2026年8月21日金曜日

<レジュメ版と文章版>信条・信仰告白の講解説教 ――1890年「信仰ノ告白」を中心に

<本レジュメの末尾以降に、文章版を掲載しています>

信条・信仰告白の講解説教
――1890年「信仰ノ告白」を中心に
 
1.信条・信仰告白を説教するということ
信条(creed)[1]・信仰告白(confession)[2]は、単なる教理(doctrine)[3]・教義(dogma)[4]の要約ではない。その多く―特に信仰告白―は、教理論争、異端との対立、教派間の競合、社会や国家との緊張など、具体的な歴史的状況の中で形成されてきた。したがって、信条・信仰告白を講解するに先立ち、“なぜ、その時代の教会は、それをあえて告白しなければならなかったのか”を問う必要がある。
しかし、講解説教は、単なる教会史・教理史の解説ではない。重要なのは、“その論争を通して教会が守ろうとした福音の核心を明らかにし、それを現代の信徒が直面する問題へと結びつけること”である。
信条の言葉→成立した歴史的背景・論争→そこで守ろうとされた福音
→現代においてそれを脅かすもの→今日「われらは信ず」と告白する意味
この流れが、信条・信仰告白の講解説教の基本形となる。
通常の説教  聖書箇所朗読→説教:聖書・福音内容→聴衆への適用
信条の説教  聖書箇所朗読→説教:信仰告白→聖書・福音内容→聴衆への適用
 
2.1890年「信仰ノ告白」成立の日本教会史的背景
(1)日本基督公会
1859年、開港以後の横浜、各プロテスタント教派宣教師が来日。
米国長老派J・C・ヘボン、米国オランダ改革派、S・R・ブラウン、同じく改革派J・H・バラ、バプテスト系ジョナサン・ゴーブル
 1872年 バラの英語学校→祈祷会を背景に日本人青年が受洗。
(2)日本基督一致教会の成立
1877年、日本基督公会を中心とする教会と、長老派・改革派系の宣教師によって形成された諸教会が合同。→日本基督一致教会が成立。改革派・長老派の伝統。教理的基準が以下。
  • ウェストミンスター信仰告白
  • ウェストミンスター小教理問答
  • ハイデルベルク信仰問答
  • ドルト信仰規準
 日本人基督者の問い:「欧米の教会が歴史的論争の中で形成した信仰告白を、そのまま日本の教会の告白としてよいのか」―日本教会の主体性、日本という文脈
(3)公会主義と「日本の教会」の形成
明治初期の日本プロテスタント教会の気概:欧米の教派的区分の移植ではなく、キリストにある一つの教会を日本に形成する。=公会主義的志向
(4)日本組合基督教会との合同問題
1880年代後半、日本基督一致教会と日本組合基督教会との合同について検討。
→合同教会の信仰的基準をどうするかという課題
合同そのものは実現しなかったが、この過程で生まれた「簡易な信仰告白による一致」という理念が残存。1890年の信仰告白制定へ繋がる。→簡易信条
 
3.1890年という社会的文脈
近代国家として急速に自己形成を進める日本――天皇中心主義
1889年 大日本帝国憲法発布
1890年10月30日 教育ニ関スル勅語(教育勅語)発布
孝・悌・夫婦の和・朋友の信・公益への奉仕などの徳目の明示。総合的に、天皇中心国家秩序の位置づけ。
1890年12月 日本基督一致教会「信仰ノ告白」制定・日本基督教会へ改称
1891年1月 内村鑑三不敬事件
*教派神道十三派の政策にも見られるように、明治政府は管理・統制を強める時代。
 
国家が「日本人はいかに生きるべきか」を言語化する一方、教会もまた、「誰を主なる神として崇め、キリスト者はいかに生きるべきか」の信仰告白の時代。
*ただし、1890年「信仰ノ告白」と教育勅語の因果関係の論証は困難。
*内村鑑三不敬事件が重要。キリスト者の信仰的忠誠 VS近代日本国家の忠誠 表面化。
 
4.1890年「信仰ノ告白」の理念
(1)外国の信条から「われわれの告白」へ
単なる“簡易信条”ではなく、
「何を告白すれば、教会は教会として立つことができるのか」
という喫緊の問題。
詳細な教派的相違を網羅しつつ、キリスト教信仰の核心の告白が模索された。
(2)中心に置かれるキリスト
同信仰告白冒頭:「我等が神と崇むる主耶蘇基督」→我々は誰を主とするのか
(3)教派的一致から公同的信仰へ
1890年信仰告白は、特定教派の詳細な教理体系を提示以上に、歴史的キリスト教会が共有してきた信仰との連続性を重視。
「独自の前文+使徒信条」という構造化。
信仰さえあれば、でもない。日本的文脈は関係ない、でもない。以下の一言に集約。
日本の教会自身の言葉で、公同の教会が受け継いできた信仰を告白する
 
5.1890年「信仰ノ告白」の全体構造
1890年信仰告白の前文は、おおむね次のような神学的展開を持つ。
構成 内容 神学的主題
我等が神と崇むる主耶蘇基督 キリスト告白
神の子が人となる 受肉
罪のために完全な犠牲を献げる 贖罪
信仰によってキリストと一体となる キリストとの結合
赦され、義とされる 罪の赦し・義認
信仰が愛によって働き、心を清める 聖化・信仰生活
父・子と共に聖霊を礼拝する 三位一体
聖霊がキリストを現す 聖霊論
聖霊の恵みによって神の国に入る 救済論
預言者・使徒・聖徒に働く聖霊 啓示・教会
新旧約聖書に語る聖霊 聖書論
聖徒に伝えられた信仰 信仰の継承
使徒信条 公同教会との一致
全体の簡略化
キリスト(神、受肉、贖罪主)復活、再臨などは、“ここでは”言及されず。
 ↓
救い(キリストとの結合、贖罪、義認)
 ↓
聖霊(三位一体論、信徒とされて以降の救済論)
 ↓
聖書(聖霊による歴史介入と霊感、聖書の正典性)
 ↓
歴史的教会(信仰の継承)
 ↓
現在の教会の告白(教会の伝統との連続性)
 
6.1890年「信仰ノ告白」講解説教における現代への適用
教会は、それぞれの当時の戦いを通して何を守ろうとしたのか。
 
キリスト論
古代時代の問答:「キリストは真の神」
明治時代の問答:「人なる天皇ではなく、神であるキリストを崇める」
現代の問答:「イエスは単なる道徳的模範者ではなく、私の罪、重荷を担う方」
 
義認
古代時代の問答:「人はいかにして神の前に義とされるか」
明治時代の問答:同上+「天皇が人なら、誰が私を誰の前で義とするのか」
現代の問答:「自分の過ち、負い目、存在価値、これらはどこから来るのか」
 
聖書論
古代時代の問答:「教会における聖書の権威とは何か」「正典とは。その中身とは」
明治時代の問答:「天皇と富国強兵ニッポンが、私に真理を語りえるのか」
現代の問い:「無数の情報と価値観が自己実現を推す洪水社会で、何を最終的な判断基準として生きるのか」
 
7.1890年信仰告白から現代へ――「誰を主とするのか」
・1890年という時代=富国強兵、国家、教育、社会の近代化。新たな帰属、自己意識、忠誠が求められる時代
・現代という時代:国家、政治的立場、会社、、学歴、社会的評価、SNS、世論、自己実現が、「自分の生きる目的、存在価値を定義せよ」と人に迫る時代。
 
結語
「我等が神と崇むる主耶蘇基督」と告白することは、単なる古い教理の復唱ではない。
それは、「私は誰に属するのか」「何を究極的な価値とするのか」「誰の言葉によって、どのように生きるべきのか」という問いに対する、現在の教会の回答。
したがって信仰告白の講解説教とは、「昔の教会が何を信じていたか」を説明することではなく、受け継いだ信仰を「今日、私たちは何を信じて生きるのか」という告白へと変えていく営みである。
1890年の日本の教会が、受け継いだキリスト教信仰を自らの時代と場所において「我等」の信仰告白としたように、現代の教会もまた、それを「(今を生きる)私たちの告白」として語り直すことを求められている。その意味で、我々は同信仰告白は、これを重んじつつも、常に語り直されていくという形で改革され続けることを我らに求む信仰告白であるし、それを実現する場が、礼拝における同信仰告白講解説教である。


[1] 信条(Creed)――キリスト教会が共有する基本的な信仰内容を簡潔に定式化し、「われらは信ず」と公に告白するもの。礼拝・洗礼・信仰教育などで唱和されることが多い。一般に簡潔であるが、アタナシオス信条のように比較的長いものもある。
[2] 信仰告白(Confession)――特定の歴史的状況で教会・教派の信仰的立場を具体的に表明するもの。一般に信条より詳細で比較的長いが、1890年「信仰ノ告白」やバルメン神学宣言など、簡潔なものもある。
[3] 聖書と教会の伝統に基づいて整理・体系化された信仰上の教え。
[4] 教会が公的・規範的なものとして確定・告白した信仰内容。


信条・信仰告白の講解説教

――1890年「信仰ノ告白」を中心に

1.信条・信仰告白を説教するということ

信条や信仰告白は、キリスト教の教理・教義を簡潔にまとめただけのものではありません。それらの多くは、教理をめぐる論争、異端とされた思想との対立、教派間の競合、あるいは社会や国家との緊張など、具体的な歴史的状況のなかで形成されてきました。

したがって、信条や信仰告白を講解する場合には、まず次のように問う必要があります。

なぜ、その時代の教会は、その内容をあえて告白しなければならなかったのでしょうか。

ここでいう「信条」とは、キリスト教会が共有する基本的な信仰内容を簡潔に定式化し、「われらは信ず」と公に告白するものです。使徒信条のように、礼拝、洗礼、信仰教育などにおいて唱えられることが多く、教会の公同的な信仰を表明します。ただし、アタナシオス信条のように、比較的長いものもあります。

これに対して「信仰告白」とは、教会や教派が、特定の歴史的状況のもとで、自らの信仰的立場を具体的に表明するものです。一般に信条よりも詳細で長い傾向がありますが、1890年の「信仰ノ告白」やバルメン神学宣言のように、比較的簡潔なものもあります。

また、「教理」とは、聖書と教会の伝統に基づいて整理・体系化された信仰上の教えを指します。「教義」とは、そのなかでも教会が公的かつ規範的なものとして確定し、告白してきた信仰内容です。

もっとも、信条や信仰告白の講解説教は、教会史や教理史を説明することだけを目的とするものではありません。大切なのは、過去の教会が具体的な論争や葛藤を通して守ろうとした福音の核心を明らかにし、それを現代の信徒が直面している問題へと結びつけることです。

そのため、講解説教では、まず信条・信仰告白の言葉に注目し、次に、それが成立した歴史的背景や論争を確認します。そのうえで、そこで守ろうとされた福音の内容を見極め、現代においてその福音を脅かすものが何かを問い直します。そして最後に、今日の私たちが「われらは信ず」と告白することの意味を明らかにします。

通常の説教では、聖書箇所が朗読され、その聖書の言葉から福音の内容が説き明かされ、聴衆の生活へと適用されます。信条・信仰告白を扱う説教では、そこに信仰告白という媒介が加わります。すなわち、聖書箇所を読み、その光のもとで信仰告白の内容を解き明かし、さらにその告白が証しする聖書的・福音的内容を、現代の聴衆の生活へと結びつけます。


2.1890年「信仰ノ告白」成立の日本教会史的背景

(1)日本基督公会の成立

1890年の「信仰ノ告白」を理解するためには、まず明治初期の日本プロテスタント教会の形成過程を確認する必要があります。

1859年の開港以後、横浜をはじめとする開港地には、さまざまなプロテスタント教派の宣教師が来日しました。米国長老派のジェームズ・カーティス・ヘボン、米国オランダ改革派のサミュエル・ロビンス・ブラウン、同じく改革派のジェームズ・ハミルトン・バラ、バプテスト系のジョナサン・ゴーブルなどが、その代表的な人物です。

彼らは、直接的な伝道だけでなく、語学教育、医療、聖書翻訳などを通して、日本社会との接点を築いていきました。とりわけ、宣教師の英語学校に集まった日本人青年たちは、学びと祈りの交わりを通してキリスト教信仰に触れるようになりました。

1872年には、バラの英語学校に関わる祈祷会などを背景として、日本人青年たちが洗礼を受け、日本基督公会が形成されました。この教会の成立は、日本におけるプロテスタント教会の歩みにとって重要な出発点となりました。

(2)日本基督一致教会の成立

1877年には、日本基督公会を中心とする教会と、長老派・改革派系の宣教師たちによって形成された諸教会が合同し、日本基督一致教会が成立しました。

この教会は、長老派・改革派の伝統を受け継ぎ、次の文書を重要な教理的基準としていました。

  • ウェストミンスター信仰告白
  • ウェストミンスター小教理問答
  • ハイデルベルク信仰問答
  • ドルト信仰規準

しかし、日本人のキリスト者たちは、やがて次のような問いに直面することになります。

欧米の教会が、それぞれの歴史的論争のなかで形成した信仰告白を、そのまま日本の教会自身の告白として受け入れてよいのでしょうか。

ここで問われていたのは、欧米の信仰告白を否定することではありません。むしろ、それらの信仰的遺産を受け継ぎながら、日本の教会が日本という具体的な状況のなかで、自らの主体的な言葉によって信仰を告白できるかどうかでした。

(3)公会主義と「日本の教会」の形成

明治初期の日本プロテスタント教会には、欧米に存在する教派的区分をそのまま日本に移植するのではなく、キリストにある一つの教会を日本に形成しようとする志向が見られました。

この公会主義的志向は、個々の教派の特色をすべて解消することを意味したわけではありません。それぞれの教派的伝統を踏まえながらも、それ以上に、キリストを信じる者たちの一致と、公同の教会との連続性を重視する姿勢でした。

日本の教会は、単に欧米教会の出先機関であることにとどまらず、日本の地に根ざした教会として、自らの責任において信仰を告白することを求められていました。

(4)日本組合基督教会との合同問題

1880年代後半には、日本基督一致教会と日本組合基督教会との合同が検討されました。その際、重要な課題となったのは、合同後の教会が、どのような信仰的基準のもとに一致するのかという問題でした。

教派ごとに受け継いできた詳細な信仰告白を、そのまま合同教会全体の基準とすることは容易ではありません。そこで、キリスト教信仰の核心を簡潔に表明する信仰告白によって一致するという方向が模索されました。

最終的に両教会の合同は実現しませんでしたが、「簡潔な信仰告白による一致」という理念は、その後も残りました。この理念が、1890年の「信仰ノ告白」の制定へとつながっていきます。

したがって、1890年の信仰告白が簡潔であることは、単に教理的内容を減らしたという意味ではありません。それは、教会の一致にとって不可欠な福音の中心を見極めようとした結果でした。


3.1890年という社会的文脈

1890年は、日本が近代国家として急速に自己形成を進めていた時期でした。その過程では、国家の秩序、教育のあり方、国民の道徳、天皇への忠誠などが、強く意識されるようになりました。

1889年には大日本帝国憲法が発布されました。翌1890年10月30日には、「教育ニ関スル勅語」、いわゆる教育勅語が発布されました。教育勅語は、親への孝行、兄弟姉妹の友愛、夫婦の調和、友人への信義、公益への奉仕などを徳目として掲げ、それらを天皇を中心とする国家秩序のなかに位置づけました。

その年の12月、日本基督一致教会は「信仰ノ告白」を制定し、教会の名称を日本基督教会へと改めました。そして翌1891年1月には、内村鑑三不敬事件が起こりました。

これらの出来事は、国家が「日本人はいかに生きるべきか」を示そうとしていた時代に、教会もまた「誰を主なる神として礼拝し、キリスト者はいかに生きるべきか」を告白していたことを示しています。

ただし、教育勅語の発布が直接の原因となって、1890年の「信仰ノ告白」が制定されたと断定することはできません。両者のあいだに直接的な因果関係を認めるには、慎重な史料的検討が必要です。

それでも、近代国家への忠誠が重視される社会において、キリスト者の信仰的忠誠がどこに向けられるのかという問題が、次第に表面化していたことは見逃せません。内村鑑三不敬事件は、その緊張を象徴的に示す出来事でした。

また、明治政府が宗教を管理し、制度的に位置づけようとしたことも、当時の教会を取り巻く重要な背景でした。教派神道の制度化に見られるように、国家は宗教に対する管理・統制を進めていました。そのような時代に、教会が自らの信仰を公に言葉にすることは、単なる教理上の確認にとどまらない意味をもっていたと考えられます。


4.1890年「信仰ノ告白」の理念

(1)外国の信条から「われわれの告白」へ

1890年の「信仰ノ告白」は、しばしば簡潔な信仰告白として理解されます。しかし、その重要性は、内容が短いという点だけにあるのではありません。

その背後には、次のような根本的な問いがあります。

何を告白すれば、教会は教会として立つことができるのでしょうか。

欧米の教会が長い歴史のなかで形成した信仰告白は、日本の教会にとっても重要な遺産でした。しかし、それらの教派的相違や歴史的論争を詳細に繰り返すことが、そのまま日本の教会の主体的な告白になるわけではありません。

そこで求められたのは、キリスト教信仰の核心を明確に保ちながら、日本の教会が自らの言葉によって「われわれは何を信じるのか」を表明することでした。

この意味で、1890年の「信仰ノ告白」は、外国の教会から受け継いだ信仰を、日本の教会自身の告白として引き受け直す試みであったといえます。

(2)中心に置かれるキリスト

1890年の信仰告白は、次の言葉から始まります。

「我等が神と崇むる主耶蘇基督」

この冒頭の言葉には、信仰告白全体の中心が凝縮されています。すなわち、私たちが神として礼拝する方は誰なのか、私たちが主として従う方は誰なのかという問いです。

「主耶蘇基督」という告白は、イエスを優れた宗教家や道徳的模範として尊敬するだけでは十分ではないことを示しています。ここで告白されているのは、神の子が人となり、私たちの罪のためにご自身を献げ、私たちを救いへと導く方です。

したがって、この告白は、単に教理的に正しいキリスト論を確認するためのものではありません。それは、私たちが人生の根本において誰に信頼し、誰に属し、誰の言葉に従って生きるのかを表明する告白です。

(3)教派的一致から公同的信仰へ

1890年の「信仰ノ告白」は、特定の教派の詳細な教理体系を提示すること以上に、歴史的なキリスト教会が共有してきた信仰との連続性を重視しています。そのことは、「独自の前文」と「使徒信条」を組み合わせる構造に表れています。

前文では、日本の教会が、自らの時代と状況のなかで、キリスト、救い、聖霊、聖書、教会について告白します。そして使徒信条を続けることによって、その告白が、古代以来の公同の教会の信仰と切り離されたものではないことを示します。

つまり、日本的な状況だけを重視して、歴史的教会の伝統から離れるのでもありません。反対に、教会の伝統だけを繰り返して、日本という具体的な文脈を無視するのでもありません。

日本の教会自身の言葉で、公同の教会が受け継いできた信仰を告白します。

1890年の「信仰ノ告白」の理念は、この点に集約されます。


5.1890年「信仰ノ告白」の全体構造

1890年の「信仰ノ告白」の前文は、キリストの告白から始まり、救い、聖霊、聖書、教会、そして使徒信条へと展開していきます。

構成告白される内容神学的主題
我等が神と崇むる主耶蘇基督キリスト告白
神の子が人となる受肉
罪のために完全な犠牲を献げる贖罪
信仰によってキリストと一体となるキリストとの結合
赦され、義とされる罪の赦し・義認
信仰が愛によって働き、心を清める聖化・信仰生活
父・子とともに聖霊を礼拝する三位一体
聖霊がキリストを現す聖霊論
聖霊の恵みによって神の国に入る救済論
預言者・使徒・聖徒に働く聖霊啓示・教会
新旧約聖書に語る聖霊聖書論
聖徒に伝えられた信仰信仰の継承
使徒信条公同教会との一致

第一に、「我等が神と崇むる主耶蘇基督」と告白されます。ここでは、イエス・キリストが神として礼拝される方であることが示されます。信仰告白の出発点は、抽象的な宗教理念ではなく、具体的なキリストの告白です。

第二に、神の子が人となられたことが告白されます。これは受肉を表しています。神は人間の苦しみや歴史から遠く離れた存在ではなく、イエス・キリストにおいて人間の現実のなかへと来られました。

第三に、キリストが私たちの罪のために完全な犠牲を献げられたことが告白されます。ここでは、キリストの十字架が、私たちの罪と神との断絶に関わる救いの出来事として理解されています。

第四に、私たちが信仰によってキリストと一体となることが示されます。救いは、キリストについての知識を得ることだけではありません。キリストと結ばれ、その命にあずかることです。

第五に、その結びつきのなかで、私たちが罪を赦され、神の前に義とされることが告白されます。人間は、自分自身の功績や道徳的努力によって神の前に正しい者とされるのではありません。キリストの恵みによって赦され、受け入れられます。

第六に、その信仰が愛によって働き、人の心を清めていくことが示されます。ここでは、信仰と生活が切り離されていません。神に受け入れられた者は、愛に生きる者として変えられていきます。これが聖化と信仰生活の主題です。

第七に、父と子とともに聖霊を礼拝することが告白されます。これは、父・子・聖霊なる神を礼拝する三位一体信仰の表明です。

第八に、聖霊がキリストを私たちに示し、キリストの救いを現実のものとされることが語られます。キリストについての告白は、過去の出来事を思い出すだけではありません。聖霊の働きによって、キリストが現在の私たちにとって生きた主として示されます。

第九に、聖霊の恵みによって、私たちが神の国に入れられることが示されます。救いは人間自身の能力によるものではなく、神の恵みの働きによるものです。

第十に、聖霊が預言者、使徒、聖徒たちのなかに働いてこられたことが語られます。信仰は、一人ひとりの個人的な経験だけに基づくものではありません。それは、神が歴史のなかで人々に働きかけ、教会を導いてこられたことに根ざしています。

第十一に、新旧約聖書を通して聖霊が語られることが告白されます。聖書は、単なる古代の宗教文書の集まりではなく、聖霊によって教会に語りかける神の言葉を証しする書として受け止められます。

第十二に、その信仰が聖徒たちに伝えられ、歴史を通して受け継がれてきたことが示されます。現在の教会の信仰は、自分たちだけで新しく作り出したものではありません。先立つ教会から受け継いだ信仰に連なっています。

第十三に、使徒信条が置かれます。これによって、日本の教会の告白が、公同の教会の歴史的信仰と一致していることが示されます。

以上の流れは、次のようにまとめられます。

キリストの告白(神・受肉・贖罪)

救い(キリストとの結合・罪の赦し・義認)

聖霊(三位一体・聖化・救いの完成)

聖書(歴史に働く聖霊・聖書の証言)

歴史的教会(信仰の継承)

現在の教会の告白(公同教会との連続性)

なお、キリストの復活や再臨などが前文で個別に詳述されていないとしても、それらが軽視されているという意味ではありません。前文の後に続く使徒信条において、それらの信仰内容が告白されるため、全体として理解する必要があります。


6.1890年「信仰ノ告白」講解説教における現代への適用

信仰告白を現代の説教において語るためには、それぞれの時代の教会が、どのような問いに直面し、何を守ろうとしたのかを考える必要があります。

(1)キリスト論

古代教会にとって重要な問いの一つは、「キリストは真の神であるのか」という問題でした。この問いは、イエス・キリストが単に優れた人間や神に近い存在であるのか、それとも神ご自身として礼拝される方であるのかをめぐるものでした。

明治期の日本の教会にとって、このキリスト告白は、「私たちは誰を究極的な主として礼拝するのか」という問いと結びつきました。国家と天皇への忠誠が強く求められる社会において、キリストを神として礼拝することは、信仰の根本的な帰属先を明らかにすることでした。

現代においても、この問いは失われていません。イエスを立派な道徳教師、愛の模範、あるいは人生の参考になる人物として理解することはできます。しかし、キリスト教信仰は、それだけにとどまりません。

イエス・キリストは、私にとって単なる道徳的模範なのでしょうか。それとも、私の罪、重荷、苦しみを担い、私を救う生ける主なのでしょうか。

キリスト論を語る説教は、「キリストは真の神です」という教理的命題を説明するだけでは十分ではありません。その方が、現実の不安、孤独、罪責、挫折を抱える私たちにとって、どのような救い主であるのかを語る必要があります。

(2)義認

義認をめぐる問いは、「人は、どのようにして神の前に義とされるのか」という問題です。

これは、キリスト教の歴史を通して繰り返し問われ、宗教改革においても特に重要な主題となりました。人間は、自らの善行、功績、宗教的努力によって神に認められるのでしょうか。それとも、神の恵みによって赦され、受け入れられるのでしょうか。

明治期の日本においては、この問いに、「誰が私の価値を最終的に判断するのか」という問題も重なりました。国家や社会から評価されることが、人間の価値を決定するのでしょうか。それとも、神がキリストにおいて私たちを受け入れてくださることが、私たちの存在の基礎となるのでしょうか。

現代社会でも、多くの人が、自分の過ちや負い目に苦しんでいます。また、学歴、職業、収入、社会的成功、周囲からの評価などによって、自分の価値を測ろうとします。

そのなかで義認の福音は、次のように告げます。

あなたの価値は、あなたの成果や評価だけによって決まるのではありません。

自分自身を正当化し続けなければならない社会のなかで、神がキリストを通して私たちを受け入れてくださることが、義認の中心です。

したがって、義認についての講解説教は、「人が神の前に義とされる」という神学的表現を説明するだけではなく、「自分の失敗や負い目を抱えながら、それでも受け入れられて生きるとはどういうことか」という現代的な問いに応える必要があります。

(3)聖書論

聖書論をめぐって、古代教会は、「教会における聖書の権威とは何か」「どの文書を正典として受け入れるのか」という問いに取り組みました。

さまざまな教えや文書が存在するなかで、教会は、使徒たちの証言と福音に根ざした文書を受け継ぎ、それらを信仰と生活の基準としてきました。

明治期の日本では、「国家の理念や社会の価値観が、人間にとっての最終的な真理を語ることができるのか」という問いが生じました。近代化、富国強兵、国家への忠誠が強調される社会において、教会は、神の言葉を聞くべき場所がどこにあるのかを問わなければなりませんでした。

現代社会では、情報があふれ、無数の価値観が同時に流通しています。インターネット、報道、広告、SNSなどは、「こう生きるべきだ」「こうすれば成功できる」「もっと自分を実現すべきだ」と、絶えず人に呼びかけます。

そのなかで問われるのは、次のことです。

私たちは、何を最終的な判断基準として生きるのでしょうか。

聖書を信仰の基準として受け止めることは、社会の情報をすべて拒否することではありません。むしろ、多様な情報や価値観に接しながらも、それらによって自分の存在や生き方を一方的に決定されないために、神の言葉に立ち返ることです。

聖書論の講解説教は、「聖書には権威があります」と述べるだけで終わるべきではありません。絶えず比較され、評価され、自己実現を求められる現代社会において、神の言葉がどのように私たちを自由にし、支えるのかを示す必要があります。


7.1890年信仰告白から現代へ――「誰を主とするのか」

1890年という時代は、富国強兵、近代国家の形成、教育制度の整備、社会の再編が進むなかで、人々に新たな帰属意識や忠誠が求められた時代でした。

その状況のなかで、日本の教会は、次のように告白しました。

「我等が神と崇むる主耶蘇基督」

それは、国家や社会のなかで生活しながらも、人間の究極的な帰属先がどこにあるのかを問い直す言葉でした。

現代社会においても、私たちはさまざまなものから、自分の価値や生きる意味を定義するよう求められています。国家や政治的立場、会社や職業、学歴、収入、社会的評価、SNSでの反応、世論、自己実現などが、私たちに対して問い続けます。

「あなたは何者なのですか」
「何を成し遂げたのですか」
「どれほど認められているのですか」

これらのものは、それ自体が必ずしも悪いわけではありません。しかし、それらが人間の価値を最終的に決定するものとなるとき、私たちは容易に不安や比較、競争や自己否定のなかに閉じ込められます。

そのような状況で、「我等が神と崇むる主耶蘇基督」と告白することは、私たちの存在の中心を改めて確かめることです。

私たちは、社会的評価によってのみ生きる者ではありません。成功や失敗によって最終的に価値づけられる者でもありません。キリストに知られ、キリストに愛され、キリストに属する者として生きるよう招かれています。

この信仰告白は、次の問いに対する教会の答えです。

「私は誰に属するのか」
「何を究極的な価値とするのか」
「誰の言葉によって、どのように生きるのか」


結び

「我等が神と崇むる主耶蘇基督」

このように告白することは、単に古い教理を繰り返すことではありません。それは、現代を生きる私たちが、誰を主とし、何を信じ、どこに自らの存在の根拠を置くのかを表明することです。

したがって、信仰告白の講解説教とは、「昔の教会が何を信じていたのか」を説明するだけの営みではありません。教会が受け継いできた信仰を、**「今日、私たちは何を信じて生きるのか」**という現在の告白へと結びつける営みです。

1890年の日本の教会は、歴史的教会から受け継いだキリスト教信仰を、自らの時代と場所において、「我等」の信仰告白として語り直しました。

同じように、現代の教会もまた、その信仰を、いまを生きる「私たちの告白」として語り直すことを求められています。

信仰告白は、過去から受け継いだ言葉を大切に守るものであると同時に、その言葉がそれぞれの時代に何を意味するのかを問い続けるものでもあります。

その意味で、1890年の「信仰ノ告白」は、教会が伝統を尊重しながら、福音に照らして絶えず自らを問い直し、改革され続けることを促す告白です。

そして、その告白を現在の教会の生きた言葉として響かせる場こそが、礼拝における信仰告白の講解説教なのです。

2026年8月19日水曜日

説教や聖書研究をする人のための聖書注解 マタイ27:15–26「バラバの釈放とイエスへの死刑判決」

 

説教や聖書研究をする人のための聖書注解

マタイ27:15–26「バラバの釈放とイエスへの死刑判決」


概要

 マタイ27:15–26は、ローマ総督ピラトによるイエスの裁判の中心部分です。前段の27:11–14では、ピラトの尋問に対してイエスがほとんど沈黙していましたが、ここでは物語の焦点がイエス自身の発言から、ピラト、群衆、祭司長・長老たちの選択と責任へと移ります。
 マタイはマルコ15:6–15を基本的な資料としながら、特にピラトの妻の夢(19節)、ピラトの手洗い(24節)、そして群衆の「その血は、われわれとわれわれの子どもたちの上に」(25節)という言葉を加えています。これらによって、マタイは「イエスの無罪」と「イエスを拒絶する側の責任」を強く前景化しています。
 ただし25節は、後世の反ユダヤ主義において極めて深刻な仕方で濫用されてきた箇所です。そのため、この節をユダヤ民族全体に対する恒久的な「神殺し」の責任として読むことは、本文の物語的・歴史的文脈から慎重に区別する必要があります。

27:15

  • 原文: Κατὰ δὲ ἑορτὴν εἰώθει ὁ ἡγεμὼν ἀπολύειν ἕνα τῷ ὄχλῳ δέσμιον ὃν ἤθελον.
  • 私訳: さて、祭りのたびに、総督は群衆が望む囚人一人を彼らに釈放するのを慣例としていた。


文法解析

  • ἑορτήν:ἑορτή「祭り」女性名詞・単数・対格
  • εἰώθει:ἔθω「習慣である、慣例としている」動詞・直説法・能動態・過去完了・3人称単数
  • ἡγεμών:ἡγεμών「総督、支配者」男性名詞・単数・主格
  • ἀπολύειν:ἀπολύω「解放する、釈放する」動詞・現在・能動態・不定法
  • δέσμιον:δέσμιος「囚人、拘束された者」男性名詞/形容詞・単数・対格
  • ἤθελον:θέλω「望む、欲する」動詞・直説法・能動態・未完了過去・3人称複数

注解
  • この節では、過越祭の際に総督が囚人一人を釈放するという「慣例」が物語に導入されます(マルコ15:6も同様)。ただし、過越祭ごとにローマ総督が囚人を一人釈放したという制度については、福音書以外から明確に確認できる史料が乏しく、その歴史的実態については議論があります。一方、ローマ当局が政治的・社会的事情から恩赦や釈放を行うこと自体は知られています。また、ここで決定権を持つのは形式上ピラトです。


27:16

  • 原文: εἶχον δὲ τότε δέσμιον ἐπίσημον λεγόμενον Ἰησοῦν Βαραββᾶν.
  • 私訳: そのころ、彼らには、イエス・バラバと呼ばれる名の知れた囚人がいた。


文法解析

  • εἶχον:ἔχω「持つ、所有する」動詞・直説法・能動態・未完了過去・3人称複数
  • ἐπίσημον:ἐπίσημος「著名な、目立った、悪名高い」形容詞・男性・単数・対格


注解

  • この節には重要な本文批評上の問題があります。バラバの名前を単に「ばらば(Βαραββᾶς)」とする写本と、「イエス・バラバ)(Ἰησοῦς Βαραββᾶς)とする写本が存在します。
  • 「バラバ(Βαραββᾶς)」は一般にアラム語の bar-abbā に由来すると考えられ、「父の子」という意味に理解できます。そうすると物語上、「父の子」と呼ばれるイエス・バラバと神の子であるイエス・キリストという極めて強い対照が生じます。もっとも、マタイ自身がこの語源的対照を意図的に利用しているかどうかは慎重に判断する必要があります。
  • 「名の知れた囚人」:文脈によっては「悪名高い」と訳すことができます。マルコ15:7では、バラバが「暴動の際に殺人を犯した者たち」とともに拘束されていたと説明されますが、マタイはその具体的説明を省き、ἐπίσημοςという一語で彼が名の知られた囚人であったと述べています。

27:17

  • 原文: συνηγμένων οὖν αὐτῶν εἶπεν αὐτοῖς ὁ Πιλᾶτος· Τίνα θέλετε ἀπολύσω ὑμῖν, Ἰησοῦν τὸν Βαραββᾶν ἢ Ἰησοῦν τὸν λεγόμενον Χριστόν;
  • 私訳: そこで、彼らが集まっていると、ピラトは彼らに言った。「あなたがたは、私が誰をあなたがたに釈放することを望むのか。イエス・バラバか、それともキリストと呼ばれているイエスか。」


文法解析

  • συνηγμένων:συνάγω「集める、集まる」動詞・完了・受動態・分詞・男性・複数・属格

注解

  • ここでピラトは、群衆に明確な二者択一を提示します。「イエス・バラバ」と「キリストと呼ばれるイエス」です。16節で述べた本文を採用した場合、この場面は「バラバかイエスか」という単純な対比ではなく、「どちらのイエスを選ぶのか」という劇的な問いになります。
  • 「キリストと呼ばれている者」:この表現は27:22でも繰り返されます。「キリスト」はギリシア語 Χριστός、ヘブライ語・アラム語の「メシア」に対応し、「油注がれた者」を意味します。マタイ福音書の読者にとって、文学的に言って読者は、群衆がこれから行う選択を、単なる二人の囚人の選択としてではなく、メシアを受け入れるか拒絶するかという選択として読むことになります。

27:18

  • 原文: ᾔδει γὰρ ὅτι διὰ φθόνον παρέδωκαν αὐτόν.
  • 私訳: というのも、彼らが妬みのために彼を引き渡したことを、彼は知っていたからである。


文法解析

  • ᾔδει:οἶδα「知っている」動詞・直説法・能動態・過去完了形・3人称単数
  • φθόνον:φθόνος「妬み、嫉妬」男性名詞・単数・対格
  • παρέδωκαν:παραδίδωμι「引き渡す、委ねる、裏切る」動詞・直説法・能動態・アオリスト・3人称複数

注解

  • この節によって、17節におけるピラトの行動の理由が説明されます。
  • 「というのも、彼は知っていたからである」:ピラトはイエスを単純にバラバと並べたのではなく、宗教指導者たちがイエスを告発した背後にφθόνος(妬み)があることを見抜いていた、とマタイは描いています。宗教指導者たちは社会的に恵まれた人たちでしたが、それでも妬みは人を支配するという実例です。
  • 「引き渡した」という語は、受難物語を貫く鍵となる語です。<ユダ → 宗教指導者 → ピラト → 処刑>という形で、イエスが次々と「引き渡されていく」構造が読み取れます。
  • 物語的には、イエスが不当に引き渡されていることを知りながら、最終的には死刑判決を認めたというピラトの責任をかえって際立たせることになります。

ここまでの15–18節では、物語の構図が整えられています。**15節で「釈放の慣例」、16節で「バラバ」、17節で「二人のイエスの選択」、18節で「指導者たちの妬みを知るピラト」**が提示されます。
続く27:19–23では、マタイ独自の「ピラトの妻の夢」が挿入されたのち、祭司長・長老たちが群衆を説得し、バラバの釈放とイエスの処刑を要求する場面へ進みます。さらに24–26節では、「手を洗うピラト」「その血はわれわれとわれわれの子どもたちの上に」という難解な25節、そして鞭打ちと十字架刑への引き渡しを詳しく扱うことになります。


27:19

  • 原文: Καθημένου δὲ αὐτοῦ ἐπὶ τοῦ βήματος ἀπέστειλεν πρὸς αὐτὸν ἡ γυνὴ αὐτοῦ λέγουσα· Μηδὲν σοὶ καὶ τῷ δικαίῳ ἐκείνῳ· πολλὰ γὰρ ἔπαθον σήμερον κατ’ ὄναρ δι’ αὐτόν.
  • 私訳: さて、彼が裁判席に座っていると、彼の妻が彼のもとに人を遣わして言った。「あなたは、あの義しい人と何の関わりも持たないでください。というのも、私は今日、夢の中で彼のために多くの苦しみを受けたのです。」

文法解析

  • Καθημένου:κάθημαι「座る」動詞・現在・中動態/受動態形・分詞・男性・単数・属格
  • βήματος:βῆμα「裁判席、審判席、壇」中性名詞・単数・属格
  • ἀπέστειλεν:ἀποστέλλω「遣わす、送る」動詞・直説法・能動態・アオリスト・3人称単数
  • λέγουσα:λέγω「言う」動詞・現在・能動態・分詞・女性・単数・主格
  • ἔπαθον:πάσχω「苦しむ、経験する」動詞・直説法・能動態・アオリスト・1人称単数σήμερον:σήμερον「今日」副詞
κατά:κατά「〜において、〜によって」前置詞+対格
ὄναρ:ὄναρ「夢」中性名詞・単数・対格
κατ’ ὄναρで「夢の中で」という慣用表現です。
διά:διά「〜のために、〜ゆえに」前置詞+対格
αὐτόν:αὐτός「彼」代名詞・男性・単数・対格

注解

  • この節はマタイ独自の挿話であり、マルコ、ルカ、ヨハネにはありません。ピラトの妻がイエスを「あの義しい人」と呼んでいますが、「道徳的に正しい」という意味だけでなく、裁判文脈では「無罪」という意味を帯びます。したがって、ここではイエスの無罪性が、ユダヤ人指導者でも弟子でもなく、異邦人であるピラトの妻によって証言されています。これまで、イエスを取り巻く者たちが次々と彼を拒絶していく一方、意外な人物がイエスの正しさを認識します。ここではその役割をピラトの妻が担っています。
  • 「あなたとあの義しい人との間には何もないように」:Μηδὲν σοὶ καὶ τῷ δικαίῳ ἐκείνῳはセム語的な慣用表現で、直訳すれば「その人に関わってはいけません」というとなります。
  • 「夢」もマタイ福音書において特徴的な神的啓示の手段です。イエスの誕生物語では、ヨセフが夢によって何度も神の指示を受けています(1:20、2:13、2:19、2:22)。したがって27:19の夢も、単なる心理現象ではなく、神的警告を示唆する物語装置として読むことができます。

27:20

  • 原文: Οἱ δὲ ἀρχιερεῖς καὶ οἱ πρεσβύτεροι ἔπεισαν τοὺς ὄχλους ἵνα αἰτήσωνται τὸν Βαραββᾶν τὸν δὲ Ἰησοῦν ἀπολέσωσιν.
  • 私訳: しかし、祭司長たちと長老たちは、バラバを求め、イエスを滅ぼすようにと、群衆を説得した。


文法解析

  • ἔπεισαν:πείθω「説得する」動詞・直説法・能動態・アオリスト・3人称複数

  • αἰτήσωνται:αἰτέω「求める、願い求める」動詞・接続法・中動態・アオリスト・3人称複数

  • ἀπολέσωσιν:ἀπόλλυμι「滅ぼす、殺す、失わせる」動詞・接続法・能動態・アオリスト・3人称複数


注解

  • 19節でのピラトの妻の証言とは対照的に、祭司長と長老たちが群衆を動かして、イエス処刑を達成しようとします。よって、マタイ福音書においてはマルコ福音書とやや異なり、群衆の要求は自発的なものとしてではなく、指導者たちの働きかけによって形成されたものとして描かれています。
  • イエスとバラバの二者を対照的に配置する文学的技巧が、ここでも見られます。これにより皮肉がもたらされ、群衆は「罪を犯して拘束されている者」を解放し、一方で「義しい者」を滅ぼすことを求めます。不条理の只中に置かれるイエスの姿は読者に対して、例えば迫害のような理不尽な状況にあるとき、イエスの姿を思い起こせと伝えているようです。

27:21

  • 原文: ἀποκριθεὶς δὲ ὁ ἡγεμὼν εἶπεν αὐτοῖς· Τίνα θέλετε ἀπὸ τῶν δύο ἀπολύσω ὑμῖν; οἱ δὲ εἶπαν· Τὸν Βαραββᾶν.
  • 私訳: そこで総督は彼らに答えて言った。「この二人のうち、どちらを私があなたがたに釈放することを望むのか。」彼らは言った。「バラバを。」


文法解析

  • ἀπολύσω:ἀπολύω「釈放する」動詞・接続法・能動態・アオリスト・1人称単数


注解

  • ピラトは17節ですでにほぼ同じ問いをしていますが、ここでもう一度、「どちらを望むのか」と問い直します。この反復により、群衆には選択肢が繰り返し与えられながらも、最終的には自ら決断していったことが強調されています。
  • 「バラバを。」:ここでは動詞すら省略されていますが、それだけ非常に短い返答であるだけに、群衆の選択の断固たる側面が際立ちます。
  • 「この二人のうち」:二人が明確に比較対象として並べられています。16–17節で「イエス・バラバ」という本文を採用する場合、ここでも読者は「二人のイエス」の対比を意識することになります。
  • マタイの物語では、群衆はかつてイエスを歓迎していました。21:9ではエルサレム入城の際、「ダビデの子にホサナ」と叫んでいます。しかしここではバラバを選びます。ただし、21章の群衆と27章の群衆が厳密に同一人物集団であると本文が明示しているわけではありません。したがって「同じ群衆が数日で完全に態度を変えた」と根拠が明確でないままに単純化するよりも、マタイが群衆という物語的主体の不安定さを描いている、と理解する方が慎重です。

27:22

  • 原文: λέγει αὐτοῖς ὁ Πιλᾶτος· Τί οὖν ποιήσω Ἰησοῦν τὸν λεγόμενον Χριστόν; λέγουσιν πάντες· Σταυρωθήτω.
  • 私訳: ピラトは彼らに言う。「それでは、キリストと呼ばれるイエスを、私はどうしたらよいのか。」彼らは皆言う。「十字架につけられよ。」


文法解析

  • ποιήσω:ποιέω「する、行う」動詞・接続法・能動態・アオリスト・1人称単数熟議的接続法で、「私はどうしたらよいのか」という問いです。
  • Σταυρωθήτω:σταυρόω「十字架につける」動詞・命令法・受動態・アオリスト・3人称単数

注解

  • ここでピラトは二つ目の問いを発します。第一の問いは、「どちらを釈放するか」でした。第二の問いは、「では、イエスをどうするのか」です。この問いに対して群衆は、「十字架につけられよ」と答えます。この十字架刑はローマ帝国における極めて苛酷で屈辱的な処刑方法でした。したがって群衆は単に「死刑にせよ」と要求しているのではなく、ローマ的な十字架刑を明示的に要求しています。
  • また、ピラトは再びイエスを「キリストと呼ばれる者」と呼びます。この表現は17節と同じです。これによってマタイは、群衆に突きつけられている選択が単なる囚人処遇の問題ではなく、「キリストと呼ばれるイエスをどうするのか」という神学的問いであることを読者に意識させています。

27:23

  • 原文: ὁ δὲ ἔφη· Τί γὰρ κακὸν ἐποίησεν; οἱ δὲ περισσῶς ἔκραζον λέγοντες· Σταυρωθήτω.
  • 私訳: しかし彼は言った。「いったい、彼はどんな悪いことをしたのか。」しかし彼らはますます激しく叫んで言った。「十字架につけられよ。」


文法解析

  • ἔφη:φημί「言う」動詞・直説法・能動態・未完了過去・3人称単数
  • περισσῶς:περισσῶς「ますます、非常に、激しく」副詞
  • ἔκραζον:κράζω「叫ぶ、大声を上げる」動詞・直説法・能動態・未完了過去・3人称複数λέγοντες:λέγω「言う」動詞・現在・能動態・分詞・男性・複数・主格

注解

  • ピラトはここで初めて、イエスに対する具体的な罪状を問い返します。「いったい、彼はどんな悪を行ったのか。」これは非常に重要な問いです。これまでイエスは政治的な反逆者であるかのように訴えられてきましたが、ここではピラト自身が、処刑に値する具体的犯罪を見いだせない状態にあります。したがって19節のピラトの妻の「あの義しい人」という証言と、23節のピラト自身の「どんな悪を行ったのか」という問いが対応しています。こうしてマタイは、イエスの無罪性を二重に強調しています
  • 群衆は、罪状を提示しません。代わりに、「ますます激しく叫んでいた」と描写されます。前節の「言った」から「叫んだ」へとヒートアップしています。議論が理性的な司法判断から群衆の圧力へと移行していることが示されます。こうしてピラトは、要求から圧力へとエスカレートした群衆の熱狂ぶりに晒されることになりました。

27:24

  • 原文: ἰδὼν δὲ ὁ Πιλᾶτος ὅτι οὐδὲν ὠφελεῖ ἀλλὰ μᾶλλον θόρυβος γίνεται, λαβὼν ὕδωρ ἀπενίψατο τὰς χεῖρας ἀπέναντι τοῦ ὄχλου λέγων· Ἀθῷός εἰμι ἀπὸ τοῦ αἵματος τούτου· ὑμεῖς ὄψεσθε.
  • 私訳: しかしピラトは、何の効果もなく、むしろ騒動になりつつあるのを見て、水を取って群衆の前で両手を洗いながら言った。「私はこの血について無罪である。あなたがた自身が見るがよい。」


文法解析

  • ὠφελεῖ:ὠφελέω「益する、役に立つ、効果がある」動詞・直説法・能動態・現在・3人称単数

  • θόρυβος:θόρυβος「騒動、騒乱、騒ぎ」男性名詞・単数・主格
  • γίνεται:γίνομαι「生じる、なる」動詞・直説法・中動態・現在・3人称単数
  • λαβών:λαμβάνω「取る、受け取る」動詞・アオリスト・能動態・分詞・男性・単数・主格
  • ὕδωρ:ὕδωρ「水」中性名詞・単数・対格
  • ἀπενίψατο:ἀπονίπτω「洗い清める、洗う」動詞・直説法・中動態・アオリスト・3人称単数
  • Ἀθῷος:ἀθῷος「無罪の、潔白な」形容詞・男性・単数・主格。εἰμιの補語です。
  • ὄψεσθε:ὁράω「見る」動詞・直説法・中動態・未来・2人称複数。慣用的に「あなたがた自身で処理せよ」「あなたがたの責任だ」という意味になります。


注解

  • ここでピラトは、イエスを釈放しようとする試みを断念します。その直接の理由として示されるのが、「むしろ騒動が生じつつある」という状況です。θόρυβοςは単なる騒がしさではなく、「騒乱」「暴動」にまで発展しうる社会的混乱を意味する語です。ローマ総督にとって、属州の治安維持は重要な責務でした。したがってマタイは、ピラトが正義そのものよりも、群衆の騒乱を避けることを優先したと描いています。
  • ここでピラトは水を取って手を洗います。「彼は両手を洗った」という行為は、象徴的な無罪宣言です。旧約聖書にも、流血の責任からの潔白を象徴する「手を洗う」行為があります。申命記21:6–7では、犯人不明の殺人があった場合、長老たちが犠牲の上で手を洗い、「われわれの手はこの血を流していない」と宣言します。また詩編26:6にも「私は潔白のうちに手を洗う」という表現があります。したがってマタイの描写には、ユダヤ的な潔白宣言のイメージが響いている可能性があります。

27:25

  • 原文: καὶ ἀποκριθεὶς πᾶς ὁ λαὸς εἶπεν· Τὸ αἷμα αὐτοῦ ἐφ’ ἡμᾶς καὶ ἐπὶ τὰ τέκνα ἡμῶν.
  • 私訳: すると民全体が答えて言った。「彼の血は、私たちの上に、そして私たちの子どもたちの上に。」


注解

  • この節は、マタイ福音書の中でも特に慎重に解釈しなければならない箇所です。群衆は、「彼の血は私たちの上に」と答えます。この表現は、聖書においてしばしば流血に対する責任を負うことを意味します。たとえばサムエル記下1:16では「あなたの血はあなたの頭に帰する」という表現が用いられています。したがってここでは群衆が、ピラトが放棄しようとした流血の責任を、自分たちが負うと宣言している構図になっています。
  • この表現は歴史上、ユダヤ人全体がイエスの死について永続的・民族的責任を負っているという形で解釈され、反ユダヤ主義や迫害を正当化するために利用されてきました。しかし、そのような読み方は本文を不当に一般化するものです。
  • ここで発言しているのは、物語世界の特定の場面に集まったλαόςです。マタイがすべての時代の全ユダヤ人に民族的罪責を宣告している、と読む根拠はありません。特定民族への永久的な呪詛として固定することは、福音書全体の射程とも整合しません。


27:26

  • 原文: τότε ἀπέλυσεν αὐτοῖς τὸν Βαραββᾶν, τὸν δὲ Ἰησοῦν φραγελλώσας παρέδωκεν ἵνα σταυρωθῇ.
  • 私訳: そのとき、彼は彼らにバラバを釈放した。しかしイエスを鞭打った後、十字架につけられるために引き渡した。


文法解析

  • ἀπέλυσεν:ἀπολύω「解放する、釈放する」動詞・直説法・能動態・アオリスト・3人称単数αὐτοῖς:αὐτός「彼らに」代名詞・男性・複数・与格
  • παρέδωκεν:παραδίδωμι「引き渡す、渡す」動詞・直説法・能動態・アオリスト・3人称単数

注解

  • この節で、バラバとイエスの運命が完全に分岐します。「バラバを釈放した」のに対し、「しかしイエスを引き渡した」と記されます。ここには15節以来の物語が結論に達しています。一人の囚人が解放され、もう一人が死へと引き渡されます。
  • 神学的に印象的なのは、罪ある囚人が解放され、義しいイエスがその代わりに死へ赴くという構図です。ただし、本文そのものがバラバを贖罪論の直接的な象徴として説明しているわけではありません。したがって、代償的贖罪との結びつきは説教的・神学的展開としては可能ですが、まずは物語上の逆転として把握する必要があります。
  • 「鞭打つ」:φραγελλόω:はラテン語 flagellum に由来する語で、ローマ式の鞭打ちを指します。軽い懲罰ではなく、十字架刑に先立つ鞭打ちは、受刑者の身体を著しく衰弱させる苛酷な処置でした。マタイはその詳細を描写せず、一語で簡潔に記しています。この簡潔さは受難物語全体の特徴でもあります。福音書は身体的苦痛を詳細に描写することよりも、イエスが誰によって、なぜ、どのように拒絶されていくのかという神学的・物語的意味に重点を置いています。
  • 「再び引き渡した」:「引き渡す」という動詞が使われます。マタイの受難物語では、παραδίδωμιが繰り返されています。ユダがイエスを祭司長たちに引き渡し、宗教指導者たちがピラトに引き渡し、最後にはピラトがイエスを十字架刑へ引き渡します。つまりイエスは、人間の手から人間の手へと「引き渡され」続けています。
  • しかしマタイ福音書全体の神学から見るならば、この人間的な引き渡しの連鎖の背後で、イエスは受難を予告し、自らエルサレムへ進んできました。したがって、イエスは単に事件に巻き込まれた犠牲者ではなく、受難を知りつつ自らその道を歩んでいる人物として描かれています。

27:15–26全体のまとめ

 このペリコーペは、「誰を選ぶのか」という問いを中心に構成されています。バラバは釈放され、イエスは十字架へ向かいます。ピラトはイエスの罪を見いだせず、妻もイエスを「義しい人」と呼びます。それにもかかわらず、祭司長・長老たちの働きかけ、群衆の要求、そしてピラトの政治的妥協によって、無罪のイエスに死刑が決定されます。
 したがって、この箇所の中心は単純な「ユダヤ人対イエス」という構図ではありません。むしろ、宗教的権力、群衆心理、政治的権力がそれぞれ異なる仕方でイエスの死に関与する場面です。そしてその中心には、「キリストと呼ばれるイエスをどうするのか」(22節)という問いがあります。これは物語中のピラトの問いであると同時に、マタイが読者自身に突きつけている問いとしても読むことができます。

<マタイ27:15-26の注解をもとにしての説教の結びとして>

 マタイ27章のこの場面は、単なる歴史的事件の記録ではなく、私たち一人ひとりに向けられた問いとして響きます。ピラトは「キリストと呼ばれるイエスを、私はどうしたらよいのか」と問いました。これは、裁判の場に立つ総督だけの問いではありません。マタイはこの問いを、時代を越えて読む者の胸に置いています。
 この物語には、さまざまな人々が登場します。妬みによってイエスを引き渡した宗教指導者たち。説得され、熱狂し、叫び声を上げた群衆。
正しさを知りながら、騒乱を恐れて妥協したピラト。そして、夢によって「義しい人」を見抜いたピラトの妻。それぞれが異なる理由でイエスを拒み、あるいはイエスを見捨てました。しかし、どの人物も「イエスをどうするか」という問いから逃れることはできませんでした。
 私たちも同じです。イエスを歓迎する時もあれば、群衆のように別のものを選んでしまう時があります。ピラトのように、正しいと知りながら沈黙してしまう時があります。あるいは、指導者たちのように、自分の立場や思いに固執してしまうこともあります。
 しかし、この物語の中心にあるのは、イエスが「義しい方」でありながら、拒絶され、引き渡され、十字架へ向かわれたという事実です。
罪ある者が釈放され、義しい方が死へと渡される――この逆転は、神の救いの働きがどのように進むのかを示しています。人間の妬み、群衆の熱狂、政治的妥協のただ中で、神の御子は沈黙しつつ、救いの道を歩まれました。だからこそ、マタイの物語は私たちに問いかけます。
 「あなたは、キリストと呼ばれるイエスをどうするのか。」
 この問いは、私たちの信仰生活の中心に置かれ続ける問いです。イエスを選ぶとは、ただ「信じます」と言うことだけではなく、妬みや恐れや沈黙に支配されそうになる日々の中で、イエスの道を選び直すことです。バラバが釈放され、イエスが十字架へ向かわれたその日、神は人間の不条理のただ中で救いを進められました。今日も同じです。私たちの弱さや迷いのただ中で、主はなお私たちを招いておられます。
「キリストと呼ばれるイエスを、あなたはどうするのか。」
 この問いに、私たちが日々応答し続ける者でありたいと願います。
 主の十字架の前に立ち、義しい方を選び取る信仰の歩みへと導かれますように。

2026年8月16日日曜日

天理教・金光教・大本 近代日本の神道系新宗教三教団比較

 

<関連動画>
【新宗教解説シリーズ】教派神道(十三派)──幕末・明治期の民衆宗教の誕生と国家統制の歴史
https://youtu.be/jQTLvwNUZ2s

【新宗教・新興宗教解説】天理教の歴史、教祖 中山みきの足跡
https://youtu.be/_movmH6J3RA

【新宗教・新興宗教解説】金光教——大本、天理教と共に日本の新宗教の最古参の一つ

【新宗教・新興宗教解説】大本(大本教、おおもと/おほもと) ーPL、世界救世教の岡田茂吉、崇教真光、生長の家などに影響を与えた教団

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天理教・金光教・大本
近代日本の神道系新宗教三教団比較 レジュメ

1. 概要
天理教・金光教・大本は、いずれも幕末から明治初期にかけて成立した神道系新宗教である。教祖が神懸りや自動書記といった特異な霊的体験を経て神意を伝える媒介者として立教した点、そして飢饉・疫病・身分制の揺らぎといった社会不安のなかで求心力を持った点が共通する。

2. 三教団の共通点
・ 教祖の特異な霊的体験(神懸り・神示・憑依)を経て、神意を伝える媒介者として立教
・ 近世末期〜近代初期の社会不安(飢饉・疫病・身分制の揺らぎ)を背景に、神意を直接伝える人物への需要が拡大
・ 多神教的な神道の枠を超えた根源神・絶対神を中心に据える
・ 教祖の語り・神示がのちに教団によって体系化され、聖典として整備された

3. 三教団の相違点
(1) 国家との関係
天理教・金光教は幕末〜明治初期成立の神道系教団として国家神道との親和性が高く、政府の宗教統制に従うことで教派神道に組み込まれ、国家公認を得た。一方、大本は終末論・世界改造思想が強く、王仁三郎のカリスマ性と政治的影響力が国家神道と競合する脅威とみなされ、1921 年と 1935 年の二度にわたり大弾圧(大本事件)を受けた。

(2) 教義の方向性
・ 天理教:「陽気ぐらし」思想のもと、病気や苦難を心のほこりの反映と捉える生活倫理中心の穏やかな教え
・ 金光教:「助け合い」「立教神伝」を掲げ、神と人との相互関係や祈願・取次ぎの実践を
重視
・ 大本:『霊界物語』に象徴される壮大な宇宙論と予言・世界改造思想を軸に、普遍主義的な世界宗教化を志向

(3) 発展の形
・ 天理教:天理市という都市を形成し、教育機関や病院など社会事業も展開する大規模教団に発展
・ 金光教:大規模化よりも地域密着型で「取次ぎ」の実践を重視し続けた
・ 大本:王仁三郎の指導のもと国際的な活動に広がり、植芝盛平が本拠地・綾部で学んだことから合気道の源流としても知られるなど、芸術・武道への文化的影響も大きい

まとめ
天理教・金光教は国家神道体制に適合し国家公認を得て発展した「体制内」型の教団であるのに対し、大本は終末論・世界改造思想ゆえに国家と衝突し弾圧を受けながらも、国際性・文化的影響力という独自の広がりを見せた点に、三教団の分岐点が最も鮮明に表れている。

2026年8月12日水曜日

【新宗教解説シリーズ】教派神道(十三派)──幕末・明治期の民衆宗教の誕生と国家統制の歴史

 

ーーーレジュメーーー

【新宗教解説シリーズ】教派神道(十三派)──幕末・明治期の民衆宗教の誕生と国家統制の歴史

 江戸時代後期になると、既成の神道や仏教では民衆の宗教的・精神的(現代風に言えばスピリチュアルブーム的な)ニーズに十分応えられなくなり、新たな信仰運動が各地で生まれるようになった。幕末から明治初期にかけては、多くの場合、教祖の宗教的・霊的体験を契機として形成された宗教集団が相次いで誕生した。

 これらのうち、明治政府によって神道系教団として公認された13教団を総称して「教派神道」という。公認とは国家が教義を推奨したという意味ではなく、教団を法的に位置づけ、国家神道体制の下で管理・監督することを目的としていた。明治政府は、宗教団体が社会的・政治的影響力を持つ可能性を警戒し、制度の中に組み込むことで統制を図った。

 教派神道十三派の中でも、天理教・金光教・黒住教は現在でも比較的規模が大きく、広く知られている教団である。

特徴
・教祖の宗教的・霊的体験(神がかり、神託、病気平癒など)を教団成立の契機とする。
・伝統的な神社神道には見られない独自の教義・教典・倫理的実践を備える。
・信仰共同体としての組織を持ち、布教活動を積極的に行う。

 明治政府は、これらの教団が社会的・政治的影響力を持つ可能性を考慮し、国家神道体制のもとで制度的に管理・監督した。ただし、教派神道そのものが一律に弾圧されたわけではない。

教派神道十三派の内訳
神道大教(しんとうたいきょう)
神理教(しんりきょう)
出雲大社教(いずもおおやしろきょう)
神道修成派(しんとうしゅうせいは)
神道大成教(しんとうたいせいきょう)
実行教(じっこうきょう)
扶桑教(ふそうきょう)
御嶽教(おんたけきょう)
神習教(しんしゅうきょう)
禊教(みそぎきょう)
黒住教(くろずみきょう)
金光教(こんこうきょう)
天理教(てんりきょう)

2026年8月5日水曜日

【小論】カルヴァンのサクラメント論、特に聖餐論について―Institutes IV.14-19を中心に―

 【小論】カルヴァンのサクラメント論、特に聖餐論について―Institutes IV.14-19を中心に―


I.カルヴァンのサクラメント論の基本構造(Inst. IV.14-19)
 Institutes(『キリスト教綱要』)第4巻第14~19章は、洗礼と聖餐を軸とするカルヴァンのサクラメント論が体系的に展開される代表箇所である。カルヴァンはここで、しるし(signum)と、しるされた事柄・実体(res significata)とを区別しつつも分離しない、という中世以来の枠組みを継承しながら、二つの戦線――カトリック・ルター派の客観主義と、再洗礼派・ツヴィングリ主義の霊的主観主義――に対して、独自の中道的立場を彫琢していく。

1.初期カトリックの伝統、特にアウグスティヌスとの連続性(IV.14.26)
 カルヴァンは、サクラメントを「見えない恵みの見える形態」とするアウグスティヌスの定義を高く評価し、これを土台としつつも「正しく、良いが、簡潔に過ぎる」としてみずから発展させる。IV.14.26では、旧約のサクラメント(割礼など)と新約のサクラメント(洗礼・聖餐)が、ともにキリストへと導くという同一の実体を指し示す点で本質的に同一であることを、アウグスティヌスの言葉――「旧約のそれらは成就されるべき事柄の約束であり、新約のそれは成就のしるしである」――を引用しつつ論証する。ここにカルヴァンは、初代教会以来のサクラメント論的伝統、すなわちしるしとその指し示す実体とを区別しながらも両者の結びつきを保持するという立場を、みずからの神学の出発点として引き継いでいることが確認できる。

2.カトリック・ルター派の「客観主義」への対抗――聖霊と信仰の必要性
 カルヴァンは、サクラメントの効力が儀式の執行それ自体によって自動的・客観的に生じるとするカトリックのex opere operato理解、およびパンとぶどう酒の実体を保持したままキリストの体と血がその中に・共に・下に(in, cum, sub)実体的・場所的に現臨するとするルター派の共在説(consubstantiatio)をともに退ける。1530年アウグスブルク信仰告白第10条が、キリストの体と血は「食する者に(vescentibus)」客観的に配られ与えられると定めたのに対し、カルヴァンはこれを「信じる者に(credentibus)」と修正すべきだと考えた。サクラメントが恵みを証印し得るのは、あくまで聖霊の働きと受領者の信仰とを媒介としてであり、信仰なきところにサクラメントの効力はない。これによってカルヴァンは、不信者や幼児にまでキリストの体を機械的に「飲み込ませる」という秘跡の自動主義を排除する。

3.再洗礼派と霊的主観主義への対抗――サクラメントの手段・媒介としての側面の強調
 他方でカルヴァンは、聖餐を単なる記念・象徴・信仰告白の行為へと還元するツヴィングリ主義、およびそれをさらに徹底し、教会・聖書・儀式といった外的なものそのものを軽視する再洗礼派の霊的主観主義とも対決する。カルヴァンにとってサクラメントは「裸の、空虚なしるし」ではなく、しるしと実体とが不可分に結びついた「呈示的(exhibitive)・道具的(instrumental)」な手段である。しるしは恵みを単に指し示すのみならず、聖霊の働きを通してその恵み自体を実際に運び伝える「道具」として機能する。B. A. ゲリッシュはこの立場を「象徴的道具主義(symbolic instrumentalism)」と呼び、ツヴィングリの「象徴的記念主義(symbolic memorialism)」、ブリンガーの「象徴的並行主義(symbolic parallelism)」と対比している。

II.歴史的背景――1520年代のルター・ツヴィングリ論争とその調停
 カルヴァンのサクラメント論は、1520年代に先鋭化したルターとツヴィングリの聖餐論争という文脈のなかで、いわば「後発の宗教改革者」として両者の中間を模索する形で形成された。

1.ルターのリアリズム(共在説)
 ルターは、神の内在性を重んじるトマス主義的伝統を継承しつつ、「これはわたしのからだである」(マタイ26章)という制定の言葉の文字通りの解釈に立脚し、パンとぶどう酒の実体を保持したまま、その中に・共に・下に(in, cum, sub)キリストの体と血が実体的・場所的に現臨するという共在説を主張した。この立場は、後継者(とりわけヨハン・ブレンツ)によって、キリストの人間性の遍在(ubiquitas)の教理にまで展開されていく。

2.ツヴィングリのスピリチュアリズム(象徴主義・人間側の態度)
 これに対しツヴィングリは、新プラトン主義的・アウグスティヌス的・人文主義的立場から、制定の言葉の「である(est)」を「意味する(significat)」と解釈し、パンとぶどう酒はキリストのからだの記念のしるし・象徴にすぎないとした。ツヴィングリにとって聖餐は、記念の食事(Gedächtnismahl)、兄弟的交わりの確認(Gemeinschaftsmahl)、信仰の誓約(Pflichtzeichen)という、水平的・人間側の態度(神人協働的な信仰応答)を主とするものであり、キリストとの実体的な交わりという贈与的性格を欠いていた。

3.ブツァーによる調停の道、およびカルヴァンとブリンガー
 1529年のマールブルク会談でもルターとツヴィングリの対立は解消せず、ストラスブールの改革者マルティン・ブツァーが両陣営の間の「中間の道」を模索した。ブツァーは、キリストの現臨は実在し恵みとして与えられるが、それは「聖霊のありかたにおいて(modo Spiritus Sancti)」霊的にであって、肉的・場所的にではない、という総合に到達した。1538~1541年のストラスブール滞在中にブツァーから決定的な影響を受けたカルヴァンは、聖霊が天にあるキリストのからだと地上の教会とを結ぶ「絆」であるとするこの理解を、みずからのサクラメント論の中心に据えることになる。他方、ツヴィングリの死後その立場を継いだハインリヒ・ブリンガーは、象徴主義を幾分和らげつつも、口がパンを受けるのと同時に・並行して心がキリストを受ける、という「象徴的並行主義」を基本的に保持し、後述の1549年チューリヒ合意(Consensus Tigurinus)においてカルヴァンの合意相手となった。

III.gnesio-ルター派、ヨアヒム・ヴェストファールとヘスフシウスによる反論(1552-1561)
 1549年のチューリヒ合意(カルヴァンとブリンガーによる、チューリヒとジュネーブの聖餐理解を統一する全26箇条の文書。1551年ラテン語版公刊)が世に問われると、正統ルター派(gnesio-ルター派)から激しい反発が起こった。1552年、ハンブルクの説教者ヨアヒム・ヴェストファールは、チューリヒ合意とカルヴァン、ペトルス・マルティルを攻撃する論考を著し、キリストのからだはパンのうちに実体的に、しかも局所的にではないにせよ遍在的に(extra locum)現臨しており、ユダもペトロと同様にそれを食した、と主張した。カルヴァンは『聖餐に関する健全で正統な教理の擁護――チューリヒ合意に基づく』(1555年)等で応答した。論争はブレーメンにも波及し、ティレマン・ヘスフシウスと(カルヴァン主義的立場に立つ)アルベルト・ハーデンベルクとの間で激化、ハーデンベルクは職を追われるに至った。1558年にハイデルベルクの総監督となったヘスフシウスは、その後もカルヴァン主義的傾向(いわゆるクリプト・カルヴィニズム)の追及を続けた。カルヴァンは1561年、『ヘスフシウスの迷妄を論駁するための、キリストの肉と血への真のあずかりに関する健全な教理の明晰な説明』(Dilucida explicatio sanae doctrinae de vera participatione carnis et sanguinis Christi in Sacra Coena, ad discutiendas Heshusii nebulas)を著し、自身の聖霊論を、ツヴィングリ主義的な「人間の霊とキリストの神性との合一」に解消されるものではなく、キリストの肉と血への実質的なparticipatio(あずかり)を含むものとして弁明した。この一連の論争(第二次聖餐論争)は、1552年のヴェストファールの攻撃に始まり、1561年のヘスフシウス論駁に至るまで、約10年にわたって続いた。

IV.カルヴァンのサクラメント論の形成過程――Institutes諸版の変遷
 近年のカルヴァン研究(とりわけWim Janseの研究)が示すように、カルヴァンの聖餐論は最初から一貫し完成された教理として存在したのではなく、Institutesの改訂を重ねるなかで、いわば振り子のように立場を揺らしながら段階的に形成されていった。

1536-1537年 ツヴィングリ的傾向(Inst. 1536)
 最初の『キリスト教綱要』(1536年版)およびこれに近接する時期の文書には、後年のような道具主義的な語彙(exhibere等)がまだ乏しく、ツヴィングリ的な色彩の強い記述が見られる。

1537-1548年 ルター派的傾向(Inst. 1539)
 ストラスブール時代(1538-1541年)のブツァーとの接触を経て、1539年版Institutesおよびこの時期の著作(『聖餐に関する信仰告白』1537年、『我らの主イエス・キリストの聖なる晩餐に関する小論』1541年など)には、道具主義的・呈示的(exhibitive)な語彙が導入され、キリストの体と血への実質的なあずかりを強調する、ルター寄りの傾向が顕著になる。カルヴァンはこの時期、1540年の修正アウグスブルク信仰告白(Confessio Augustana Variata)にも署名している。

1549-1560年 主観主義・霊的傾向の刷新(Inst. 1559)
 1549年のブリンガーとのチューリヒ合意交渉の結果、しるしと実体との「並行」を語るツヴィングリ=ブリンガー的な語法が改めて前面に出てくる。同時に、1550年代のヴェストファールとの論争(上記III)を経た成果も1559年版Institutesに組み込まれ、IV.14-19を含む決定版が成立した。カルヴァンは、この時期にブリンガーの圧力の下でツヴィングリ的な要素を取り入れることで、かえってルター派との架橋を果たせると(結果的には誤算であったが)考えていたことが指摘されている。

1561-1562年 ルター派への接近の再開
 ヘスフシウスとの論争(1561年、Dilucida explicatio)を経て、カルヴァンは再びルター派に対する融和的な姿勢――1540年代の「親ルター派的な調子」――に立ち戻り、キリストの体と血への実質的なあずかりを強く前面に出す表現を採るようになる。

結び
 以上に見たように、カルヴァンのサクラメント論は、初期カトリック(アウグスティヌス)的な連続性を保持しながら、一方でカトリック・ルター派の客観主義(ex opere operato・共在説)に対して聖霊と信仰の必要性を、他方で再洗礼派・ツヴィングリ主義的な霊的主観主義に対してサクラメントの手段的・道具的性格を、それぞれ強調するという二正面作戦の産物であった。そしてこの立場そのものが、1536年から1562年に至るInstitutesの改訂過程において、ツヴィングリ的段階(1536-37)→ルター派的段階(1537-48)→主観主義的刷新の段階(1549-60)→ルター派再接近の段階(1561-62)という、振り子のような往復運動を経て徐々に彫琢されていったものである。

主要参考文献
・Wim Janse, "Calvin's Doctrine of the Lord's Supper," Perichoresis 10.2 (2012): 137-163.(本レジュメの時代区分(1536-37/1537-48/1549-60/1561-62)は、同論文(および同氏 "Calvin's Eucharistic Theology: Three Dogma-Historical Observations," in Calvinus sacrarum literarum interpres, 2008)の歴史的分析に基づく。)
・John Calvin, Institutes of the Christian Religion (1559), IV.14-19.
・Consensus Tigurinus (1549).
・B. A. Gerrish, Grace and Gratitude: The Eucharistic Theology of John Calvin, Minneapolis: Fortress Press, 1993.

2026年8月4日火曜日

【小論】パウロの全体教会政治学------「家の教会」から複数地域間教会へ

 

【小論】パウロの全体教会政治学------「家の教会」から複数地域間教会へ


 序 「全体教会政治学」とは

 「教会政治学」とは通例、教会の統治や運営方法、または統治が為される組織の構造に 関する学を指す用語である。そして、その統治形態として長老制や監督制、会衆制などが挙げられ、それぞれの教会政治の仕組みが他の教会政治と比較されながら議論されるといった形が多い。また、国家という既存の支配体制、そしてそれが行う政治の状況にあって、教会政治がいかに行われてきたのかを考察する学として、教会政治学が位置づけられているのが通例だ。
 しかし本稿では、単に「パウロの教会政治学」とはせず、「全体教会政治学」とした。この名称は二重の意味合いを含む。まず一つ、例えば一方で異邦人教会、他方でエルサレム教会という、両者統治形態も文化も神学も異なる教会群を包括する全体を一つの教 会として捉え、一つの全体教会としての統合を企図したグランド構想が、パウロの全体教会観には観察される。さらに、例えば異邦人教会とエルサレム教会との関係について、分裂しかねない両者の関係性を維持するために採用された経済支援策といった、パウロの政治的手法が観察される。ここには、「政治」という語が持つニュアンスの一 つ、すなわち指導的存在が統治する対象全体に施す施策という意味が含まれている。そしてもう一つ、一方の果てはスペイン宣教に象徴される異邦人宣教、もう一方の果ては エルサレム教会を足がかりにしてのユダヤ人伝道という、パウロが抱いていた壮大な宣教・伝道の全体構想には、当時の文化やローマ皇帝による政治を見据えつつ、その支配 の影響圏にある政治的状況・社会環境にこれを最適化させようという戦略性が認められ る。こうした国家の権力作用の影響範囲においては、国家の利害と福音の原理が衝突することは必然である。こうした軋轢を未然に調整しようという意味での政治という意味もまた、「全体教会政治学」に含まれる。こうした理由から上記の二つを総合し、本稿のタイトルを「パウロの全体教会政治学」とした。 以下では、教会の草創期における単一の「家の教会」から出発し、地域教会、複数地域間教会へと拡大していく過程をたどりながら、パウロがいかなる神学的原理と政治的戦術によってこの全体教会構想を推し進めていったのかを、スペイン宣教に象徴される異 邦人伝道と、エルサレム教会を足がかりとするユダヤ人伝道という両翼の展開に至るまで論じていく。

 1. 初めから共同体として存在していた「家」の教会

 教会の草創期からして既に、教会は複数名の者たちによって共同で信仰生活が営まれていた。これこそ教会の原初の姿であるという認識を、ルカも述べている(使徒2:46「毎日ひたすら心を一つにして神殿に参り、家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心 をもって一緒に食事をし 」)。パウロがフィレモン個人に宛てた書簡を見ても、彼が「家」の教会に連なっていたことは明らかだ(フィレモン1:1-2「キリスト・イエスの囚人パウロと兄弟テモテから、わたしたちの愛する協力者フィレモン、姉妹アフィ ア、わたしたちの戦友アルキポ、ならびにあなたの家にある教会へ」)。教会史においては、例えばアントニオスによって個別修道制が考案されたが、彼は終生弟子たちの指導に努めて105歳を生き切った、とアタナシウスは伝えている(Vita S. Antoni『アン トニオスの生涯』)。厳格な個別修道制でさえ、共同性は決して失われていなかったのだ。マタイがイエスの言葉として語っているとおり、信仰生活とは一人で営むものではな く、共同で営むものであり、その中にキリストが立つものとして認識されていたのである(マタイ18:20「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わた しもその中にいるのである」)。 そうした複数名の弟子たちによってコミュニティが形成されて営まれ、礼拝も捧げられ ていた。但しその場所は、建築物としての教会でも礼拝堂でもない。初期のキリスト教会は、古代時代に現れるカテドラル(司教座聖堂)のような巨大な専用建築物を持たず、有力な信徒たちの「家」において、礼拝、祈り、聖餐式の原型的な儀式、会議など、教会として機能するための必要な営みを為していたというのが定説である。また、 そうした「家の教会」の多くは、フィオレンツァが指摘しているように、女性が指導的役割を担っていたことも興味深い(「クロエの家の人たち」(一コリ1:11)、「ニンファと彼女の家にある教会」(コロサイ4:15)。

2. 初期段階から地域教会として存在していた教会

 教会の最初期時代に誕生した最初にして単一の教会共同体は、やがてその規模を大きく していく。単一の家の教会は、「家」という建築上の制限、すなわち収容人員の制限を 伴う。よって、信徒の数が増すにつれ、当該地域に複数の家の教会が形成されていくこ とは必然である。例えばローマの教会は、パウロがスペイン伝道の橋頭堡にしようと考 えていたことから推測して、それを実現するに足る規模、人員、そして経済力を有して いたことになる。この点の他、巨大な都市人口を誇るローマという地理的要因を考慮し ても、ローマの教会がたった一つの「家の教会」であったとは考えにくい。現にローマ の信徒への手紙一六章を見ても、プリスカとアキラ、そしてその家に集まる信徒たちに 挨拶した後、彼らと並ぶような関係者の名前を次々と挙げ、それぞれの家の指導者に挨 拶をしていっている。つまり、「家の教会」が複数あったということだ。その数はパウ ロによる他の真正書簡における言及数と比しても相当多く、さすがはローマといった感 がある。まとめると、地域に誕生した単一の教会は、やがて地域に複数の教会を展開す ることになり、それらはネットワークを保ちつつ、「地域教会」として存在していっ た。 三 地域教会から複数地域間教会へ 「家の教会」が単一教会より始まり、その地域での伝道活動の種蒔きが実りを結び、や がて地域に複数の家の教会を展開するようになった。そうして成立した地域教会共同体 は、遠隔地に出向いての宣教活動によってその地に単一教会を生み出し、その単一教会 がまた増加しつつ各個教会同士でネットワークが構築され、同地で地域教会を形成して いった。こうした連鎖反応が地域から地域へと及び、初期キリスト教会はその勢力を拡 大していった。そして、複数の地域教会同士が互いに繋がり合うことにより、そこに 「複数地域間教会」というインターリージョナルな大ネットワークが誕生する。
 こうした複数地域間教会の具体的モデルとして、ヨハネ系統のそれを挙げ得る。ヨハネ 黙示録は、「アジア州にある七つの教会」(黙示録1:4)、つまり広域地域に含まれる複 数の地域教会へ送られたものであり、各地域における基幹的な教会を拠点に、さらに周 辺の各個教会へと回覧されたものと推定される。本書が複数地域を含む広域地域レベル で共有されていたことは、「七つの教会」において広大なネットワークが構築されてい たことの証左である。そこでは、共通のヨハネ系統の神学や福音理解が共有されていたということになる。
 複数地域間教会が生まれていくムーブメントは、パウロにおいてはさらに明瞭に認められる。パウロの最初の伝道旅行は、バルナバと共にアンティオキア教会によって派遣さ れる形で着手された。ルカの証言によれば、その二人に対し礼拝時に聖霊によって神意 が示された後、教会に祈られ、手を置かれ、そうして任職されて出発したという(使徒言行録13:1-3)。第二次宣教旅行もまた、使徒言行録の記述ではパウロの発案という形にはなっているものの(使徒15:36以下)、アンティオキア教会の同意と協力が あったことは、「兄弟たちから主の恵みにゆだねられて」(使徒言行録15:40)という記 述から明らかだ。パウロが従事した宣教・伝道は、決してパウロの独壇場ではなかったのである。 当初、第二次宣教旅行の目的は、第一次宣教旅行の際に建てられた諸教会の様子を見るためのものであった(使徒15:36)。第一次の際に形成された諸教会の相互で自発的に連携がとられていたかどうかまでは定かではないが、他の教会の営為を別の地域の 教会でも称賛するのが常であったパウロの行動から推察して、彼を介してそれらの教会が繋がりを保っていた可能性は高い。少なくとも、パウロを仲介しつつアンティオキ ア教会をセンター教会として、ある程度の教会間ネットワークが構築されていたことは間違いない。 第二次伝道旅行においてパウロは、既に創設されたデルベ、リストラを訪問し、その過程でテモテもメンバーに加えられた。ところが、当初の計画と想定外の事態が生じた。 著名な「聖霊による禁止」である。これにより宣教旅行は変更を余儀なくされ、ガラテ ヤ、フリギアを経由して、マケドニア州に到達することになった。そうして、第二次並びに第三次宣教旅行が、キリキア、ガラテヤ、フリギア、マケドニア、アカイアとい う、長径千キロは越えるであろう楕円形の領域で展開されることになったのだ。各地域 では、創設された単一教会を拠点に伝道が為され、周辺に複数の教会が誕生して地域教会が形成され、これが別の地域でも生じることにより、各地域に地域教会が複数形成さ れるに至った。その後、各地の教会、地域教会は、後述するように互いに情報共有や支援を交わし合うことにより、複数の地域教会同士が連携し合うようになっていく。複数地域間教会という、インターリージョナルな教会の成立である。
 ここまでの結論として、表題の通り、教会はその初期時代より複数地域間教会として存在していた。情報共有があれば、そこには互いの状況を思い巡らしての祈りが生まれる。祈りはまた、愛に根ざす行動を生み出す。実際、祈りと献金を中心にしての愛の働きがもたらされた 

4. 地域教会・複数地域間教会のネットワーク化

 これまで、単一教会から地域教会、そして複数地域間教会へという拡大のプロセスを見てきた。この実現には、既に幾度か本稿に現れているキーワードである「ネットワーク化」が必須である。本章では、パウロがいかなる方法によって地域教会並びに複数地域 間教会の実質化を推し進め、教会間のネットワーク化が形作られていったのかについて、パウロの全体教会政治的な戦術も含めて述べたい。焦点は主に以下の三つに絞られ る。
  1. 訪問・派遣と書簡を通じての指導と助言。
  2. 励ましと祈りを通しての教会間 の結束強化。
  3. 献金を通じての複数地域間教会同士の関係構築。

4.1 訪問・派遣と書簡を通じての指導 自らの訪問と弟子の派遣による指導

 パウロが自ら現地の教会に出向き、顔と顔とを合わせての指導に努めていたことは、先に述べたところの第二次宣教旅行における当初の目的からも明らかである(使徒言行録 15:36)。自らが赴くことができない場合には、彼は弟子たちを地域教会に派遣し た。実例としてはテモテ(一コリント4:17、一テサロニケ3:2、フィリピ2:19)、テトス (フィリピ2:22、テトス1:5)が挙げられる。パウロが派遣するのとは逆に、教会側がパウロに助け手を派遣し、その人をまた返すというケースもある(エパフロディト:フィリピ2:25以下)。
 以上、訪問と派遣による指導が、人を仲介としての人と教会、並びに教会間、地域教会間のネットワーク化に寄与したことは確かである。書簡を通しての共通福音理解の指導 次は書簡を通じての指導である。ローマ、コリント、ガラテヤ、フィリピなど、パウロ が複数の地域教会に書簡を送り、福音理解、生活上の指導、勧告、励ましを行なったことは、パウロ書簡が一様に物語っていることである。一般に書簡とは、特定の個人または集団に対して、特定の事情を背景に特定の目的をもって書き送られるものである。しかし、回覧されるスタイルの書簡となると事情は違ってくる。例えばフィレモン書のよ うにフィレモン個人とその関係者、さらにフィレモンが所属する家の教会にも宛てて書かれた書簡もそうなるが、ある地域教会に送られた書簡がその地域に点在する各個教会にも回覧されていたであろうことは、かねてより有力な説として知られている。古くは シカゴ学派の新約聖書学者であるジョン・ノックスにより“Philemon Among the Letters of Paul”において、フィレモン書がフィレモン個人にのみ宛てたものではなく、彼の家の教会で読まれ、複数の教会で回覧されることを前提に執筆されたものであることが提唱された。パウロの真正七書簡には含まれない「偽名書簡」になるものの、コロサイの 信徒への手紙にはオネシモに言及されている点から、諸説あるがフィレモン書とコロサ イの教会との関係性が示唆されている。加えて、コロサイ4:16には「この手紙があなたがたのところで読まれたら、ラオディキアの教会でも読まれるように、取り計らってください。また、ラオディキアから回って来る手紙を、あなたがたも読んでくださ い」と記されている。したがって、少なくともパウロの書簡が模倣されるようになった時期には、パウロ書簡が複数教会で回覧されるようになっていたことは確実であり、上述のパウロ真正書簡のフィレモン書から推測しても、おそらくはパウロの時代から書簡の回覧が行われ始め、パウロもまたある程度それを前提に手紙をしたためたということになる。ということは、書簡を通じての指示や指導によって、複数の教会に共通の指示、あるいは共通の福音理解を根付かせようという全体教会政治的戦術が認められることになる。そう考えると、パウロがガラテヤやテサロニケの教会、コリントの教会に対 して、時に懇切丁寧に、時に手厳しく福音理解の修正を指導したのも、教会間で共通の福音理解が保持されるようにとの意図から執られた行動であるとの推察が導かれる。 ロマ書における全体教会政治の戦略性 パウロのこのような戦略に基づく行動は、彼の管轄下にある教会だけにとどまらない。その代表例が、既に第二章で触れているところのローマの教会である。ローマ15:22に「イスパニアに行くとき、訪ねたいと思います。イスパニアへ …… 向けて送り出してもらいたいのです」と書かれている通り、パウロはローマをスペイン宣教の足がかりとしたいと考えていた。察するに彼は、ガラテヤやコリントの教会における福音理解の齟齬 という苦い経験から、それまでの書簡における福音に関する論述を綜合させ、一つの書でもって福音の全容を提示しようと企図したのであろう。従来の書簡の中でも最大規模 にして、なおかつ最も内容的に整備された大書簡を完成させた。それこそ、ローマの信徒への手紙である。その論述は深遠ではあるものの、順序立てて整然と整えられたその様は、さながら「福音入門書」である。この「入門書」という体裁こそ、個別の教会へ の指導における各個教会という限定範囲を越えた、地域教会レベル、複数地域間教会レ ベルでの共通の福音理解を目指す戦略性の表れであろう。



4.2 励ましと祈りを通しての教会間の結束強化

 パウロは自らの訪問、弟子の派遣によって、あるいは書簡によって、他の教会の情報を 別の教会へと知らせ、教会の信仰と愛の業に関する情報共有を行なった。例えば、「マ ケドニア州とアカイア州にいるすべての信者の模範となるに至った」(一テサ一・六八)とあるように、テサロニケの教会の奮闘がパウロを介して諸教会に知らされること により、祈りと励まし、信仰と愛と希望(一テサ一・三)とによる教会間の結束が強化 された。 4.3 支援や献金を通じての複数地域間教会同士の関係構築 フィリピの教会は、パウロの宣教活動を支援することを介して結果的に諸教会を支援し た(フィリピ四・一五-一六「もののやり取りでわたしの働きに参加した教会……テサロ ニケにいたときにも、あなたがたはわたしの窮乏を救おうとして 」)。エフェソの 教会は、同地におけるパウロの二年以上に及ぶ長期滞在活動を支援した(使徒一九・一 以下)。ガラテヤの教会もまた、パウロが病を患っていた時、彼を手厚く看病した(ガ ラテヤ四・一三-一四)。これらの地域教会は、パウロの活動を支えることを通じて持 てる力を他の教会に捧げ、教会相互の愛の交わりに自身を置いていたのだ。教会のこう した支援を書簡の中で言及することによって、各個教会、地域教会、複数地域間教会の 全てを一つの教会として繋げようとするパウロの全体教会構想と、それを達成するため の全体教会政治的戦略を読み取ることができる。 地域教会や複数地域間教会が他系統の地域教会を献金によって支えようとする実例は、 何と言ってもエルサレム教会支援プロジェクトであろう。パウロはマケドニア州やアカ イア州の地域教会群に働きかけ、エルサレム教会のための献金を実に積極的に促した (二コリ八・一以下「自分から進んで聖なる者たちを助けるための慈善の業と奉仕に参 加させてほしいと、しきりにわたしたちに願い出た」、ローマ一五・二六-二七「マケ ドニア州とアカイア州の人々が、エルサレムの聖なる者たちの中の貧しい人々を援助す ることに喜んで同意した」)。このプロジェクトについてパウロは、「異邦人はその人たちの霊的なものにあずかったのですから、肉のもので彼らを助ける義務があります」 (ローマ一五・二七)と述べてはいるものの、この理由だけに留まるものではあるま い。パウロの全体教会のグランド構想において、エルサレム教会は決して欠くことのできないものであり、それゆえに、無理にでも異邦人教会とエルサレム教会との関係性を 維持しようと努めたのだろう。このテーマについては、次章で個別に扱うものとする。 五 エルサレム教会 パウロがエルサレム教会のために、広域の複数地域間教会に献金を呼びかけたことは彼 の書簡が物語るところである。その目的として当然、災害や飢饉、あるいは恒常的な貧 困といった困難の渦中に、エルサレム教会がおかれていたからであろう。ただ、それだ けでもないように思われる。先ほど引用したロマ書の箇所には、エルサレム教会が霊的 なものをもたらし、異邦人教会が肉のものをもって応えるという主旨の文言が綴られて いた。ここから察するに、彼はエルサレム教会を全教会の霊的なルーツ、歴史的なレガ シーとして、なくてはならないものと見なしていたという見方が導かれる。 それでいて、ファリサイ派のエリートであったあのパウロが、紙数に限りがあるため詳 述は避けるが、おそらくは今後の異邦人宣教・伝道を熟慮してのことにしても、その大 きな障害となると予測される割礼を、異邦人の律法遵守事項から外したことは衝撃だ。 その着想には、非ユダヤ人にとどまりながらもユダヤ教信仰を持つ、通称「神を恐れる ものたち」、ゴッドフィアラーの現状を見ての経験則と、割礼が今後の異邦人宣教に とって大きな障害となるだろうとの予測が影響した可能性がある。律法の最重要事項に してユダヤ人のアイデンティティであり気高き誇りである割礼を、メンバーシップ必要 要件から除外するなど、私でさえ信じがたい大ナタ捌き、入会規定に関する神学上のコペルニクス的転回である。なおかつエルサレム教会に乗り込み、いわゆる「エルサレム 会議」で合意を取りつけようなど、無謀にも程がある。それでも彼は、その場で合意を もぎ取ったのも驚きだ。その会議の際にも多額の献金をエルサレム会議の議員たちの目 の前に積み上げ、政治的豪腕でもって交渉を成功させたのではあるまいか、とさえ下衆 の勘ぐりをしてしまう。さすがにそれはないとしても、異邦人伝道というビジョンを抱 き、これほどまでの信仰的・神学的豹変ぶり、そしてその大胆な行動、政治的駆け引き には、尋常ならざるものがある。 こうしたパウロの一連の言動が、彼の全体教会のグランドビジョンに起因するというの が私のテーゼである。エルサレム教会の少なくとも一部からは、強烈に嫌われもし、反対もされもし、嫌がらせまで受けもしていたパウロであれば、早々にエルサレム教会に 見切りをつけてもいいはずである。にもかかわらず、彼はエルサレム教会と是が非でも関係を維持しようと粉骨砕身し、文字通り複数の州を股にかけて東奔西走して支援プロ ジェクトを達成しようとしたのだ。 特筆すべきは、彼の奔走と祈りは、エルサレム教会というユダヤ人キリスト教徒のみに 向けられてはいないという点である。ロマ書の9-11章において、パウロは長々と非 キリスト教徒のユダヤ人の救済を論じているし、終生、ユダヤ教徒の救済を諦めることはなかった。パウロの全体構想において、ユダヤ人の救済もまた欠かすことのできないものであったのだ。推測の域を出ないが、異邦人伝道の橋頭堡にローマの教会を選んだように、ユダヤ人伝道のために、ユダヤ人には定評のあったエルサレム教会を足がかりとしようと企図していたのではないか。これを失えば、元よりユダヤ人から迫害を受けていたパウロは、ユダヤ人伝道の取っ掛かりを完全に失うことになる。よって、ユダヤ 人キリスト教徒との一体のためにも、そしてユダヤ人伝道の展開のためにも、エルサレ ム教会は彼にとって必要不可欠なものだった可能性がある。とすると、パウロの全体教会のグランド構想は、異邦人を果てしなく教会に抱き込み、かつ、全イスラエル(ユダ ヤ教シナゴーグ)を包含するものである。発想の実像としては、ユダヤ教から完全分離 して独自存在となったキリスト教が、ユダヤ教に伝道のモーションをかけていくという 一般的構図よりも、むしろユダヤ教の正統後継者となるべきユダヤ教の亜種であった教会が、旧来のユダヤ教をも巻き込むことで、イスラエル全体の刷新が図られるというものだ。この構想は、自らの教会こそイスラエルの真の正統継承者という自己理解を持つマタイと似ている。尤もマタイは、パウロの時代よりもユダヤ教からのキリスト教会の分離が進行した時代にあったし、パウロ系とは若干の距離を置いているようにも見える が。 もう一つ、彼のグランド構想で特筆すべき点は、既にエルサレム会議に持ちかけた彼の提案に示されているように、入会必要要件として、一方で異邦人は割礼なしとし、他方でユダヤ人の割礼文化は否定せず、というダブルスタンダードを導入していることだ。 ダブルスタンダードが、律法に関する彼の神学と馴染んでいるとは思えない。その理由 は、双方の文化上の特性を考慮し、グランド全体教会の中で双方の住み分けを保とうという全体教会政治的判断があるからではないか。住み分けの乱立はカオスを招来するか ら、住み分けに伴うダブルスタンダードの背後には、グランド全体教会を貫く公同的な 基準を必要とする。

 結び

 以上が、「パウロの全体教会政治学」という主題に関する私のテーゼである。この章については詳細を書き切れず、私としても論述の組み立て途上にあるが、この視点をもっ て改めてパウロの宣教・伝道活動の意図を再構築する学問的余地はあるように思える。 これをもって本稿の結びとしたい。

2026年7月31日金曜日

説教や聖書研究をする信徒のための聖書注解 マルコ7:1–23

 

説教や聖書研究をする信徒のための聖書注解

マルコ7:1–23




概要

 マルコ7章1~23節では、「何が人を汚すのか」をめぐって、イエスとファリサイ派・律法学者たちとの論争が描かれています。弟子たちが儀式的に手を清めずに食事をしたことをきっかけに、イエスは、人間の伝承が神の戒めよりも優先される危険を指摘されます。特に「コルバン」の例は、宗教的制度が父母を支える責任の回避に用いられていたことを示しています。
 続いてイエスは、外から入る食物が人を汚すのではなく、人の内側から出るものが人を汚すと教えられます。不品行、盗み、殺人、貪欲、欺き、高慢などは、いずれも人間の心から生じ、神や他者との関係を損なうものです。
 したがって、本箇所は伝統や規則そのものを否定するのではなく、それらを形式的に守ることで神の意志を見失う危険を戒めています。イエスは、外面的な清さではなく、神の言葉によって内側から新しくされる信仰を求めておられます。


注解

7:1

  • 原文:Καὶ συνάγονται πρὸς αὐτὸν οἱ Φαρισαῖοι καί τινες τῶν γραμματέων ἐλθόντες ἀπὸ Ἱεροσολύμων.
  • 私訳:そして、ファリサイ派の人々と、エルサレムから来た律法学者たちの何人かが、イエスのもとに集まって来た。
  • 新共同訳:ファリサイ派の人々と数人の律法学者たちが、エルサレムから来て、イエスのもとに集まった。

文法解析

  • συνάγονται:συνάγω「集まる、集める」動詞・現在受動(中動態形)・直説法・3人称複数。

注解

  • この節は、この後に続く「伝承と神の戒め」を巡る論争(7:1-23)の導入部となっています。
  • ファリサイ派、律法学者。律法学者は、律法を解釈、教授する職業。ファリサイ派は、その人々の党派であるが、民衆に教える運動が活発です。
  • これまでにも、イエスとファリサイ派・律法学者との論争、確執は描かれてきましたが。ここでは「エルサレムから」という説明が加わることによって、エルサレムのユダヤ教本部がいよいよ本格的に介入してくる転機となっています。このように、マルコでは「エルサレムから来た」という表現は単なる地理的説明ではなく、公的調査団の派遣を暗示します(3:22を参照)。

7:2

  • 原文:καὶ ἰδόντες τινὰς τῶν μαθητῶν αὐτοῦ κοιναῖς χερσίν, τοῦτ’ ἔστιν ἀνίπτοις, ἐσθίοντας τοὺς ἄρτους,
  • 私訳:そして、彼らは弟子たちのうち何人かが、汚れた手、すなわち洗っていない手でパンを食べているのを見た。
  • 新共同訳:そして、イエスの弟子たちの中に汚れた手、つまり洗わない手で食事をする者がいるのを見た。

文法解析

  • ἰδόντες:ὁράω「見る」アオリスト能動分詞・主格・男性・複数。
  • κοιναῖς:κοινός「汚れた、俗な」形容詞・与格・女性・複数。
  • χερσίν:χείρ「手」名詞・与格・女性・複数。
  • ἀνίπτοις:ἄνιπτος「洗っていない」形容詞・与格・女性・複数。
  • ἐσθίοντας:ἐσθίω「食べる」現在能動分詞・対格・男性・複数。

注解

  • κοινός(共通の)は本来「一般の」という意味です。新約聖書の基本言語であるコイネー・ギリシャ語の「コイネー」と共通します。ユダヤ教では「宗教的に汚れた」「清められていない」という専門的意味を持つようになりました。よって、ここでの問題の焦点は、衛生ではなく儀礼的清めです。
  • マルコは読者のために「すなわち洗っていない」(τοῦτ’ ἔστιν ἀνίπτοις)と説明を加えています。異邦人読者を意識した編集箇所と考えられます。
  • 一般民衆が手を洗う規定自体は、旧約聖書の律法には含まれていません。但し、祭司には規定があり、出エジプト記30:17–21では、祭司が幕屋・祭壇で奉仕する前に青銅の洗盤で手足を洗う必要がありました。
  • 民衆の励行についての指示は、後代の律法解釈の過程で生み出された言い伝えです。よって、弟子たちは律法そのものを破ったのではなく、「言い伝え」に従わなかったことになります。

マルコ 7:3

  • 原文:οἱ γὰρ Φαρισαῖοι καὶ πάντες οἱ Ἰουδαῖοι, ἐὰν μὴ πυγμῇ νίψωνται τὰς χεῖρας, οὐκ ἐσθίουσιν, κρατοῦντες τὴν παράδοσιν τῶν πρεσβυτέρων·
  • 私訳:というのは、ファリサイ派の人々、さらにほとんどすべてのユダヤ人は、こぶしまで(あるいは十分に)手を洗わない限り食事をせず、長老たちの伝承を固く守っているからである。

文法解析

  • πυγμῇ:πυγμή「拳、こぶし」名詞・与格・女性・単数。
  • νίψωνται:νίπτω「洗う」アオリスト中動態・接続法・3人称複数。
  • κρατοῦντες:κρατέω「しっかり守る、保持する」現在能動分詞・主格・男性・複数。
  • τὴν παράδοσιν:παράδοσις「伝承、言い伝え」名詞・対格・女性・単数。
  • τῶν πρεσβυτέρων:πρεσβύτερος「長老」名詞・属格・男性・複数。

注⁠解

  • 3-4節はマルコによる編集状の説明文。異邦人読者にユダヤ人の習慣を解説しています。
  • πυγμῇ:新約聖書中ここだけに現れる難語である。主な解釈には、「拳を用いて洗う」「手首まで洗う」「肘まで洗う」「十分に丁寧に洗う」などがあります。
  • παράδοσις(伝承):後続の7:8, 9, 13で中心概念となります。「モーセ律法」ではなく、口伝律法、ラビ的伝承を指します。
  • イエスが批判するのは伝承そのものというよりも、むしろそれらが本来の神の戒めである律法よりも優先される状態です。

7:4

  • 原文:καὶ ἀπ’ ἀγορᾶς ἐὰν μὴ βαπτίσωνται, οὐκ ἐσθίουσιν· καὶ ἄλλα πολλά ἐστιν ἃ παρέλαβον κρατεῖν, βαπτισμοὺς ποτηρίων καὶ ξεστῶν καὶ χαλκίων.
  • 私訳:また、市場から帰ったときには、身を清めなければ食事をしない。そして彼らが受け継いで固く守っていることは他にも多くあり、杯、水差し、青銅器などを洗い清めることである。

文法解析

  • ἀγορᾶς:ἀγορά「市場」名詞・属格・女性・単数。
  • βαπτίσωνται:βαπτίζω「浸す、洗い清める」「洗礼を授ける」アオリスト中動態・接続法・3人称複数。
  • βαπτισμούς:βαπτισμός「洗浄、清めの儀式」「洗礼」名詞・対格・男性・複数。
  • ποτηρίων:ποτήριον「杯」名詞・属格・中性・複数。
  • ξεστῶν:ξεστής「水差し、壺」名詞・属格・男性・複数。
  • χαλκίων:χαλκίον「青銅器、銅製容器」名詞・属格・中性・複数。

注解

  • 市場では異邦人や祭儀的に汚れた人々との接触が避けられないため、帰宅後にはβαπτίζω(浸して清める)ことが慣例となっていた。ここで用いられるβαπτισμόςは、キリスト教の「洗礼」ではなく、ユダヤ教における儀礼的洗浄を意味する。
  • マルコは食器類にまで及ぶ細かな洗浄規定を列挙することにより、当時の口伝律法が日常生活の隅々にまで及んでいたことを示している。

<以上の注解に基づいた礼拝説教の結びの言葉として>
 イエスがファリサイ派や律法学者たちと向き合われた場面は、単なる宗教的論争ではありません。彼らが固く守っていた「長老たちの伝承」は、もともと神の戒めを大切にしようとする思いから生まれたものでした。しかし、いつしかその伝承が目的化し、神が求めておられる心の清さよりも、外側の行いが優先されてしまったのです。
 イエスはこの状況に対して、私たちの視線を外側から内側へと向け直されます。
「人を汚すのは外から入るものではなく、内から出てくるものだ」(7:15)。
 イエスが示されたのは、神の前に立つときに本当に問われるのは、儀礼の細部ではなく、心の向きと生き方そのものだということです。
私たちもまた、知らず知らずのうちに「形」や「慣習」に心を奪われてしまうことがあります。信仰生活の中で積み重ねてきた良い習慣が、いつしか目的化し、神との関係よりも自分の正しさを守ることが中心になってしまうことがあるかもしれません。
 しかし主イエスは、今日の私たちにも語りかけておられます。
「あなたの心を見せてほしい。あなたの内側を、わたしの光の前に開いてほしい。」
 外側の清めではなく、神の前にへりくだり、心を整えること。
それこそが、イエスが私たちに招いておられる「真の清さ」です。
どうか私たちが、日々の生活の中で、自分の心を主の前に差し出し、
神の言葉によって内側を照らされ、整えられ、清められていく者となれますように。
 そして、私たちの内側からあふれ出る思いと言葉と行いが、神の愛と恵みを証しするものとなりますように。
 主が私たち一人ひとりの心を新しくし、真の清さへと導いてくださることを信じて歩んでいきましょう。

7:5

  • 原文:Καὶ ἐπερωτῶσιν αὐτὸν οἱ Φαρισαῖοι καὶ οἱ γραμματεῖς· Διὰ τί οὐ περιπατοῦσιν οἱ μαθηταί σου κατὰ τὴν παράδοσιν τῶν πρεσβυτέρων, ἀλλὰ κοιναῖς χερσὶν ἐσθίουσιν τὸν ἄρτον;
  • 私訳:そこで、ファリサイ派の人々と律法学者たちはイエスに尋ねた。「なぜ、あなたの弟子たちは長老たちの言い伝えに従って歩まず、汚れた手でパンを食べるのですか。」
  • 新共同訳:そこで、ファリサイ派の人々と律法学者たちが尋ねた。「なぜ、あなたの弟子たちは昔の人の言い伝えに従って歩まず、汚れた手で食事をするのですか。

文法解析

  • ἐπερωτῶσιν:ἐπερωτάω「尋ねる」現在・能動・直説法・三人称複数。反復的な尋問のニュアンスを含む。
  • Διὰ τί:「なぜ」「どういう理由で」。
  • περιπατοῦσιν:περιπατέω「歩く、生活する」現在・能動・直説法・三人称複数。
  • παράδοσιν:παράδοσις「伝承、言い伝え」女性・対格・単数

注解

  • この節から、イエスと宗教指導者との論争が始まります。質問の焦点は、律法から派生した「長老たちの伝承」を守るべきかということ。この「伝承」はモーセ五書そのものではなく、口伝律法(後のミシュナにまとめられるような伝統)を指します。
  • 「歩む」:「歩く(περιπατέω)」という動詞は、信仰生活を含めた「生きること」を意味する表現。
  • 「汚れた手(κοιναῖς χερσίν)」:衛生上の汚れではなく、宗教的に清めの儀式を行っていない状態を意味します。食前の清めの儀式を履行していないことが批判されています。
  • この箇所でイエスは、律法を否定しているのではなく、人間の言い伝えが神の戒め自体よりも優位に置かれる事態を問題視しています。

7:6

  • 原文:ὁ δὲ εἶπεν αὐτοῖς· Καλῶς ἐπροφήτευσεν Ἠσαΐας περὶ ὑμῶν τῶν ὑποκριτῶν, ὡς γέγραπται,Οὗτος ὁ λαὸς τοῖς χείλεσίν με τιμᾷ, ἡ δὲ καρδία αὐτῶν πόρρω ἀπέχει ἀπ’ ἐμοῦ·
  • 私訳:そこでイエスは彼らに言われた。「イザヤはあなたがた偽善者について実によく預言した。次のように書かれている。『この民は唇ではわたしを敬う。しかし彼らの心は、わたしから遠く離れている。』」

文法解析

  • Καλῶς:副詞「見事に」「適切に」。
  • Ἠσαΐας固有名詞。「イザヤ」。
  • ὑποκριτῶν:ὑποκριτής「偽善者」男性・属格・複数。本来は「舞台俳優」。転じて「仮面をかぶる者」。
  • χείλεσίν:χεῖλος「唇」中性・与格・複数。
  • τιμᾷ:τιμάω「敬う、尊ぶ」現在・能動・直説法・三人称単数
  • πόρρω:副詞。「遠くに」。
  • ἀπέχει:ἀπέχω「離れている」現在・能動・直説法・三人称単数。

注解

  • イエスは問いに対して、イザヤ29:13の引用をもって回答しています。
  • 「偽善者(ὑποκριτής)」という語はマタイに特徴的な用語。マルコでの使用はこの箇所のみ。元来は「俳優」を意味し、外面と内面が一致しない人物を指します。
  • 批判されている宗教指導者の問題点は、口では神を礼拝しながら、心では神から離れている点にあります。旧約預言者もまた、繰り返し形式だけの礼拝を批判してきました(イザ1章、アモ5章、ホセア6章などを参照)。イエスはその預言者的伝統に立っています。
  • 「心(καρδία)」:感情のみならず、意思、思考、信仰を踏む、人間存在の中心的概念。

7:7

  • 原文:μάτην δὲ σέβονταί με, διδάσκοντες διδασκαλίας ἐντάλματα ἀνθρώπων.
  • 私訳:彼らはむなしくわたしを礼拝している。人間の戒めを教えとして教えているからである。
  • 新共同訳:人間の戒めを教えとしておしえ、むなしくわたしをあがめている。

文法解析

  • μάτην:副詞「むなしく」「無益に」。
  • σέβονταί:σέβομαι「礼拝する、敬う」現在・中動・直説法・三人称複数。
  • διδάσκοντες:διδάσκω「教える」現在・能動・分詞・男性・主格・複数。
  • διδασκαλίας:διδασκαλία「教え、教義」女性・対格・複数。
  • ἐντάλματα:ἐντάλμα「命令、戒め」中性・対格・複数。

注解

  • この節はイザヤ29:13の引用。「むなしく(μάτην)」とは、礼拝行為が神の前で有名無実化している事態を表します。礼拝の形式は整っているが、その心が神の意志に反しているということ。
  • 「人間の戒め(ἐντάλματα ἀνθρώπων)」と「神の戒め」の対比が、この後の7:8–13全体の主題となる。後から作られた人の言い伝えが優先され、本来の律法の本筋から離れるばかりか、人の言い伝えを口実にして、神の戒めを破ることが批判されていきます。
  • イエスはここで、神を信仰し崇めるとは、外面的戒めや儀礼の形式的な履行ではなく、「心」をもって神の意志に準じて生きていくことだということを暗示します。

マルコ 7:8

  • 原文:ἀφέντες τὴν ἐντολὴν τοῦ θεοῦ κρατεῖτε τὴν παράδοσιν τῶν ἀνθρώπων.
  • 私訳:あなたたちは神の戒めを捨て、人間の言い伝えを固く守っている。

文法解析

  • ἀφέντες:ἀφίημι「捨てる、放棄する、離す」アオリスト・能動・分詞・男性・主格・複数。
  • ἐντολήν:ἐντολή「戒め、命令」女性・対格・単数。
  • κρατεῖτε:κρατέω「しっかり握る、固く守る」現在・能動・直説法・二人称複数。

注解

  • イエスはイザヤ書の引用を終えると、その預言が現在のユダヤ教指導者たちにそのまま当てはまることを断言します。

マルコ 7:9

  • 原文:καὶ ἔλεγεν αὐτοῖς· Καλῶς ἀθετεῖτε τὴν ἐντολὴν τοῦ θεοῦ, ἵνα τὴν παράδοσιν ὑμῶν τηρήσητε.
  • 私訳:さらにイエスは彼らに言う。「あなたがたは、自分たちの言い伝えを守るために、巧みに神の戒めを無効にしている。」

文法解析

  • Καλῶς:副詞「うまく」「巧妙に」。皮肉を含む。
  • ἀθετεῖτε:ἀθετέω「無効にする、拒絶する、廃棄する」現在・能動・直説法・二人称複数。

注解

  • この節では、イエスの批判がさらに鋭くなります。「Καλῶς(実に見事に)」は賞賛ではなく、強い皮肉です。「あなたがたは実に巧妙に神の戒めを廃棄している」という逆説的表現によって、宗教指導者たちの自己正当化を暴いています。
  • 「無効にする」「ないがしろにする」:ἀθετέωは、廃棄する、拒絶するという法律用語でもあります。すなわち、自ら考案した言い伝えによって、本来の戒めを無効化しているということ。

7:10

  • 原文:Μωϋσῆς γὰρ εἶπεν· Τίμα τὸν πατέρα σου καὶ τὴν μητέρα σου, καί, Ὁ κακολογῶν πατέρα ἢ μητέρα θανάτῳ τελευτάτω·
  • 私訳:モーセはこう言っている。「あなたの父と母を敬え。」また、「父または母をののしる者は、必ず死ななければならない。」

文法解析

  • Τίμα:τιμάω「敬う、尊ぶ」現在・能動・命令法・二人称単数。
  • κακολογῶν:κακολογέω「悪く言う、ののしる」現在・能動・分詞・男性・主格・単数。「悪口を言う者」。
  • τελευτάτω:τελευτάω「終える、死ぬ」現在・能動・命令法・三人称単数。

注解

  • イエスは神の戒めの具体例として、十戒(出エジプト20:12、申命記5:16)を引用します。
  • 「父母を敬え」:両親への単なる礼儀ではなく、ヘブライ語の「尊ぶ(כבד)」は、尊敬する、支える、生活を保障するという意味を含みます。
  • 古代ユダヤ社会では、公的年金制度や福祉制度は存在せず、老いた親を扶養することは神の命令そのものでありました。
  • 「父母をののしる者は死刑に処せられる」(出エジプト21:17、レビ20:9を参照)は、こうした父母への敬意が共同体の根本原則であることを示します。

マルコ 7:11-12

  • 原文:ὑμεῖς δὲ λέγετε· Ἐὰν εἴπῃ ἄνθρωπος τῷ πατρὶ ἢ τῇ μητρί· Κορβᾶν, ὅ ἐστιν Δῶρον, ὃ ἐὰν ἐξ ἐμοῦ ὠφεληθῇς, 12 οὐκέτι ἀφίετε αὐτὸν οὐδὲν ποιῆσαι τῷ πατρὶ ἢ τῇ μητρί,
  • 私訳:しかし、あなたがたはこう言っている。「もし人が父または母に向かって、『コルバン(それは神への献げ物)です、あなたが私から受けられるべき利益は、神への献げ物となりました』と言えば、12 その人が父または母のために何かをすることを、もはやあなたがたは許さない。」

文法解析

  • Κορβᾶν:アラム語 קורבן(qorbān)。「献げ物」「神に献納されたもの」。マルコはアラム語やユダヤ人の習慣を知らない異邦人読者のために、続けて説明を加えてます(それは神への捧げ物)。
  • Δῶρον:δῶρον「贈り物、献げ物」中性・主格(または対格)・単数。神への奉納物。
  • ὠφεληθῇς:ὠφελέω「利益を受ける、助けを受ける」アオリスト・受動・接続法・二人称単数。

注解

  • ここでイエスは「コルバン」の制度を具体例として取り上げます。コルバン(קורבן)とは、本来「神に献げる供え物」を意味するヘブライ語・アラム語で。神殿への献納を誓願する制度で、献げられた財産は神のために聖別されたものと見なされました。
  • ここでイエスは、コルバンの制度が本来の目的を逸脱して運用されていた点を指摘します。ある人物が財産について「これはコルバンである」と宣言すると、その財産は神に献げられたものとされ、親の生活を支えるために使用することを拒否できるようになっていました。実際には本人がその財産を使い続けることもあったが、親への援助だけは拒否できるという解釈が一部の律法学者によって認められていました。
  • 「許さない(ἀφίετε)」という動詞は、宗教指導者たちが制度としてこの行為を認可していたことを示唆します。つまり、単に個人が親不孝をしていたのではなく、宗教制度そのものが親への扶養を妨げる結果となっていました。
  • 「何一つ(οὐδέν)」という表現は極めて強い否定で、親への援助が全面的に禁止される状況を表します。

7:13

  • 原文:ἀκυροῦντες τὸν λόγον τοῦ θεοῦ τῇ παραδόσει ὑμῶν ᾗ παρεδώκατε· καὶ παρόμοια τοιαῦτα πολλὰ ποιεῖτε.
  • 私訳:このようにして、あなたがたが伝えた自分たちの言い伝えによって、神の言葉を無効にしている。そして、このようなことをあなたがたは数多く行っているのである。

文法解析

  • ἀκυροῦντες:ἀκυρόω「(法的効力などを)無効にする、効力を失わせる」現在・能動・分詞・男性・主格・複数。7:9の ἀθετέω(廃棄する、拒絶する) 以上に客観的・法的な響きを持つ。
  • παραδόσει:παράδοσις「伝承、言い伝え」女性・与格・単数。
  • παρόμοια形容詞 παρόμοιος「類似した」中性・対格・複数。「同じようなこと」。

注解

  • この節は7:1–13全体の結論である。「神の言葉(λόγος τοῦ θεοῦ)」と「あなたがたの伝承(παράδοσις ὑμῶν)」との対比がポイント。7:8では「神の戒め(ἐντολή)」との対比でしたが、本節では「神の言葉」という、より包括的な表現が用いられ、宗教指導者たちの問題が神の啓示全体を損なうものであることが示されています。
  • 「このようなことを数多く行っている」:この結びは、コルバンの問題が例外ではなく、宗教伝統が神の戒めを覆い隠す事例が他にも数多く存在したことを示唆しています。

<7:1-13の注解を基にしての礼拝説教の結びとして>

 イエスが宗教指導者たちに向かって語られた言葉は、単なる古代ユダヤ教の制度批判ではありません。預言者イザヤが預言したように、「唇では神を敬しながら、心は神から遠く離れている」――その危険は、時代を問わず、私たちの信仰にも当てはまります。
 弟子たちが「汚れた手」でパンを食べたことを問題にした人々は、決して悪意から行動していたわけではありませんでした。彼らは「正しさ」を求め、伝統を守り、神に忠実であろうとしていました。しかし、いつしかその「伝統」が目的化し、神の心よりも人間の作った枠組みが優先されてしまった。イエスはその歪みに光を当てられたのです。
 コルバンの例は、私たちに問いを投げかけます。
 「神のため」と言いながら、実は自分の都合を正当化していないか。『信仰』という名のもとに、誰かを支える責任から逃げていないか。」
 イエスは、神の戒め――すなわち神の心――を人間の言い伝えが覆い隠してしまう危険を示されました。そして最後にこう言われます。
 「あなたがたは、このようなことを数多く行っている。」
これは非難である以上に、事柄が見えなくなっている私たちを目覚めさせるための言葉です。
 だからこそ、今日の礼拝で私たちが心に刻むべきことは一つです。神を礼拝するとは、形式の履行ではなく、神の心を思いながら生きること。神の言葉、神の意志を聞き、それに従って歩むこと。そして、神が大切にされるものを、私たちも大切にすること。
 イエスは、私たちの心が再び神へと向き直ることを願っておられます。
人の言い伝えではなく、神の言葉に立ち返るとき、私たちの信仰は再び命を得ます。
 神の思いを問いながら、神の言葉に従って生きる者でありたいと願います。


7:14

  • 原文:Καὶ προσκαλεσάμενος πάλιν τὸν ὄχλον ἔλεγεν αὐτοῖς· Ἀκούσατέ μου πάντες καὶ σύνετε.
  • 私訳:そして再び群衆を呼び寄せて、彼らに言われた。「あなたがたは皆、わたしの言うことを聞きなさい。そして理解しなさい。」

文法解析

  • προσκαλεσάμενος: προσκαλέομαι「呼び寄せる」アオリスト中動態(意味は能動)分詞男性・単数・主格

  • Ἀκούσατέ: ἀκούω「聞け」アオリスト能動態・命令法・二人称複数

  • σύνετε: συνίημι「理解しなさい」現在・能動態・命令法・二人称複数


注解

  •  7:1-23全体の主題は、これまで「律法・大元となる神の掟」→「律法を基に人間が後から作った規則」→作られた規則が律法より優先される本末転倒」→「そうした規則は必ずしも悪ではないし有用ではあるが、人間が自分の都合で悪用してしまう事態」と展開されてきました。
  • イエスはここで、議論の対象をファリサイ派や律法学者から群衆全体へと移しています。これまでは律法学者やファリサイ派との論争でしたが(7:1–13)、「再び群衆を呼び寄せる」ことを皮切りに、イエスは人々に公に教えを語ります。
  • 「聞け」と「理解せよ」は、旧約預言者がしばしば用いた組み合わせです(申命記6:4「聞け、イスラエルよ」、イザヤ6:9などを参照)。もちろん、単に耳で聞くだけではなく、神の意図を悟ることが求められています。その時に悟ることまで至らなくても、理解しようとし続ける姿勢こそが大切です。
  • 特に「理解せよ」は知識の理解ではなく、神の真意に気づく霊的洞察を意味します。マルコ福音書で弟子たちは、理解できず、悟ろうとしない反面教師として描かれています(4:13、6:52、8:17–21などを参照)。

7:15

  • 原文:οὐδέν ἐστιν ἔξωθεν τοῦ ἀνθρώπου εἰσπορευόμενον εἰς αὐτὸν ὃ δύναται κοινῶσαι αὐτόν, ἀλλὰ τὰ ἐκ τοῦ ἀνθρώπου ἐκπορευόμενά ἐστιν τὰ κοινοῦντα τὸν ἄνθρωπον.
  • 私訳:人の外からその人の中へ入って来るもので、その人を汚すことのできるものは何一つない。むしろ、人から出て来るものこそ、人を汚すのである。

文法解析
  • ἔξωθεν:副詞「外から」
  • εἰσπορευόμενον: εἰσπορεύομαι「入って来る」・現在・中動態・分詞・中性・単数・主格
  • κοινῶσαι: κοινόω「汚す」アオリスト・能動態・不定詞。元々この語は、「共通のものにする」という意味を持ちますが、世俗のものにまみれさせてしまうという点から、ユダヤ人・ユダヤ教では、これを「穢れたもの」として理解します。すなわち、神のために取り分けられた捧げ物を「聖なるもの」とする一方、世俗のものと一緒くたにしてしまうことを「(俗世にまみれさせる)汚れ」と考えているということです。
  • ἐκπορευόμενά: ἐκπορεύομαι 現在・中動態・分詞
  • κοινοῦντα: κοινόω 現在・能動態・分詞

注解

  • この節でのイエスの教えは非常に革命的で、ユダヤ教ではレビ記11章に基づく食物規定が宗教生活の中心的要素であり、「汚れ」は外部から人に付着すると理解されていました。ところがイエスはここで、その理解を根本から転換し、汚れの源を「外側」ではなく「内側」、すなわち人間の心から生じるものとしました。
  • ただし、だからといってイエスは、祭儀的清浄の概念そのものを否定しているというよりは、それが人間の心の倫理的在り方よりも優先されて考えられていることを批判しています。
  • 本節の「人から出て来るもの」が人を汚すという宣言は、7:21–23で列挙される悪徳表(κακοὶ διαλογισμοί 以下)への導入となっています。

7:16

  • 原文(異本):εἴ τις ἔχει ὦτα ἀκούειν ἀκουέτω.
  • 私訳:聞く耳を持つ者は聞きなさい。

文法解析

  • ἔχει: ἔχω「持つ」 現在・能動態・直説法・三人称単数
  • ὦτα: οὖς「耳」中性・複数・対格
  • ἀκουέτω: ἀκούω「聞く」現在・能動態・命令法・三人称単数

注解

  • この節は後代の写本に見られる異読で、ネストレ=アーラント第28版(NA28)およびUBS第5版では、本文から除外されています。初期の重要写本(シナイ写本・バチカン写本など)にはこの節が存在しない一方、ビザンティン系写本や後代の写本群では広く保存されています。
  • 内容自体はマルコ4:9や4:23と同じ定型句で、初期教会の写字生がイエスの重要な教えを強調するために補った可能性が高いと考えられています。

7:17

  • 原文:Καὶ ὅτε εἰσῆλθεν εἰς οἶκον ἀπὸ τοῦ ὄχλου, ἐπηρώτων αὐτὸν οἱ μαθηταὶ αὐτοῦ τὴν παραβολήν.
  • 私訳:そして、群衆を離れて家に入ると、弟子たちはこのたとえについてイエスに尋ねていた。

文法解析

  • ἐπηρώτων: ἐπερωτάω「尋ねる」「質問する」未完了・能動態・直説法・三人称複数
  • τὴν παραβολήν: παραβολή「たとえ」女性・単数・対格

注解

  • マルコ福音書では、「家」はしばしば弟子教育の場とされています(3:20、4:10、9:28などを参照)。マルコ4:10以下によれば、イエスは群衆にはたとえを語り、弟子にはその意味を解き明かします。
  • 弟子たちは群衆よりもイエスに近い立場にありながら、その教えを十分理解できていない場面が多く描かれています。これはマルコ福音書に特徴的な主題で、弟子たちの霊的鈍さが強調されている一方(4:13、6:52、8:17–21)、信仰的なことは神やイエスの導きによって教えられ、段階的に理解していくことを暗示しているようにも読めます。

7:18

  • 原文:Καὶ λέγει αὐτοῖς· Οὕτως καὶ ὑμεῖς ἀσύνετοί ἐστε; οὐ νοεῖτε ὅτι πᾶν τὸ ἔξωθεν εἰσπορευόμενον εἰς τὸν ἄνθρωπον οὐ δύναται αὐτὸν κοινῶσαι,
  • 私訳:そこでイエスは彼らに言われた。「あなたがたまで、そのように理解がないのか。すべて外から人の中へ入るものは、人を汚すことができないということが、まだ分からないのか。」

文法解析

  • ἀσύνετοι: ἀσύνετος「理解のない」形容詞・男性・複数・主格。ἀ(否定)+συνίημι(理解する)「悟れない者」を意味する。
  • νοεῖτε: νοέω現在・能動態・直説法・二人称複数

注解

  • イエスはここで弟子たちを厳しく叱責しています。「ἀσύνετοι(理解がない)」という表現は非常に強い語で、旧約聖書では神の言葉を悟らない民に対してしばしば用いられています(申命記32:6、イザヤ6章などを参照)。
  • ここでイエスが問題にしているのは、律法そのものの否定ではなく「汚れ」の理解で、この発想は当時革新的なものであり、だからこそ弟子たちは理解し得なかったとも読めます。これによれば、食物は身体に入るだけで、汚れが罪のように働いて人間と神との関係を損なうものではない、とイエスは教えています。この考え方は、旧約律法の食物規定(汚れているもの、汚れていないものという区別)を、倫理的・霊的次元、すなわち、”人間の心や罪、神との関係”へ読み替えるものとなっています。

7:19

  • 原文:ὅτι οὐκ εἰσπορεύεται αὐτοῦ εἰς τὴν καρδίαν ἀλλ' εἰς τὴν κοιλίαν, καὶ εἰς τὸν ἀφεδρῶνα ἐκπορεύεται, καθαρίζων πάντα τὰ βρώματα.
  • 私訳:それは、その人の心の中へ入るのではなく、腹に入り、そして便所へ排出されるからである。──こうしてイエスは、すべての食物を清いものとされた。

文法解析

  • κοιλίαν: κοιλία「腹」女性・単数・対格
  • ἀφεδρῶνα: ἀφεδρών「便所」「下水」男性・単数・対格新約聖書ではここだけに現れる語。
  • ἐκπορεύεται: ἐκπορεύομαι「出て行く」現在・中動態・直説法・三人称単数
  • καθαρίζων: καθαρίζω「清くする」現在・能動態・分詞・男性・単数・主格。この分詞の主語については学者の間で議論があり、①「消化作用」が食物を清める、②イエスがすべての食物を清いと宣言する、という二つの解釈がありますが、今日では後者が有力視されています。そのため、多くの現代訳聖書(新共同訳、聖書協会共同訳、NRSV、NIV、ESVなど)は、「こうしてイエスはすべての食物を清いものとされた」と訳しています。これはマルコによる編集的注釈で、イエスの教えの意味を読者に直裁な言葉で説明したものと解釈されます。
  • βρώματα: βρῶμα「食物」中性・複数・対格

注解

  • この節は新約聖書の食物理解を決定づける重要箇所でもあります。イエスは食物が身体の消化器官を通って排出されることを例に挙げ、それが人間の「心(καρδία)」には到達せず、結果、食べ物は人を神から分断する真の汚れや罪とはならないと指摘します。むしろ、人間の内面から、汚れたことや罪が生み出されていくと主張されています。
  • イエスがここで否定しているのは、清浄規定を遵守さえすれば、人間が神の前でいつも清く、正しいとされるといった当時の考え方です。

<7:14-19の注解を基にしての礼拝説教の結びの部分として>

 今日、私たちはイエスが語られた「汚れとは何か」という問いに耳を傾けてきました。当時の人々は、外から触れるもの、食べるもの、規定に反するものが人を汚すと考えていました。しかしイエスは、群衆を呼び寄せ、弟子たちに向き直り、はっきりと宣言されました。
「人を汚すのは外から入るものではなく、内から出てくるものだ」と。
 イエスは、私たちの心の深みにあるものこそ、神との関係を左右するのだと示されました。
 そう言われれば、主イエスが大胆にもおっしゃったように、食べ物は腹に入り、やがて便としてトイレに出されていくに過ぎない。しかし、心から出てくる思い──妬み、憎しみ、傲慢、偽り──それらは私たちの内側に根を張り、周囲の人々を傷つけ、神との交わりを曇らせてしまいます。
 イエスは弟子たちに「あなたがたまで理解がないのか」と語られました。それは弟子たちを責めるためではなく、真の清さとはどこにあるのかを、彼らが見出すように招く言葉でした。
 そして同じ招きが、今日の私たちにも向けられています。
私たちは、外側の整えられた姿、すなわち、規則を形通りに遵守することに安心し、形だけの信仰に満足してしまうことがあります。しかしイエスは、もっと深いところ──心の内側──に目を向けるように呼びかけておられます。
 神が求めておられる清さとは、心が神に向かい続けること。神の愛に照らされ、内側から変えられていくこと。
 外側の規則や習慣は、確かに私たちを助ける道具であり得ます。しかし、それらが形骸化する時、私たちは本来の目的を見失ってしまいます。イエスはその本末転倒を正し、心の深みにある真の問題へと私たちを導いてくださいます。
 ですから今日、私たちは祈り求めたいと思います。
「主よ、私の心を照らしてください。
 外側ではなく、内側からあなたに従う者としてください。」
イエスが宣言されたように、神は私たちを外側からではなく、内側から清めてくださいます。その恵みに信頼しながら、新しい一週間を歩んでまいりましょう。

7:20

  • 原文:Ἔλεγεν δὲ ὅτι· Τὸ ἐκ τοῦ ἀνθρώπου ἐκπορευόμενον, ἐκεῖνο κοινοῖ τὸν ἄνθρωπον.
  • 私訳:さらにイエスは言われた。「人から出て来るもの、それこそが人を汚すのである。」

文法解析

  • ἐκπορευόμενον: ἐκπορεύομαι「出て来る」現在・中動態・分詞・中性・単数・主格 「人から出て来るもの」という名詞句を形成。
  • ἐκεῖνο:「それこそ」: κοινόω「汚す」

注解

  • 本節は15節の内容を要約し、その理由を21節以下で説明する導入文である。15節では「外から入るもの」と「内から出るもの」が対比されていたが、ここでは後者のみが繰り返され、読者の注意が「心の内面」へ集中するよう構成されている。
  • 「出て来る」(ἐκπορευόμενον)は現在分詞で、一回限りの行為ではなく、人の内面から継続的に現れる行動や言葉を指す。こうしてイエスは、罪を偶発的な単発の行為ではなく、人間存在の内面から生じる現実であることを示す。
  • 「汚す」(κοινοῖ)は単に祭儀的な意味に留まらず、神との交流を妨げる状態を表している。したがって、問題となる「汚れ」は、食物や洗浄儀礼ではなく、人間の倫理的・宗教的状態そのものである。

7:21

  • 原文:ἔσωθεν γὰρ ἐκ τῆς καρδίας τῶν ἀνθρώπων οἱ διαλογισμοὶ οἱ κακοὶ ἐκπορεύονται, πορνεῖαι, κλοπαί, φόνοι,
  • 私訳:なぜなら、人々の心の内から、悪い思いが出て来るのである。すなわち、不品行、盗み、殺人、

文法解析

  • ἔσωθεν「内から」副詞。「ἔξωθεν(外から)」との対比。
  • διαλογισμοί:διαλογισμός「思い」「企て」男性・複数・主格
  • πορνεῖαι: πορνεία「淫らな行い」婚外性交・近親婚・売春など、神の定める性的秩序に反する広い概念。
  • κλοπαί: κλοπή「盗み」
  • φόνοι: φόνος「殺人」

注解

  • ここより「悪徳表(Vice List)」を列挙されていきます。このような「悪徳表」は、ユダヤ教文学やストア哲学、またパウロ書簡(ガラテヤ5:19–21、ローマ1:29–31など)にも広く見られる形式です。
  • 「心(καρδία)」はヘブライ文化においては知性・感情・意思を含む人格全体の中心とされています。したがって罪とは、一時の感情ではなく、人間存在の中心から生み出されるものです。

7:22

  • 原文:μοιχεῖαι, πλεονεξίαι, πονηρίαι, δόλος, ἀσέλγεια, ὀφθαλμὸς πονηρός, βλασφημία, ὑπερηφανία, ἀφροσύνη·
  • 私訳:姦淫、貪欲、悪意、欺き、放縦、悪い目、冒瀆、高慢、愚かさ。

文法解析

  • μοιχεῖαι: μοιχεία「姦淫」結婚関係を破壊する不貞。
  • πλεονεξίαι: πλεονεξία「貪欲」飽くことなき欲望。
  • πονηρίαι: πονηρία「悪意」積極的に他者へ害を及ぼそうとする邪悪。
  • δόλος: δόλος「欺き」策略・偽り
  • ἀσέλγεια: ἀσέλγεια「放縦」
  • ὀφθαλμὸς πονηρός:「悪い目」ヘブライ語の慣用句で「ねたみ」「物惜しみ」「嫉妬」を意味(箴言23:6を参照)。
  • βλασφημία: βλασφημία「冒瀆」神への冒瀆だけでなく、他人への悪口・中傷も含みます。
  • ὑπερηφανία: ὑπερηφανία「高慢」神より自分を高くする態度
  • ἀφροσύνη: ἀφροσύνη「愚かさ」道徳的・霊的愚かさ。

注解

  • 列挙されている罪は、結婚や性関連、財産関連、対人関係、神への罪など、多岐にわたっています。
  • 「悪い目(ὀφθαλμὸς πονηρός)」:ユダヤでは「惜しみ深さ」「ねたみ」などを意味する慣用句です。

7:23

  • 原文:πάντα ταῦτα τὰ πονηρὰ ἔσωθεν ἐκπορεύεται καὶ κοινοῖ τὸν ἄνθρωπον.
  • 私訳:これらすべての悪は内から出て来て、人を汚すのである。


注解

  • 本節は、7:14–23全体の結論でもあります。7:15では「外から入るものは人を汚さない」と語られ、本節では「内から出るものが人を汚す」と締めくくられています。
  • イエスは旧約律法の道徳的要求を廃止したのではない。むしろ、その本来の目的を回復し、祭儀的な接触や食物規定の形式的な遵守以上に、人間の心から生じる罪を自分に問うべきであることを明らかにしています。
  • 旧約聖書との関連としては、「人の心は何にもまして偽るものである」(エレミヤ17:9)、「新しい心」が与えられること(エゼキエル36:26)を挙げることができます。
  • 真の救いは、行動の矯正だけではなく、心そのものの変革を必要とします。

<7:20-23の注解を元にした説教の結びの言葉として>

 私たちの歩みを本当に清めるものは、外側の整えられた姿ではなく、内側からあふれ出る心の実です。イエスが示されたのは、行為の表面を取り繕う宗教ではなく、心そのものが新しくされる救いでした。
 だからこそ、私たちは自分の内から出てくる思いと言葉と行いを、主の光の前に正直に差し出す者でありたいと思います。
 主は、汚れた心を見て退ける方ではなく、そこに新しい心を与え、清い源を湧き出させてくださる方です。
「内から出るものが人を汚す」と語られた主は、同じ私たちに「新しい心を与える」とも約束しておられます。
 この方に心を開くとき、私たちの内側から流れ出るものは、もはや罪ではなく、神のいのちと愛となっていきます。
 今日、私たちの心の泉が、主によって新しくされますように。
そしてそこから、清さと憐れみと真実が、日々あふれ流れていきますように。

<レジュメ版と文章版>信条・信仰告白の講解説教 ――1890年「信仰ノ告白」を中心に

<本レジュメの末尾以降に、文章版を掲載しています> 信条・信仰告白の講解説教 ――1890 年「信仰ノ告白」を中心に   1 .信条・信仰告白を説教するということ 信条(creed) [1] ・信仰告白(confession) [2] は、単なる教理(doct...