2025年3月25日火曜日

【宗教学関連】リスト

【新宗教】







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マンダ教(動画)

【その他】


【その他の事項】
ーあ行ー

ーか行ー
クリスマスツリー (動画)       交霊会


ーさ行ー

ま行
マクドゥーガル(魂の重量計測)


【宗教学解説】交霊会(降霊術)ー17世紀啓蒙時代後のオカルトブームにて エクトプラズム ウィジャボード プランシェット

 

ーーーレジュメーーー

1  定義:オカルト文化における、霊媒師を媒介として死者の霊との交流を行う集会

・欧米における19世紀半ばのスピリチュアルブームを受け

・19世紀後半から20世紀にかけて盛んに

 一方、近代化されて科学が発展し、科学の力で解明しようとする動き

  例:カメラ、温度変化探知、赤外線、その他


2  交霊方法

・霊が好まないとされる強い光を避け、暗所の室内で、行う。

・2?3人から6?7人が集い、 参加者が手を繋ぎ、輪になって座る

 円卓を囲む形式がポピュラー。

・霊媒師の指示のもと、心を整え、霊媒師が霊を降ろす。


3  降霊成功時に起こる現象

・ラップ音 =家鳴りのような軋み音、破裂音が生じる

・ポルターガイスト現象 =皿など、比較的小さい物体が動く、または飛ぶ

 物体浮遊(物体浮揚)

・エクトプラズム現象 =霊媒師の口から白い煙、粘性の物質が出てくる。

 時に、出てきた正体不明の物質が、人の体の部位、全身の形に具現化する。


4 霊との交信方法

・霊媒師に霊が憑依し、霊媒師を通じて霊が話し出す。

・霊媒師が直接メッセージを受け取る。

・参加者が霊の声を聞く。

・ウィジャボード

・プランシェット 筆記具

・自動書記

 =巫女やシャーマンなどの霊媒師的な者が、無意識で文字、文章書く、

  または絵を描く現象。催眠状態下でも起こることがある。


5  ブーム後の経過

・インチキが数多く暴露されたため、下火となった。

・それでも、現在に至るまでひっそりと行われている。

2025年3月19日水曜日

【キリスト教史】「聖人の遺体をゲットだぜ!」ー聖遺物、聖遺物崇敬について

 

 レジュメ

【キリスト教】「聖人の遺体をゲットだぜ!」ー聖遺物、聖遺物崇敬について

1 聖遺物とは
・聖人の遺体、もしくは遺体の一部(髪の毛、血液、部位)
 聖人の遺物や触れたもの(衣服、所持品)
・これらを崇敬する行為や精神性
 (キリスト教では神以外のものは崇拝しないので、崇敬)
・元々、使徒や聖人とされた者を崇敬する習慣あり。

2 聖遺物崇敬の発生からその後の展開
2-1 古代時代 聖遺物崇敬ブームの始まり
・4世紀頃、聖人の遺骨がコンスタンティノポリスに移転。
 聖人の遺物や遺骨に注目が集まる。

・その後、聖遺物の捜索、発見、収集、巡礼が盛んになる。
・聖マルティヌス(サン・マルタン)の逝去時(397年)、
 付近の住民が集まり、遺体の所有権で議論になる。

・パターンとして、奇跡を伴う発見エピソードを伴う。
 中世時代には奇跡逸話集 「聖ジブリアン奇跡録」(12世紀) 
・その後、聖遺物が安置された教会や修道院には、巡礼者

2-2 中世時代 聖遺物崇敬の半ば暴走状態
・聖遺物崇敬は西方教会では流行した一方、
 東方ではむしろ聖画像が崇敬された。イコノクラスム期を除く

・調達や輸送斡旋のエキスパートの出現
 例、9世紀、ローマと西欧を仲介したデウスドーナ

・聖人以外の遺物も現れる。
 例 南イタリアのモンテガルガノ、大天使ミカエルの紅の外套

・数々の聖遺物の出現
 ・受胎告知時のマリアの服(ノートルダム大聖堂)
 ・受難時にキリストの汗を聖女ベロニカが拭い、後に顔が浮き
  出た、「聖顔布」(スダリウム)。
  教皇代理アデマール・デュ・ピュイによって発見。
 ・聖杯伝説 最後の晩餐時に使用され、十字架のキリストの
  血を受けたとされる杯

・聖人級の偉人は、生前から体を狙われる
 例 トマス・アクイナス 近隣はおろか遠隔地からも人が殺到
   死後、厳重な管理体制下で分骨された

・中世中期にはブームが高じ、贋作や偽情報が横行
・真贋性の見極め、聖遺物の認証の問題、認証権限の所在
 司教の権限→第4ラテラノ公会議(1215)以降、教皇のみの権限
・「移葬記」:聖遺物の真正を主張するために入手経路を記録書

2-3 その他の備考項目と、中世時代以降
・聖遺物は、聖遺物匣に納めて安置する
・聖遺物の売買禁止だが、どこまで遵守されたかは不明。
・全聖遺物の祝日は、11月5日。
・宗教改革以降のプロテスタントの多くは、聖遺物を認めず


【韓国キリスト教系新興宗教】天宙聖法真の王国連合ー旧 統一教会が最も警戒する分派ーあの奇抜なチラシの宗教団体



ーーーレジュメーーー

【韓国キリスト教系新興宗教】天宙聖法真の王国連合ー旧 統一教会が最も警戒する分派ーあの奇抜なチラシの宗教団体


参考資料

・中西尋子『宗教研究』「統一教会の分派:天宙統一真の王国連合に

 ついて(第十二部会〈特集〉第67回学術大会紀要)」2009年、

 82巻、4号。日本宗教学会。

・カルト問題キリスト教連絡会(?)のパンフレット「各教派の相談

 会で最近増えつつある統一協会以外のキリスト教系団体」


*私のスタンス:中立的、客観的に、資料に基づいて整理。価値判断は下さない。



1 基本データ

教祖:中山芳子

本部:大阪・岸和田市

法人化:宗教法人格なし(2015年時点)

系統:旧 統一教会(現 世界平和統一家庭連合)からの分派

名称の推移:「天宙真の父母連合」

      2007年、「天宙統一真の王国連合」に改称。

      2009年、現在名「天宙聖法真の王国連合」に改称。

 通称:「中山グループ」



2 教祖・中山芳子と教団の足跡

・元・天理教信徒

・帰属していた天理教内で、旧・統一教会への勧誘を行い、

 追放処分。(天理教→統一教会 or 天理教へのスパイ?)

・旧統一教会の信徒だった中山芳子の姪の調宏美が啓示を受ける

 中山芳子らはこれを「天宙真の真理」と称する。

 統一教会内の教区長に送付。

2000年、文鮮明はこれを受け、「天宙真の父母連合」を組織。

2003年、中山芳子、文鮮明からの指示として、同組織の名を取り、

 「天宙真の父母連合」という別組織を設立。

2007年、「天宙統一真の王国連合」に改称。

2009年、現在名「天宙聖法真の王国連合」に改称。

2010年、千夕龍華(せんゆうりゅうか)に改名。

(時期不明)調宏美、中山芳子とのツートップ体制

      →後に仲違いの末に分裂。


3 旧 統一教会との教義の違い

・旧 統一教会では……「旧約聖書」「新約聖書」+「統一原理」

  

 同教団によれば、これでは神の啓示の達成率95%

 残り5%こそ、「天宙真の真理」 これで「天国」完成。

  「旧約聖書」「新約聖書」+「統一原理」+「天宙真の真理」


・旧・統一教会側の対応

 「天宙真の父母連合の創設を指示した事実はない」

 「名称の勝手な使用」

 「教区長への書簡は、統一教会の現指導者への批判」

 →「旧 統一教会が最も警戒している分派」



4 現在の状況

・近年は、奇抜なチラシがポスティングされて話題になっている。

 教祖の超越性を、サイケデリックに表現して布教展開している。

 チラシでの中山芳子の呼び名は……

  天宙神千夕龍華様、天照大神到来、太陽神千夕龍華様

  絶対・唯一・不変・永遠なる神など。


 ポイント ・坂本龍馬の霊の声を聴く霊能力。

       幸福の科学における「霊言」に似ている。

      ・統一教会の文鮮明氏のような、「キリストの再臨」

       と位置付けるモティーフは後退。

      ・教義よりも、教祖 中山芳子氏のカリスマ性に傾斜

      ・中山芳子氏自身が絶対神への神格化が進む。

       この点、幸福の科学の大川隆法氏に似ている。


・カルト問題キリスト教連絡会 カルト認定されている。


・旧 統一教会の信徒の引き抜きを試みる(試みていた)。


・ビデオセンターなどで青年への布教活動を進めている。


・サラ金を梯子させて限度額いっぱいまで借りさせて寄付させる

 「三日路程」が行われていて、献金の強要は著しいという。


・2015年3月 広島地方裁判所 同教団に対する訴訟で、

 約521万円の支払命令。 →原告勝訴 →4月に控訴

 (2012年提訴? 「天宙に支払った献金、貸金の実損額に慰謝料、

 弁護士料を付加して請求。約1426万円)

 (霊感商法対策弁護士連絡会HP)




 

2025年3月12日水曜日

【キリスト教史】ユグノー戦争(1562 98年)ー宗教戦争の仮面を被った貴族間政治闘争

 


ユグノー戦争 1562-98年


 【要約】

フランスにおけるカトリック側とプロテスタント側の宗教戦争という仮面を被った貴族間政治闘争。王権打倒を画策するプロテスタント勢力、異端撲滅を掲げたカトリック勢力、宗教的寛容と国内統一を標榜する中間派(ポリティーク派)の三つ巴。


 【本文】

 フランスを舞台にしての、カトリック側とプロテスタント側の貴族間抗争ではあるが、そこには政治的思惑が複雑に入り込んでおり、宗教戦争という仮面を被った政治闘争というのが実体に近い。日本では、「ユグノー戦争」と一般に呼称されているが、ヨーロッパ歴史学においては「宗教戦争 guerres de Religion(フランス語)」、「Religious Wars(英語)」と呼ぶのが通例である。ドイツの三十年戦争と並置される、フランスにおける宗教改革を巡っての代表的戦争。


 ユグノー

 ユグノーとは、宗教改革期からフランス革命までのフランスにおけるカルヴァン派信徒を指す。「ユグノー」という名称は、「誓約仲間」を意味するドイツ語のEidgenosse のジュネーブなまりである eyguenot に由来するという説がある。


 経緯

 1547年のアンリ2世即位後、プロテスタント弾圧政策が加速する一方で、カルヴァン派が広く浸透していく。


 1559年、幼王フランソワ2世が即位し、ギーズ家が事実上政権を掌握する。ギーズ家はカトリック側に接近すると共に、これに対抗するブルボン家、コリニー提督等はプロテスタントに接近し、宗教対立は政治的対立へと構造変化していく。


 1560年、プロテスタント側による国王奪還作戦、「アンボワーズの陰謀」失敗。


 1562年、ギーズ公側によるプロテスタント信者殺害、「バッシーの虐殺」以後、8次に及ぶ両勢力の衝突というユグノー戦争が開始される。


 1572年、摂政母后カトリーヌ・ド・メディシスとギーズ公による「サン・バルテルミの虐殺」。コリニー提督らが殺害された。


 以降、王権打倒を画策するプロテスタント勢力、異端撲滅を掲げたカトリック勢力、宗教的寛容と国内統一を標榜する中間派(ポリティーク派)、これら三つ巴の戦いへ。この渦中に、外国勢力が介入し、カトリック勢力をスペインが支持、プロテスタント勢力をイングランドがバックアップする。


 1589年、アンリ3世が暗殺され、バロア朝断絶。プロテスタント国王アンリ4世即位。


 1593年、アンリ4世のカトリックに改宗。ポリティーク派の支持を獲得し、国内統一を回復。


 1598年、アンリ4世、「ナントの勅令」を発布。ここにユグノー戦争は終結する。カトリックとプロテスタントの和解が実現し、ナントの勅令はそれまで試みられた宗教寛容令の集大成となった。


 しかし、ナントの勅令はルイ14世の時代に効力を失い始め、1685年、全面的廃棄された。これに伴い、多数のプロテスタントが亡命した。



【新宗教・新興宗教解説】大山ねずの命神示教会(おおやまねずのみことしんじきょうかい)ー小室圭氏の母が所属することで話題に

 


ーーーレジュメーーー


1 基本データ

名称:大山ねずの命神示教会

 「ねず」の漢字は、示偏に「一」がない「氏」をつくりとする。

創始者:供丸斎(ともまるさい)

    本名 稲飯定雄(いないさだお)、1906-88年

第二代後継者:供丸姫(ともまるひめ、本名:森日出子)、-2002年

現代表:神主教会長・代表役員 森眞一(供丸姫の実兄)

     (神奈川県脱酸素レポート事業者個票より)

    教主正使者 供丸光(ともまるこう、供丸姫の実弟)

     (上記、Wikiより、2019年時点)    

教主補佐 森教広(のりひろ)(公式HPより)

宗教法人化:1952年

本部:神奈川県横浜市南区宮元町4丁目82 番地

本部名称:神総本部(しんそうほんぶ)

支部:全国に偉光会館(ひかりのやかた)38ヶ所。

   海外:令和3年、北米事務所開設。

納骨施設:神奈川県湯河原町の偉光郷(ひかりのさと)他、13ヶ所。

信徒数:国内80万人(宗教情報リサーチセンター、2025年3月時)

    国外1000人


2 教祖・供丸斎、並びに後継者・供丸姫、教団の足跡

1906年、富山県中新川(なかにいかわ)郡に生まれる。

1919年、東京、赤坂の金山軍服店にて奉公。

1928年、独立して、千代田区九段にて、天屋軍服店を開業。

1946年、咽頭癌であると判明。行者に加持祈祷を依頼するも効果なし。

     夢枕にて女神より「大山ねずの命にすがれ」との啓示。

1948年、大山ねずの命が降り、ガンは完治し、神の使者とされる。

     喉に巻き付いていた薔薇の蔦のようなものが剥がれたという。

1952年、宗教法人大山ねずの命神示教会設立。

1967年、供丸姫、本教団に入信。

     彼女のプロフィール、入信の経緯については後述。

1975年、供丸姫、「副使者」に就任。

    ここで供丸姫の名を受ける。

1978年、供丸姫、監査役に就任。

1979年、大幹部教育部長に就任。

1985年、供丸姫、「使者」に就任。後継者とされる。

1986年、供丸姫、「直使」に就任。

1987年、供丸姫、神の化身、とされる。

1987年、神示教会の本部を供丸姫の生誕の地、横浜市南区宮元町に移転。

 神の降臨の聖地、「神総本部(しんそうほんぶ)」とする。

1988年、供丸斎、逝去。

 大山ねずの命の側近の神、代神供丸斎命(だいしんともまるさいのみこと)

 とされる。

2002年、供丸姫、逝去。


3 供丸姫

森金蔵・タヨの長女。

横浜市南区、地主の家系の裕福な家に生まれる。

1966年、元々病弱であったところ、高校卒業時に重病に。

家族が同教団に入信。病は快癒。

以降、供丸斎に師事。

1967年、神示を受ける。

1969年、森家に宮元分教所設立。支部長に就任。

     (以降は上述に同じで省略)


4 小室圭氏の母・小室佳代氏の所属する宗教

・小室圭さんの結婚問題の折、小室佳代氏が同教団の信徒とのことで話題に。

・教団の元・信徒の談によると…

 天皇家の神道は天照大神。教団によれば、「大山ねずの命」は

  それをも包括するような存在とのこと。→天皇家に対する意識に影響?


2025年3月11日火曜日

【キリスト教史(教会史)関連】

【解説動画】

【キリスト教史解説】聖遺物、聖遺物崇敬ー「聖人の遺物をゲットだぜ」

【キリスト教史】テルトゥリアヌスー最初の西方ラテン教父、三位一体論の祖

【キリスト教史解説】モナルキアニズムー養子説と様態説ー三位一体の否定、キリストの神性否定

【キリスト教史解説】ユグノー戦争(1562 98年)ー宗教戦争の仮面を被った貴族間政治闘争



ーー初期キリスト教時代ーー

コイネー・ギリシャ語                

前21頃-後39年 ヘロデ・アンティパス        

後30-101年 ローマのクレメンス    



ー古代教会時代ーー

【キリスト教史】新約聖書の正典化と、新約文書の並び順の形成プロセス(動画)

(古代教会における聖書)「正典」の確定        信条の形成        シモニア(聖職売買)

70/82-156/168年 ポリュカルポス        2世紀初期 エビオン派 エビオン派福音書

100頃-163/167年 ユスティノス

120-173年 タティアノス(タチアノス)(動画)

?-170 霊的な熱狂的終末論者モンタヌス(モンタノス)とモンタニズム(動画)

?-258 ラウレンティウス        

2世紀中葉 モンタヌス・モンタヌス主義        Montanism / Montanus

2世紀中葉 マルキオン

160頃-220年以降 テルトゥリアヌス        130頃-202年頃 リヨンのエイレナイオス

200頃-258年 キプリアヌス        293頃-373年 アタナシオス

240頃-320頃 ラクタンティウス        

3世紀前半から中葉 モナルキアニズム

3世紀後半-4世紀 ミュラのニコラウス

312-14年 ドナティスト論争(ドナトゥス派)

325年 第1ニカイア公会議/原ニカイア信条

カパドキアの神学者たち(翻訳、ヤング『ニケアからカルケドンへ』)

330頃-379 バシレイオス        342頃-420年 ヒエロニムス

381年 第1コンスタンティにポリス公会議/ニカイア信条


ーー中世時代ーー

テーマ的項目

【キリスト教】異端審問 ーーその歴史的経緯


675年頃-749年頃 ダマスコのヨアンネス        

1265年頃-1308年 ヨハネス・ドゥンス・スコトゥス

11世紀-15世紀中葉 十字軍        


ーー宗教改革時代ーー

15世紀  人文主義        

1482-1531年 エコランパディウス        

1483-1546年 マルティン・ルター    

1491-1551年 マルティン・ブツァー        

1500年代前半以降 再洗礼派        

1504-1575年 ヨハン・ハインリヒ・ブリンガー        

1509-64年 カルヴァン        

1511-53年 セルヴェトゥス        

1515-63年 カステリヨン        

1524-25年 ドイツ農民戦争        

1534年- アングリカンチャーチ(英国国教会)                

1545年- 対抗宗教改革        1555年 アウクスブルク宗教和議        

16世紀 改革派教会        Reformed Church        

1618-48年 三十年戦争        

1618-9 ドルトレヒト会議

1635-1705年 シュペーナー        

1705年- ソッツィーニ主義        Sozzinism        

1836- ディアコニッセ