2024年1月23日火曜日

マタイ福音書神学

「マタイ福音書神学」


 要点

・年代:紀元70年以降、1世紀の終わりまでには成立していたとみられる。ユダヤ教側のヤムニヤ会議において、キリスト教が正式に異端として会堂から追放されたことが背景にあるのではないか。

・状況:終末の遅延が明確に自覚されている。エルサレム神殿が崩壊しているにもかかわらず、未だ到来しない終末の遅延というユダヤ人の理解を見据えつつ、終末はまだ来ていないのではなく、実はナザレ人イエスの到来によって既に始まっており、現在は終末の完成を待ち望む中間時であることが書かれている。終末の遅延という状況の中、なにもせずにいたずらに終末を待つ者や、行いの伴わない信仰者の出現がうかがえる。

・特徴:上述のように、終末がまだ来ないという「未来的終末論」でもなく、終末は既に来たという「現在的終末論」でもなく、既に始まっており未だ完成していない「実現しつつある終末論」。イエスの到来に始まり終末の完成する再臨までの現在の時=「中間時」。中間時をどのように過ごすかが、弟子たち(教会)に問われる。中間時(イエスと弟子たちの時代)の中で、弟子たちと「共に」(インマヌエル)支え導くメシアとしてのイエス。マルコにおける「隠されたメシア性」というモチーフの喪失;誕生から十字架、復活にいたるまでのメシアとしてのイエスの啓示。ルカと異なり、イエスの時と教会の時とは一つにされている。マルコにおいてはイエスを信じるか否かという決断が中心的使信であったが、マタイではそれを前提としつつも中間時における教会の実際の行いが伴っているかどうかが問われる;信仰の実践。「オリゴピスティス」;信仰が十分か不十分かが問われる←マタイの弟子論。マタイのイエス像=第二のモーセ、そしてモーセを超える方。その予型論的関係;旧約におけるモーセの出エジプトからカナンにいたるまでの歴史とパラレル。-出エジプトとイエスの十字架と復活による救い―荒野の四十年の旅と中間時―カナンの地と終末の時の完成-。モーセ五書に擬した構成、モーセとイエスの誕生物語の関係。


<第一次ユダヤ戦争後のユダヤ教>

C.E. 66-70の第一次ユダヤ戦争の敗北によるエルサレム陥落と神殿崩壊という状況において、熱心党やエッセネ派は弱体化し、帝国と国家の関係に依存していた祭司貴族階級のサドカイ派も消滅した。そうした状況下、ユダヤ教の再建計画の担い手として、ラビ・ベン・ザッカイと彼の後継であるラビ・ガマリエル二世を指導者としたファリサイ派であった。ファリサイ派によるユダヤ教の新しい方向付けに関わる一連の過程はヤムニア会議と呼ばれる。ユダヤ教全体の統一を図り、正統の樹立を指向した当会議において定められた主要な政策は以下の通り。


1. <内部の統一化> ファリサイ派内部の政治的・教理的一致を保つため、ヒルレル派が基準とされ、シャンマイ派を二次的な位置とすることによって内部調停の達成を図った。


2. <律法の収集と結集> 後にラビ・ユダC.E. 200頃のミシュナー結集へと至る口伝伝承の収集が開始された。ミドラシュ資料も蓄積され始める。律法研究は最終的に4世紀末のパレスチナ・タルムードと、5世紀末のバビロニア・タルムードとして結実。


3. <正典化> 自己規定のための正典化の動きが生じ、正典と外典・偽典の区別が為され、ヘブライ正典が成立した。


4. <礼拝秩序の統一化> 崩壊した神殿と祭司制度に代わる会堂での宗教行事のために、聖書日課と宗教暦が制定される。


5. <異端者の追放による正統主義の確立> 正統主義路線を指向するユダヤ教は、その必然的な結果として異端者の排除を試み、シェモネ・エスレにビルカト・ハ・ミニムを導入することによって、ユダヤ人キリスト者を含む異端分子の追放が実施された。


<正統主義化するユダヤ教とマタイ教団>

 Allisonによればユダヤ人キリスト教徒の会堂追放は即時的には為されなかったものの、ヤムニア会議とマタイ教団とをインタラクティブな関係として把握することは可能である。それならばマタイ福音書は、マタイ教団とユダヤ教が相互に完全分離するある段階を示していることになる。さらにこの事実は、マタイ教団とその母胎であるユダヤ教との間に連続性(共通因子)と非連続性(非共通因子)が共存することを意味する。(注: ヤムニアとマタイとの関連性を疑う諸説として、1. マタイ時代におけるヤムニア会議の影響力を低く算定し、マタイはこれに無関心であったとする説、2. ヤムニア会議に関わる伝承の史的要素を疑い、伝承より構成される史実の信憑性を否定する説等が挙げられる。しかし、マタイの編集とヤムニア以降のユダヤ教との整合性は看過し得るものではなく、またヤムニアに関する資料に極端な懐疑的姿勢を取る必然性もない。)

 教会秩序としては、マタイ教団はファリサイ派同様、預言者、賢者、律法学者を擁し(10:41、13:52)倫理としては「義」なることが要求され(5:20)、対外的には改宗者の獲得に務めた(28:16-20)。

マタイ教団のキリスト者たちが自らを「シナゴーグ」ではなく「エクレシア」と呼んだ。「彼らのシナゴーグ」(4:23)、「彼らの町々」等の限定の所有格の付加は、シナゴーグを中心としたユダヤ人に対するマタイ教団の自己意識を示唆する。

 マタイにおける「ナザレ」→先のビルカト・ハ・ミニムによりユダヤ人キリスト教とが異端視され「ナザレ派」と呼ばれた事実と関係する。また、教団が指導者を「ラビ」と呼ぶことを避け、ファリサイ派に対する批判を強めつつあったことがマタイ福音書から読み取り得る。


 マタイにおける終末論的・黙示文学的記述は24-25章に集中しており、さらにこの箇所を構成する素材の大部分はマルコ13章に負っている。しかしマタイはマルコ的資料に全面的に従属することなく、マルコ的素材に対して編集を施すことにより、自らの関心に則って資料改変を行っている。


24:10-12 R

24:26-28 Q


 マタイは基本的に、熱狂的終末待望を緩和する一方で、再臨の突然性を強調することによる信仰的弛緩への警告という、マルコ13章が既に持っていたモティーフを継承している。マルコ執筆時ではマルコの関心の焦点であったところのユダヤ戦争と神殿崩壊は明確に過去の出来事として扱われ、黙示文学的諸事そのものに対する関心も後退している。代わりにマタイ教団がリアルタイムで直面している諸問題が織り込まれており、事実、マルコ13章においては、終末時に起こる黙示文学的出来事として位置付けられていた迫害のペリコーペは、マタイでは弟子派遣を主題とした10章のコンテキストに移動され、教団の宣教活動における現在的体験を反映するものとされている。

さらに、終末論を単に将来起こる観念的事柄として留めることなく終末待望を倫理的側面と密に関連づけ、現在における実践的生活態度の行動原理として、終末を再定義する。マタイのこうした関心は、24-25章においては特に人の子の審判の記事に明瞭であり、その中で「最も小さい者」を「キリストの兄弟」と同定することにより(25:40)、再臨を待望する教会における信徒たちの相互愛の実践という倫理的責任を強調している。

そしてマタイ28:16-20における大宣教命令では、宣教という外的勧告と、イエスの新しい教えの遵守という内的勧告が、「世の終わりまで共にいる」終末論的なキリスト論によって根拠付けられており、ここにマタイにおけるキリスト論、教会論、終末論の有機的統合という特徴が顕著に現れている。


 <教会論と終末論-インマヌエルキリスト論を軸として> 

 マタイ福音書におけるキリスト論を含む教会論と終末論には、次の二つの特徴が観察される。第一に、マタイの共同体的アイデンティティは、マタイ共同体が当時のシリアにおけるユダヤ人の会堂から分離・独立・対峙していくという社会学的な状況と相互関係を持つ。よって、マタイの教会論は古いイスラエルとしてのユダヤ教との対比によって構成される傾向を持つ。その際マタイにおけるキリスト論のイエスは、共同体においてインマヌエルとして存在するだけでなく、律法の完成者にして義の教師、倫理的行動の模範として提示され、ここでもユダヤ教との対比という意識が明瞭である。第二に、マタイの終末論は、マタイ共同体の自己アイデンティティとしての教会論と、イエスを新しい行動原理とする古いイスラエルの律法を越えた倫理的アスペクトを基礎付ける形で機能している。故に、以上の2点から明らかなことは、ユダヤ教からの分離という社会学的コンテキストが繋ぎとなって、教会論、キリスト論、そして終末論がマタイにおいては有機的に統合されていることである。

以下、初めにマタイ共同体が分離・独立・対峙をしていたところのユダヤ教の状況に触れつつマタイ共同体の課題を論じ、その後、キリスト論を通奏低音としながら、教会論、終末論と順に扱っていく。


 <教会論>

 マタイの教会論は、以上のユダヤ教における教会論の基礎付け作業と部分的に対応する。


 イエスによる弟子たちへの教示の場面にて、マタイはイエスを意図的に共同体の教師として描く。特に11:25-30においてマタイは、ファリサイ派に代表される古いイスラエルとの間接的な対比の中で、父による啓示と子なるイエスの招きに根源を持つ新しいイスラエルを提示している。そこでは、イエスの行動を倫理的手本とする(「私のくびき」)ために、イエス自身が新しい行動原理として示される。こうした倫理的契機は、イエスを律法の完成者にして律法を説く教師という第二のモーセとして見立てている、山上の説教において最も明瞭に現れている。


 ペトロの告白物語(Mt 16:13-20)において教会論との関わりで最も重要な点は、「私の教会」と言明されることにより、古い教会であるイスラエルとは分離された共同体的アイデンティティが表明されていることにある。典型的・象徴的弟子としてのペトロを介しての教会への神的権威と務めの授与は28:16-20においてインマヌエルのキリスト論によって基礎付けられ、さらに共同体内における相互愛もしくは相互奉仕、そして倫理的責任は、後述の終末論によって強化される。


 <終末論>

 最初に、マタイの終末論の基本的特徴を列挙する。

・マタイの終末論的関心は、主として24-25章において、素材であるマルコ13章に対する編集と独自の伝承の付加に表されている。

・熱狂的終末待望を緩和と、再臨の突然性を強調することによる信仰的弛緩への警告という、マルコ13章のモティーフの継承。

・ユダヤ戦争を既知の事柄とし、黙示文学的諸事そのものに対する関心の後退。


 次に、テーマに沿ってマタイの終末論を論じる。マタイは終末待望を倫理的側面と積極的に関連づけ、現在における実践的生活態度の行動原理として、終末を再定義する。マタイのこうした関心は人の子の審判の記事に明瞭であり、その中で「最も小さい者」を「キリストの兄弟」と同定することにより(25:40)、再臨を待望する教会における信徒たちの相互愛の実践という倫理的責任を強調している。


 そしてマタイ28:16-20における大宣教命令では、宣教という外的勧告と、イエスの新しい教えの遵守という内的勧告が、「世の終わりまで共にいる」終末論的なキリスト論によって根拠付けられており、ここにマタイにおけるキリスト論、教会論、終末論の有機的統合という特徴が顕著に現れている。

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