2026年2月6日金曜日

【解説】テサロニケの信徒への手紙二 緒論

【解説】テサロニケの信徒への手紙二 緒論


 本書簡(以下、2テサロニケ書)の中心的関心は、キリストの再臨(主の日)をめぐる誤解の是正と、それに付随する信徒の生活規範の再確認にある。2:2において示されているように、本書簡は、「霊」や「言葉」、あるいは使徒たちに由来すると称される書簡を根拠として、主の日がすでに到来したと主張する言説に対し、共同体が動揺し混乱することを戒めている。この再臨理解の混乱は、単なる神学的誤認にとどまらず、労働の放棄や無秩序な生活態度と結びついていたと見られ、本書簡はそうした実践的問題に対しても厳しい規律を提示している(3:6)。

1.執筆者・真筆性の問題

 2テサロニケ書の著者について、書簡冒頭の挨拶(1:1)に基づき、伝統的には使徒パウロの名が帰されてきた。しかし現代の新約学においては、パウロ自身による著作であるとする見解は必ずしも支配的ではなく、本書を擬似パウロ書簡(Deutero-Pauline Epistle)と位置づける立場が有力である。
 その主な理由として、第一に、本書簡の主題・語彙・構成が第1テサロニケ書と顕著に重複している点が挙げられる。この重複は、同一著者による連続的執筆を示すというよりも、むしろ後続文書が先行書簡を参照・模倣している可能性を示唆する。
 第二に、終末理解の相違である。第1テサロニケ書が終末の切迫性を強調し、「時と機会」についての言及を回避しているのに対し(1テサロニケ5:1–2)、2テサロニケ書では、再臨以前に生起する出来事が比較的体系的に叙述されている(2:3–12)。このような段階的・プログラム的終末論は、真正パウロ書簡に特徴的な終末理解とは一定の緊張関係を形成している。
 第三に、終末における義人と不法な者の峻別、ならびに後者に対する報復的審判の強調(1:5以下)は、パウロ自身の神学というよりも、パウロ以後の教会的文脈において発展した思想と親和的であると指摘されている。
 第四に、本書簡は第1テサロニケ書に比して、具体的な人物描写や状況設定に乏しく、抽象化された共同体像を前提としている点でも差異を示す。
 もっとも、これらの論点はいずれも決定的証拠ではなく、個別には反論も提示されている。そのため、本書を非パウロ的著作であると断定することは慎重であるべきだが、少なくとも真正パウロ書簡から区別して扱う必要性は、現在の研究状況に照らして十分に認められる。

2.成立年代

 著者をパウロとみなす立場では、2テサロニケ書の成立は第1テサロニケ書の執筆直後、すなわち50年代初頭から中葉に位置づけられるのが一般的である。
 これに対し、擬似パウロ書簡と理解する立場では、成立年代について複数の可能性が提示されている。とりわけ2:4における「神殿」に関する言及は、エルサレム神殿崩壊以前の状況を反映していると解されることが多く、この場合、60年代中葉が想定される。一方で、使徒教父ポリュカルポスによる本書簡の使用を重視する研究では、2世紀初頭に成立したとする後代説も提唱されている。

3.構成

 本書簡の構成は以下の通りである。
1:1–2  挨拶
1:3–12  再臨と報復的審判の神学
2:1–12  終末的混乱と「不法な者」への警告
2:13–17 救いに選ばれた共同体への勧告
3:1–5  使徒団のための執り成しの要請
3:6–15  無秩序な生活に対する規律
3:16–18 結語

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