0. 本日の要点
- 二つの創造物語と安息日(創世記1:1〜2:4前半)
- 神のかたちに造られた人間(創世記1:26〜31)
- 土から造られた人間(創世記2:4後半〜17)
- 人間は独りではない(創世記2:18〜25)
- まとめ:四つの関係から見た人間理解
1. 二つの創造物語
| 項目 | 第一の創造物語 | 第二の創造物語 |
|---|---|---|
| 範囲 | 創世記1:1〜2:4前半 | 創世記2:4後半〜25 |
| 神の呼び名 | 「神」(エロヒーム) | 「主なる神」(ヤハウェ・エロヒーム) |
| 創造の描き方 | 神の言葉によって、秩序立てて六日間で創造 | 土・水・園など具体的な素材と場面の中で創造 |
| 人間の位置 | 創造の最後に「男と女」として創造 | まず土から人が造られ、最後に女が造られる |
| 伝承的背景(通説) | 祭司資料(P) | ヤハウェ資料(J) |
- 同じ出来事の繰り返しではなく、異なる伝承に由来する物語が並べられている
- 異なる角度から、人間と世界の関係を描いている
2. 造られたものは「極めて良い」(1:31)
神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。(創世記1:31)
- 人間だけでなく、動物・植物・大地・海も神の創造の一部として肯定される
- 2章では、人間は土から造られ、園を耕し守る存在として描かれる
- → 人間は自然に支えられて生き、同時に自然に対して責任を負う存在
3. 安息日の由来(2:1〜3)
- 神は第七の日に業を完成し、休まれた。その日を祝福し、聖別した
- ※ 七十人訳などの古代訳は「第六の日に完成」と読み替えている
- ユダヤ教の安息日:金曜日の日没〜土曜日の日没
- キリスト教:イエスの復活を記念する日曜日の礼拝が定着
- → 人間の価値を、生産性や労働能力だけで測らないという倫理的視点
4. 「神のかたち」とは何か(1:26〜27)
神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。(創世記1:27)
- 「かたち」=ヘブライ語 ツェレム(צֶלֶם)。本来は「像」「彫像」を指す語
- 創世記5:3では、アダムが「自分に似た、自分にかたどって」セトをもうける
- ただし聖書は神の身体的な姿を明確に定義していない
- → 「神のかたち」を、身体の形の類似だけに限定することはできない
三つの解釈
| 解釈 | 内容 | 代表的な論者 |
|---|---|---|
| 実体的解釈 | 理性・判断力・言葉を使う能力に注目 | アウグスティヌス、トマス・アクィナス |
| 関係的解釈 | 神と応答し、他者と関係を結ぶことに注目 | K.バルト |
| 機能的(王的)解釈 | 神の代理として、地上で神の統治を映し出す役割に注目 | G.フォン・ラート、J.R.ミドルトン |
- 三つは互いに排他的ではない
- 1:26〜28では「神のかたち」と「生き物を治めること」が並んで語られる
- → 神のかたちは、人間の特別な地位と、それに伴う責任を示す
5. 「男と女に創造された」(1:27)
- 男と女の双方が神のかたちに造られている
- 神のかたちを担う地位は、男性だけのものではない
- 人間は、他者との関係の中に生きる存在として描かれている
- ※ この記述を、現代の性別・ジェンダーをめぐる多様な問題に一律に当てはめることには慎重さが必要
- 本文が語ることと、そこから現代の倫理的課題を考えることとを区別する
6. 「支配せよ」をどう読むか(1:28)
産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。(創世記1:28)
- 人間が自然を利用する権利を与えられた、と読まれてきた歴史がある
- リン・ホワイト「現在の生態学的危機の歴史的根源」(1967年)
- キリスト教的自然観が環境危機の一因になったと批判
- 現代のキリスト教環境倫理:自然の**管理責任(スチュワードシップ)**として読む解釈が有力
日本の自然観との比較
- 「キリスト教=自然を支配、日本文化=自然と共生」という二分法は単純すぎる
- キリスト教思想の内部にも自然との調和を重視する考え方がある
- 日本の自然観も一様ではない
- 創世記に即した整理
- 1章:生き物を治める特別な役割
- 2章:土から造られ、園を耕し、守る責任
- 現代:人間の力を無制限な支配権とみなさず、責任として問い直す
7. 食物として与えられたもの(1:29/9:3)
- 創造当初の食物は、種のある草と、種のある実をつける木
- 洪水の後(9:3)、動物を食物とすることも認められる
- → 聖書全体が菜食主義を絶対の規範としているとは言えない
- それでも、生命の維持を神からの恵みとして描く点は、食物倫理・環境倫理にとって重要
8. 土の塵から造られた人(2:4後半〜7)
主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。(創世記2:7)
- 第二の物語は「主なる神が地と天を造られたとき」(2:4後半)から始まる
- 言葉の響き合い:アダム(אָדָם、人)とアダマ(אֲדָמָה、土)
- 命の息:ニシュマト・ハッイーム(נִשְׁמַת חַיִּים)
- ポイント
- 人間の体は土に由来し、自然の外側にいる存在ではない
- 命は、人間が自力で獲得したものではなく、神から与えられたもの
- → 人間の有限性、生命をどう尊重するかという生命倫理の問いへ
9. エデンの園と二本の木(2:8〜9)
| 木 | 意味 | ポイント |
|---|---|---|
| 命の木 | 生命と不死 | 3:22〜24で人は園から追放される。人は自力で永遠の命を確保できる存在ではない |
| 善悪の知識の木 | 唯一禁じられた木 | 知識そのものが悪いのではない。神に属する判断を自分のものにする問題 |
善悪の知識の木をめぐる主な解釈
- 善悪を判断する知識そのものを象徴する
- 神だけに属する判断の領域を、人間が自分のものにしようとすることを象徴する
- 神の命令を受け入れるか、自分の判断を優先するかという問題を示す
- ※「悪を知らない時が最も無垢だった」という説明は、本文に直接書かれたことではなく解釈の一つ
10. エデンから流れ出る四つの川(2:10〜14)
| 川の名前 | 聖書本文の説明 | 同定 |
|---|---|---|
| ピション | ハビラ地方全域を巡る | 不明。ヨセフスはガンジス川とした |
| ギホン | クシュ地方全域を巡る | 不明。ヨセフスはクシュをエチオピアと解し、ナイル川とした。エルサレムの泉の名でもある |
| チグリス | アシュルの東の方を流れる | メソポタミアの実在の大河 |
| ユーフラテス | (説明なし) | メソポタミアの実在の大河 |
- エデンを豊かな水源とし、そこから世界へ水が流れていくイメージ
- 関連作品:ベルニーニ「四大河の噴水」(1651年、ローマ、ナヴォーナ広場)
- ナイル・ガンジス・ドナウ・ラプラタを表す。創世記の四つの川そのものではない
11. 園を「耕し、守る」(2:15)
主なる神は人を連れて来て、エデンの園に住まわせ、人がそこを耕し、守るようにされた。(創世記2:15)
- 「耕す」アバド(עָבַד):「仕える」とも訳される
- 「守る」シャマル(שָׁמַר):「見守る」「保つ」とも訳される
- → 人間は恵みを受け取るだけでなく、環境を保つ責任も担う
- 1章の「支配せよ」は、2章の「耕し、守る」と合わせて読む
12. 自由と限界(2:16〜17)
- 園のすべての木から食べてよい
- ただし、善悪の知識の木からは食べてはならない
- → 「自由」と「限界」という主題。3章「人間の罪」への伏線
考えてみよう
- 技術的に可能であることは、倫理的にも許されることなのか
- 自然を利用できることは、自然を無制限に利用してよいことを意味するのか
- 人間の自由には、どのような責任や限界が伴うのか
13. 「人が独りでいるのは良くない」(2:18〜20)
主なる神は言われた。「人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう。」(創世記2:18)
- 1章の「良し」に対し、聖書で初めて「良くない」と言われるのが人間の孤独
- 動物たちの中に「合う助け手」は見つからない
- 「彼に合う助ける者」=エーゼル・ケネグドー(עֵזֶר כְּנֶגְדּוֹ)
- 「向かい合う、ふさわしい助け手」の意
- エーゼルは神の助けにも用いられる語(出エジプト記18:4、詩編121:1〜2など)
- → それ自体が従属を意味するわけではない
- ※ 本文は男の側から見た助け手を語る。「互いに助け合う関係」は現代的・倫理的に展開した解釈
14. 女の創造(2:21〜23)
- 神が人を深い眠りに落とし、あばら骨の一部から女を造る
- 人が自力で伴侶を造り出したのではなく、神の働きによって相手が与えられた
- ※ 神学的解釈であり、すべての人に結婚相手が与えられるという意味ではない
- 「あばら骨」ツェラ(צֵלָע)は「側面」も意味する語
- 物語の細部を解剖学的説明として読む必要はない
- 歴史的に女性の従属の正当化に用いられたが、本文は男が女より優れているとは述べていない
ついに、これこそ/わたしの骨の骨/わたしの肉の肉。これをこそ、女(イシャー)と呼ぼう/まさに、男(イシュ)から取られたものだから。(創世記2:23)
- 相手が自分と深く結びついた存在であることへの喜び
- イシュ(男)とイシャー(女):音の似た語を結びつける言葉遊び
- 語源的には別の語根とされる
- → 男女の社会的な上下関係の根拠にはならない
15. 「二人は一体となる」(2:24)
こういうわけで、男は父母を離れて女と結ばれ、二人は一体となる。(創世記2:24)
- 結婚によって新しい関係が形成され、一つの生活単位をつくることを説明する言葉
- 親との関係を断ち切れという命令ではない
- イエスも引用(マタイ19:4〜6、マルコ10:6〜9。エフェソ5:31も参照)
- ※ 結婚をすべての人の義務としたり、独身の生き方を否定したりする根拠にはならない
16. 裸でも恥ずかしがらなかった(2:25)
人と妻は二人とも裸であったが、恥ずかしがりはしなかった。(創世記2:25)
- 互いに恐れたり隠れたりする必要のない、率直で無防備な関係
- 3章で、二人が裸を意識して身を隠す場面と対照をなす
- 言葉遊び:「裸の」アルーミーム(2:25)と、蛇を形容する「賢い」アルーム(3:1)
- → 言葉の響きでも次の場面へ橋渡しされている
17. まとめ:創世記1〜2章の人間理解
| 観点 | 創世記の記述 | 問い |
|---|---|---|
| 神との関係 | 神のかたちに造られる | 人間の尊厳は何に由来するのか |
| 自然との関係 | 治め、耕し、守る | 人間は自然に対してどのような責任を負うのか |
| 生命との関係 | 土から造られ、命の息を受ける | 生命を自分の所有物と考えてよいのか |
| 他者との関係 | 向き合う他者を必要とする | 他者との関係において何が求められるのか |
- 人間に特別な地位を与えると同時に、人間の有限性と責任を示している
- 次回(創世記3章)への視点
- 神が造った世界そのものが悪かったのではない
- 問われるのは、人間が与えられた自由と限界にどう向き合うか
主な聖書箇所
| 事項 | 聖書箇所 |
|---|---|
| 第一の創造物語 | 創世記1:1〜2:4前半 |
| 「極めて良かった」 | 創世記1:31 |
| 安息日の由来 | 創世記2:1〜3 |
| 神のかたち・男と女 | 創世記1:26〜27 |
| 地を従わせ、支配せよ | 創世記1:28 |
| 食物の提供 | 創世記1:29、9:3 |
| アダムに似たセト | 創世記5:3 |
| 土の塵から造られた人 | 創世記2:7 |
| エデンの園と二本の木 | 創世記2:8〜9、3:22〜24 |
| 四つの川 | 創世記2:10〜14 |
| 耕し、守る | 創世記2:15 |
| 禁止の命令 | 創世記2:16〜17 |
| 彼に合う助ける者 | 創世記2:18〜20 |
| 神の助け(エーゼル) | 出エジプト記18:4、詩編121:1〜2 |
| 女の創造 | 創世記2:21〜23 |
| 二人は一体となる | 創世記2:24、マタイ19:4〜6、マルコ10:6〜9、エフェソ5:31 |
| 裸と蛇の賢さ | 創世記2:25、3:1 |
主な参照
- 『聖書 新共同訳』日本聖書協会
- Lynn White Jr., "The Historical Roots of Our Ecologic Crisis," Science 155 (1967)
- フラウィウス・ヨセフス『ユダヤ古代誌』第1巻
- Gerhard von Rad, Das erste Buch Mose: Genesis(ATD)
- J. Richard Middleton, The Liberating Image: The Imago Dei in Genesis 1
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