2025年2月19日水曜日

【新宗教・新興宗教解説】ほんみち(創設者・大西愛治郎)

 


ーーーーレジュメーーーー
【新宗教】ほんみち(創設者・大西愛治郎、1881-1958年)

1 基本データ
開教年:1913年
種類:天理教から派生した新宗教
創始者:大西愛治郎(おおにしあいじろう、甘露台)
後継者:大西泰彦(おおにしやすひこ、現・甘露台)        
信徒数:32万人(1996年、新宗教事典)
本部:大阪府高石市羽衣
   泉南市に支部、およびほんみち神殿
法人化年度:(1952年、宗教法人法)

2 大西愛治郎と教団の足跡
1881年、大西愛治郎、奈良県宇陀(うだ)郡宇太(うた)村に生まれる
 奈良師範学校在学中、母の病気を契機に天理教に入信
1900年、退学して単独で布教を開始。
     群馬県安中、山口県で活動。
1913年、啓示により、自身が生神<甘露台(かんろだい)>〉と悟る。
     天理教の教祖中山みきを引き継ぐ者、「甘露台」との自己認識に至り、
     天理研究会を発足(開教)。
     教歌『甘露台古記(かんろだいこうき)を執筆。教祖への復古を主張。
1924年、国家神道と堕した天理教団を批判し、追放される。
1925年、天理研究会を設立。
1928年、教義の解説書『研究資料』を頒布
     天皇の日本統治を否定し、甘露台による神政政治の展開を主張。
     「甘露台世界」の実現を目指す。
     これにより、500名が日本政府により検挙される。
1930年、大西愛治郎、精神異常と見なされて無罪とされる。
1936年、自身の教団を「天理本道」と称する。
1938年、『書信』を配布して再検挙される。教団は解散処分に。
1945年、第2次大戦後に釈放される。
1946年、大阪府羽衣にて教団を再建。
1950年、教団名を「ほんみち本部」に改称。
1952年、教団名を「ほんみち」に改称。
1958年、大西愛治郎、逝去。

3 宗教的営為
・信徒=「みち人」
・教えの習得と実践=「匂いがけ」、個人単位の布教活動
          「ひのきしん」、労働的奉仕
・信徒たちの一致の心を磨く=「心のふしん」
・「お寄り」と呼ばれる家庭集会
・「御席」と呼ばれる教理・教義の修行

4 ネット上の話では…
・中卒で教団施設でエリート教育を受けることが奨励されている
 (元信徒によれば、「強制ではないがプレッシャーを感じた」)
 →共同体性が強いので、コミュニティとして一員に圧はかかる
・泉南市の小学校の何割かは信徒の子息
・避妊は推奨されていないため、多産家庭が多い
 (泉南市の出生率は確かに高く、児童における信徒の子息の割合に影響か)

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