1. はじめに
- 東北学院大学:仙台に本部を置く、東北最大規模の私立総合大学
- 出発点は 1886年(明治19年)、学生 6名 の小さな私塾「仙台神学校」
- 東北学院の 三校祖(さんこうそ)
- 押川方義(おしかわ まさよし)― 日本人伝道者、初代院長
- W・E・ホーイ ― 米国の宣教師、共に創立
- D・B・シュネーダー ― 米国の宣教師、第二代院長
2. 押川方義と東北伝道
- 伊予・松山藩の出身
- 1872年 横浜で宣教師J・H・バラから受洗
- 日本最初のプロテスタント教会「日本基督公会」(現・横浜海岸教会)の創立に参加
- 本多庸一(ほんだ よういつ)、井深梶之助らと「横浜バンド」を形成
- 1875年 新潟で宣教師の医療伝道を助ける
- 1880年 吉田亀太郎(よしだ かめたろう)とともに仙台で伝道を開始
- 1881年 仙台日本基督教会(現・仙台東一番丁教会)が誕生
- 山形・米沢など東北各地に教会の基礎を築く
- 押川の願い:日本人自身が伝道を担えるよう、日本人の牧師を育てる学校をつくること
3. 横浜でのホーイとの出会い
- 1885年12月 押川、来日したばかりの宣教師W・E・ホーイと横浜で出会う
- ホーイ
- 1858年、ペンシルベニア州生まれ
- フランクリン・アンド・マーシャル大学、ランカスター神学校で学ぶ
- 派遣元:米国ドイツ改革派教会(のちに合同キリスト教会〈UCC〉を構成する流れの一つ)
- 宗教改革(ルター・カルヴァン)の伝統 → 東北学院の建学の精神「福音主義キリスト教」へ
- 北日本伝道の熱意で「肝胆相照らす(かんたん あいてらす)」間柄に
- ホーイは仙台赴任と協力を約束
4. 仙台神学校の開校(1886年)
- 1886年春 仙台神学校を開設 = 東北学院の創立
- 院長:押川方義/副院長:ホーイ
- 学生6名、借家の小さな私塾から出発
- 目的:牧師・伝道者の養成
- 創立記念日:5月15日
- 1886年秋 宮城女学校(現・宮城学院)も設立 → 同じ年に生まれた「兄弟校」
5. シュネーダーの来日と「東北学院」への改称
- 1887年暮れ D・B・シュネーダー夫妻が来日(同じ米国ドイツ改革派教会から)
- 1888年 仙台神学校で教え始める → 三校祖がそろう
- 1891年 校名を 「東北学院」(North Japan College)に改称
- 伝道者志望の学生だけでなく、広く一般の青年に門戸を開く
- 普通科を設置、英語教育を軸に東北一円から若者が集まる
- 南町通り(みなみまちどおり)に「赤レンガ校舎」が完成
- 1896年 島崎藤村が作文教師として赴任
- 三校祖のその後
- 1900年 ホーイ、中国伝道へ(湖南地方で25年活動)
- 1901年 押川、ミッションとの対立から学院を去り、のちに政界・実業界へ
- 1901〜1936年 シュネーダー、第二代院長として35年間学院を率いる(「東北学院中興の祖」)
- 三校祖の役割(たとえ)
- 押川:火をつけた人
- ホーイ:ともに火をおこした人
- シュネーダー:火を長く守り育てた人
6. 苦難の時代と新制大学
- 大正〜昭和初期:卒業生1000名超、教育・伝道・官界(かんかい)・実業界で活躍
- 杉山元治郎(すぎやま もとじろう):日本農民組合の創設に関与
- 鈴木義男(すずき よしお):日本社会党の結成に関与
- 1930年代 世界恐慌で母教会も財政難、援助が4割減 → 学院は自立へ
- 1936年 創立50周年、80歳のシュネーダーの説教「我は福音を恥とせず」(ローマ1:16)をNHKが全国放送
- 1937年 神学部が東京の日本神学校と合同し、その歴史を閉じる
- 太平洋戦争期 学生・教職員の動員、校舎・礼拝堂の軍による接収
- 1945年7月10日 仙台空襲で専門部・中学部の建物が焼失・損壊
- 1949年 新制大学「東北学院大学」誕生
- 文経学部(英文学科・経済学科)で出発
- 初代学長:小田忠夫(おだ ただお)
- 1962年 多賀城(たがじょう)に工学部を設置
- 1965年 法学部を設置
7. 建学の精神と LIFE LIGHT LOVE
- 建学の精神
- 福音主義キリスト教の信仰に基づく「個人の尊厳の重視」と「人格の完成」
- 神への畏れ、キリストにならう隣人愛
- 文化の発展と社会の福祉に貢献する人材の育成
- スクールモットー「LIFE LIGHT LOVE」
- 1919年の仙台大火で中学部校舎が全焼
- 1922年に再建された校舎の正面入口の上に、シュネーダーが選んだ三つの言葉を刻む
- シュネーダーの説教題「生命、光明、愛(せいめい、こうみょう、あい)」
8. 年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1872 | 押川方義、横浜でバラから受洗 |
| 1880 | 押川、仙台で伝道開始 |
| 1885 | 押川とホーイ、横浜で出会う |
| 1886 | 仙台神学校開校(東北学院の創立)、宮城女学校設立 |
| 1887 | シュネーダー夫妻来日 |
| 1891 | 「東北学院」と改称、赤レンガ校舎完成 |
| 1896 | 島崎藤村、作文教師として赴任 |
| 1900 | ホーイ、中国伝道へ |
| 1901 | 押川辞任、シュネーダー第二代院長に |
| 1919 | 仙台大火で中学部校舎焼失 |
| 1922 | 中学部校舎再建(LIFE LIGHT LOVE を刻む) |
| 1936 | 創立50周年、説教「我は福音を恥とせず」 |
| 1937 | 神学部、日本神学校と合同 |
| 1945 | 仙台空襲で校舎焼失・損壊 |
| 1949 | 東北学院大学(新制大学)誕生 |
| 1962 | 工学部設置(多賀城) |
| 1965 | 法学部設置 |
参考資料
- 東北学院大学図書館「押川方義」「D.B.シュネーダー」
- 学校法人東北学院「東北学院の100年」(仙台大火 中学部の焼失と再建/第Ⅳ章 我は福音を恥とせず)
- 東北学院大学 法学部シラバス総説(学院の歴史・建学の精神)
- 東北学院大学の基本方針2017
- 日本基督教団 教団新報(東北学院とホーイ)
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