2026年2月7日土曜日
【解説】『十二族長の遺訓』
「1890年日本基督教会信仰の告白」注解 第6回
「1890年日本基督教会信仰の告白」注解 第6回
【本文】
「往時の教会は聖書によりて左の告白文を作れり。我らもまた聖徒がかつて伝えられたる信仰の道を奉じ、讃美と感謝とをもってその告白に同意を表す。」
【現代語訳(私訳)】
「昔の教会は、聖書に基づいて次(後続の「使徒信条」)の(信仰)告白文を作りました。私たちもまた、聖徒たちが受け継いできた信仰の道に従い、讃美と感謝をもってその告白に同意します。」
【牧師、神学的素養のある人向け解説文】
1. 注解
- 「往時の教会は聖書によりて告白文を作れり」:使徒信条、ニカイア信条などは、教会が歴史的教義論争の中で、聖書に基づきつつ教会が形成した規範的文書。よって、信仰告白文(信条)は啓示そのものではないし、聖書と同一の権威を持つものではないが 1、ひいては、聖書における聖霊の働きによる神の啓示を指し示すもので、その信仰内容を要約したもの。
- 「聖書によりて」:ウェストミンスター信仰告白1章の内容と一致する。聖書が信仰と生活における唯一最高の規範であること。
- 「聖徒がかつて伝えられたる信仰の道」:おそらく、ユダ書3節 を背景にもつ表現である。「ひとたび聖徒に伝えられた信仰」(ἅπαξ παραδοθείσῃ τοῖς ἁγίοις πίστει)。
- 「ひとたび(ἅπαξ)」の意味:新しい信仰内容を作り出さないということで、 これは直接的には信仰内容の既・決定性を指す表現であるが、改革派神学においては、そこから正典啓示の完結性が含意されてきた。(→信仰内容の”今更後出し”はない)。同時に、聖書は「正典」(カノン)として既に完結しているので、聖書文書を新たに追加しないことも含意する(同時に、減らしてもいけない、改変してもいけない)。
- 「我らもまた聖徒がかつて伝えられたる……讃美と感謝とをもってその告白に同意を表す」:先の「往時の教会」と共に、使徒時代以来、聖書に基づいて信仰を告白してきた公同の教会(普遍教会)との歴史的連なりを示す。自分たちもまたそれに連なることが表明されている。
2. 内容解説
この冒頭文は、信仰告白の内容そのものではなく、「信仰告白する主体と態度」を定義する序文である。 次の三点が強調されている。
- 信仰告白の規範性の根拠は聖書であること
- 信仰告白は歴史的教会との連続性の中で受け取られること
- 信仰告白行為は強制ではなく、神を前にしての主体的な同意——「讃美と感謝」——であること
2.1. (告白の規範性の根拠は聖書であること)について
この箇所の手前の本文において、次のことが述べられていた。
- 聖書は古の預言者、使徒、聖徒たちの手を通して書かれたこと
- 彼らは、聖霊なる神の導きによって、聖書文書をしたためたこと
- 聖書は、信仰上のことについて、最上の権威を持つこと
以上を受けて、聖書は、信仰告白文の源泉であり、同時に内容上の是非を審判するのは、聖書であることが確認されている。
2.2. (告白は歴史的教会との連続性の中で受け取られること)
- 「往時の教会」「聖徒がかつて伝えられたる信仰の道」という表現は、 信仰告白が使徒時代以来の普遍的教会の歴史的連なりの中に位置づけられていることを示す。
- ここで想定されている教会は、特定の時代や地域に限定された教会ではなく、 福音を受け継いできた歴史的・普遍的教会(ecclesia catholica、「エクレシア・カトリカ」今日のカトリック教会の原義)である。
- 信仰告白は、新たな教理を創出する行為ではなく、既に教会において受容・保持されてきた信仰を、自らの信仰として受け取る行為である。
- この理解は、信仰を純粋に個人的・主観的なものとする傾向を抑制し、信仰が本質的に共同体的・継承的性格を持つことを明確にする。
- 「聖徒がかつて伝えられたる信仰の道」という表現は、ユダの手紙3節の「ひとたび聖徒に伝えられた信仰」を想起させ、信仰内容が恣意的に変更されるべきものではないことを示唆する。
- ここでの「伝えられた信仰」とは、教会に託された遺産(traditio)として守られ、解釈され、継承されるべきものである。
- したがって、この連続性の強調は単なる伝統主義ではなく、聖書を規範としつつ、歴史的教会の証言に謙虚に連なる信仰姿勢を表している。
- 個々の信徒や一教派が信仰の最終的裁定者となるのではなく、聖書のもとで、歴史的教会の告白に耳を傾ける態度がここで肯定されている。
小結: これは、日本基督教会が自らを「新宗派」ではなく、「普遍的教会の正統的継承者」として位置づけようとする自己理解を明確に示すものである。
2.3. (告白行為は強制ではなく、神を前にしての主体的な同意——「讃美と感謝」——であること)
- 本文は、信仰告白を「命令」や「強制」としてではなく、神を前にした主体的な応答行為として位置づけている。
- 「同意を表す」という表現は、告白が単なる形式的追認や制度的服従ではなく、理解と承認を伴う意志的行為であることを示す。
- 信仰告白の主体は「我ら」であり、(「我らもまた聖徒がかつて伝えられたる信仰の道を奉じ」の「我ら」) 教会として共同的に告白する一方で、各信徒が自らの責任において個人的にその告白を引き受けることが前提とされている。
- 「讃美と感謝をもって」という句は、告白が神学的命題の確認にとどまらず、 礼拝的行為、信仰的営為であることを明確にする。
- ここでの「讃美」は、告白される信仰内容の中心が神ご自身に向けられていることを示し、信仰告白が自己表明でも自己完結でもなく、自分から神に向かって為される神中心的行為であることを示唆する。
- 「感謝」は、信仰が人間の自力のみによる達成や選択の結果ではなく、神から与えられ、教会を通して受け継がれた賜物であるという認識を前提としている。
- したがって、信仰告白とは、正統的教理への知的同意である以前に、恵みに対する感謝をもってなされる礼拝的応答である。
- この点において、本信仰告白は、信仰を「信じるか否かの判断」へと還元するのではなく、神との関係における生きた応答行為として理解している。
【解説】第二スイス信仰告白
【解説】第二スイス信仰告白
第二スイス信仰告白
第一スイス信仰告白
第二スイス信仰告白の内容の特徴
概要
神論・キリスト論・救済論
教会論
聖礼典
まとめ
2026年2月6日金曜日
【解説】『ユダ福音書』(『ユダの福音書』)とその悲惨な末路 ーイエスはイスカリオテのユダの裏切りを評価した?
『ユダ福音書』(『ユダの福音書』)概説
要約
本文
1.「チャコス写本」に含まれる文書群
-
『フィリポに送ったペトロの手紙』
ナグ・ハマディ文書に含まれる同名文書とほぼ同一内容。 -
『ヤコブ』
ナグ・ハマディ文書の『ヤコブの黙示録』とほぼ一致する。 -
『ユダ福音書』
-
『アロゲネース』
2.グノーシス主義的思想と『ユダ福音書』
3.反異端文書における『ユダ福音書』の証言
3.1 エイレナイオスの証言
「さらに他の人々は、カインが上なる権威に由来すると言い、…このことを裏切り者ユダもよく知っていたと主張する。彼のみが真理を知っていたため、裏切りの秘儀を成就したのであり、彼によって天上のものと地上のものが解消されたという。彼らはこの種の虚構を作り上げ、それを『ユダの福音書』と呼んでいる。」(『異端駁論』1.31.1)
3.2 「カイン派」に関する他の証言
-
テオドレトス『異端者たちの作り話要綱』(1.15)
-
偽テルトゥリアヌス『全異端反駁』(2.5–6)
-
エピファニオス『薬籠(パナリオン)』(38.1.15)
4.成立年代
5.発見から公開までの経緯
1970年代 エジプト中部ミニヤー県にて、『ユダ福音書』(または『ユダの福音書』)を含む写本が発見される。恐らく盗掘による。
1980年 カイロの古美術商に売却されるが、盗難により紛失。
1982年 カイロの古美術商、ジュネーブにて写本を取り返す。
1983年 カイロの古美術商、大学研究者に300万ドルでの売却を持ちかける。交渉は決裂。
1984年 カイロの古美術商、写本をニューヨークのシティバンク貸金庫に16年間に渡り保管し、写本は劣化。
1999年 古美術商フリーダー・チャコス、カイロの古美術商より300万ドルで写本を購入。エール大学に調査を依頼。『ユダ福音書』と判明。
2000年 アメリカの古美術商ブルース・フェリーニ、写本を購入。一部を売却。残りを冷凍保存。
2001年 フェリーニ、代金支払いができず、チャコスに返却。チャコスにより、マエケナス古美術財団(スイス)に引き渡される。
2006年4月 ナショナルジオグラフィック協会の援助によりコプト語本文と英訳、インターネットで公開。その後公刊。
2006年6月 公刊本の邦訳『原典 ユダ福音書』(R. カッセル、M. マイヤー、G. ウルスト、B. D. アーマン編著)、日経ナショナルジオグラフィック社、2006年)発刊。
参考文献
-
R. カッセル/M. マイヤー/G. ウルスト/B. D. アーマン編著
『原典 ユダ福音書』、日経ナショナルジオグラフィック社、2006年。 -
荒井献
『ユダとは誰か——原始キリスト教と『ユダの福音書』の中のユダ』、講談社学術文庫、講談社、2015年。
【解説】テサロニケの信徒への手紙二 緒論
【解説】テサロニケの信徒への手紙二 緒論
本書簡(以下、2テサロニケ書)の中心的関心は、キリストの再臨(主の日)をめぐる誤解の是正と、それに付随する信徒の生活規範の再確認にある。2:2において示されているように、本書簡は、「霊」や「言葉」、あるいは使徒たちに由来すると称される書簡を根拠として、主の日がすでに到来したと主張する言説に対し、共同体が動揺し混乱することを戒めている。この再臨理解の混乱は、単なる神学的誤認にとどまらず、労働の放棄や無秩序な生活態度と結びついていたと見られ、本書簡はそうした実践的問題に対しても厳しい規律を提示している(3:6)。
1.執筆者・真筆性の問題
2テサロニケ書の著者について、書簡冒頭の挨拶(1:1)に基づき、伝統的には使徒パウロの名が帰されてきた。しかし現代の新約学においては、パウロ自身による著作であるとする見解は必ずしも支配的ではなく、本書を擬似パウロ書簡(Deutero-Pauline Epistle)と位置づける立場が有力である。
その主な理由として、第一に、本書簡の主題・語彙・構成が第1テサロニケ書と顕著に重複している点が挙げられる。この重複は、同一著者による連続的執筆を示すというよりも、むしろ後続文書が先行書簡を参照・模倣している可能性を示唆する。
第二に、終末理解の相違である。第1テサロニケ書が終末の切迫性を強調し、「時と機会」についての言及を回避しているのに対し(1テサロニケ5:1–2)、2テサロニケ書では、再臨以前に生起する出来事が比較的体系的に叙述されている(2:3–12)。このような段階的・プログラム的終末論は、真正パウロ書簡に特徴的な終末理解とは一定の緊張関係を形成している。
第三に、終末における義人と不法な者の峻別、ならびに後者に対する報復的審判の強調(1:5以下)は、パウロ自身の神学というよりも、パウロ以後の教会的文脈において発展した思想と親和的であると指摘されている。
第四に、本書簡は第1テサロニケ書に比して、具体的な人物描写や状況設定に乏しく、抽象化された共同体像を前提としている点でも差異を示す。
もっとも、これらの論点はいずれも決定的証拠ではなく、個別には反論も提示されている。そのため、本書を非パウロ的著作であると断定することは慎重であるべきだが、少なくとも真正パウロ書簡から区別して扱う必要性は、現在の研究状況に照らして十分に認められる。
2.成立年代
著者をパウロとみなす立場では、2テサロニケ書の成立は第1テサロニケ書の執筆直後、すなわち50年代初頭から中葉に位置づけられるのが一般的である。
これに対し、擬似パウロ書簡と理解する立場では、成立年代について複数の可能性が提示されている。とりわけ2:4における「神殿」に関する言及は、エルサレム神殿崩壊以前の状況を反映していると解されることが多く、この場合、60年代中葉が想定される。一方で、使徒教父ポリュカルポスによる本書簡の使用を重視する研究では、2世紀初頭に成立したとする後代説も提唱されている。
3.構成
本書簡の構成は以下の通りである。
1:1–2 挨拶
1:3–12 再臨と報復的審判の神学
2:1–12 終末的混乱と「不法な者」への警告
2:13–17 救いに選ばれた共同体への勧告
3:1–5 使徒団のための執り成しの要請
3:6–15 無秩序な生活に対する規律
3:16–18 結語
【解説】シモニア(聖職売買)
シモニア(聖職売買)
英: Simony
ラテン: Simonia
要約
シモニア(聖職売買)とは、金銭その他の対価をもって、聖職者の位階、秘蹟の授与、教会統治権、あるいは聖職者任命や推薦といった神聖な事柄を意図的に取引する行為を指す。対象は必ずしも「聖職」に限定されず、広く霊的権威一般を含む概念である。
このような行為は、世俗権力や財力による教会支配を助長し、宗教的腐敗を招くものとして、古代教会以来、一貫して強く批判され、教会法的規制の対象とされてきた。
「シモニア」という名称は、聖霊の力を金銭で得ようとした魔術師シモン(シモン・マグス)に由来し、その逸話は『使徒言行録』8章18–24節に記されている。
本文
シモニアとは、金銭やその他の利益を対価として、聖職者の位階、秘蹟、教会の統治権、さらには聖職者人事における推薦や任命といった、神性に属する事柄を故意に売買する行為を指す概念である。この点で、単なる聖職叙任の問題にとどまらず、教会の霊的権威そのものを取引対象とする点に本質がある。
とりわけ、世俗権力が教会支配を掌握しようとする場合、金銭を媒介としてこれらの権限が交換されるならば、教会内部に世俗的利害が深く浸透することになる。また、本来は厳格な宗教的規律が求められる領域において金銭授受が常態化すれば、信仰と制度の腐敗は不可避である。このため、古代教会時代から繰り返し規制が試みられてきたが、献金と賄賂との線引きが困難であることもあり、実効的な取り締まりは容易ではなく、事実上はイタチごっこの様相を呈していた。
さらに中世においては、私有教会制のもとで国王や領主が教会を支配し、配下の聖職者を任命する制度が存在したため、裏取引としての対価の授受が行われても表面化しにくいという構造的問題を抱えていた。
語源
「シモニア(Simonia)」という名称は、『使徒言行録』8章18–24節に登場する魔術師シモン(シモン・マグス)に由来する。彼は、使徒たちが按手によって聖霊を授けるのを見て、その力を得るために金銭を差し出したとされ、この行為が霊的権能を金で買おうとする象徴的事例として、後世の教会における規範形成に決定的な影響を与えた。
歴史
キリスト教会に富と権力が集中するにつれて、古代後期から中世にかけてシモニアは顕在化するようになった。
306年のエルビラ教会会議では、洗礼執行に関する売買が禁止され、451年のカルケドン公会議では、霊的祝福の売買全般が禁じられた。
教皇グレゴリウス1世(在位590–604年)は、シモニアに関与した聖職者を破門する慣行を確立した。
787年の第2ニカイア公会議では、魔術師シモンの名を明示的に挙げつつ、神聖事の売買禁止が再確認された。
また、ヴォルムスのブルクハルトは、自身が集成した教会法においてシモニアを冒涜行為と位置づけた。これに関連して、シモニアによって任命された聖職者が執行するサクラメントの有効性を否定する見解も現れたが、ペトルス・ダミアニは、秘蹟の効力は執行者の道徳性に依存しないとする ex opere operato の原理を擁護し、これに反論した。
1059年には、枢機卿団による教皇選出制度(コンクラーヴェ)が定められ、教皇選挙をシモニアから防衛する制度的措置が講じられた。
さらに教皇グレゴリウス7世(在位1073–1085年)は、いわゆる「グレゴリウス改革」の一環として、俗人による聖職叙任を禁止し、シモニアおよび聖職売買と密接に結びついた叙任権問題に正面から取り組んだ。
16世紀においては、贖宥の発布とそれに伴う金銭授受が、実質的にシモニアに当たるとして、ウィクリフ、フス、ルターら宗教改革者によって厳しく批判され、宗教改革運動の重要な論点の一つとなった。
2026年2月4日水曜日
【解説】ガリラヤ
【解説】ガリラヤ
ガリラヤという地名は、「ゲリル=アル=ゴイム(Gelil ha-Goyim)」、すなわち「異邦人の地区/異邦人の輪」を意味する呼称に由来する(イザ8:23[MT 9:1])。この名称が示す通り、ガリラヤは古くからユダヤ人と異邦人が混在して居住する地域であり、民族的・宗教的に均質な空間ではなかった。
前2世紀のマカバイ時代、ハスモン朝による軍事的拡張とともに、ガリラヤは支配下に組み込まれ、住民に対するユダヤ教化政策が進められた。これにより、制度的にはユダヤ社会の一部として再編成され、以後この地域は単に「ガリラヤ」と呼ばれるようになる。しかしながら、この政治的・宗教的統合にもかかわらず、ガリラヤはエルサレムおよびユダヤ地方から見て、依然として周縁的な位置に置かれていた。
そのため、ユダヤ社会内部、とりわけエルサレムを中心とする宗教的・文化的エリート層からは、ガリラヤの人々はしばしば「田舎者」あるいは「辺境の人々」として軽蔑的に評価された。このような認識の背景には、宗教的中心地からの地理的距離に加え、生活様式や文化的慣習の相違があったと考えられる。
宗教的観点から見ると、ガリラヤの住民は、エルサレム基準の律法理解、特にパリサイ派的な厳格な律法遵守からは一定の距離を置いていると見なされていた。必ずしも律法に無関心であったわけではないが、その実践は中央の基準から見て緩慢である、という評価が広く共有されていたと推測される。
このような社会史的・宗教史的文脈から、新約聖書においてイエスの活動拠点がガリラヤに置かれていることは、宗教的・文化的中心から距離をもつこの周縁的地域を、神の国の宣教が開始される場として描くことによって、救済が中心から周縁へと一方的に流れるのではなく、むしろ周縁から中心を問い返す運動として展開されることを示唆している。
説教や聖書研究をする人のための聖書注解 マルコ5:1-20「悪霊に取り憑かれたゲラサの人をいやす」
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