来のすべての時間における全時的存在とされていると主張する。大貫隆は彼の説を評価し、同意している。大貫隆「ヨハネによる福音書」『新版 総説 新約聖書』、152頁。


2026年2月24日火曜日

【新約聖書学小論】「マタイ福音書におけるマルコ福音書資料の編集と神学的修正」

マタイ福音書におけるマルコ福音書資料の編集と神学的修正

 

序論

 マタイ福音書がマルコ福音書を主要資料として用いていることは、二資料仮説を基盤とする共観福音書研究において広く承認されている[1]。マタイはマルコを単純に踏襲するのではなく、叙述の整理、語彙・文体の修正、神学的観点に基づく再構成を通して独自の福音書を形成している[2]。本稿の目的は、マルコ福音書に対するマタイの編集操作を検討し、マタイがどのような点からマルコを再解釈し、再構成したのかを明らかにすることである。
 マタイの編集方針は、おおむね以下の六点に整理できる。
1. 記事内容の簡潔化および文体修正
2. 旧約引用・成就句の付加
3. ユダヤ教指導者批判の強化
4. イエス像の修正
5. 弟子像の修正
6. 律法理解の再定位
 本章は第1章で提示した「協働」と「競合」という関係類型の枠組みに立脚する。すなわち、マタイのマルコ使用を、単なる依存や対立ではなく、競合的緊張を内包した協働的再構成として位置づける。
 さらに重要なのは、マタイのマルコ改訂の度合いが、ルカに比して一層包括的かつ神学的である点である(第3章にて後述)。この傾向は、語録資料Qに対する編集操作においても同様に認められ、マタイは与えられた伝承を体系的に再構成する編集者であることを示唆する。本章は、こうした資料横断的編集傾向の一貫性を視野に入れつつ、マタイのマルコ使用を検討する。
 
 

1. 記事内容の簡潔化および文体や表現の修正(改善、省略、簡略化など)

1.1. 詳細表現の簡略化

 マルコ1:32における「彼らは彼のもとに、悪いところを持つ人々、そして悪霊憑きの全ての人々を運んで来ていた」という包括的表現は、マタイ8:16では「彼らは彼のもとに、多くの悪霊憑きの人々を運んで来た」と簡略化され、焦点が整理されている。マタイは冗長な並列表現を削減し、物語の統一性を高める傾向を示す。

1.2. 感情表現の簡略化

 マルコ4:38における弟子たちの感情的な問い「先生、私たちが滅びることをよしとするのか」は、マタイ8:25では「主よ、救ってください」(Κύριε, σῶσον)という祈願文形式が前景化されている。同様に、マルコ1:41の「深く憐れんで」という感情描写は、マタイ8:3では削除され、簡略化されている。

1.3. 物語的説明の整理

 マルコに5:8における γάρ を伴っての理由説明の挿入は、マタイ8:29では省略され、叙述の流れが単純化されている。また、会堂長の娘の治癒奇跡における二段階的展開も(マルコ5:35–36)、マタイ9:23では簡潔に処理されている。他、説明句の削除(マルコ5:23//マタイ9:18)、場面描写の簡素化(マルコ6:48//マタイ14:24)も挙げられ、物語性よりも秩序を優先する傾向が見られる。

1.4. 「εὐθύς」「εὐθέως」の削減

 マルコに頻出する副詞 εὐθύς/εὐθέως(41回)は、マタイでは18回に減少する。例えば、マルコ1:12の「そしてすぐに霊が彼を追いやった」は、マタイ4:1では「その時、イエスは導かれて」と書き換えられ、即時性に代えて摂理性が強調されている。他、冗長さの削減例として、マルコ1:10//マタイ3:16、マルコ1:30//マタイ8:14などが挙げられる。

1.5. 供食の記事の削減

 マルコにおける二度の供食物語(6:30–44; 8:1–10)について、ルカは第一供食(9:10–17)のみを伝えているのに対し、マタイは双方を保持しているが(14:13–21; 15:32–39)、マルコ6:52の「心の頑なさ」への言及は削除され、マルコ8:17–21における強い叱責はマタイ16:5–12において新たな文脈の中に組み替えられつつ、その調子も穏やかなものへと修正されている。すなわち、マタイはマルコの弟子の無理解モティーフを弱化している[3]。これらの編集操作は、共同体の自己理解に適合する物語的再調整と見るべきであり、ここにマルコとの神学的緊張を保持しつつも物語構造を維持する「生産的競合」の様相が認められる。
 

2.  旧約引用・成就句の付加によるユダヤ的正統性の強調

2.1. 旧約引用の付加・長文化・改変

 誕生物語(1-2章)から受難記事に至るまで、マタイはマルコにはない旧約引用を多数付加し、イエスの出来事を救済史的枠組みの中に統合する。
 マタイが独自に付加した旧約引用と、引用の長文化または改変の用例は、以下の通り。
マタイ1:22-23(イザヤ7:14)、2:5-6(ミカ5:1)、2:15(ホセア11:1)、2:17-18(エレミヤ31:15)、2:23(イザヤ11:1、士師13:5?)、マタイ4:14-16(イザヤ8:23-9:1 LXX9:1-2)、8:17(イザヤ53:4)、9:13(ホセア6:6)、マタイ12:17-21(イザヤ42:1-4)、マタイ13:14-15(イザヤ6:9-10、長文化)、21:4-5(イザヤ62:11、ゼカリヤ9:9)、27:9-10(ゼカリヤ11:12-13、エレミヤと表記されている)、27:46(マルコ15:34の詩編引用をアレンジ)。
2.2. 家系や表現などのユダヤ的要素の強化
 系図(マタイ1:1–17)およびベツレヘム誕生の強調(2:1-12)は、イエスのダビデ的血統性を明確化する。これらの操作は、イエスをイスラエル史の連続性に再配置し、その正統性を主張する機能を果たす。マタイがマルコを否定することなく異なる点を強化する点において、両者は神学的協働関係にある。
 

3. ユダヤ教批判の強化

 マタイ23章における律法学者・ファリサイ派への7個の「不幸」宣告は、マルコを超える論争的展開を示す。また27:25における群衆の発言(「その血の責任は、我々と子孫にある」)は、イエス殺害の責任をユダヤ人側に集約する叙述である[4]。これらはシナゴーグとの緊張関係の中で形成されたマタイ教会の自己規定を反映する論争的言説として理解されるべきであり[5]、マタイの置かれた状況に対応するための付加的要素である。
 

4. イエス像の修正

4.1. 否定的描写の削除

 マルコ3:21における「身内が取り押さえに来た」「正気を失ったと思われた」という記述は、マタイ12:46–50では削除されている。

4.2. 能力制限表現の修正

 マルコ6:5の「力ある業を何一つ行うことができなかった」という表現は、マタイ13:58において「多くの力ある業をしなかった」へ修正され、イエスの能力に起因するものではない意志的選択として再解釈されている。

4.3. 職業表現の修正

 マルコ6:3におけるイエスを「職人(τέκτων)」と同定する表現は、マタイ13:55では「職人の息子」とされ、イエスの尊厳保持の意図と解される。

4.4. まとめ

 これらの編集は、イエス像に含まれる否定的・制限的要素を整理し、キリスト論の高揚化を目的とした最適化と位置づけられる。マタイはマルコの基本構造を保持しつつ、その内在的緊張を調整し、イエスを一層権威あるメシアとして提示している。ゆえに、この修正はマルコ神学の単純な否定ではなく、深化させる「協働的競合」の具体例と評価できる。
 

5. 弟子像の修正

 マルコに顕著な弟子の無理解モティーフは、マタイでは体系的に緩和・削除される。マルコ4:13の二重修辞疑問文(「この譬えも分からないのか?どうして全ての例えを理解できようか?」)はマタイ13:18では削除され、マルコ6:52の「パンのことを理解せず、心が固くなっていた」という評価も、マタイ14:33では信仰告白へと置換されている。さらに、マタイ16:17–19におけるペトロへの祝福と教会建立宣言は、ペトロと弟子団の再定位を示す独自付加である。
 

6. 律法観の修正、律法破棄に見える記述の削除

6.1. 律法相対化表現の回避

 マルコ7:19の「便所に出て行く……全ての食べ物を清いとした」という編集的注記は、マタイでは回避されている[6]。また、マルコ2:27「安息日は人のために設けられたのであって、人が安息日のためにあるのではない」という安息日論争の核心的な言葉も削除される。

6.2. 例外条項の付加

 離婚規定(マルコ10:11–12)に対する「不貞の場合を除いて」という例外条項(マタイ5:32; 19:9)の付加は、現実的な持続的運用を高める実践的調整と理解し得る。
6.3. マタイ5:17-20の付加の意義
 「わたしが律法や預言者を廃するために来たと思ってはならない。廃するためではなく、成就するために来たのである……律法から一点一画も決して消え去ることはない。」という律法廃棄の否定と成就概念の提示は、マルコ的相対化を「成就」概念によって包含する形で再定義するものであり、競合を通して神学的地平を拡張する協働的再構成の典型例と評価できる[7]
 

7. 結論

 マタイ福音書は、マルコ福音書を叙述的枠組みとして受け継ぎつつ、編集的整理と神学的再構成を通して独自の方向性を明確化している。旧約聖書引用および成就句の反復的配置は、イエスの出来事をイスラエル史の連続性の中に位置づけると同時に、教会のユダヤ的正統性を神学的に根拠づける機能を担っている。また、イエス像および弟子像の修正は、マタイ共同体が志向する権威理解および共同体秩序を物語的・神学的に裏づける編集操作として理解される。
 律法理解に関しては、マタイはマルコに見られる律法相対化の傾向を部分的に修正し、律法を廃棄の対象ではなく、「成就」という枠組みの中で再定位している。この点において、両福音書の間には相応の神学的緊張が認められる。
 この律法理解の差異について、David C. Simらは、マルコやパウロ的伝統に見られる律法相対化傾向に対して、マタイが対抗的立場を取っていると主張する。マタイはモーセ律法の継続的妥当性を強く保持する点で、他の多くの新約文書と一線を画しているという[8]。とりわけヤコブ書との神学的近接性は注目されるべきであり、さらにディダケーとの関連、ならびにそれらがシリア的環境(milieu)に属する可能性と相まって、一定の地域的・思想的連関を想定する研究動向も存在する。
 もっとも、マタイとマルコの関係は「排除的競合」には至らない(第1章)。マタイのマルコ改訂は広範囲に及ぶものの、物語構造の骨格、受難・復活の神学、そしてイエス理解の根幹においてはマルコを踏襲している。したがって、ここで確認されるのは全面的否定ではなく、高度の神学的緊張を内包した「生産的競合」と呼ぶべき関係である。マタイはマルコの権威を前提としつつ、その神学的含意を再解釈し、共同体的要請に即して再構成したのである。
 マタイがマルコの部分的改訂にとどまらず、独立した福音書の執筆に踏み切った理由は、マルコ全体を包括的に再配置する必要を認識していた点に求められる。この点は、ルカによるマルコの全面改訂としてのルカ福音書と共通する。すなわちマタイは、マルコを排除するのではなく、その神学を別の方向へと展開させる再創造的営為を行ったのであり、この意味で両者の関係は、対立的拒絶ではなく「協働的競合」として理解される。
 さらに、新約文書全体の中で見るならば、マタイ(およびヤコブ書)は、正典文書全体において、律法理解の点では主流的立場に位置するとは言い難い。しかしながら、四福音書の正典的形成過程においてマタイが「第一福音書」として受容された事実は、その再構成の神学的統合力と文学的完成度が高く評価された結果であったと考えられる。歴史的帰結の観点から見るならば、こうした競合は最終的に排除へと収斂するのではなく、複数の神学的声部を保持するかたちで正典内部に組み込まれたのであり、ここに初期キリスト教文書間の「協働的」関係の成熟した姿を見出すことができる。


[1] 小河陽, 「マタイによる福音書」, in 『新版 総説 新約聖書』(東京: 日本キリスト教団出版局, 2003年), 90. / G. タイセン『新約聖書——歴史・文学・宗教』, 大貫隆訳(東京: 教文館, 2003年), 153.
[2] 小河陽, 「マタイによる福音書」, 96.
[3] U. ルツ, 『マタイの神学』原口尚彰訳(教文館, 1996年), 135頁. 「マルコ的弟子理解を、マタイは継承してはいない。彼にとって弟子たちは、無理解なのではなく、まだ理解していないのである。」
[4] なお、本節で扱う27:25は後代の反ユダヤ主義的言説に利用された歴史を有するが、本論はその受容史的問題には立ち入らず、第一世紀の福音書編集という文脈に限定して検討する。
[5] Udo Schnelle, Einleitung in das Neue Testament. 7. Auflage (Göttingen: Vandenhoeck & Ruprecht / UTB, 2019), 265. マタイとユダヤ教との対立構造については、次を参照。David C. Sim, "Reconstructing the Social and Religious Milieu of Matthew: Methods, Sources and Possible Results in Matthew, James, and Didache——Three Related Documents in Their Jewish and Christian Settings, ed. Huub van de Sandt, and Jürgen Zangenberg (The Society of Biblical Literature, 2008), 13-32.
[6] 小河陽『マタイによる福音書——旧約の完成者イエス』,「福音書のイエス・キリスト」1, (東京: 日本基督教団出版局, 1996年), 251-252. 律法の無効宣言とも解されかねないマルコの言葉や、洗礼者ヨハネの出現で律法と預言者が効力を失ったかのような印象を与える伝承(ルカ16:16)に対して、マタイは削除や挿入などの編集を施している。
[7] Udo Schnelle, Einleitung in das Neue Testament, 7 Auflage (Göttingen: Vandenhoeck & Ruprecht / UTB, 2019), 274. イエスは律法の廃止ではなく、成就として語り(マタイ5:17–20)、山上の説教では従来の律法を越える倫理的要求を提示する。
[8] Joseph Verheyden, Jens Schröter, and David C. Sim, eds., The Composition, Theology, and Early Reception of Matthew’s Gospel, Wissenschaftliche Untersuchungen zum Neuen Testament 477 (Tübingen: Mohr Siebeck, 2022).

2026年2月17日火曜日

【動画】政党「チームみらい」と「真如苑」の関係性の「噂」に関する考察

 

<AIによる内容の客観的説明>


安野貴博氏の経歴と仏教用語との関連性  

「チームみらい」の中心人物・安野氏が関わった企業(ベドア/PKSHA Works、PKSHA Technology)の社名に、仏教由来の語が用いられている点を紹介。


真如苑系財団との接点の可能性  

真如苑関連団体「ユニベール財団」が、高齢者福祉やAIを活用した傾聴支援などに助成していることを踏まえ、安野氏の事業との共通点を検討。ただし、助成を受けたと断定できる書面などの確証は見つからず。


名称の共通性について  

「チームみらい」の“みらい”という表記が、真如苑の活動(未来祭、未来財など)でも使われている点に触れつつ、直接的な関係を示す証拠は確認されていないと説明。


総合的な結論  

関係者の中に真如苑の信徒がいる可能性や、思想的影響が社名等に反映されている可能性は否定できないものの、「チームみらい」が真如苑の組織的な“手先”として政治展開していると示す強い証拠は見当たらないと結論づけています。

また、真如苑は福祉的な社会貢献に重きを置く傾向があり、政治的野心は比較的薄いと分析されています。

2026年2月13日金曜日

【キリスト教史解説動画】ケルソス(Celsus)― 最古の反キリスト教思想家

ケルソス Kelsos 生没年不詳(3世紀頃)


【キリスト教史解説】ケルソス(Celsus)― 最古の反キリスト教思想家

活動時期:西暦170–180年頃(2世紀後半)
立場:ギリシア系哲学者、初期キリスト教の批判者
主著:『真理の言葉(Λόγος Ἀληθής)』※現存せず
本書は、3世紀の神学者 オリゲネス が著した『ケルソス駁論』(248年)に引用された形でのみ伝存している。
現存最古の体系的なキリスト教批判書である。

思想的立場

  • オリゲネスは彼をエピクロス派と呼んだが、現代研究では否定的。
  • 実際にはプラトン主義を中心とする折衷主義的哲学者と考えられる。
  • 伝統宗教とローマ帝国秩序を擁護する保守的知識人。
  • 神観は単純な多神論ではなく、最高神を頂点とする階層的神観(ヘノテイズム的傾向)。

主な批判内容

1.イエス批判

  • 処女懐胎を否定
  • 出自を不名誉なものと主張
  • 奇跡を魔術と解釈

2.教義批判

  • 受肉思想を非合理とみなす
  • 復活思想を荒唐無稽と批判
  • 聖書解釈を恣意的と指摘

3.社会批判

  • キリスト教徒が国家祭儀を拒否することを問題視
  • 軍務・公共義務を回避する態度を非難
  • キリスト教を新奇で分裂的な宗教とみなす

史料的特徴

  • 『真理の言葉』は448年に禁書とされ消失。
  • 内容はオリゲネスの反駁書から再構成される。
  • オリゲネスの引用は比較的忠実と考えられている。

歴史的意義

  • 最古の本格的反キリスト教哲学的論駁。
  • キリスト教弁証学発展の重要契機。
  • キリスト教がローマ知識層からどのように見られていたかを示す一次的証言。

2026年2月11日水曜日

【新約聖書学小論】マルコ福音書における女性たち

【小論】マルコ福音書における女性たち

1. マルコ福音書に登場する女性の総数と実名性

 マルコ福音書において言及されている女性は、合計で15名に及ぶ。筆者は、イエスの母マリアと「小ヤコブとヨセの母マリア」とを同一人物と考えるが、本稿では差し当たり別個の人物として数える。  この15名のうち、実名が明示されている女性は以下の5名である。

  • イエスの母マリア
  • ヘロディア
  • マグダラのマリア
  • 小ヤコブとヨセの母マリア
  • サロメ

 このことから、マルコ福音書における女性表象は、大多数が匿名のまま描かれているという特徴を有していると言える。匿名性は、女性たちを個人史的存在としてよりも、物語機能的・神学的役割を担う存在として前景化する効果をもたらしている。


2. 「仕える」女性――ディアコニアのモチーフ

 マルコ福音書において、「仕える(διακονεῖν)」という行為を実際に行っている人物として明示的に描かれているのは、シモンの姑と、ガリラヤから従ってきた婦人たちである。  シモンの姑は、癒やしの直後に「彼らに仕えた」と記されており(1:31)、これはイエスの活動開始直後における最初のディアコニアの実践である。一方、十字架記事において言及される婦人たちは、「イエスがガリラヤにいた時に従い、仕えていた」と回顧的に描写される(15:40–41)。  Witherington が指摘するように、これらの婦人たちは単なる観察者ではなく、弟子集団の周縁に位置するもう一つの弟子層として理解されるべき存在である1


3. イエスの母マリアと「真の家族」主題

 マルコ福音書におけるイエスの母マリアへの明瞭な言及は、主として二箇所に限られている。第一は、イエスの身内が彼を取り押さえに来た文脈を引き継ぎつつ、「真の家族」が再定義される場面(3:31–33)であり、第二は、イエスが故郷に帰った際の言及(6:3)である。  特に3章31–35節では、母および兄弟たちが外に立つ一方で、イエスは「神の御心を行う者」こそが自らの家族であると宣言する。この文脈において、マリアは血縁関係のある特権的存在としてではなく、再定義される家族概念の中に位置づけられる存在として描かれている。  なお、イエスの故郷がナザレであることは、すでに1章9節および1章24節において特定されている。


4. マルコ福音書に登場する女性の一覧

 以下に、マルコ福音書で言及される女性を登場順に整理する。

  1. シモンの姑(1:29, 31)
  2. イエスの母マリア(3:31–32; 6:3)
  3. ヤイロの娘(5:23, 35, 41–43)
  4. 長血を患う女性(5:25–34)
  5. イエスの姉妹たち(6:3)
  6. ヘロディア(6:17, 19, 24, 28)
  7. ヘロディアの娘(6:22–28)
  8. シリア・フェニキアの女性(7:25–30)
  9. 「やもめの献金」の女性(12:42–44)
  10. 香油を注いだベタニアの女性(14:3–9)
  11. 大祭司の邸宅にいた女中(14:66, 69)
  12. 十字架のもとに立つ婦人たち(15:40–41)
  13. マグダラのマリア(15:40, 47; 16:1[9])
  14. 小ヤコブとヨセの母マリア(15:40, 47; 16:1)
  15. サロメ(15:40; 16:1)

5. まとめ

 マルコ福音書における女性たちは、物語の周縁に置かれながらも、癒やし、信仰告白、奉仕、証言、そして受難と復活の場面において決定的な役割を果たしている。とりわけ、男性弟子たちが沈黙や逃亡によって描かれるのに対し、婦人たちは「従い」「仕え」「見届ける」存在として一貫して描写されている点は注目に値する。  このことは、マルコ福音書が描く弟子像が、十二弟子の枠に限定されない、多層的構造を有していることを示唆している。


脚注

1:  Ben Witherington III, The Gospel of Mark: A Socio-Rhetorical Commentary, William B. Eerdmans Publishing Company, 2001, p.442.

【仏教】「日蓮正宗」ー日蓮、日興、そして創価学会・池田大作氏との対立、破門宣告

  日蓮正宗(にちれんしょうしゅう) 1 基本データ 宗祖 : 日蓮 (1222–1282年) 開祖(二祖) : 日興 (1246–1333年) 日蓮の直弟子・六老僧の一人 日蓮正宗では「日蓮の唯一の正統継承者」と位置づけられる 本尊 :大御...