教団の歴史については、以下をご参照ください。
【新宗教・新興宗教解説】「かむながらのみち」ー教祖は高島彩氏の姑、ゆずの北川悠仁氏の実母、北川慈敬氏
教団の歴史については、以下をご参照ください。
【新宗教・新興宗教解説】「かむながらのみち」ー教祖は高島彩氏の姑、ゆずの北川悠仁氏の実母、北川慈敬氏
2022年(令和4年)3月18日、大阪府泉南市内の中学校に在学していた当時中学1年生の男子生徒が、自宅近くで自殺した。男子生徒は小学校時代からいじめを受けており、学校や教育委員会にも相談していたほか、自殺する半年前には大阪弁護士会のLINE相談窓口にも相談していたという。また、自殺の背景には、担任からの暴力的指導もあったという。その後、遺族が市の第三者機関の「市子どもの権利条例委員会」を通じていじめの有無などについて検証を求めているにもかかわらず、市側が4ヶ月間にわたり事実上放置していた。
ほんみち 花瀬山修道場
当地はほんみち修道場と称し 青年信徒の心身の修養と鍛錬の場としております。天地の理及び生々としてこれを教理の根本とする。ほんみちは、ここに修の聖域として 清浄なる山谷の保全にも力を注いでおります。以上の趣旨を了解の上、この地より奥への立ち入りを御遠慮願います。(詳細は滝川のほんみちへ)宗教法人 ほんみち
【新宗教・新興宗教解説】ほんぶしんー「ほんみち」の教祖・大西愛次郎の次女・大西玉が創設した分派系教団
*数値は、週刊ダイヤモンド2018年10月13日号に拠る。 *真如苑の教団成立、教祖、現苑主などについては、概要欄に関連動画のアドレスあり
接心とは、語義的には「心と心を接する」ことを意味し、教団指導者または教団教師が信徒と直接対面し、霊的・信仰的な助言や導きを与える宗教的面談行為を指す。 真如苑においては、教団によって霊能者として認定された指導的立場の人物が導き手となり、接心を執り行う。 真如苑接心には複数種類あり、信徒の内面状態や生活上の悩みなどを聞き取る過程を含む種の場合、相互的相談やカウンセリングに類似した形式を部分的に取る場合もある。しかし実際には、信徒側が語る量は限定的であり、指導的人物から示される霊的判断(霊視)や言葉を一方向的に受け取る形態が主流である。したがって接心は、対話的実践というよりも、宗教的権威に基づく指示・告知の場として機能していると理解される。 *宗教学的参考:お告げなど、「非対称的コミュニケーション構造」
| 接心の種類 | 内容 | 冥加料 | 所要時間 |
|---|---|---|---|
| 向上接心 | 基本修行となる接心 | 1,000円以上 | 2〜3分 |
| 向上相談接心 | 自らの修行に対する相談 | 2,000円以上 | 3〜5分 |
| 相談接心 | 日常生活での悩み事などの相談 | 3,000円以上 | 15〜20分 |
| 特別相談接心 | 相談接心よりも複雑な案件の相談 | 6,000円以上 | 20〜30分 |
| 鑑定接心 | 病気・結婚・仕事・土地などについて霊能力を使って行う | 8,000円以上 | 30〜40分 |
1 基本データ
ーーーレジュメーーー
【新宗教・新興宗教解説】真如苑苑主、伊藤真聰氏について
現・真如苑苑主 伊藤真聰 (いとうしんそう)2025年6月現在
1942年 伊藤真乗・友司(ともじ)の三女として誕生
旧名:伊藤真砂子
1954年 真如霊能を継承
真如霊能:伊藤真乗氏の易学と、友司の家系の霊能力
これらを融合させた能力
1965年 大正大学文学部卒業
大正大学:天台宗、真言宗、浄土宗、時宗
真如苑事務局に入局
1966年 得度受戒(=教団内教師資格、僧侶資格取得)
1971年 真如苑青年会長に就任
1983年 真如法燈を継承(法灯:次世代への引き継ぎ)
三女真砂子と四女志づ子へ
伊藤真砂子氏、伊藤真聰へと改名
1989年 教主・伊藤真乗逝去
教主の遺志に従い、真如苑苑主、並びに、
総本山・燈檠山真澄寺(とうけいざん・しんちょうじ)
「継主(けいしゅ)」として教団を継承。
真燈寺 開基:伊藤真乗、1938年
本尊:久遠常住釈迦牟尼如来
(くおんしょうちゅう・しゃかむににょらい)
1992年 真言宗醍醐派 総本山醍醐寺より、大僧正の位階を授与
1997年 京都の醍醐寺の金堂にて、開山以来、最初の女性導師として法要を修める
2008年 ニューヨークのグランドゼロ近くの教会にて法要
2012年 ケニアにて、複数の部族の若者と法要を計画、実施
2014年、ペルーにて、アンデス宗教の代表者、カトリックの代表者とともに、平和に向けた祈りを捧げる済摂護摩を実施
済摂護摩(さいしょうごま):伊藤真聰氏による発案
済度(さいど):人々の救済と、悟りへの導き
摂受(しょうじゅ):教えと救済を受ける者へと導くこと
2014年、ニューヨークのリンカーンセンターで灯籠流しを主催
大学講義用動画
「宗教学」 2021年度秋学期 第14回
<再生リスト>「新宗教・新興宗教」
https://www.youtube.com/playlist?list=PL_EWMPQGAoVSRBehjZKZPUKG7Ea9AhKd0
ーーーレジュメーーー
オウム真理教
麻原彰晃(本名:松本智津夫、1955-2018(63歳)、配偶者:松本知子)を教祖として発足した新興宗教団体(新宗教)。
麻原彰晃
1955年、熊本県八代に生まれる。視覚障害のため、小学1年より熊本県立盲学校に転校し、20歳まで過ごす。エリートを志し、熊本大学医学部や東京大学を受験したが失敗。
卒業後、1978年に千葉県船橋市にて鍼灸院と薬局を開業。この頃より、東洋医学に関する学習を進めると共に、ヨガの修行を開始する。宗教教団GLA(1969年開祖、高橋信次)の高橋信次の著作を愛読する。1980年、阿含宗(1978年、開祖:桐山靖雄)に入信し、3年間修行を積む。同年、保険料不正請求発覚。1982年、薬事法違反で逮捕される。
1983年、東洋医学とヨガを組み合わせた能力開発の塾を渋谷に開業。「麻原彰晃」と名乗り始める。1984年、同塾を、ヒンドゥ教で創造や破壊を意味する「オウム」を採り入れた「オウムの会」と改称し、ヨガ道場に変更する。
1985年、空中浮遊の成功を主張したことがメディアで取り上げられる。1985年にオカルト雑誌『トワイライトゾーン』に掲載された文章によれば、2006年に核戦争が起こり、日本に死の灰が降ると予言されている。「神仙の民」と呼ばれる者だけが生き残り、超能力者たちの王国「シャンバラ」が築かれるという。
1986年、麻原彰晃、最初の著作『超能力「秘密の開発法」—すべてがおもいのままになる!』を公刊。1987年、三冊目の著作『イニシエーション』が公刊され、師(グル)である麻原彰晃への徹底的な帰依の必要性が説かれるようになる。
1987年、「オウム真理教」へ名称変更され、全財産を教団にお布施しての出家制度が開始される。同年、日本をシャンバラ化する「シャンバラ化計画」発表、主要都市に支部、道場を開設が目標とされた。
1988年、静岡県富士宮市に「富士山総本部道場」が開設される。
1988年9月、「極限の集中修行」において信徒の一人が死亡したが公表せずに遺体を処分。1989年2月、脱会を申し出た信徒を殺害する事件が起こる(発覚まで非公表)。
出家制度や激しい修行が話題となり、社会との摩擦も表面化する。1989年11月、オウム真理教の社会問題に関わる坂本弁護士一家が殺害され、遺体が山中に埋められる。
1989年8月、日本の支配を目指して「真理党」が結成され、衆議院選挙に麻原含む25名が立候補、全員落選。このことを契機として、麻原は国家陰謀論を繰り返し主張し始める。
1990年3月、ボツリヌス菌と風船爆弾を開発開始。その他の化学兵器の研究も行う。1993年、マシンガンの密造に着手。亀戸の道場で炭疽菌を培養。異臭騒ぎが起こる。1993年4月、サリンの開発に着手、8月に生成実験成功。山梨県上九一色村の第7サティアンにプラントを建築する計画が立てられる。1994年、省庁制導入、憲法「真理国基本律」考案。
1995年元旦、サリンの残留物が検出されたことが報じられ、計画を一時中止。1995年3月20日、警察の強制捜査 及び、公証役場の仮谷清志事務長拉致事件の捜査を攪乱するため、霞ヶ関の地下鉄を中心に各所でサリンを散布、「地下鉄サリン事件」が起こる。死者11人、重軽傷者約5500人。
3月22日、警察による強制捜査、麻原氏の身柄拘束。同年5月16日、逮捕。
1995年12月、宗教法人解散命令。1997年1月、破壊活動防止法適用。
2018年7月6日、松本智津夫含む7人の死刑囚に死刑執行
ーーーレジュメーーー
【新宗教・新興宗教解説】辯天宗 ー智弁学園の母体
1 基本データ
所在地:大阪府茨木市
総本山:如意寺(奈良県五條市)
創始者(宗祖):大森智辯(おおもりちべん) 智辯尊女
旧名:大森清子、昭和42年逝去
後継者:大森智祥(おおもりちしょう)
昭和62年逝去、「第一世管長」
信徒数:63800人程度 (1990年代後半は30万人)
宗教法人:昭和32年、宗教法人法による法人化
本尊:大辯才天女尊(だいべんざいてんにょそん、辯才天)
*但し、インドや日本における弁財天とは本体して同じとしつつも、一般の弁財天とは区別して辯才天としている。
2 大森智辯と教団の歩み
1909年 奈良県吉野郡吉野村飯貝にて、
吉井家の長女として誕生。名は清子。
13歳の時、紡績女工となる。
1929年 高野山真言宗の僧だった大森智祥と結婚
奈良県五條市、高野山真言宗十輪寺(じゅうりんじ) 住職
2児の母となるが、原因不明の病に悩む。
民間宗教者の指示で辯財天像を発掘
寺内に祀ったところ、→病気が快癒
1934年 寺の庭で草むしり中に気絶し、大辯才天女尊より天啓を受ける。
「身代わりとなって、現世にあって、人の苦しみ、悩みを救うがよい」
1934年 霊的な予言により悩みを解決していく。
人々から「辯天さま」「神代さん」などと呼ばれる。
1939年 大阪の太融寺(たいゆうじ、高野山真言宗)
にて修行
1948年 十輪寺内に辯天講の本部を設ける。
1952年、辯天宗を立教。
本尊を大辯才天女尊、自らを宗祖智辯尊女とする。
1955年 茨木桔梗殿落慶祭典、御本尊分霊遷座式執行
1962年 辯天宗東京本部、東京都墨田区向島に設置
1963年 五條本部を「大和本部」、茨木本部を「大阪本部」と改称
1964年 大阪本部(冥應寺)本殿落慶大祭典
1965年 智辯学園高等学校(現 智辯学園中学校・高等学校)開校
1967年 2月15日 宗祖智辯、御遷神(逝去、享年57歳)
1987年 大森智祥第一世管長、遷化(逝去)
1988年 大森慈祥(長男)副管長、第二世管長に就任
2018年 大森慈祥(じしょう)第二世管長、逝去
長男の光祥宗務総長が第3世管長に推戴、
光祥氏長男の寛祥・新統を宗務総長に任命
<関連動画>
【新宗教・新興宗教】「PL教団」(パーフェクトリバティー教団)・PL学園
https://youtu.be/uZRwr8M2Lwk
【新宗教・新興宗教】サイエントロジー(教会) ーその歴史と教義 トム・クルーズは熱心な信徒
【新宗教・新興宗教解説】「天理教」ーその歴史と教祖中山みき氏の足跡
【新宗教・新興宗教解説】【天理教】天理市探訪ー教団名を冠した宗教都市
【新宗教】創価学会
【新宗教・新興宗教解説】「真如苑」ー伊藤真乗、友司夫妻の足跡と教団の歴史
ーーーレジュメーーー
「私が思う、五つの新宗教・新興宗教のメリット・デメリット」ーPL教団、天理教、サイエントロジー、創価学会、真如苑
==🟢1 PL教団==
・個人的には、もっとも母性本能をくすぐられる教団
・今年、紙媒体の教団関係の読み物はデジタル化したが、
内容があったかい。信徒を締めつける圧がなくて優しい
メリット1:一時の勢いは失われて、かえって落ち着いている
メリット2:世間からのアンチが、ほぼない
ただし、忘れられつつあるが
メリット3:ほぼ勧誘はない。脱退などでのトラブルも耳にしない
メリット4:今なお、PL学園の知名度はある
PL教団については若年層には知られていない感じ
デメリット:教団の趨勢は右肩下がり。高齢化
後継者争いが解決されていない
==🟢2 天理教==
メリット1:教団名が市の名前になっているという歴史化と安定
メリット2:天理市全体が、天理教テーマパーク
おぢばがえり が楽しそう
メリット3:小中高大揃っている。高校は偏差値高め
メリット4:昔は別にして、今は勧誘がないような印象
デメリット:特になし
ネットなどでカルト呼ばわりされても、
そういう人は、宗教=カルトの認識
気にする必要はなし
==🟢3 サイエントロジー==
・最近、解説動画をあげました。
メリット1:トム・クルーズと同じ宗教になれる
メリット2:ホームページ、建物や内装が、おしゃれな感じ
メリット3:教義が、心理学的、宗教哲学的で、理知的で現代的。
第8のダイナミクスという形で、絶対神もあり
デメリット1:海外では、カルト扱いしているところも
デメリット2:日本では支部が少ないので、
ご近所に教会ありとはなりにくい。
東京・大阪・愛知といった大都市に住んでないと
==🟢4 創価学会==
メリット1:信徒数も多く、各界に信徒が存在する
強いコネクションを得られる
芸能界なら、石原さとみさん、氷川きよしさん、
遠藤憲一さん、久本雅美さん、柴田理恵さん
デメリット:アンチ創価学会の方が多い
勧誘、脱退時のトラブルの噂が多い
* アンチの数は、その教団の持つ権力と勢いに比例する
==🟢5 真如苑==
メリット1:密教真言宗を在家で信仰できる数少ない教団
メリット2:真言宗醍醐寺と強い結びつき。伝統との繋がり
対照的:日蓮正宗と物別れとなった創価学会
デメリット:アンチの方が多め。
勧誘などで、トラブルの噂も多め
中立:趨勢拡大中。伝統的宗教含め、軒並み、右肩下がりの中
* ただし、「アンチの数は、その教団の持つ権力と勢いに比例する」
ーーーレジュメーーー
【真如苑】「接心」について ー霊能者との対面カウンセリング
系統:日蓮系新宗教(霊友会系からの独立)
本部所在地:東京都杉並区
創始者:
庭野日敬(会長・教祖)
長沼妙佼(副会長・脇祖)
長沼政(元天理教徒、霊能的素養を有した人物)
後継者:
庭野日鑛(1991年就任)
庭野光祥(次期会長)
名称の変遷:
1938年「大日本立正交成会」創立
1960年「立正佼成会」に改称
本尊は「久遠実成大恩教主釈迦牟尼世尊」。
これは歴史的釈尊と『法華経』に説かれる久遠本仏を一体化した存在として理解される。公式説明によれば、歴史的に実在した釈尊と、永遠の真理としての本仏を統合し、目に見える形で示したものとされる。
ここに立正佼成会の重要な特色がある。すなわち、日蓮系でありながら日蓮その人を本尊とせず、あくまで釈迦を中心に据える点である。
所依の経典は「法華三部経」:
『無量義経』
『妙法蓮華経』(法華経)
『仏説観普賢菩薩行法経』(観普賢経)
『法華経』を中心に、その前後をなす二経を含めた三部構成を重視する。特に法華経解釈を軸にした教学体系の構築が、後年の教団の方向性を決定づけた。
公称信徒数は
1996年:約627万人
2023年:約180万人
ただし実質活動信徒数は大幅に少ないとの指摘もある。
株式会社佼成出版社
立花産業株式会社
株式会社佼成ライフプラン(事業終了)
出版活動を通じて教義普及を行う体制を持つ点も特徴である。
1938年、霊友会支部幹部であった庭野日敬と、霊能者長沼妙佼が霊友会を脱退し、約30名で東京中野にて創設。
1942年に本部を杉並区へ移転。
戦後急成長を遂げ、
1947年:1万世帯
1955年:30万世帯に到達。
1952年には佼成病院を開設し、社会活動にも力を入れ始める。
1958年、庭野日敬は「真実顕現」を宣言。
これは霊的体験中心から、法華経を軸とした教学体系重視への転換を意味する。
1962年に会員綱領制定。
1964年、本部大聖堂落慶。
1991年、法燈継承式により庭野日鑛が第二代会長に就任。
戦後日本の混乱期において急速に拡大し、一時は創価学会と並ぶ勢力と見なされた。
長沼妙佼存命中は、霊能力による指導が大きな比重を占めた。
個々人の悩みに霊的観点から答える形で信徒を導いた。
姓名鑑定
法座(ほうざ)
小グループで悩みや体験を語り合う集会。
「佼成会のいのち」とも呼ばれる。
主題は「先祖供養」と「心根性の切りかえ」。
法座は単なる説教ではなく、参加者相互の語りを通して自己反省と信仰深化を図る点に特色がある。
立正佼成会は、霊友会系の祖先供養信仰を基盤としつつ、日蓮系法華経信仰を再構成した新宗教である。
創立初期は霊能的色彩が強かったが、長沼妙佼没後は教学中心主義へと舵を切り、法華三部経解釈を基礎とする体系化を進めた。
その歴史は、
「霊能的カリスマ段階」
から
「教学的制度化段階」
への移行として理解することができる。
戦後新宗教の典型的発展モデルを示しつつも、釈迦中心主義や対話型実践(法座)を保持している点に、立正佼成会の独自性が見られる。
ーーーレジュメーーー
【韓国キリスト教系新興宗教】天宙聖法真の王国連合ー旧 統一教会が最も警戒する分派ーあの奇抜なチラシの宗教団体
参考資料
・中西尋子『宗教研究』「統一教会の分派:天宙統一真の王国連合に
ついて(第十二部会〈特集〉第67回学術大会紀要)」2009年、
82巻、4号。日本宗教学会。
・カルト問題キリスト教連絡会(?)のパンフレット「各教派の相談
会で最近増えつつある統一協会以外のキリスト教系団体」
*私のスタンス:中立的、客観的に、資料に基づいて整理。価値判断は下さない。
1 基本データ
教祖:中山芳子
本部:大阪・岸和田市
法人化:宗教法人格なし(2015年時点)
系統:旧 統一教会(現 世界平和統一家庭連合)からの分派
名称の推移:「天宙真の父母連合」
2007年、「天宙統一真の王国連合」に改称。
2009年、現在名「天宙聖法真の王国連合」に改称。
通称:「中山グループ」
2 教祖・中山芳子と教団の足跡
・元・天理教信徒
・帰属していた天理教内で、旧・統一教会への勧誘を行い、
追放処分。(天理教→統一教会 or 天理教へのスパイ?)
・旧統一教会の信徒だった中山芳子の姪の調宏美が啓示を受ける
中山芳子らはこれを「天宙真の真理」と称する。
統一教会内の教区長に送付。
2000年、文鮮明はこれを受け、「天宙真の父母連合」を組織。
2003年、中山芳子、文鮮明からの指示として、同組織の名を取り、
「天宙真の父母連合」という別組織を設立。
2007年、「天宙統一真の王国連合」に改称。
2009年、現在名「天宙聖法真の王国連合」に改称。
2010年、千夕龍華(せんゆうりゅうか)に改名。
(時期不明)調宏美、中山芳子とのツートップ体制
→後に仲違いの末に分裂。
3 旧 統一教会との教義の違い
・旧 統一教会では……「旧約聖書」「新約聖書」+「統一原理」
同教団によれば、これでは神の啓示の達成率95%
残り5%こそ、「天宙真の真理」 これで「天国」完成。
「旧約聖書」「新約聖書」+「統一原理」+「天宙真の真理」
・旧・統一教会側の対応
「天宙真の父母連合の創設を指示した事実はない」
「名称の勝手な使用」
「教区長への書簡は、統一教会の現指導者への批判」
→「旧 統一教会が最も警戒している分派」
4 現在の状況
・近年は、奇抜なチラシがポスティングされて話題になっている。
教祖の超越性を、サイケデリックに表現して布教展開している。
チラシでの中山芳子の呼び名は……
天宙神千夕龍華様、天照大神到来、太陽神千夕龍華様
絶対・唯一・不変・永遠なる神など。
ポイント ・坂本龍馬の霊の声を聴く霊能力。
幸福の科学における「霊言」に似ている。
・統一教会の文鮮明氏のような、「キリストの再臨」
と位置付けるモティーフは後退。
・教義よりも、教祖 中山芳子氏のカリスマ性に傾斜
・中山芳子氏自身が絶対神への神格化が進む。
この点、幸福の科学の大川隆法氏に似ている。
・カルト問題キリスト教連絡会 カルト認定されている。
・旧 統一教会の信徒の引き抜きを試みる(試みていた)。
・ビデオセンターなどで青年への布教活動を進めている。
・サラ金を梯子させて限度額いっぱいまで借りさせて寄付させる
「三日路程」が行われていて、献金の強要は著しいという。
・2015年3月 広島地方裁判所 同教団に対する訴訟で、
約521万円の支払命令。 →原告勝訴 →4月に控訴
(2012年提訴? 「天宙に支払った献金、貸金の実損額に慰謝料、
弁護士料を付加して請求。約1426万円)
(霊感商法対策弁護士連絡会HP)
【新宗教】世界救世教 教祖・岡田茂吉
1 基本データ
創立者:岡田茂吉
創立年:大本を離脱した1935年
1950年、世界救世教に改称
関連施設:MOA美術館(1957年開館)
箱根美術館(強羅、1952年開館)
2 岡田茂吉のプロフィール
・東京浅草、露天商の家に誕生
・画家を目指すも10年間結核を患う。卸問屋「岡田商店」を営む
・1920年、「大本」の講演会を機に入信
・大本の教祖、井口(いでぐち)なおの「御筆先」(おふでさき)
関東大震災の予言的中により、没頭
・神霊学、鎮魂帰神法の修得。
・1931年、乾坤山日本寺(けんこんざんにほんじ)参詣
「みろくの世」の到来の確信、浄霊法を確立。
・1934年、岡田式神霊指圧療法の開始。大本を脱会。
・1935年、大日本観音会を設立
医師法違反により検挙。大日本健康協会に改称。
・戦後、日本浄霊療法普及会への改称を経て、日本観音教団を熱海に再建。
・1950年、観音信仰から離れ、「世界救世教」へと改称
浄霊=手かざし療法=「お光さま」
大光明如来を創造神の大光明真神(みろくおおみかみ)に改変
・脱税、贈収賄容疑の一方、美術品の収集、自然農法に傾倒
3 岡田茂吉の逝去後の世界救世教
・1955年、岡田茂吉逝去。教団の分裂が進行する。
1955年 晴明教 木原義彦
1955年 大本光之道(おおもとひかりのみち) 池内一次
1956年 救世主教 牧喜之助
・1960年半ば 中央集権化を進めた一方、さらに各会が離脱
1966年 救世真教(きゅうせいしんきょう) 小野田(おのた)松造
1970年 神慈秀明会 小山美秀子
1970年 世界救世教黎明教会 多田光行
1970年 世界救世教会 中村一郎
1970年 MC救世神教 後藤英男
・1972年以降
みろく神教 石坂隆明 他
救いの光教団 大沼祐子
・第4代教主岡田陽一と執行部側で係争状態
・2018年以降、第5代教主岡田信之(渡瀬信之)
4 特徴
・美術への傾倒(MOA美術館、箱根美術館)
・自然農法への傾倒
・浄霊 手かざしによる療法、救済
・多数の分派・独立を繰り返すものの、小山美秀子の神慈秀明会、
岡田光玉(こうたま)由来の真光系教団など、多数の独立教団が誕生
1.概要 日本基督教団は、1941年に成立した日本最大のプロテスタント合同教会であり、その成立は、単なる複数の教派教会動詞の教会合同ではなく、国家・社会・神学の交錯の中で理解されるべき歴史的事象である。 2.成立の基本構造 本教団の成立は、以下の二要因の交錯によって規定さ...