2026年4月27日月曜日

【キリスト教学講義シリーズ ②】第5章 ローマ世界への浸透と迫害から、キリスト教公認、国教化、ローマ帝国東西分割、西ローマ帝国滅亡

 


第5章 ローマ世界への浸透と迫害から、キリスト教公認、国教化

  • ユダヤ教は、第1次ユダヤ戦争で壊滅状態になり、戦後に再編成。
  メシア思想、終末思想の放棄。律法遵守中心。離散により国家を持たない民族へ。
  • 100年頃 ユダヤ教のヤムニア会議。キリスト教の排除が決定。正典決定。
  • 教会の「排除」から異物としての無視へ。よってユダヤ人による迫害は下火に。
  • 132〜135年 第2次ユダヤ戦争(バル・コクバの乱)。再度、エルサレム陥落。他方、キリスト教はローマ他、各地で徐々に勢力を拡大。
  • ローマ帝国において、キリスト教はまだ変人集団扱い。「人肉を食らう」聖餐の誤解
  • 国家規模の迫害は、先の皇帝ネロを除いては、まだまだ。
  • 250年 ローマ皇帝デキウスによる国家的規模の迫害
  • 253-262年 ローマ皇帝ワレリアヌスによる国家的規模の迫害
  • 303年 ローマ皇帝ディオクレティアヌスによる国家的規模の迫害。殉教の時代。ローマ帝国によるキリスト教迫害は皇帝の考え次第で、迫害なしの時代も。
  • 313年 ローマ皇帝コンスタンティヌス1世によるミラノ寛容令。キリスト教公認(保障)。理由は諸説あるが、帝国の安定のため。個人的体験。
  • 325年 ニカイア公会議。アレイオス論争ひとまず決着。アタナシオス派は正統、アレイオス派は異端とされる。
  • 380年 テッサロニキ勅令。キリスト教の国教化。ニカイア信条に基づくキリスト教(アタナシオス派)をローマ帝国の唯一の正統信仰とする
  • 392年 テオドシウス帝、ニカイア信条に立つ正統派アタナシオス派キリスト教以外の宗教を禁令。異教の禁止。アレイオス派は異端として弾圧対象に。
  • 395年 ローマ帝国は東西に分割(テオドシウス1世の死後)
  • 476年 西ローマ帝国滅亡。ゲルマン人将軍オドアケルが最後の皇帝ロムルス・アウグストゥルスを退位させた。ローマ・カトリックは存続。
  • 東ローマ帝国(ビザンツ帝国)は1453年にオスマン帝国により滅亡。 滅亡後も、ギリシア正教(東方正教会)は存続。
オスマン帝国は征服後、ギリシア正教会を「ミッレト(宗教共同体)」として公認。パトリアルキ(総主教)は宗教的指導者であると同時に、ギリシア人共同体の行政的代表としても扱われた。そのため、政治的国家は消えても、宗教組織は残った。
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2026年4月26日日曜日

【キリスト教学講義シリーズ②】第2〜4章 イエスの誕生年問題、公生涯、教会の誕生、パウロの足跡

 

【キリスト教学講義シリーズ②】キリスト教の歩み(1):初期時代、古代時代

 1.イエス時代のユダヤ社会
* 前37年、ヘロデ大王の支配下、ユダヤは実質的にローマの属国(植民地)とされる。
* 重税・異民族支配に対するユダヤ人の不満。政情不安。経済的貧困。
* サドカイ派:神殿祭司を中心とする貴族層。親ローマ的現状維持、利権確保。
* ファリサイ派:律法学者・宗教家・教師。異教民族の支配に反対。福音書では批判的に描かれるが、実際は敬虔で倫理的。民衆に影響力。
* 「熱心党(ゼーロータイ)」:反ローマ武装闘争を行う急進派。親ローマ側の暗殺も。

 宗教的背景
* メシア待望の高まり:政治的・宗教的救済者への期待(終末思想と結合)

 2.イエスの歩み
* 前4年 イエス・キリスト誕生(推定)
* 27年頃 洗礼者ヨハネの活動。ヨルダン川で洗礼を授ける宣教活動。
* 27-30年頃 イエス、宣教活動(「公生涯」)ルカ3:1などから推定
* 30年頃 イエス、十字架刑に処せられる。

 補足
* 年代は厳密には測定不可能。
* イエス誕生年のずれ:西暦元年がイエス誕生年ではなく……。6世紀頃、キリストの誕生年を元年とする暦がディオニシウス・エクシグウスにより考案。しかし後代、年代計算に4年のずれがあったことが判明。イエス誕生年の推定年代は前4年とされた。
* イエスの活動期間
  ・共観福音書 → 約1年説
  ・ヨハネ福音書 → 約3年説
  ・2世紀の教父エイレナイオスは、10年以上と報告。『異端反駁』2巻

 3.イエス以後:教会の誕生とパウロ
* 復活から50日後:ペンテコステ(聖霊降臨) → 教会誕生。『使徒言行録』より。
* 35/36年頃:「七人」(ギリシャ語を話すユダヤ人で構成)のステファノ殉教。
* その後、パウロ、ユダヤ教からキリスト教に回心。

 初期教会の特徴
* ユダヤ人からの迫害。
* 非ユダヤ人(ゴッドフィアラー)の流入。
* 割礼不要(割礼=ユダヤ人の証、包皮切除) → 民族宗教から普遍宗教へ
* 教会の初期の姿は、家の集会(ハウスチャーチ)。礼拝堂建築は後代。

宣教の展開
* 40年代以降、パウロ、シリア・小アジアで伝道。他でも進展。
* 地中海世界へ急速に拡大。ローマへも伝播。

4.パウロ以後:キリスト教の成立
* 64年:ローマ皇帝ネロによる迫害。ローマの大火。
* 66-70年:第1次ユダヤ戦争 →エルサレム神殿崩壊

文書成立
* 新約中、パウロ書簡は最も早く、主として50年代成立。四福音書(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ)その他、70年代から100年代に多くの書が成立。

結果
* ユダヤ教からの分離が決定的に進行。→ キリスト教がユダヤ教の一派ではなく、独立宗教として成立。

5.ローマ世界への浸透と迫害
* 100年頃 ユダヤ教のヤムニア会議。キリスト教の排除が決定。正典決定。
* ユダヤ教自体、第1次ユダヤ戦争で壊滅状態になって、戦後に再編成。
  メシア思想、終末思想の放棄。律法遵守民族。国家を持たない民族へ。
* 教会の「排除」は異物として無視することへ。よってユダヤ人による迫害は下火に。
* 135年 第2次ユダヤ戦争(バル・コクバの乱)終了。再度、エルサレム陥落。この頃も、キリスト教はローマ他、各地で徐々に勢力を拡大。
* ローマ帝国において、キリスト教はまだ変人集団扱い。「人肉を食らう」聖餐の誤解
* 国家規模の迫害は、先の皇帝ネロを除いては、まだまだ。
* 250年 ローマ皇帝デキウスによる国家的規模の迫害
* 253-262年 ローマ皇帝ワレリアヌスによる国家的規模の迫害
* 303年 ローマ皇帝ディオクレティアヌスによる国家的規模の迫害
  ・ローマ帝国によるキリスト教迫害は皇帝の考え次第で迫害なしの時代も。
* 313年 ローマ皇帝コンスタンティヌス1世によるミラノ寛容令。キリスト教公認。
* 392年 テオドシウス帝、正統派アタナシオス派キリスト教以外の宗教を禁令。国教化。
* 395年 東西ローマの分割。西欧のローマ・カトリック。東ローマの正教。
  後者は1453年にオスマントルコにより滅亡
  →ギリシア正教、ローマ正教は存続。

2026年4月23日木曜日

【キリスト教学講義シリーズ②】第1章 イエス時代のユダヤ社会—ローマの属国支配とメシア待望

 

1.イエス時代のユダヤ社会

  • 前37年、ヘロデ大王の支配下、ユダヤは実質的にローマの属国(植民地)とされる。
  • 重税・異民族支配に対するユダヤ人の不満。政情不安。経済的貧困。
  • サドカイ派:神殿祭司を中心とする貴族層。親ローマ的現状維持、利権確保。
  • ファリサイ派:律法学者・宗教家・教師。異教民族の支配に反対。福音書では批判的に描かれるが、実際は敬虔で倫理的。民衆に影響力。
  • 「熱心党(ゼーロータイ)」:反ローマ武装闘争を行う急進派。親ローマ側の暗殺も。

宗教的背景

  • メシア待望の高まり:政治的・宗教的救済者への期待(終末思想と結合)

2.イエスの歩み

  • 前4年 イエス・キリスト誕生(推定)
  • 27年頃 洗礼者ヨハネの活動。ヨルダン川で洗礼を授ける宣教活動。
  • 27-30年頃 イエス、宣教活動(「公生涯」)ルカ3:1などから推定
  • 30年頃 イエス、十字架刑に処せられる。

補足

  • 年代は厳密には測定不可能。
  • イエス誕生年のずれ:西暦元年がイエス誕生年ではなく……。6世紀頃、キリストの誕生年を元年とする暦がディオニシウス・エクシグウスにより考案。しかし後代、年代計算に4年のずれがあったことが判明。イエス誕生年の推定年代は前4年とされた。
  • イエスの活動期間

  ・共観福音書 → 約1年説   ・ヨハネ福音書 → 約3年説   ・2世紀の教父エイレナイオスは、10年以上と報告。『異端反駁』2巻

3.イエス以後:教会の誕生とパウロ

  • 復活から50日後:ペンテコステ(聖霊降臨) → 教会誕生。『使徒言行録』より。
  • 35/36年頃:「七人」(ギリシャ語を話すユダヤ人で構成)のステファノ殉教。
  • その後、パウロ、ユダヤ教からキリスト教に回心。

初期教会の特徴

  • ユダヤ人からの迫害。
  • 非ユダヤ人(ゴッドフィアラー)の流入。
  • 割礼不要(割礼=ユダヤ人の証、包皮切除) → 民族宗教から普遍宗教へ
  • 教会の初期の姿は、家の集会(ハウスチャーチ)。礼拝堂建築は後代。

宣教の展開

  • 40年代以降、パウロ、シリア・小アジアで伝道。他でも進展。
  • 地中海世界へ急速に拡大。ローマへも伝播。

4.パウロ以後:キリスト教の成立

  • 64年:ローマ皇帝ネロによる迫害。ローマの大火。
  • 66-70年:第1次ユダヤ戦争 →エルサレム神殿崩壊

文書成立

  • 新約中、パウロ書簡は最も早く、主として50年代成立。四福音書(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ)その他、70年代から100年代に多くの書が成立。

結果

  • ユダヤ教からの分離が決定的に進行。→ キリスト教がユダヤ教の一派ではなく、独立宗教として成立。

5.ローマ世界への浸透と迫害から、キリスト教公認、国教化

  • ユダヤ教は、第1次ユダヤ戦争で壊滅状態になり、戦後に再編成。

  メシア思想、終末思想の放棄。律法遵守中心。離散により国家を持たない民族へ。

  • 100年頃 ユダヤ教のヤムニア会議。キリスト教の排除が決定。正典決定。
  • 教会の「排除」から異物としての無視へ。よってユダヤ人による迫害は下火に。
  • 132〜135年 第2次ユダヤ戦争(バル・コクバの乱)。再度、エルサレム陥落。他方、キリスト教はローマ他、各地で徐々に勢力を拡大。
  • ローマ帝国において、キリスト教はまだ変人集団扱い。「人肉を食らう」聖餐の誤解
  • 国家規模の迫害は、先の皇帝ネロを除いては、まだまだ。
  • 250年 ローマ皇帝デキウスによる国家的規模の迫害
  • 253-262年 ローマ皇帝ワレリアヌスによる国家的規模の迫害
  • 303年 ローマ皇帝ディオクレティアヌスによる国家的規模の迫害。殉教の時代。

  ・ローマ帝国によるキリスト教迫害は皇帝の考え次第で、迫害なしの時代も。

  • 313年 ローマ皇帝コンスタンティヌス1世によるミラノ寛容令。キリスト教公認(保障)。理由は諸説あるが、帝国の安定のため。個人的体験。
  • 325年 ニカイア公会議。アレイオス論争ひとまず決着。アタナシオス派は正統、アレイオス派は異端とされる。
  • 380年 テッサロニキ勅令。キリスト教の国教化。ニカイア信条に基づくキリスト教(アタナシオス派)をローマ帝国の唯一の正統信仰とする
  • 392年 テオドシウス帝、ニカイア信条に立つ正統派アタナシオス派キリスト教以外の宗教を禁令。異教の禁止。アレイオス派は異端として弾圧対象に。
  • 395年 ローマ帝国は東西に分割(テオドシウス1世の死後)
  • 476年 西ローマ帝国滅亡。ゲルマン人将軍オドアケルが最後の皇帝ロムルス・アウグストゥルスを退位させた。ローマ・カトリックは存続。
  • 東ローマ帝国(ビザンツ帝国)は1453年にオスマン帝国により滅亡。 滅亡後も、ギリシア正教(東方正教会)は存続。

オスマン帝国は征服後、ギリシア正教会を「ミッレト(宗教共同体)」として公認。パトリアルキ(総主教)は宗教的指導者であると同時に、ギリシア人共同体の行政的代表としても扱われた。そのため、政治的国家は消えても、宗教組織は残った。

#1.講義用

【キリスト教学講義シリーズ①】キリスト教前史—旧約聖書時代からイエス時代へ

 

【キリスト教学講義シリーズ①】キリスト教前史—旧約聖書時代からイエス時代へ

 キリスト教は、ユダヤ教という民族宗教の内部から生じた運動である。すなわち、イエス・キリストは新たな宗教を創設しようとしたのではなく、ユダヤ教の神信仰の刷新、すなわち預言者的伝統に連なる改革運動を展開した人物として理解される。  しかしながら、イエスの十字架刑と、その後に弟子たちによって宣べ伝えられた復活信仰を契機として、状況は大きく変化する。弟子たちはイエスをメシア(キリスト)と告白し、その信仰運動を拡大していった。  この運動は当初、ユダヤ教内部の一潮流として存在していたが、やがてユダヤ教側から異端的集団とみなされ、統制・排除の対象となった。その過程には迫害や会堂からの排斥が含まれ、最終的にはユダヤ教との決定的分離に至る。この歴史的過程を経て、キリスト教は独立した宗教として成立した。

聖書と正典理解

キリスト教における聖書は、以下の二部構成から成る。

  • 旧約聖書
キリスト以前の歴史と信仰を記録した文書群であり、もともとはユダヤ教の正典である。
  • 新約聖書
キリスト以後の出来事、特にイエスの生涯と初期教会の歩みを記した、キリスト教会によって編纂された文書群である。

⠀なお、イエス自身は著作を残しておらず、福音書をはじめとする新約文書は、弟子や後代の信徒たちによって記されたものである。  また、ユダヤ教においては「旧約聖書」という呼称は用いられず、あくまでそれ自体が正典(ヘブライ聖書)であるため、この呼称の使用には注意が必要である。

「前史」としての旧約時代

キリスト教は、旧約時代の歴史を自らの「前史」として理解する。すなわち、旧約における神の啓示と歴史は、キリストにおいて成就すると解釈され、自らをその正統的継承者とみなす。 一方で、ユダヤ教もまた同じ歴史を自己の正統的伝統として理解しており、両者は同一の伝承を異なる神学的枠組みの中で解釈している。

結論

以上より、「キリスト教前史」とは一般に旧約時代全体を指す概念である。ただし文脈によっては、特にキリスト出現直前の第二神殿期ユダヤ教の時代を限定的に指す場合もある。

1.キリスト教前史

1.1.天地創造から族長以前まで

創世記に記される原初史は、人類と神との関係の起源を神話的・象徴的に描く部分である。

  • アダムとエバ
禁断の果実をめぐる「堕罪」により、人間の有限性と罪の問題が提示される。
  • カインとアベル
人類最初の殺人として、罪の拡大が描かれる。
  • ノアの方舟
神の裁きと救済という主題が提示される。
  • バベルの塔
人間の傲慢と、それに対する神の介入(言語の混乱)が描かれる。

⠀これらは歴史的叙述というより、神学的・象徴的物語として理解されることが一般的である。

1.2.族長時代

イスラエル民族の起源は、族長(パトリアルク)と呼ばれる人物群の伝承に基づく。

  • アブラハム
神との契約(約束)を結んだ最初の人物であり、信仰の祖とされる。この契約概念が後の「旧約(古い契約)」という枠組みの基礎となる。
  • イサク
契約の継承者として位置づけられる。
  • ヤコブ
「イスラエル」(神と争う者)という名を与えられ、その子孫がイスラエル民族とされる。
  • ヨセフ
エジプトにおける成功物語を通して、民族のエジプト移住の契機を提供する。

⠀ヤコブの十二人の子は、後のイスラエル十二部族の祖とされる。

1.3.モーセと出エジプト

  • モーセ
エジプトで抑圧されていたイスラエルの民を導き出した指導者。
  • 出エジプト
民族的・宗教的アイデンティティの原点となる出来事。
  • シナイ契約(律法授与)
神と民との契約が律法という形で具体化される。

⠀モーセ自身は約束の地に入ることなく死去し、後継者ヨシュアがカナン定住を導く。

1.4.王国時代と分裂王国

  • 初代王:サウル
  • 第二代王:ダビデ
  • 第三代王:ソロモン

⠀ソロモン死後、王国は分裂する。

北イスラエル王国

  • 前722年頃、アッシリア帝国により滅亡
  • 住民の移住政策により、民族的・宗教的混淆が進行

⠀南ユダ王国

  • 前587年、新バビロニア帝国により滅亡
  • バビロン捕囚が発生

⠀その後、前539年にアケメネス朝ペルシャがバビロニアを征服し、捕囚民は帰還を許される。 以後、ヘレニズム時代(プトレマイオス朝、セレウコス朝)の支配を受ける。

1.5.ハスモン朝時代

  • 前166年、マカベア戦争が勃発
  • 指導者:ユダ・マカバイ

⠀その後、ハスモン朝(マカベア王朝)が成立し、一時的な独立を達成する。

1.6.イエス時代のユダヤ

  • 前37年以降、ヘロデ大王の支配下で、ローマの影響力が強まる

⠀この時代の特徴:

  • ローマ支配への不満
  • 宗教的諸派の対立
    • サドカイ派:現状維持
    • ファリサイ派:宗教的純化志向
    • 熱心党:武装抵抗
  • 社会的不安・経済格差の拡大
  • メシア待望の高まり(政治的解放者としての期待)

1.7.イエス運動

  • イエス・キリストの宣教
    • 「神の国」の到来の宣言
    • 貧者・社会的弱者への祝福
    • 癒しや悪霊祓いなどの行為
  • 十字架刑による処刑
  • 弟子たちによる復活信仰の宣教
  • ペンテコステ
初期教会成立の象徴的出来事

⠀その後、福音書・書簡などの文書が形成され、教義の体系化が進展し、後の教会(特にカトリック教会の原型)へと発展していく。

補足(重要な学術的注意)

  • 「サマリア人=北王国の末裔」という理解は一面では正しいが、宗教的対立の歴史も含めて慎重に扱う必要がある。
  • 「旧約=古いから価値が低い」という意味ではなく、「契約の区分」を示す神学用語である。
  • イエス時代の「メシア待望」は単一ではなく、多様な期待(王的・預言者的・祭司的)が存在した。

2026年4月22日水曜日

(沖縄・辺野古転覆事故で、「同志社」と共に話題となっている) 「日本基督教団」の成立とその歴史的性格——ネット上の情報に対する修正と補足として

 


1.概要

 日本基督教団は、1941年に成立した日本最大のプロテスタント合同教会であり、その成立は、単なる複数の教派教会動詞の教会合同ではなく、国家・社会・神学の交錯の中で理解されるべき歴史的事象である。

2.成立の基本構造

 本教団の成立は、以下の二要因の交錯によって規定される。
(1)外的要因:国家権力による統制
 第二次大戦下の日本戦時体制下において制定された「宗教団体法」により、宗教団体は国家権力によって国家統制の枠内に組み込まれた。
 これにより日本政府側からは
  • 教派の分立は管理上の「非効率」と見なされる
  • 統一的教団の形成が事実上要請される
 つまり、像を1頭管理する方が、蟻を100万匹管理するより効率がいいという論理で、国家にとって管理しやすい宗教体制が志向される。
したがって教団成立は、国家主導的な宗教再編の一環という側面を持つ。

(2)内的要因:教会合同運動の蓄積

 しかしながら、この合同は完全な外圧によるもののみではない。背景には、
  • 19世紀末以降の教会合同運動
  • 宣教団体を通じた国際的連携
 エキュメニカル運動の影響が存在していた。
 したがって、教団成立は「外的強制」と「内的志向」の重なり合いとして理解される。
 国家権力による圧力でもあるが、それは同時に「渡りに船」の好機とも言えた。

3.成立過程

  1. 各教派間の協議と調整
  2. 約30教派の合同決定
  3. 1941年の創立総会
 この過程により、単一の教団としての日本基督教団が成立した。

4.成立の歴史的性格

 この教団の特徴は、単純な組織的一致ではなく多元的統合にある(多元性と統合は、論理的には相矛盾する関係)。
  • 神学・典礼・制度の統一は不十分
  • 各旧教派の自主性が温存
  • 統一原理は制度的であり、神学的には一致性が乏しい。
 したがってこの合同は、さしあたっては「神学的一致」ではなく「歴史的妥協」として評価され得る。→一致を喜ぶ界隈と、教派的独自性が失われて悲しむ界隈。反応も二分することに。

5.戦後の展開と再編

 戦後、信教の自由の回復とともに教団は再出発するが、
  • 海外教会との再接続 支援受領と自立性の再設定
  • 各教派の再自立志向 教派・教団の独立、教団離脱
  • 聖公会・ルター派の離脱
などにより動揺を経験する。
 なお教団に留まり続ける教派的グループは、取り残されたような状況下、その意義とアイデンティティの構築を迫られた(今もなお、常に迫られ続ける運命)。
 それでも教団は解体せず存続し、結果として、多数教派を内包する合同教会として位置づけられる。

6.まとめ

 日本基督教団は、国家的要請の中で成立しつつも教会合同運動の蓄積を背景に成立した教団であり、教派的「多様性」持つ一方で、そのロジカルな帰結として、統一的な一致の不完全性をも内包した教団である。
 多様性を内包する組織が、一つの組織としていかにして一致性を保持し得るか。同時にその逆として、一つの組織として一致性を持つ組織が、いかにして多様性を保持し続けられるかという、組織論的に壮大な実験体としての価値を持つと言える。今日、我々を取り巻く世界が多様性重視を求められる一方で、一体性が課題とされているように。

7. 現在の日本基督教団の状況

 ネットなどで出回っている情報の修正として
  • 「日本基督教団は左翼」
  →左翼的な社会派志向の勢力は確かに存在するが、
   全体上の割合としては、少なくとも過半数を割っている。
   よって、同教団の特性を「左」と断定することは不正確。
  • 「戦後、ちゃんとした教会は、教団を離脱した」
  「だめな教会が、教団に残った」
  →教派の独自性と自主性を重んじた教会は、離脱した。
  →国家権力の圧力ではあれ、教派合同というエキュメニズムを
   神の歴史展開と理解した教会は、留まった。
  • 「京都教区の総会で、基地反対運動を支持する決定が為された」「これは日本基督教団が左翼であることの証左だ」
 →京都だけでなく、社会派系統(左翼的)の勢力が過半数を取り、支配権を握っている教区では、反対運動体への支援が為されている、または支持するベクトルにある。
 →ただし、全国レベルでは左派的勢力は過半数を上回っていないことには注意。地方・地域ごとに特性がある。

2026年4月20日月曜日

【新宗教・新興宗教解説】【速報】「かむながらのみち」教主 北川慈敬氏逝去—ゆずの北川悠仁氏の母、高島彩氏の義母

 

教団の歴史については、以下をご参照ください。


【新宗教・新興宗教解説】「かむながらのみち」ー教祖は高島彩氏の姑、ゆずの北川悠仁氏の実母、北川慈敬氏

https://youtu.be/9O-982hnWZE

【新宗教・新興宗教】なぜエホバの証人、旧・統一教会、モルモン教は、正統的キリスト教会から異端とされているのか

 


エホバの証人、統一教会(現・世界平和統一家庭連合)、モルモン教については、下記の動画で解説をしておりますので、どうぞご覧ください。

<関連動画>
【新宗教・新興宗教解説】旧・「統一教会」(現・世界平和統一家庭連合) 教祖・文鮮明
https://youtu.be/8suZn-4reHI

【新宗教・新興宗教解説】エホバの証人(ものみの塔)の歴史 教祖チャールズ・ラッセル
https://youtu.be/OezbuwScDqA

【新宗教・新興宗教解説】「末日聖徒イエス・キリスト教会」(モルモン教)ーその歴史と教祖ジョセフ・スミスの足跡
https://youtu.be/NKNk6y6DStY

<再生リスト>
「新宗教・新興宗教」
https://www.youtube.com/playlist?list=PL_EWMPQGAoVSRBehjZKZPUKG7Ea9AhKd0

ーーーレジュメーーー
「なぜモルモン教・エホバの証人・旧統一教会は正統的キリスト教会から異端的とされているのか」

 1 異端認定されるポイント
a 旧約聖書、新約聖書、合計66巻、足しても減らしてもダメ  2世紀前半のマルキオン
 教義の源泉・基準としての聖書として確定して固定する=聖書の「正典」化
 写本や翻訳上の多少の差異は別として、内容の書き換え・恣意的な翻訳もダメ
b 聖書「正典」解釈から逸脱した教義
 ・三位一体論の否定 キリストや聖霊の「神性」否定も含む 「神性」=神である本質
 ・キリストを僭称 新約聖書では「偽キリスト」

 2 事例
 a モルモン教(末日聖徒イエス・キリスト教会)
・1830年創立、創始者:ジョセフ・スミス
・モルモン経をプラス。これを聖書解釈に必須と位置づけ

 b エホバの証人
・1870年創立、創始者:チャールズ・テイズ・ラッセル
・三位一体の否定ーキリストが父なる神に対して劣る存在
         アレイオス論争的ーーニカイア公会議325年 キリストと父との同質性
        ー聖霊は神のパワー  聖霊の神性否定
・上記路線に沿わせるための意図的な聖書翻訳 「新世界訳」
・複数国でカルト認定

 c 旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)
・創始者:文鮮明
・文鮮明が自身を再臨のキリストと自称 →キリスト僭称に該当
・複数国でカルト認定 霊感商法、集団結婚式

【キリスト教学講義シリーズ ②】第5章 ローマ世界への浸透と迫害から、キリスト教公認、国教化、ローマ帝国東西分割、西ローマ帝国滅亡

  第5章 ローマ世界への浸透と迫害から、キリスト教公認、国教化 ユダヤ教は、第1次ユダヤ戦争で壊滅状態になり、戦後に再編成。   メシア思想、終末思想の放棄。律法遵守中心。離散により国家を持たない民族へ。 100年頃 ユダヤ教のヤムニア会議。キリスト教の排除が決定。正典決定。 ...