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この講義のねらい 宗教は必ずしも「神」を中心とするわけではありません。本講義では、諸宗教が究極的なものをどのような存在・原理・力として理解しているかを、二つの軸から比較します。
キーワード :実在観/超越存在/人格神と非人格的原理/一神教・二元論・多神教/有相と無相/三位一体/マナ/ロゴス/ブラフマン/ダルマ
序 実在観と超越存在 (1) 用語
実在観 (テキストの用語):宗教において何が真に存在すると考えられ、それがどう理解されているか。
超越存在 (本講義の用語):実在観のうち、人間や日常経験を超える存在・原理・力に注目した表現です。両者は完全な同義語ではありません。
(2) 創造神を中心としない宗教:初期仏教
初期仏教の中心は、創造神ではなくダルマ(法) 、すなわちブッダが悟った真理(苦の原因と、苦が滅する道)です。
初期経典にも梵天(ぼんてん)などの神々(デーヴァ)は登場します。「神がいない」のではなく、創造神を中心としない 宗教です。
のちに、仏の存在や救済の働きについて多様な理解が展開しました。
大乗仏教の仏身論(法身・報身・応身)
阿弥陀仏信仰
(3) 超越存在を理解する二つの軸 軸 区分 例 性格 人格的(意志をもって人間に関わる) ユダヤ教・キリスト教・イスラムの神、ギリシア神話の神々 性格 非人格的(理法・究極的実在・力) マナ、ロゴス、ブラフマン 数 一元的 唯一神、唯一の根本原理 数 二元的 ゾロアスター教の善と悪 数 多元的 多神教の神々、諸霊
注意 :二つの軸は互いに独立しています。また、これは分析上の分類であり、実際の宗教では人格的理解と非人格的理解が併存することも多くあります(例:ヒンドゥー教)。
人格的な超越存在と人間の関係 (1) 神と人間の距離
神々が人間に似た人格・感情をもつ型 :ギリシア・ローマ神話(擬人神観)
恋愛・嫉妬・争いなど人間くさい。ただし不死であり、人間を超える力をもちます。
神と被造物の区別を重視する型 :ユダヤ教・キリスト教・イスラム
唯一の創造主と、人間・自然世界とを区別します。
キリスト教には受肉の教義があり、神と人間の関係が独自に理解されます。
(2) 神に対抗する勢力はあるか 宗教 悪の存在 神との関係 キリスト教 悪魔(サタン) 神に敵対するが、神と対等ではない イスラム シャイターン 神と対等な悪の原理ではない ユダヤ教 サタン 像は時代・文献により異なる。第二神殿期後期に敵対者像が発展 ゾロアスター教 アンラ・マンユ(アーリマン) 善神アフラ・マズダーと対立する二元論。後代の教義では終末に悪が克服される
1.人格的な「神」観念 1.1 神観念の特色(岸本英夫『宗教学』を参考に整理)
超自然的な存在として、意志をもって活動 する(機械やロボットではない)。
人間とは異なる存在でありながら、人格をもって人間に関わる 。
人間を超える力をもち、人間の生に影響を及ぼす 。
*これだけでは神と悪魔を区別できません。区別せずに超自然的な霊的存在を広く指すとき、本講義では「神霊」と呼びます。
1.2 神の分類
由来による分類
自然神:天体、山河、動物など
人間神:祖先神、氏神、英雄神、守護神など(例:菅原道真=天神)
機能による分類
創造神:天地・人間を創造する神
由来による分類とは基準が異なります。創造神は唯一神に限らず、多神教にもいます。
1.3 神の表象形態:有相と無相
有相(うそう) :植物・動物・人間の姿で表されます。
無相(むそう) :形をもたず、人間のイメージ力を超えます。
偶像の禁止 (出エジプト記20章):像を造り、それにひれ伏し仕えることを禁じます。背景には、神を人間の制作物と同一視することへの警戒があります。
キリスト教内部でも理解は分かれます(正教会のイコンは、受肉したキリストを描くことと結びつく)。
イスラムも偶像崇拝を禁じます。
1.4 姿・数・力の関係 この対応は傾向であり、必然ではありません。
ヒンドゥー教:有相の神々と、無相のブラフマンが併存します。
キリスト教:唯一神教ですが、聖画・聖像の伝統があります。
多神教の例 :神々が願いや生活領域ごとに信仰されます。
学問:湯島天神(菅原道真)
商売繁盛など:神田明神
開運:妙見菩薩(みょうけんぼさつ。北極星・北斗七星への信仰に由来。日蓮宗など神仏習合の伝統で広く信仰された)
1.5 一神教の中の「複数性」
聖母マリア・聖人崇敬 (カトリック)
教義上、マリアも聖人も神ではありません。神への**礼拝(ラトリア)と聖人への 崇敬(ドゥリア)**は区別されます。
宗教学的には、多神教の神々と似た機能を果たす場合があります。ただし、機能の類似と教義の同一性は別問題です。
三位一体
唯一の神への信仰を保ちつつ、キリストと聖霊の神性をどう理解するかが課題となりました。
325年 ニカイア公会議:御子は父と同一本質
381年 コンスタンティノポリス公会議:聖霊についての教義を明確化
神は唯一でありつつ、父・子・聖霊の**三つのペルソナ(位格)**において存在します。三人の神ではありません。
イスラムの立場 :タウヒード(神の唯一性)を重んじ、神に他の存在を並べること(シルク)を批判します。三位一体もその対象となります。
2.非人格的な超越存在 *以下は「マナから発展した」という歴史ではなく、比較のための事例です。
2.1 宗教的な力:マナ
マナ (メラネシア):特別な力・効力を表す概念です。
コドリントン『メラネシア人』(1891年)が報告しました。
マレット「プレアニミズムの宗教」(1900年)は、霊魂の観念では説明できない力の観念を重視し、アニマティズム と呼びました。
これは当時の宗教進化論の文脈にある学説です。現在では、宗教が一律に同じ段階を経て発展するとは考えられていません。
ワカン・タンカ (北米・ラコタ族):「偉大なる神秘」「聖なるもの」と訳されます。人格的な理解も含み、マナと同一視はできません。
2.2 宇宙の秩序・究極的実在をめぐる観念 伝統 概念 内容 古代ギリシア ロゴス 宇宙の秩序・理法(ヘラクレイトス)。ストア派では宇宙に内在する合理的原理 ヴェーダ リタ(天則) 宇宙の秩序。のちのダルマ観念につながる ウパニシャッド ブラフマン(梵) 究極的実在・宇宙の根本原理。個人の本体アートマン(我)との関係を探究 仏教 ダルマ(法) ブッダが悟った真理(縁起・無常・無我)とその教え。宇宙を支配する力ではない
不二一元論(ふにいちげんろん)ヴェーダーンタでは、梵と我の同一性(梵我一如 〔ぼんがいちにょ〕)を悟ることが解脱とされます。ただしインド思想のすべてがこの立場ではありません。
仏教は無我を説くため、ダルマはブラフマンと同一の概念ではありません。
梵天(ブラフマー)は、宇宙の根本原理であるブラフマン(梵)を神格化した存在です。両者を混同しないよう注意します。
2.3 認識と救済
これらには、真理を理解すること と、苦や迷いからの解放 を結びつける伝統があります。
ただし、何を真理とし、どの道で救済されるかは宗教・宗派によって異なります。
仏教内部:自力の修行を重んじる伝統と、阿弥陀仏の本願による救済を説く浄土教
キリスト教:恵み・信仰・キリストとの関係が救済論の中心
結び ヨハネ福音書のロゴス
「初めに言(ロゴス)があった」(1:1)、「言は肉となった」(1:14)。
背景には、ギリシア哲学のロゴスに加え、ユダヤ教の知恵文学(箴言8章など)や、創造における神の言葉(創世記1章)があります。
ヨハネの特徴は、ロゴスを抽象的な理法としてではなく、イエス・キリストにおいて人となった神の言葉として語る点にあります。
→ 宇宙原理としてのロゴスと、人格的な神の自己啓示とを比較する視点を与えます。
本講義の問い :宗教は何を究極的な実在と考え、それをどう認識し、人間の生と結びつけるのか。
考えてみよう
身近な寺社や行事を一つ選び、そこで祀られているものを、二つの軸(人格的/非人格的、一元/二元/多元)で位置づけてみよう。
聖人崇敬と多神教の神々は、何が似ていて、何が異なるのか。「機能」と「教義」に分けて考えてみよう。
「悟りによる救済」と「恵みによる救済」は、超越存在の理解とどう関係しているだろうか。
読み方メモ 語 読み 梵天 ぼんてん 梵我一如 ぼんがいちにょ 不二一元論 ふにいちげんろん 妙見菩薩 みょうけんぼさつ 有相/無相 うそう/むそう 法身・報身・応身 ほっしん・ほうじん・おうじん 擬人神観 ぎじんしんかん
参考:人物と文献
事項 人物・文献 人格的な神の特色 岸本英夫『宗教学』(大明堂、1961年) マナの報告 R. H. コドリントン『メラネシア人』(The Melanesians , 1891年) アニマティズム R. R. マレット「プレアニミズムの宗教」("Pre-Animistic Religion," Folk-Lore 11, 1900年) ロゴス ヘラクレイトス、ストア派 梵我一如 ウパニシャッド、不二一元論ヴェーダーンタ 三位一体論 ニカイア公会議(325年)、コンスタンティノポリス公会議(381年) ヨハネ福音書のロゴス ヨハネ1:1、1:14/箴言8章、創世記1章