今回注目していく「人々の群像」は、船の上の「弟子たち」です。聖書箇所として、イエスが風と波をしずめる「嵐しずめの奇跡物語」と、イエスがガリラヤ湖上を歩く「湖上歩行の奇跡物語」の二つを見ていきます。この両者は互いによく似ていて、湖上、風、弟子たちが恐れた点、弟子たちがイエスの存在と力に思いが及ばない点などを共有しています。後の信仰者は、船に自分たちの教会や自分自身を重ね、航海に人生を、そして、怖じ惑う弟子たちの姿に戦々恐々とする自分たちを重ね合わせて、これらの物語を読んだことでしょう。
さて、前者の「嵐しずめ」の方は、マタイ8・23-27、マルコ4・35-41、ルカ8・22-25に記されていて、ヨハネにはありません。一方、後者の「湖上歩行」の方はマタイ14・22-33、マルコ6・45-52、ヨハネ6・16-21に見出され、ルカにはありません。どうしてこのようなことが起きるのか不思議に思われるでしょうが、これは学術的研究で議論されるような非常に複雑なことですので割愛します。
「嵐しずめ」の奇跡物語
「向こう岸に渡ろう」というイエスの言葉を収録しているのは、マルコとルカで、マタイはこれを省いています。ただ、いずれの福音書も、イエスが自ら先陣を切って行動されたことを伝えています。皆様の中で決断を先送りにしている方がいらっしゃるとして、心の中に「向こう岸に渡ろう」との声が聞こえてきませんか?その後、たとえ嵐に巻き込まれることは避けられないとしても、私たちはただこのときの弟子たちのように、主の後に従えば良いのです。
出向した矢先、「嵐」(マタイ)、または「突風」(マルコ、ルカ)が生じました。ルカはガリラヤ湖特有の気象を考慮して「突風が湖に吹き降ろしてきて」と詳述しています。船の中に波が打ち込んでくる危険な状況とは実に対照的に、イエスが悠々と眠っていたことについては、三つの福音書すべてが一致して記しています。その筆遣いに、そこはかとないユーモアを感じます。私たちの周章狼狽など、イエスにとっては安眠の妨げにもならないといったところでしょうか。
もちろん、弟子たちはイエスを起こしにかかります。マルコとルカは「先生」と呼びかけますが、マタイは恐らく読み手にとっての「主」を考慮して「主よ、助けて下さい」と祈るように懇願しています。彼らの必死さはマルコにおいて最もよく書き留められています。「わたしたちがおぼれてもかまわないのですか」(4・38)。原語に近く訳せば、「わたしたちが死に滅びても、あなたは構わないのですか?」となります。これはもはや懇願ではなく、“抗議”です。なんというリアリティでしょう!皆様も似たような経験があるのではないでしょうか。しかし口惜しいかな、マタイとルカはあまりに強烈な表現と感じたのか、書き換えてしまっています。
その後、ようやく起き上がったイエスは、風と波を叱りつけ、あっという間におしずめになりました。直後にイエスが弟子たちに語った言葉が、三者三様です。「なぜ怖がるのか。信仰の薄い者たちよ」(マタイ8・26)、「なぜ怖がるのか。まだ信じないのか」(マルコ4・40)、「あなたがたの信仰はどこにあるのか」(ルカ8・25)。マタイの「信仰の薄い」とある箇所は、原語では「信仰の小さい」と記されていて、マタイは好んでこの表現を使います。17・20では「信仰が小さい」と「からし種一粒(小さな物の代表!)ほどの信仰があれば」という言葉がセットになって出て来ています。すなわち、「もっと信仰を“大きく”持って」と鼓舞されているのです。一方、マルコの「まだ信じないのか?」においては、信仰の大小の問題ではなく、信仰があるかないかの二者択一で考えられています。加えて、“まだ”というマルコが非常によく使う言葉が付け加えられていることにより、イエスは辛抱して弟子たちに根気強く教えているのに彼らは一向に理解へと至らないという、弟子たちへの批判的なニュアンスが滲み出ています。マルコにおいての「弟子たち」は、とにかく物わかりが悪いのが特徴です。私たちと似たり寄ったりです。ルカの「あなたがたの信仰はどこに?」という表現は、さすが学識あるルカの文才がキラリと光る言葉遣いと言えましょう。「私の信仰、“どこ”に置き忘れてしまったのかしら」、そんな乙なつぶやきを時々されたらいかがでしょう。
「湖上歩行」の奇跡物語
この物語の基本的なポイントは、船に乗った弟子たちの中に、イエスがいないという点に尽きます。「嵐しずめ」では、イエスが共にいるのにいないかのように思う信仰が問題とされていました。対してこちらは、イエスが“不在”なのです。これも「嵐しずめ」のときと同様、イエスは天に昇られて自分たちは地上に残された状態であるという、読者たちの現況が重ね合わせられています。
湖上を歩くイエスの姿を見て、弟子たちは恐れました。その理由についてマタイとマルコは、弟子たちがイエスを幽霊と見間違えたからとして物語を書き綴っています(マルコ6・49、マタイ14・26)。よりによってイエスを幽霊と見誤る前提には、「主がここまで来られるはずはない」「湖の上を歩けるはずはない」といった、イエスとその力に対する我々の信仰の問題が潜在しています。ですから「湖上歩行」もまた、読み手の側の信仰を問うためのエピソードに他なりません。
さて、イエスが弟子たちに語りかけた「わたしだ。恐れることはない」という文言は、細かな違いはありますが基本的には、マタイとマルコとヨハネの三者で共通しています。ただし、ヨハネの「わたしだ」という言葉は、その意味合いが違ってきます。ヨハネの文脈を通して、イエスがご自身を神としてあらわすという、“顕現”や“啓示”の意味合いが込められているからです(同様の例としてヨハネ18・8を参照)。元々ヨハネはイエスを「神」と証言している福音書ですから(1:1「言は神であった」、20・28「わたしの神よ」)、そうした滋味を踏まえて味わうのがこの箇所の楽しみ方です。
マタイがマルコやヨハネと最も異なる点は、ペトロがイエスに申し出て自分も湖上を歩こうとすることです。怖じけづいて沈み始めたペトロの手を捕らえて語ったイエスの言葉がこちらです。「信仰の薄い者よ(小さな信仰)、なぜ疑ったのか」。マタイはペトロが十二使徒の中でも特別であることを強調する傾向がありますから、このペトロのエピソードもそれと合致すると言えばそのとおりですが、やはり、読み手が自分の信仰を見つめ直すように意図されたエピソードであることは間違いありません。
湖上の「弟子たち」の群像を見てきましたが、それは単なる彼らの事実報告ではなく、読者である私たちに向けられたメッセージと感じられたのではないでしょうか。「人の振り見て我が振り直せ」ならぬ、「弟子の信仰を見て、自分の信仰を直せ」という言葉を、今回の締めといたしましょう。
絵画紹介
「嵐しずめ」や「湖上歩行」を題材とした絵画は多くはなく、捜し出すのに少し骨を折りました。今回ご紹介する絵は、レンブラントにするか、それともドラクロワにするか、かなり悩みました。最終的には後述のとおり、色々な意味でドラマチックなレンブラントを選んでいます
18世紀フランスのロマン派の画家ドラクロワが『ガリラヤ湖上のキリスト』を二枚描いていて(1841年、1854年)、湖上歩行の奇跡の絵(1870年代後半)も残しています。彼の師匠は、『メデューズ号の筏』で阿鼻叫喚の地獄絵図を描いたことで一躍有名になったジェリコーです。ドラクロワは彼の影響を受けて、小さな船に所狭しとひしめく弟子たちが押し合いへし合いを繰り広げる絵を描いたと考えられています。実際、絵の中の主役は、ほおづえをついて眠るキリストというよりも、むしろ大慌ての弟子たちの方です。
17世紀オランダの最大の巨匠レンブラントの『ガリラヤ湖の嵐』は「さすが」の一言です。打ち込む波に耐える弟子たちと、イエスの周囲の弟子たちとの間のコントラストもさることながら、限界まで傾いたマストからは不安感、そして白ぎ立つ波の躍動感からは自然の激情を感じます。残念なことにこの絵は、フェルメールの『合奏』などと共に1990年に盗難にあい、行方不明となっています。湖底に沈んだこの絵が、再び太陽の光を浴びることを祈ってやみません。
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