2026年2月7日土曜日

【解説】ユグノー(Huguenot)

ユグノー(Huguenot)


1.定義

 ユグノーとは、16~17世紀フランスにおけるカルヴァン派プロテスタントの総称である。彼らは単なる宗教的少数派ではなく、信仰告白・教会制度・政治的自己防衛構造を備えた改革派教会共同体を形成した点に特徴がある。

2.名称の由来

「ユグノー(Huguenot)」という名称は、ドイツ語 Eidgenosse(「誓約仲間」「盟約者」の意)がジュネーヴ訛りで eyguenot と発音されたことに由来するという説が有力である。
 この呼称は当初、カトリック側(特にギーズ家を中心とする勢力)による蔑称として用いられたが、次第に改革派自身もこれを受容し、呼称として定着した。

3.宗教改革とフランス改革派教会の形成

 16世紀半ば以降、カルヴァンの神学はフランスに急速に浸透し、都市部・貴族層を中心に改革派信徒が増加した。しかしフランス王権およびカトリック教会はこれを異端として抑圧し、迫害が恒常化した。
 こうした状況の中でユグノーは組織化を進め、1559年、パリにおいて最初の全国改革派教会会議を開催した。この会議では、
  • 改革派教会の制度的枠組みの確立
  • 信仰告白としての「フランス信条(Confessio Gallicana)」の採択
が行われ、フランス改革派教会が神学的・教会論的に自己規定を行った画期と位置づけられる。

4.ユグノー戦争と宗教暴力

 1562年、バシーにおけるユグノー虐殺事件を契機として、ユグノー戦争(宗教戦争)が勃発した。以後、約30年以上にわたり、フランスは断続的な内戦状態に置かれた。
 特に1572年のサン=バルテルミの虐殺は、国家権力と宗教暴力が結託した象徴的事件であり、プロテスタントにとって「殉教」と「神の摂理」という神学的問いを深く刻み込む出来事となった。

5.ナントの勅令と限定的寛容

 1598年、アンリ4世によって公布されたナントの勅令は、ユグノー戦争を終結させ、
  • ユグノーの信仰の自由(地域限定)
  • 礼拝の公的承認
  • 一定の政治的・軍事的権利
を保障した。
 これは近代国家における政治的妥協としての宗教寛容の典型例と評価される。

6.勅令撤回と弾圧の再燃

 1685年、ルイ14世はフォンテーヌブロー勅令をもってナントの勅令を廃止した。これによりユグノーは再び厳しい弾圧を受け、多数が国外へ亡命した。
 南フランスでは抵抗運動としてカミザール戦争が勃発し、宗教的抵抗と政治的反乱が結びついた形で展開された。
 この不寛容の体制は、フランス革命に至るまで制度的に解消されなかった。

7.神学史的意義

神学史的に見てユグノーは、
  • カルヴァン主義の教会制度化
  • 信仰告白を核とする教会アイデンティティの形成
  • 国家権力と教会の緊張関係の先鋭化
  • 迫害下における殉教神学と抵抗の神学
を体現した存在であり、近代プロテスタント史における重要な一事例である。

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【解説】ユグノー(Huguenot)

ユグノー(Huguenot) 1.定義  ユグノーとは、16~17世紀フランスにおけるカルヴァン派プロテスタントの総称である。彼らは単なる宗教的少数派ではなく、信仰告白・教会制度・政治的自己防衛構造を備えた改革派教会共同体を形成した点に特徴がある。 2.名称の由来 「...