2026年1月28日水曜日
説教や聖書研究をする人のための聖書注解 【目次】
2026年1月24日土曜日
2026年1月21日水曜日
【小論】「マルコ福音書に対するマタイ福音書の主な修正・改変」
1. マタイ福音書におけるマルコ福音書資料の編集意図と神学的修正——律法理解・イエス像・弟子像を中心に
序論
1. 記事内容の簡潔化および文体や表現の修正(改善、省略、簡略化など)
1.1. 詳細表現の簡略化
1.2. 感情表現の簡略化、冗長表現の簡素化
1.3. 物語的説明の整理
1.4. 「εὐθύς」「εὐθέως」の削減
1.5. 供食の記事の削減
2. 旧約引用・成就句の付加によるユダヤ的正統性の強調
2.1. 旧約引用の付加・長文化・改変
2.2. 家系や表現などのユダヤ的要素の強化
3. ユダヤ教批判の強化
4. イエス像の修正
4.1. 否定的描写の削除
4.2. 能力制限表現の修正
4.3. 職業表現の修正
5. 弟子像の修正
6. 律法観の修正、律法破棄に見える記述の削除
7. 結論
2026年1月16日金曜日
【小論】ヨハネ福音書における共観福音書資料の編集意図と神学的修正
ヨハネ福音書における共観福音書資料の編集意図と神学的修正
序
- 物語配置の修正:出来事の時系列・位置づけを変更、また、記事自体を変更することで、物語全体の神学的焦点を再構成している点を扱う。
- 神学的用語・神学的焦点の修正:共観福音書の概念(例、「神の国」)を別のもの(例、「永遠の命」)に置換するなど、神学的枠組みの再構成を検討する。
- 人物像の修正:主要人物の描かれ方の違いを通して、ヨハネ独自の神学的意図を探る。
1 物語配置の修正
1.1. 宮清め(マタイ21:12-17、マルコ11:15-18、ルカ // ヨハネ2:13-22)
1.1.2 ヨハネが配置を変えた理由:主要な学説
1.2. 受難死の日付の変更
1.3. 最後の晩餐における聖餐制定語の欠如と洗足記事による置換
2. 神学的用語・神学的焦点の修正
2.1. 共観福音書の例え話のヨハネ福音書における不採用――「聞く者」から「信じる者」への転換
2.2. 共観福音書の「神の国」からヨハネ福音書の「永遠の命」への転換
3. 人物像の修正
3.1.「十二人」像の修正
3.2.ペトロ中心の権威構図の相対化
4. 結論
2026年1月13日火曜日
【小論】共観福音書の「神の国」からヨハネ福音書の「永遠の命」への転換
共観福音書、とりわけマルコ福音書において、イエスの宣教の中心的主題を構成するのは「神の国」である(参照、マルコ1:15)。「神の国」(マタイ福音書では「天の国」)とは、終末論的かつ歴史的次元における神の支配の到来を指し示す概念であり、その実現は将来に属しつつも、イエスの宣教と行為においてすでに開始されているといういわゆる「既に―未だ」の時間構造を特徴としている。
さらに重要なのは、ヨハネ福音書における「永遠の命」が、未来に実現される報酬としてではなく、現在においてすでに成立している現実として理解されている点である。ヨハネ5:24において、「永遠の命を持つ」と訳される ἔχει ζωὴν αἰώνιον は現在形で用いられており、信じる者はすでに永遠の命に参与している存在として描かれている。この理解は、ヨハネ3:16において示されるように、神の愛と「独り子を与えた」という神の自己贈与に根差しており、永遠の命が神との関係性そのものとして成立していることを明らかにしている。
ヨハネ福音書における数少ない「神の国」の用例(3:3「新たに生まれなければ神の国を見ることはできない」、3:5「水と霊によって生まれなければ神の国に入ることはできない」)もまた、共観福音書に見られるような終末論的支配の到来を告知するものではない。これらの箇所では、「神の国」は「新生」というヨハネ的主題のもとで再解釈され、信仰によって成立する存在の変容を表す概念として用いられている。したがって、「神の国」はヨハネ福音書において否定されているのではなく、「永遠の命」という中心概念に吸収され、その意味内容を変容させていると理解することができる。
2026年1月12日月曜日
2026年1月10日土曜日
【小論】共観福音書の例え話のヨハネ福音書における不採用の理由――「聞く者」から「信じる者」への転換
共観福音書の例え話のヨハネ福音書における不採用の理由――「聞く者」から「信じる者」への転換
ヨハネ福音書は、共観福音書に特徴的な例え話(παραβολή)、すなわち農業など日常的事象を素材とする比喩的教説を、基本的には採用していない。もっとも、比喩表現そのものが完全に排除されているわけではなく、ヨハネ10:1–18(良い羊飼い)、15:1–8(まことのぶどうの木)、6:35–58(命のパン)、8:12(世の光)、11:25(復活と命)に見られるように、ἐγώ εἰμι 宣言を伴う自己啓示的・象徴的講話(παροιμία、10:6)を独自に導入している点は注目に値する。
以上の不採用と導入は、共観福音書、特にマルコ4章に典型的に見られる「聞く者/悟る者」という例え話の受容構造からの意図的転換を示している。ヨハネにおいて一転して中心化されるのは、教えを「理解する」主体ではなく、イエスを「信じる」主体である。すなわち、例え話を通した段階的理解の過程から、啓示に対する信仰の決断への転換が図られている。
この神学的重点の移動は、「信じる/信じない」という二分法的構図として福音書全体に体系的に配置されている。ヨハネ1:12では、信じる者に「神の子となる権利」が与えられ、3:16–18では信じる者の救済と信じない者の裁きが対置される。3:36においては、信仰の有無が命の有無に直結することが明言される。さらに、ヨハネ特有の「しるし(σημεῖον)」の神学も、理解よりも信仰を指向している。2:11では最初のしるしによって弟子たちが信じ、4:48–53では役人がイエスの言葉を信じることによって出来事が成就する。6:29においては、「神の業」が明確に「遣わされた者を信じること」と定義される。これらは20:31――「これらのことが書かれたのは、あなたがたがイエスを信じるためである」――において、福音書全体の目的として総括される。
この信仰中心の構図は、イエスとの個人的出会いを軸とする物語群においても顕著である。サマリアの女(4:39–42)、生まれつきの盲人(9:35–38)、マルタの信仰告白(11:25–27)、そしてトマスの告白(20:24–29、とりわけ20:28「わたしの主、わたしの神」)は、いずれも理解の深化ではなく、イエスの人格的な出会いを経て、人格的応答としての信仰告白へと導かれる物語である。
同様の傾向は復活顕現記事にも認められる。共観福音書において強調される集団的顕現に比して、ヨハネではマグダラのマリア、トマスといった個人への顕現が前景化され、信仰の告白へと結び合わせられている。
以上を総合すると、ヨハネ福音書は、
・例え話(聞く/悟る)から、象徴的講話(信じる)へ
・弟子の無理解から、信じる/信じないの二分法へ
・集団への顕現から、個人への顕現へ
という一連の神学的再構成を行っていると言える。結果として、理解と無理解のモティーフは後景化され、信じることと信仰の決断そのものが、ヨハネ福音書全体を規定する原理として前景化されている。
2026年1月7日水曜日
【小論】最後の晩餐と受難日設定をめぐる神学的・歴史的考察 ― 共観福音書とヨハネ福音書の相違とその神学的意図 ―
最後の晩餐と受難日設定をめぐる神学的・歴史的考察
― 共観福音書とヨハネ福音書の相違とその神学的意図 ―
1. はじめに
イエスの最後の晩餐および受難死の日付をめぐる記述は、共観福音書とヨハネ福音書の間で顕著な差異を示す。本稿では、両者の相違点を整理し、その背景にある神学的意図を検討するとともに、歴史的観点からどの記述が史実に近いと考えられるかを論じる。
2. 最後の晩餐の儀式的性格
共観福音書(マタイ・マルコ・ルカ)は、最後の晩餐を過越の食事(Seder)として描写する。この描写は、イエスがパンと杯を弟子たちに分け与える行為を通して、相互奉仕の精神および自己犠牲的愛の模範を示すという神学的意図を有している。特に、パンと杯の制定は、後のキリスト教共同体における聖餐(エウカリスティア)の起源として理解される。
一方、ヨハネ福音書は、最後の晩餐を過越の食事として描かず、代わりに弟子の足を洗うイエスの姿を強調する(ヨハネ13章)。ここでは、イエスの奉仕の精神が象徴的に示され、共同体倫理の基礎が提示されている。
3. 受難死の日付をめぐる相違
3.1 共観福音書の記述
共観福音書によれば、最後の晩餐は過越の食事としてニサン月15日の夜に行われ、その翌日、すなわち過越祭の最中にイエスは十字架刑に処される。この構図は、最後の晩餐と聖餐の制定を密接に結びつける神学的意図を反映している。
3.2 ヨハネ福音書の記述
これに対し、ヨハネ福音書は、イエスの十字架刑を過越祭の準備の日(ニサン月14日)に位置づける(ヨハネ19:14)。すなわち、過越の子羊が屠られる時刻にイエスが死に至るという構図が描かれる。この日付設定は、イエスを「屠られる過越の子羊」として理解するヨハネ神学の中心的主張と一致する。
ヨハネ19:36において引用される「その骨は一本も折られない」という記述は、出エジプト記12:46における過越の子羊の規定を想起させ、イエスの死が過越祭儀の成就であることを強調する。
4. 神学的意図の比較
共観福音書は、最後の晩餐を過越の食事として描くことで、聖餐の起源と新しい契約の制定を中心に据える。一方、ヨハネ福音書は、イエスの死を神殿祭儀の完成として位置づけ、神殿犠牲制度の終焉を宣言する神学的構図を採用する。
このように、両者の相違は単なる年代記的矛盾ではなく、それぞれの福音書が有する神学的目的の違いに由来するものである。
5. 歴史的観点からの検討
歴史的観点からは、過越祭当日に死刑が執行される可能性は低いと考えられる。ユダヤ当局およびローマ当局は、祭りの混乱を避けるため、重大な処刑を祭日中に行うことを避けたと推測される。この点から、多くの研究者は、ヨハネ福音書のニサン月14日説の方が史実に近いと判断する傾向にある。
すなわち、ヨハネは共観福音書の伝承をそのまま踏襲せず、神学的意図に基づいて受難日を再構成し、イエスの死を過越祭と重ね合わせることで、キリストの死を救済史的クライマックスとして描き出したと考えられる。
6. 結論
最後の晩餐および受難死の日付をめぐる共観福音書とヨハネ福音書の相違は、単なる歴史的矛盾ではなく、それぞれの福音書が有する神学的意図の違いに起因する。共観福音書は聖餐の制定を中心に据え、ヨハネ福音書はイエスを過越の子羊として描くことで、神殿祭儀の完成と終焉を強調する。歴史的観点からは、ヨハネの記述がより合理的であると評価されるが、両者の相違は初代教会における多様なキリスト理解を反映するものとして重要である。
7. 影響史
以上に見た受難日を巡る相違は、2世紀に顕在化したいわゆる「復活日論争(クァルトデキマン論争)」と深く結びついていると考えられる。小アジアの諸教会においては、ニサン月14日を復活祭日として祝う慣習が広く定着していた。この慣習に従えば、復活祭は曜日に関わらず、毎年ニサン月14日に固定されることになる。一方、ローマ教会をはじめとする多くの西方教会では、ニサン月14日以降に到来する最初の日曜日を復活祭日とする伝統が確立していたため、両者の間に典礼上の齟齬が生じるようになった。
154年頃、使徒ヨハネの弟子と伝えられるスミュルナの監督ポリュカルポスがローマを訪れ、当時のローマ司教アニケトゥスと会談した際、この問題は初めて公的な形で議論された。両者は互いの慣習が使徒的伝承に基づくと主張しつつも一致には至らず、しかしながら交わりを断つことなく相互の伝統を尊重したと伝えられる。この出来事を契機として、復活祭日をめぐる議論は以後数世紀にわたり継続することとなった。
小アジア教会とローマ教会の間に生じた教会論的相違と緊張関係は、単なる典礼日程の不一致にとどまらず、共観福音書伝承よりもヨハネ伝承を濃厚に継承する小アジア側の神学的傾向に由来すると考えられる。すなわち、ニサン月14日を重視する小アジアの伝統は、イエスを「過越の子羊」として描くヨハネ福音書の受難日理解と親和性が高く、これがローマ側の復活中心の典礼理解と対照をなしていたのである。このように、復活日論争は、初期教会における典礼理解・福音書伝承・教会論の多様性が交錯する場として重要な意義を持つ。
【解説】第2パウロ書簡(Deutero-Pauline Epistles)
第2パウロ書簡(Deutero-Pauline Epistles)
1. 第2パウロ書簡の定義
第2パウロ書簡とは、パウロ自身が執筆したと判断されている、いわゆる「真正パウロ書簡」とは異なり、パウロの弟子や後継者、あるいはパウロ系の共同体が、パウロの思想を継承しつつ、パウロ書簡を模倣する形で執筆した書簡群を指す学術用語である。
一般的には、以下の6書が第2パウロ書簡とされる。
-
エフェソの信徒への手紙
-
コロサイの信徒への手紙
-
テサロニケの信徒への手紙二
-
テモテへの手紙一
-
テモテへの手紙二
-
テトスへの手紙
2. 第2パウロ書簡の特徴
3. 成立時期
第2パウロ書簡はパウロ書簡を元に執筆されるので、パウロ書簡成立以降の成立も考えられるが、通常はパウロの死後からしばらく、早くて60年代後半以降、遅くて牧会書簡(1テモテ、2テモテ、テトス)の成立時期と推定される1世紀末とされる。
2026年1月2日金曜日
2026年1月1日木曜日
【小論】「マルコ福音書に対するルカ福音書による主な修正・改変」 英文つき"The Editorial Intent and Theological Reconfiguration of Markan Material in the Gospel of Luke"
2025年12月27日土曜日
2025年12月23日火曜日
2025年12月17日水曜日
コラム 1世紀のユダヤにおける偽メシアの一覧ーーメシア僭称者たち
コラム 1世紀のユダヤにおける偽メシアの一覧ーーメシア僭称者たち。
イエス時代の1世紀のユダヤにおいて、自らをユダヤにおいて到来が待ち望まれていたところのメシアと僭称した偽メシア(ψευδόχριστοι、偽キリスト)」は、マタイ福音書24:5, 11, 24においても言及されている。同時代のユダヤ人歴史家ヨセフスに基づき、代表的な偽メシアたちを以下に列挙する。
1. テウダ(Θευδᾶς)
参照、使徒言行録 5:36「以前にもテウダが、自分を何か偉い者のように言って立ち上がり、その数四百人くらいの男が彼に従ったことがあった。彼は殺され、従っていた者は皆散らされて、跡形もなくなった。」
- ガマリエルの演説において言及されている、自分をメシア的人物と自称したカリスマ的指導者。
- ヨセフス『ユダヤ古代誌』20.97–99 に見られるテウダスとは年代に相違し、同名の別人、あるいは資料上の錯綜の可能性がある。
「さて、フェストゥスがユダヤの総督であった間に、ある詐欺師が現れ、自分は預言者であると称し、民衆に対して、「私に従ってヨルダン川へ行けば、神の言葉によって川が分かれ、容易に渡ることができるようになる」と約束した。多くの人々が彼の言葉に惑わされ、彼に従った。
2. エジプト人(ὁ Αἰγύπτιος)
- 使徒言行録 21:38「それならお前は、最近反乱を起こし、四千人の暗殺者を引き連れて荒れ野へ行った、あのエジプト人ではないのか」
- エルサレムで蜂起し、群衆を荒野へと導いた、テウダス同様のモーセ型偽メシア運動首謀者。
- 『ユダヤ古代誌』20.97–99
3. テウダス(Θευδᾶς)
- ヨセフス『ユダヤ古代誌』20.97-99
20.97 フェストゥスがユダヤの総督であった時代に、一人の詐欺師が現れ、自分は預言者であると名乗り、人々に向かってこう語った。「私に従ってヨルダン川へ行けば、神の言葉によって川は分かれ、あなたがたは容易に渡ることができるようになる」と。多くの人々が彼の言葉に惑わされ、彼に従った。20.98 しかしフェストゥスは、このような行動が反乱に発展するのを防ぐため、騎兵部隊を派遣した。その結果、多くの者が殺され、また多くが捕らえられた。その詐欺師自身も捕らえられ、首を斬られ、その首はエルサレムへ運ばれた。20.99 このように、人々を惑わし、神の力を自分自身の業であるかのように装う者たちは、民衆の無知と愚かさにつけ込み、彼らをしばしば破滅へと導いたのである。
- モーセ再来・再現型の偽メシア。捕縛後に処刑され、その首はエルサレムへ運ばれた。
4. 無名の偽メシア扇動者的な預言者たち
- 『ユダヤ戦記』2.259–263
2.259 さて、この時代には、民衆を扇動して騒乱へと導く者たちが数多く現れた。彼らは、神の霊感を受けているかのように装い、荒野へ出るよう人々に勧め、そこで神が彼らに救済のしるしを示してくださると約束した。2.260 しかしこれらの者たちは、真理を語る者ではなく、民衆の心を惑わし、彼らを破滅へと導く詐欺師であった。多くの人々が彼らに従い、正気を失ったかのように振る舞った。2.261 総督フェリクスは、これらの集団行動が反乱へと発展することを恐れ、騎兵部隊と歩兵部隊を派遣した。その結果、多くの者が殺され、また多くが捕らえられた。2.262 中でも、エジプト人と呼ばれる者は、 自分は預言者であると称し、三万人もの人々を引き連れて荒野からオリーブ山へと登った。2.263 彼は、そこからエルサレムへ侵入し、ローマ軍を打ち倒し、自らが民衆の支配者となることを目論んでいた。しかしフェリクスはこれを未然に察知し、軍をもって迎え撃ち、多くを殺し、また捕らえた。その首謀者は逃亡したが、二度と姿を現すことはなかった。
- 『ユダヤ古代誌』20.167–168
20.167 フェリクスの統治下においても、詐欺師や偽預言者たちが次々と現れ、民衆を扇動して荒野へと導いた。彼らは、神がそこで自由のしるしを示してくださると告げ、人々に彼らを救済者であるかのように信じ込ませた。20.168 しかしフェリクスは、これらの動きが反乱に結びつくことを恐れ、軍を派遣して彼らを討ち、多くの者を殺し、また捕らえた。このようにして、民衆を惑わす者たちは、自らの虚偽によって滅びを招いたのである。
5. メナヘム(メシア的王の僭称者)
- 『ユダヤ戦記』2.433–448
2.433–434そのころ、ガリラヤのユダの子であるメナヘムという者がいた。彼は仲間を率いてマサダ要塞を奇襲し、そこに保管されていた武器を奪取した。そしてその武器を配下の者たちに分け与え、彼らの指導者となった。2.435–437メナヘムは武装した一団を引き連れてエルサレムに入城した。彼は次第に王であるかのように振る舞い、尊大な態度を取り始め、人々に対しても、他の反乱指導者たちに対しても、専制的に命令するようになった。2.438–440その傲慢な振る舞いのために、彼は多くの反感を買った。とりわけ、神殿を掌握していたエレアザル一派との間に深刻な対立が生じ、反乱勢力の内部で主導権を巡る争いが激化した。2.441–445やがて神殿での混乱の中で、メナヘムは捕らえられた。彼は人々の前で引きずり回され、王のように装っていた衣装を剥ぎ取られ、激しい辱めを受けた。2.446–448その後、メナヘムは拷問を加えられた末に殺害された。こうして、王を僭称した者の支配は、完全に終わりを告げた。彼の仲間たちも散り散りになり、その勢力は瓦解した。
2025年12月10日水曜日
説教や聖書注解をする人のための聖書注解 ペトロの手紙二 1:16–21節「キリストの栄光、預言の言葉」
説教や聖書注解をする人のための聖書注解
ペトロの手紙二 1:16–21「キリストの栄光、預言の言葉」
トップページ(目次)
コンテンツリスト一覧 説教や聖書研究をする人のための聖書注解 「主と共に歩んだ人たち─四福音書が映し出す群像」全12回連載 (『信徒の友』2018年4月号ー2019年3月号所収) 【宗教学関連】 (新宗教解説動画)リスト 【茨木春日丘教会(光の教会)関連】 リスト 【キリスト...
-
ーーーレジュメーーー 【真如苑】「接心」について ー霊能者との対面カウンセリング 1 接心とは 霊能力を育成された指導者が、信徒と対面で行う相談的システム。 ・指導者が複数の信徒と行う形式や、一対一で行う形式などあり。 ・「接心」における様々な献立 ーーー以下、一対複数...
-
公式HPもなく、情報が限られていて、それでいてネット界隈ではしばしば謎の教団と噂されている「誠成公倫」について、教祖の八島義郎氏と教団の足跡、教義の基本について解説しています。 <再生リスト> 「新宗教・新興宗教」 https://www.youtube.com/playli...
-
ーーーーレジュメーーーー 【新宗教】ほんみち(創設者・大西愛治郎、1881-1958年) 1 基本データ 開教年:1913年 種類:天理教から派生した新宗教 創始者:大西愛治郎(おおにしあいじろう、甘露台) 後継者:大西泰彦(おおにしやすひこ、現・甘露台) 信...