マタイ福音書緒論
著者
教会史家エウセビオス(c. 260-339 CE)による『教会史』におけるヒエラポリス司教パピアスの言葉(135 CE)の引用に「マタイはヘブライ語でロギアを編集した」という一節があり、「ヘブライ語で書かれたロギア」とはマタイ福音書を指していると伝統的に言われている。
「マタイ」という名はセム語で「神の賜物」を意味し、ギリシア名ではテオドーロス。マタイだけが十二使徒のリストの中のマタイの名に「徴税人」という語を付加している。マルコ2:13-14の「徴税人レビ」の物語が、マタイ9:9でマタイの名に変更されている。これらの事実から、使徒マタイがマタイ教会の創始者、指導者として重要な役割を担っていたと考えられる。
マタイ福音書の著者は、マルコの統語論的な粗雑さを修正し(反復的表現、二重否定の修正と、より一般的用語への変更等)、マルコにおけるユダヤ的慣習に関する説明を省略している。以上のことから、著者はヘブライ語、ギリシャ語の素養を持つユダヤ人キリスト者と推定される。
成立場所
1. マルコによるユダヤ的慣習に関する編集句が省略されていることに見られる、マタイ共同体で前提とされているユダヤ的慣習
2. 異邦人を内包する世界主義的教会の肯定
3. 律法からの自由を強調するパウロ神学とは異なったイエスと律法との関係を再解釈する試み
4. 2-3c. CEのシリアで成立した外典のペトロ諸文書におけるペトロの権威の高さがマタイにおけるペトロの特別な位置付けとの合致
5. 2世紀初頭のシリアのアンテオケ司教イグナティオスによる、最古のマタイ引用
6. シリアという地がマタイ福音書内で持つ特別な意義
以上より、マタイ共同体はシリアと密接な関係を持つことは明らかであり、その成立場所もシリアと推定される。
成立年代
terminus ad quemについては、マルコへの依存からマルコ福音書の成立年代である70 CE前後が設定され、terminus ante quemは、イグナティオスの手紙における引用となる。また、マタイ内でのエルサレム崩壊の暗示(22:7)、教会秩序への関心(18章)、教会内部における不和(24:11-12)、熱狂的終末論の緩和と終末に対する長期的な備えの勧告は、成立年代として相応の後の時代を示唆する。
「彼らのシナゴーグ」(4:23)、「彼らの町々」等に見られる限定の所有格の付加が、会堂を中心としたユダヤ人とマタイ共同体との区別を反映している。さらに、ヨハナンの後継ラビ・ガマリエル2世の許でのシェモネ・エスレーの最終祈祷の完成、そしてそこに含まれるビルカト・ハ・ミニム(85年)における「ナザレ派」と名指しによるユダヤ人キリスト者に対する迫害から、マタイ福音書はビルカト・ハ・ミニム制定の85年以降の歴史的・社会的状況を反映していると思われる。
神学の特徴
1.全世界へと宣べ伝えられる福音(マタイの結び)、世界宣教の展望の自覚
2.律法からの自由を強調するパウロ神学とは異なった、イエスと律法との関係を解き明かそうとする姿勢。律法の創始者モーセと完成者イエス。旧約と新約との関係。モーセとイエス、イスラエルと教会、出エジプトと罪からの解放などなどの関係を捉え直して、そこを土台として、新しい時代を担う教会の礎を築こうとした。
モーセの時代と並行するイエスの時代:荒野の四十年の旅と、終末を待ち望む教会の旅―カナンの地と終末の時の完成-。モーセ五書に擬した構成。互いに似ているモーセとイエスの誕生物語。
教会に起こったこと(救いの出来事)、今起こっていること(礼拝、聖餐、洗礼、説教)、これから起こること(伝道の展望、終末)を、聖書に基づいて言葉にしていく作業)。
3.インマヌエル「私はあなたがたと共にいる」。マタイ1:23、28:20による囲い込み。
4.復活のイエスによる宣教命令、教会形成命令(「私の弟子に」「教えなさい」:伝道、説教、教会教育を示唆。「洗礼を授け」:聖礼典の執り行い)。
全体構成
1-4章 物語 イエス誕生と公生涯の始まり
5-7章 説教 祝福と天国に入る教え
8-9章 物語 権威と招き
10章 説教 弟子たちの派遣
11-12章 物語 この世の者の拒否
13章 説教 天国の例え話
14-17章 物語 弟子たちの信仰告白
18章 説教 教会について
19-22章 物語 権威と招き
23-25章 説教 災い、来るべき天の国
26-28章 物語 イエスの十字架と復活
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