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2026年10月21日水曜日

【キリスト教入門】④人間の創造と人間の罪 ― 創世記1〜2章を読む

 



0. 本日の要点

  1. 二つの創造物語と安息日(創世記1:1〜2:4前半)
  2. 神のかたちに造られた人間(創世記1:26〜31)
  3. 土から造られた人間(創世記2:4後半〜17)
  4. 人間は独りではない(創世記2:18〜25)
  5. まとめ:四つの関係から見た人間理解

1. 二つの創造物語

項目第一の創造物語第二の創造物語
範囲創世記1:1〜2:4前半創世記2:4後半〜25
神の呼び名「神」(エロヒーム)「主なる神」(ヤハウェ・エロヒーム)
創造の描き方神の言葉によって、秩序立てて六日間で創造土・水・園など具体的な素材と場面の中で創造
人間の位置創造の最後に「男と女」として創造まず土から人が造られ、最後に女が造られる
伝承的背景(通説)祭司資料(P)ヤハウェ資料(J)
  • 同じ出来事の繰り返しではなく、異なる伝承に由来する物語が並べられている
  • 異なる角度から、人間と世界の関係を描いている

2. 造られたものは「極めて良い」(1:31)

神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。(創世記1:31)

  • 人間だけでなく、動物・植物・大地・海も神の創造の一部として肯定される
  • 2章では、人間は土から造られ、園を耕し守る存在として描かれる
  • → 人間は自然に支えられて生き、同時に自然に対して責任を負う存在

3. 安息日の由来(2:1〜3)

  • 神は第七の日に業を完成し、休まれた。その日を祝福し、聖別した
    • ※ 七十人訳などの古代訳は「第六の日に完成」と読み替えている
  • ユダヤ教の安息日:金曜日の日没〜土曜日の日没
  • キリスト教:イエスの復活を記念する日曜日の礼拝が定着
  • → 人間の価値を、生産性や労働能力だけで測らないという倫理的視点

4. 「神のかたち」とは何か(1:26〜27)

神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。(創世記1:27)

  • 「かたち」=ヘブライ語 ツェレム(צֶלֶם)。本来は「像」「彫像」を指す語
    • 創世記5:3では、アダムが「自分に似た、自分にかたどって」セトをもうける
  • ただし聖書は神の身体的な姿を明確に定義していない
  • → 「神のかたち」を、身体の形の類似だけに限定することはできない

三つの解釈

解釈内容代表的な論者
実体的解釈理性・判断力・言葉を使う能力に注目アウグスティヌス、トマス・アクィナス
関係的解釈神と応答し、他者と関係を結ぶことに注目K.バルト
機能的(王的)解釈神の代理として、地上で神の統治を映し出す役割に注目G.フォン・ラート、J.R.ミドルトン
  • 三つは互いに排他的ではない
  • 1:26〜28では「神のかたち」と「生き物を治めること」が並んで語られる
  • → 神のかたちは、人間の特別な地位と、それに伴う責任を示す

5. 「男と女に創造された」(1:27)

  1. 男と女の双方が神のかたちに造られている
  2. 神のかたちを担う地位は、男性だけのものではない
  3. 人間は、他者との関係の中に生きる存在として描かれている
  • ※ この記述を、現代の性別・ジェンダーをめぐる多様な問題に一律に当てはめることには慎重さが必要
  • 本文が語ることと、そこから現代の倫理的課題を考えることとを区別する

6. 「支配せよ」をどう読むか(1:28)

産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。(創世記1:28)

  • 人間が自然を利用する権利を与えられた、と読まれてきた歴史がある
  • リン・ホワイト「現在の生態学的危機の歴史的根源」(1967年)
    • キリスト教的自然観が環境危機の一因になったと批判
  • 現代のキリスト教環境倫理:自然の**管理責任(スチュワードシップ)**として読む解釈が有力

日本の自然観との比較

  • 「キリスト教=自然を支配、日本文化=自然と共生」という二分法は単純すぎる
    • キリスト教思想の内部にも自然との調和を重視する考え方がある
    • 日本の自然観も一様ではない
  • 創世記に即した整理
    • 1章:生き物を治める特別な役割
    • 2章:土から造られ、園を耕し、守る責任
    • 現代:人間の力を無制限な支配権とみなさず、責任として問い直す

7. 食物として与えられたもの(1:29/9:3)

  • 創造当初の食物は、種のある草と、種のある実をつける木
  • 洪水の後(9:3)、動物を食物とすることも認められる
  • → 聖書全体が菜食主義を絶対の規範としているとは言えない
  • それでも、生命の維持を神からの恵みとして描く点は、食物倫理・環境倫理にとって重要

8. 土の塵から造られた人(2:4後半〜7)

主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。(創世記2:7)

  • 第二の物語は「主なる神が地と天を造られたとき」(2:4後半)から始まる
  • 言葉の響き合い:アダム(אָדָם、人)とアダマ(אֲדָמָה、土)
  • 命の息:ニシュマト・ハッイーム(נִשְׁמַת חַיִּים)
  • ポイント
    • 人間の体は土に由来し、自然の外側にいる存在ではない
    • 命は、人間が自力で獲得したものではなく、神から与えられたもの
    • → 人間の有限性、生命をどう尊重するかという生命倫理の問いへ

9. エデンの園と二本の木(2:8〜9)

木意味ポイント
命の木生命と不死3:22〜24で人は園から追放される。人は自力で永遠の命を確保できる存在ではない
善悪の知識の木唯一禁じられた木知識そのものが悪いのではない。神に属する判断を自分のものにする問題

善悪の知識の木をめぐる主な解釈

  • 善悪を判断する知識そのものを象徴する
  • 神だけに属する判断の領域を、人間が自分のものにしようとすることを象徴する
  • 神の命令を受け入れるか、自分の判断を優先するかという問題を示す
  • ※「悪を知らない時が最も無垢だった」という説明は、本文に直接書かれたことではなく解釈の一つ

10. エデンから流れ出る四つの川(2:10〜14)

川の名前聖書本文の説明同定
ピションハビラ地方全域を巡る不明。ヨセフスはガンジス川とした
ギホンクシュ地方全域を巡る不明。ヨセフスはクシュをエチオピアと解し、ナイル川とした。エルサレムの泉の名でもある
チグリスアシュルの東の方を流れるメソポタミアの実在の大河
ユーフラテス(説明なし)メソポタミアの実在の大河
  • エデンを豊かな水源とし、そこから世界へ水が流れていくイメージ
  • 関連作品:ベルニーニ「四大河の噴水」(1651年、ローマ、ナヴォーナ広場)
    • ナイル・ガンジス・ドナウ・ラプラタを表す。創世記の四つの川そのものではない

11. 園を「耕し、守る」(2:15)

主なる神は人を連れて来て、エデンの園に住まわせ、人がそこを耕し、守るようにされた。(創世記2:15)

  • 「耕す」アバド(עָבַד):「仕える」とも訳される
  • 「守る」シャマル(שָׁמַר):「見守る」「保つ」とも訳される
  • → 人間は恵みを受け取るだけでなく、環境を保つ責任も担う
  • 1章の「支配せよ」は、2章の「耕し、守る」と合わせて読む

12. 自由と限界(2:16〜17)

  • 園のすべての木から食べてよい
  • ただし、善悪の知識の木からは食べてはならない
  • → 「自由」と「限界」という主題。3章「人間の罪」への伏線

考えてみよう

  • 技術的に可能であることは、倫理的にも許されることなのか
  • 自然を利用できることは、自然を無制限に利用してよいことを意味するのか
  • 人間の自由には、どのような責任や限界が伴うのか

13. 「人が独りでいるのは良くない」(2:18〜20)

主なる神は言われた。「人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう。」(創世記2:18)

  • 1章の「良し」に対し、聖書で初めて「良くない」と言われるのが人間の孤独
  • 動物たちの中に「合う助け手」は見つからない
  • 「彼に合う助ける者」=エーゼル・ケネグドー(עֵזֶר כְּנֶגְדּוֹ)
    • 「向かい合う、ふさわしい助け手」の意
    • エーゼルは神の助けにも用いられる語(出エジプト記18:4、詩編121:1〜2など)
    • → それ自体が従属を意味するわけではない
  • ※ 本文は男の側から見た助け手を語る。「互いに助け合う関係」は現代的・倫理的に展開した解釈

14. 女の創造(2:21〜23)

  • 神が人を深い眠りに落とし、あばら骨の一部から女を造る
    • 人が自力で伴侶を造り出したのではなく、神の働きによって相手が与えられた
    • ※ 神学的解釈であり、すべての人に結婚相手が与えられるという意味ではない
  • 「あばら骨」ツェラ(צֵלָע)は「側面」も意味する語
    • 物語の細部を解剖学的説明として読む必要はない
  • 歴史的に女性の従属の正当化に用いられたが、本文は男が女より優れているとは述べていない

ついに、これこそ/わたしの骨の骨/わたしの肉の肉。これをこそ、女(イシャー)と呼ぼう/まさに、男(イシュ)から取られたものだから。(創世記2:23)

  • 相手が自分と深く結びついた存在であることへの喜び
  • イシュ(男)とイシャー(女):音の似た語を結びつける言葉遊び
    • 語源的には別の語根とされる
    • → 男女の社会的な上下関係の根拠にはならない

15. 「二人は一体となる」(2:24)

こういうわけで、男は父母を離れて女と結ばれ、二人は一体となる。(創世記2:24)

  • 結婚によって新しい関係が形成され、一つの生活単位をつくることを説明する言葉
  • 親との関係を断ち切れという命令ではない
  • イエスも引用(マタイ19:4〜6、マルコ10:6〜9。エフェソ5:31も参照)
  • ※ 結婚をすべての人の義務としたり、独身の生き方を否定したりする根拠にはならない

16. 裸でも恥ずかしがらなかった(2:25)

人と妻は二人とも裸であったが、恥ずかしがりはしなかった。(創世記2:25)

  • 互いに恐れたり隠れたりする必要のない、率直で無防備な関係
  • 3章で、二人が裸を意識して身を隠す場面と対照をなす
  • 言葉遊び:「裸の」アルーミーム(2:25)と、蛇を形容する「賢い」アルーム(3:1)
    • → 言葉の響きでも次の場面へ橋渡しされている

17. まとめ:創世記1〜2章の人間理解

観点創世記の記述問い
神との関係神のかたちに造られる人間の尊厳は何に由来するのか
自然との関係治め、耕し、守る人間は自然に対してどのような責任を負うのか
生命との関係土から造られ、命の息を受ける生命を自分の所有物と考えてよいのか
他者との関係向き合う他者を必要とする他者との関係において何が求められるのか
  • 人間に特別な地位を与えると同時に、人間の有限性と責任を示している
  • 次回(創世記3章)への視点
    • 神が造った世界そのものが悪かったのではない
    • 問われるのは、人間が与えられた自由と限界にどう向き合うか

主な聖書箇所

事項聖書箇所
第一の創造物語創世記1:1〜2:4前半
「極めて良かった」創世記1:31
安息日の由来創世記2:1〜3
神のかたち・男と女創世記1:26〜27
地を従わせ、支配せよ創世記1:28
食物の提供創世記1:29、9:3
アダムに似たセト創世記5:3
土の塵から造られた人創世記2:7
エデンの園と二本の木創世記2:8〜9、3:22〜24
四つの川創世記2:10〜14
耕し、守る創世記2:15
禁止の命令創世記2:16〜17
彼に合う助ける者創世記2:18〜20
神の助け(エーゼル)出エジプト記18:4、詩編121:1〜2
女の創造創世記2:21〜23
二人は一体となる創世記2:24、マタイ19:4〜6、マルコ10:6〜9、エフェソ5:31
裸と蛇の賢さ創世記2:25、3:1

主な参照

  • 『聖書 新共同訳』日本聖書協会
  • Lynn White Jr., "The Historical Roots of Our Ecologic Crisis," Science 155 (1967)
  • フラウィウス・ヨセフス『ユダヤ古代誌』第1巻
  • Gerhard von Rad, Das erste Buch Mose: Genesis(ATD)
  • J. Richard Middleton, The Liberating Image: The Imago Dei in Genesis 1

2026年2月7日土曜日

【解説】『十二族長の遺訓』

『十二族長の遺訓』


 『十二族長の遺訓』は、形式的には創世記49章におけるヤコブの遺言を踏襲し、ヤコブの十二人の子らがそれぞれ自らの子孫(場合によっては兄弟)に対して遺言を語るという構成を採っている。

 本文書では、創世記に記されている出来事への言及が随所に見られる一方、ヨベル書にのみ伝えられている伝承にも触れられており、複数の聖書外伝承が統合されていることがうかがえる。語りの形式は、各族長自身による直接話法であり、物語全体は連続する遺言集として構成されている。なお、ヨセフを除く十二族長の遺体は、彼ら自身の遺言に従ってヘブロンの洞窟に葬られたとされる。

 本文書を構成する各遺言の配列は、ほとんどの写本において、族長たちの母の系譜――すなわちレア、ビルハ、ジルパ、ラケル――の順序に従っており、創世記的伝統との整合性が意識されている。また、一部の写本では、各族長名を冠した文書の表題に、その内容を要約する主題句が付加されている。

 伝承史的に見ると、本書にはマカベア王朝およびハスモン王朝を支持する思想的要素、クムラン共同体に代表されるエッセネ派的要素、さらには後代のキリスト教的編集を思わせる要素が混在している。この多層的性格から判断して、『十二族長の遺訓』には、マカベア朝・ハスモン朝期、さらにはクムラン共同体の成立以前に遡る原型的伝承が存在していたと考えられる。

2025年10月8日水曜日

2024年2月2日金曜日

ルツ記 「ルツ」(2013年9月22日掲載)

ルツ記 「ルツ」(2013年9月22日掲載)


 序

今回の主題は、『ルツ記』の主人公であり、その書名ともされている「ルツ」という女性です。ルツ記は、旧約聖書における「諸書」という分類における一書で、ユダヤでは過越祭から50日目の五旬節に朗読される書でもあります。内容は士師時代における一家族の物語で、そのスポットライトはルツに当てられています。


 ルツ記の主題

 飢饉という災い、異邦の地への移住という苦渋の決断、エリメレク、息子たちの死という悲しみの経験、ナオミの優しさ、ルツの決断、ボアズの存在、これら一連の出来事が神のご計画の中で一つに結び合わされ、イスラエルを代表する人物である王ダビデの誕生へと至ったという、神の摂理が今回の物語の秘められた主題です。ルツ記において、神がご自身を現され、目に見える形で行動されるということは一切ありませんが、歴史を導かれている主なる神の存在が前提とされています。


 エリメレクの息子との結婚、そして息子たちの死

 ユダのベツレヘム出身でエフラタ族に属し、家長であったエリメレクは、飢饉のためにやむなくモアブという異邦人の地に移住します。しかし、二人の息子マフロンとキルヨンを残して死んでしまいます。残された息子たちはモアブの女性と結婚し、その時に妻となった人こそ「ルツ」に他なりません。ところが、結婚後まもなく、息子たちは死亡します。そこでナオミは、マフロンの妻オルパとルツの二人に、それぞれの実家へ帰るよう提案し、オルパはそれを受け入れます。しかし、ルツは自分の故郷のモアブに留まる選択肢を捨てて、義母ナオミと共に、ナオミの故郷であるイスラエルに移住し、同地で永住することを決意します。その際のルツの言葉は、義母への愛と神への信仰をたたえた実に美しいものです。

「ルツは言った。『あなたを見捨て、あなたに背を向けて帰れなどと、そんなひどいことを強いないでください。わたしは、あなたの行かれる所に行き、お泊まりになる所に泊まります。あなたの民はわたしの民、あなたの神はわたしの神。」(ルツ記1:16)


 ベツレヘムへの帰還

 ナオミとルツは旅を続け、ベツレヘムに帰還します。その折りにナオミが発した言葉には、彼女の苦悩がにじみ出ています。「ナオミは言った。『どうか、ナオミ(快い)などと呼ばないで、マラ(苦い)と呼んでください。』」(1:20)。ナオミには、夫エリメレクの一族で有力な親戚であるボアズという人物がいました(2:1)。ルツは、ボアズの所有する畑で落ち穂拾いをすることにします。ボアズはルツの身の上を耳にして、ルツに好意を示し、親切にします。するとナオミは、ボアズが親戚であり、レビラート法によってルツを妻として迎えることができる人物であることに改めて気づくのです。


 レビラート婚

 当時、レビラート婚(またはレビレート婚・逆縁婚)という慣習がありました。これは、ある妻の夫が死亡した場合、一族の存続や財産の喪失防止のため、夫の兄弟がその妻と結婚するという制度です。ナオミは、この制度によってルツがボアズと結婚できないかと考えます。そして、人々に知られぬよう夜半にボアズのもとを訪れて、今後のことについて彼と相談するよう、ルツに命じるのです。


 ボアズとルツとの結婚

 休んでいる折りにルツの存在に気づいたボアズは、すぐに彼女の意図と誠意を悟ります。ただ、ボアズよりも優先してレビラート婚の責任を果たすべき人物が他にいたために、即答を避けます。ボアズは早速、その優先順位の高い人と交渉し、ナオミの所有する土地の買い上げを打診するという手続きを踏んだ上で、土地の取得と共にルツを妻として迎えることに成功したのでした。かくして、二人は結婚し、ルツはやがて男子を出産し(4:13)、その子はオベドと名づけられました(4:17)。このオベドは、ダビデの父エッサイの父となりました。ダビデへと至るペレツに始まる系図が、4:18-22に記載されています。


 まとめ

 ルツは、神の摂理の中で、ダビデの曾祖母とされました。ルツは元々モアブ人で、イスラエルの民から見れば異邦人です。そんな異邦人のルツの血が、ダビデへと至る血筋に入っているということは、やがて神の救いが異邦人を含む全世界へと展開されていくことを暗示しているようです。狭いイスラエル選民主義に留まってはいけないというメッセージも込められていると思われます。

 「わたしは、あなたの行かれる所に行き、お泊まりになる所に泊まります。あなたの民はわたしの民、あなたの神はわたしの神。」(1:16)。この言葉に豊かに表された、ルツという無名の女性の真摯な信仰を主はお用いになって、神の救いの歴史を編み上げられました。私たちも、自分の信仰の決断を大切にしたいと思います。


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