2025年10月8日水曜日
ルツ記緒論
ルツ記緒論
概要
旧約聖書の〈諸書〉に分類される書の一つ。士師時代のベツレヘムの一家族に光を当てた物語。ルツ記は一見すると一家族の小さな物語であり、信仰者の側面を映し出してはいるものの、神や天使、預言者が現れるわけではなく、あくまで信仰者の物語である。それ故に、旧約を正典化する際に、ルツ記を聖書に含めるか議論されたという。しかし、一つの家族の信仰の物語、しかも元々モアブという異邦人であるルツがダビデの血筋へと繋がっていくという点で普遍性を保持していることが理由になり、最終的に正典に組み入れられた。
ルツ記は、十二小預言書を除いて、最も短い書でもある。
ストーリー
一家の主人のエリメレクは飢饉のため、異教の地であるモアブに移住するが、2人の息子を残して死ぬ。彼らはモアブの女と結婚するが、彼らも子をもうけぬまま世を去る。エリメレクの妻ナオミはベツレヘムに帰る決意する。息子の嫁の一人であるルツは、ナオミからモアブでの再婚の承認を与えられながらも、イスラエルの神の信仰と習慣を受け入れる決心を抱いてナオミと共にベツレヘムへ赴く。
ルツがエリメレクの有力な親戚であるボアズの畑で落ち穂を拾っていたところ、それがボアズの目に留まる。貧しい者が刈り入れの際の落ち穂を拾うことは認められていたことだが、彼女のナオミへの献身的姿勢を伺い知ったボアズは、ルツに厚意を示す。その後ナオミは、ボアズが親戚であり、同時にエリメレクの家系と不動産を絶やさぬ法的な能力と責任を持つ人物であることを悟り、ルツにボアズの床に入るよう勧める。夜半にルツの訪問を受けたボアズもまた一連の事情を悟り、自分以上に先の法的責任が優先される親戚と交渉する約束をし、ルツをそのまま帰宅させる。
翌日、ボアズは長老会の場で当の親戚と交渉し、ルツを嫁に迎えること、そしてエリメレク家が所有していた土地を買い戻す法的権利を得る。こうしてルツはボアズと結婚し、子を授かり、やがてその血筋はダビデへと至ることになった。ルツはダビデの曾祖母に当たる(ボアズ→オベド→エッサイ→ダビデ)。
レビラート婚
ある夫が死亡し寡婦を残し、かつその寡婦が子を持たない場合、その一族の血筋を存続させ、一族から不動産を初めとした財産の流出を避けるため、夫の兄弟がその寡婦を妻に迎えることをレビラート婚と言う。ユダヤ民族他、他民族や他部族との婚姻が推奨されていない強固な民族的結びつきを持つ世界各地の民族において、同様の慣習が見られる。
参照、申命記25章5-10節
「5兄弟が共に暮らしていて、そのうちの一人が子供を残さずに死んだならば、死んだ者の妻は家族以外の他の者に嫁いではならない。亡夫の兄弟が彼女のところに入り、めとって妻として、兄弟の義務を果たし、6彼女の産んだ長子に死んだ兄弟の名を継がせ、その名がイスラエルの中から絶えないようにしなければならない。7もし、その人が義理の姉妹をめとろうとしない場合、彼女は町の門に行って長老たちに訴えて、こう言うべきである。「わたしの義理の兄弟は、その兄弟の名をイスラエルの中に残すのを拒んで、わたしのために兄弟の義務を果たそうとしません。」8町の長老たちは彼を呼び出して、説得しなければならない。もし彼が、「わたしは彼女をめとりたくない」と言い張るならば、9義理の姉妹は、長老たちの前で彼に近づいて、彼の靴をその足から脱がせ、その顔に唾を吐き、彼に答えて、「自分の兄弟の家を興さない者はこのようにされる」と言うべきである。10彼はイスラエルの間で、「靴を脱がされた者の家」と呼ばれるであろう。」
成立時期
1,ベツレヘムを「ユダのベツレヘム」と称する表現、また言語上の共通から判断して、『ルツ記』は『士師記』とほぼ同時代に成立したと考える説。
2,ペルシャによるバビロン補囚からの解放後、エズラは非ユダヤ人との婚姻の解消を命じる政策を採った。一方で、本書においては異邦人との婚姻が好意的に描かれており、これがエズラに対し非ユダヤ人との婚姻を容認する立場を表していると仮定すると、本書はペルシャ時代に書かれたとも考えられる。
2024年2月2日金曜日
ルツ記 「ルツ」(2013年9月22日掲載)
ルツ記 「ルツ」(2013年9月22日掲載)
序
今回の主題は、『ルツ記』の主人公であり、その書名ともされている「ルツ」という女性です。ルツ記は、旧約聖書における「諸書」という分類における一書で、ユダヤでは過越祭から50日目の五旬節に朗読される書でもあります。内容は士師時代における一家族の物語で、そのスポットライトはルツに当てられています。
ルツ記の主題
飢饉という災い、異邦の地への移住という苦渋の決断、エリメレク、息子たちの死という悲しみの経験、ナオミの優しさ、ルツの決断、ボアズの存在、これら一連の出来事が神のご計画の中で一つに結び合わされ、イスラエルを代表する人物である王ダビデの誕生へと至ったという、神の摂理が今回の物語の秘められた主題です。ルツ記において、神がご自身を現され、目に見える形で行動されるということは一切ありませんが、歴史を導かれている主なる神の存在が前提とされています。
エリメレクの息子との結婚、そして息子たちの死
ユダのベツレヘム出身でエフラタ族に属し、家長であったエリメレクは、飢饉のためにやむなくモアブという異邦人の地に移住します。しかし、二人の息子マフロンとキルヨンを残して死んでしまいます。残された息子たちはモアブの女性と結婚し、その時に妻となった人こそ「ルツ」に他なりません。ところが、結婚後まもなく、息子たちは死亡します。そこでナオミは、マフロンの妻オルパとルツの二人に、それぞれの実家へ帰るよう提案し、オルパはそれを受け入れます。しかし、ルツは自分の故郷のモアブに留まる選択肢を捨てて、義母ナオミと共に、ナオミの故郷であるイスラエルに移住し、同地で永住することを決意します。その際のルツの言葉は、義母への愛と神への信仰をたたえた実に美しいものです。
「ルツは言った。『あなたを見捨て、あなたに背を向けて帰れなどと、そんなひどいことを強いないでください。わたしは、あなたの行かれる所に行き、お泊まりになる所に泊まります。あなたの民はわたしの民、あなたの神はわたしの神。」(ルツ記1:16)
ベツレヘムへの帰還
ナオミとルツは旅を続け、ベツレヘムに帰還します。その折りにナオミが発した言葉には、彼女の苦悩がにじみ出ています。「ナオミは言った。『どうか、ナオミ(快い)などと呼ばないで、マラ(苦い)と呼んでください。』」(1:20)。ナオミには、夫エリメレクの一族で有力な親戚であるボアズという人物がいました(2:1)。ルツは、ボアズの所有する畑で落ち穂拾いをすることにします。ボアズはルツの身の上を耳にして、ルツに好意を示し、親切にします。するとナオミは、ボアズが親戚であり、レビラート法によってルツを妻として迎えることができる人物であることに改めて気づくのです。
レビラート婚
当時、レビラート婚(またはレビレート婚・逆縁婚)という慣習がありました。これは、ある妻の夫が死亡した場合、一族の存続や財産の喪失防止のため、夫の兄弟がその妻と結婚するという制度です。ナオミは、この制度によってルツがボアズと結婚できないかと考えます。そして、人々に知られぬよう夜半にボアズのもとを訪れて、今後のことについて彼と相談するよう、ルツに命じるのです。
ボアズとルツとの結婚
休んでいる折りにルツの存在に気づいたボアズは、すぐに彼女の意図と誠意を悟ります。ただ、ボアズよりも優先してレビラート婚の責任を果たすべき人物が他にいたために、即答を避けます。ボアズは早速、その優先順位の高い人と交渉し、ナオミの所有する土地の買い上げを打診するという手続きを踏んだ上で、土地の取得と共にルツを妻として迎えることに成功したのでした。かくして、二人は結婚し、ルツはやがて男子を出産し(4:13)、その子はオベドと名づけられました(4:17)。このオベドは、ダビデの父エッサイの父となりました。ダビデへと至るペレツに始まる系図が、4:18-22に記載されています。
まとめ
ルツは、神の摂理の中で、ダビデの曾祖母とされました。ルツは元々モアブ人で、イスラエルの民から見れば異邦人です。そんな異邦人のルツの血が、ダビデへと至る血筋に入っているということは、やがて神の救いが異邦人を含む全世界へと展開されていくことを暗示しているようです。狭いイスラエル選民主義に留まってはいけないというメッセージも込められていると思われます。
「わたしは、あなたの行かれる所に行き、お泊まりになる所に泊まります。あなたの民はわたしの民、あなたの神はわたしの神。」(1:16)。この言葉に豊かに表された、ルツという無名の女性の真摯な信仰を主はお用いになって、神の救いの歴史を編み上げられました。私たちも、自分の信仰の決断を大切にしたいと思います。