2024年1月23日火曜日

『ヨブ記』緒論 

 『ヨブ記』緒論


 旧約における位置、本書の名称、主題、ストーリー

 ヘブライ語聖書においては、「律法」(トーラー:創世記〜申命記)、「預言書」(ネビーム:イザヤ書、エレミヤ書等)、「諸書」(ケトビーム)という三区分の内、詩編や箴言などと共に「諸書」に含められている。また、『ヨブ記』という本書の書名は、ヨシュア記、エステル記と同様に、本書の中の主人公、すなわちヨブから取られている。

 本書の主題は、義人がなぜ理不尽な苦難を受けるのかという根源的問題、すなわち、なぜ善人が虐げられ、悪人が栄えるのか、そしてなぜそれを神は放置しているのかという「神義論」に深く関わる。

 ヨブ記のストーリー自体は明瞭である。「ヨブは、利益もないのに神を敬うでしょうか」とのサタン言葉を受けた神は、ヨブがサタンの試みに晒されるのをよしとされる。災難に襲われたヨブは、当初は模範的な信仰者を装うものの、程なくするとこのような苦難を自分にもたらす神に対して、自らの正当性を主張し始める。彼を慰めに来た三人の友人たちとの対話はいつしか論争になり、双方の論は平行線のまま延々と対話は続く。その長き対話は、神の直接的な啓示、介入によって破られて、物語は終わる。


 執筆年代

 本書の執筆年代の特定は、本書の統一性という問題との関連で単純には為し得ない。後述するように、本書は、1:1-2:13のセクションと42:7-17のそれとによって本体部分が挟まれているという枠構造を持つ。詩文的な本論部分の方が、散文的な枠構造部分より古い蓋然性が高い。この本論部分をテーマ的に補強ないし改変する目的で、枠の部分が構成されたと考えられる。

 初期の知恵文学は基本的に、因果応報の世界観に基づいて、人生経験に裏打ちされた人生教訓的な黄金律を韻文的に提供することを特徴としている。しかし本論でも枠構造部においても、その伝統的な因果応報的理解の限界が暗示されている。初期知恵文学隆盛時代のイスラエルも過去のものとなり、懐疑的神観が発生し伝統的知恵理解が後退した、後期知恵文学時代が執筆年代として算定される。


 文体・文学的技法 

 本書の大部は、ヨブと友人たちとの間の論争により占められている。ヨブの主張→友人たちの主張→ヨブの主張→・・・というように交互に双方の主張が展開され、またその叙述の仕方は散文的である。また、本論部分を序章と結部によって挟むという文学形式は、イスラエル文学には珍しく、エジプト文学等からの影響が推測される。さらに、論争の背後にも古代東方世界の思想の影響が見て取れるが、神を創造主なる絶対唯一神として告白する点において際立った独自性が見られる。

 中心的な主題

 ヨブ記の中心的な主題は、ヨブ自身が主張しているように、「なぜ義人が理解不能な苦難に直面するのか」というものである。ヨブの友人たちの論点は基本的に、隠れた罪の報い、すなわち因果応報的に罰として与えられる苦難ということにあるが、ヨブは自分の被っている災難が罰としての範囲を不当に越えるものとして、友人たちにも神にも反論する。実は、この「義人の苦難の理由」という問に対する明快な答えは本書において提示されない。

 先のサタンの言葉「人は利益もなく神を礼拝するか」という問が陰で本書を貫いている。友人たちの言葉は正しいが、その信仰はやや法則化、硬直化したもので、生ける神に向かう信仰というより、自分の保持する信仰や神理解が神自身に取って代わられているという感は拭い得ない。一方、ヨブにも罪があり、彼の正当性の主張は正しくも誤ってもいるが、それでも彼の思いは生ける神自身に向かうものである。友人たちの正しくはあるが硬直化し形式化した信仰以上に、激しく神に問うヨブの姿勢が、生ける信仰として評価されている。


 また、ヨブはエゼキエル14:14、20等において、ノア、ダニエルと共に、義人を代表する人物として言及されている。ただし、彼らはアブラハムやモーセのようにイスラエルの伝統的・代表的人物ではなく、ノアは世界的洪水物語の中心人物、ダニエルは、シリアのウガリト叙事詩に見られる名前であり、ヨブの出身地ウズもまたアラムやエドムと推定され、やはり伝統的イスラエル人の系譜とは異質である。これも、伝統的イスラエル神学、知恵文学への部分的なアンチテーゼの表れとも考えられる。


 「人の損得によってではなく、神は神であるが故に、礼拝されなければならない。」これが、ヨブ記、同時に聖書の語る神礼拝理解である。


 構成

 序        1:1ー2:13 物語の発端、神とサタンとの対話

 本編    3:1ー42:6     

      1.3:1ー31:40 ヨブと友人たちとの論争

      2.32:1ー37:24 エリフの登場と説話

      3.38:1ー37:24 つむじ風の中からの神の言葉

 結部   42:7ー17 ヨブの回復と繁栄

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