2026年6月13日土曜日

説教や聖書研究をする信徒のための聖書注解 マタイ26:36–46

 

説教や聖書研究をする信徒のための聖書注解

マタイ26:36–46



概要

 マタイ26:36–46は、受難物語の中でイエスの内的葛藤と神の御心への従順が最も濃密に描かれる場面であり、マタイ神学の核心が集約されている。物語は三度の祈りと三度の弟子の眠りという反復構造を持ち、イエスの主体的従順と弟子たちの無力さを対照的に示す。イエスの祈りは、旧約の「杯」伝統(神の怒り・裁き)を背景にしつつ、主の祈り(6:10)の実践として位置づけられ、マタイにおける「御心の成就」という救済史的テーマを体現する。一方、弟子たちの眠りは、終末論的警告(24–25章)と連動し、信仰共同体の弱さと試練への脆弱性を象徴する。最後にイエスは「時の到来」を宣言し、神の計画の不可逆的進行を受け入れて自ら逮捕へ向かう。この段落は、マタイが描くメシア像—苦悩しつつも神の意志に従う義の実践者—を最も鮮明に示すテキストである。


注解

マタイ26:36

  • 原文:Τότε ἔρχεται μετ’ αὐτῶν ὁ Ἰησοῦς εἰς χωρίον λεγόμενον Γεθσημανεί, καὶ λέγει τοῖς μαθηταῖς· Καθίσατε αὐτοῦ, ἕως οὗ ἀπελθὼν ἐκεῖ προσεύξωμαι.
  • 私訳:その時、イエスは彼らと共にゲツセマネと呼ばれる場所に来られた。そして弟子たちに言われた。「わたしが向こうへ行って祈る間、ここに座っていなさい。」
  • 新共同訳:それから、イエスは弟子たちと一緒にゲツセマネという所に来て、「わたしが向こうへ行って祈っている間、ここに座っていなさい」と言われた。

文法解析

  • Καθίσατε:καθίζω「座る」アオリスト能動命令法2人称複数
  • ἀπελθών:ἀπέρχομαι「去る、行く」アオリスト能動分詞・男性単数主格
  • προσεύξωμαι:προσεύχομαι「祈る」アオリスト中動接続法1人称単数

注解

  • ゲツセマネ:ヘブライ語・アラム語起源の語。「油しぼり」という意。おそらくは搾油施設を含むオリーブの園であった。
  • 来る・言う(ἔρχεται、λέγει):歴史的現在形が使用されている。読者がリアルタイムを感じるような文学的技法か。

マタイ26:37

  • 原文:Καὶ παραλαβὼν τὸν Πέτρον καὶ τοὺς δύο υἱοὺς Ζεβεδαίου ἤρξατο λυπεῖσθαι καὶ ἀδημονεῖν.
  • 私訳:そしてペトロとゼベダイの二人の息子を連れて行くと、悲しみ始め、また苦悶し始めた。
  • 新共同訳:ペトロおよびゼベダイの子二人を伴われたが、そのとき、悲しみもだえ始められた。

文法解析

  • παραλαβών:παραλαμβάνω「連れて行く」アオリスト能動分詞・男性単数主格
  • λυπεῖσθαι:λυπέω「悲しむ」現在中受動不定詞
  • ἀδημονεῖν:ἀδημονέω「苦悩する、強い不安を抱く」現在能動不定詞

注解
  • 三人の弟子(ペトロ、ヤコブ、ヨハネ)は、変容の山(17章)でも同行した、選りすぐりの弟子たち。
  • 「悲しむ」(λυπεῖσθαι)と「苦悶する」(ἀδημονεῖν)が並置され、イエスの深い精神的苦悩が畳み掛けるように表現されている。
  • 受難を前にしたイエスの描かれ方は、神の子としての超然ではなく、人間としての恐れと苦しみである。同時代のギリシャ系哲学のストア派が理想とする神像とは実に対照的。

マタイ26:38

  • 原文:Τότε λέγει αὐτοῖς· Περίλυπός ἐστιν ἡ ψυχή μου ἕως θανάτου· μείνατε ὧδε καὶ γρηγορεῖτε μετ’ ἐμοῦ.
  • 私訳:その時、彼らに言われた。「私の魂は死ぬまでに悲しみに満たされている。ここに留まり、わたしと共に目を覚ましていなさい。」
  • 新共同訳:そして、彼らに言われた。「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、わたしと共に目を覚ましていなさい。

文法解析

  • Περίλυπος:περίλυπος「非常に悲しい」形容詞・女性単数主格
  • μείνατε:μένω「留まる」アオリスト能動命令法2人称複数
  • γρηγορεῖτε:γρηγορέω「目を覚ましている」現在能動命令法2人称複数

注解

  • 死ぬほど悲しい:は詩篇42:6、ヨナ4:9など旧約聖書の嘆きの伝統を想起させる。
  • 「私の魂(ψυχή)」:人間存在全体を意味するヘブライ的表現。
  • 弟子たちに求められているのは、輝かしい功績ではなく、イエスと一緒にいて、共に目を覚ましていること」である。

マタイ26:39


  • 原文:Καὶ προελθὼν μικρὸν ἔπεσεν ἐπὶ πρόσωπον αὐτοῦ προσευχόμενος καὶ λέγων· Πάτερ μου, εἰ δυνατόν ἐστιν, παρελθέτω ἀπ’ ἐμοῦ τὸ ποτήριον τοῦτο· πλὴν οὐχ ὡς ἐγὼ θέλω ἀλλ’ ὡς σύ.
  • 私訳:そして少し進んで行き、ひれ伏して祈りながら言われた。「わが父よ、もし可能なら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしが望むようにではなく、あなたが望まれるように。」
  • 新共同訳:少し進んで行って、うつ伏せになり、祈って言われた。「父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願いどおりではなく、御心のままに。

文法解析

  • προελθών:προέρχομαι「前に進む」アオリスト能動分詞
  • ἔπεσεν:πίπτω「倒れる、ひれ伏す」アオリスト能動直説法3人称単数
  • πρόσωπον:πρόσωπον「顔」名詞・中性単数対格
  • προσευχόμενος:προσεύχομαι「祈る」現在中動分詞
  • παρελθέτω:παρέρχομαι「過ぎ去る」アオリスト能動命令法3人称単数
  • ποτήριον:ποτήριον「杯」名詞・中性単数主格
  • θέλω:θέλω「望む」現在能動直説法1人称単数

注解

  • 「杯」は、旧約における神の怒りや裁きの象徴(イザヤ51:17、エレミヤ25:15を参照)。
  • イエスは十字架を前にして苦悩し、盃の取り去りを希望するが、最終的には父の御心への完全な服従を表明する。
  • 人間としての自分の意思と、神への従順との葛藤。そして神の方の選択肢に従うという主題が暗示されている。

マタイ26:40

  • 原文:Καὶ ἔρχεται πρὸς τοὺς μαθητὰς καὶ εὑρίσκει αὐτοὺς καθεύδοντας, καὶ λέγει τῷ Πέτρῳ· Οὕτως οὐκ ἰσχύσατε μίαν ὥραν γρηγορῆσαι μετ’ ἐμοῦ;
  • 私訳:そして弟子たちのところに来て、彼らが眠っているのを見つけられた。そしてペトロに言われた。「このように、あなたがたはわたしと共に一時間も目を覚ましていることができなかったのか。」

文法解析
  • εὑρίσκει:εὑρίσκω「見つける」現在能動直説法3人称単数
  • καθεύδοντας:καθεύδω「眠る」現在能動分詞・男性複数対格
  • ἰσχύσατε:ἰσχύω「力がある、できる」アオリスト能動直説法2人称複数
  • γρηγορῆσαι:γρηγορέω「目を覚ましている、警戒する」アオリスト能動不定詞
  • ὥραν:ὥρα「時間、時」名詞・女性単数対格

注解

  • ペトロへの直接的な問いかけとなっている。「たとえ皆がつまずいても、わたしは決してつまずきません」(26:33)、および後続の逃亡と呼応関係にある。実際には、最も基本的な命令である「目を覚ましていること」すら果たせなかった。彼の有り様は、自己過信と人間的の弱さを象徴する。
  • 目を覚ましている(γρηγορέω):マタイでは終末論的講話(24–25章)において繰り返し用いられている重要語(24:42などを参照)。
  • 1時間(μίαν ὥραν): 時間的長さとしては文字通り1時間。「短い間」を意味する慣用表現でもある。イエスが最も苦しんでいる間、弟子たちは短い間さえももたなかったということで、両者の対比が皮肉的かつ鮮明。

マタイ26:41

  • 原文:γρηγορεῖτε καὶ προσεύχεσθε, ἵνα μὴ εἰσέλθητε εἰς πειρασμόν· τὸ μὲν πνεῦμα πρόθυμον, ἡ δὲ σὰρξ ἀσθενής.
  • 私訳:目を覚ましていなさい。そして祈り続けなさい。あなたがたが試練の中に入らないためである。確かに霊は熱心であるが、肉は弱い。
  • 新共同訳:誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい。心は燃えても、肉体は弱い。

文法解析

  • γρηγορεῖτε:γρηγορέω「目を覚ましている」現在能動命令法2人称複数
  • προσεύχεσθε:προσεύχομαι「祈る」現在中動命令法2人称複数
  • εἰσέλθητε:εἰσέρχομαι「入る」アオリスト能動接続法2人称複数
  • πρόθυμον:πρόθυμος「熱心な、意欲的な」形容詞・中性単数主格
  • ἀσθενής:ἀσθενής「弱い、無力な」形容詞・女性単数主格

注解

  • 目を覚まして祈れ:γρηγορεῖτε と προσεύχεσθε の双方は現在命令形。よって、一度だけ目を覚ますというのではなく、目を覚まし続けよ・祈り続けよ、という意味。弟子たちに必要なのは意志の強さ以上に、継続的な祈り。
  • 試練(πειρασμός): 誘惑、試み、信仰的試練などを意味。しかしこの直後、弟子たちは逃亡する。
  • 霊は熱心だが、肉は弱い:ここでのπνεῦμα(霊)は聖霊ではなく、人間に内在する神との交流部分。神に忠実であろうとする心。
  • 肉(σὰρξ):人間の脆弱性、限界性を暗示する。

マタイ26:42

  • 原文:πάλιν ἐκ δευτέρου ἀπελθὼν προσηύξατο λέγων· Πάτερ μου, εἰ οὐ δύναται τοῦτο παρελθεῖν ἐὰν μὴ αὐτὸ πίω, γενηθήτω τὸ θέλημά σου.
  • 私訳:再び二度目に離れて行き、祈って言われた。「わが父よ、もしこれが、わたしがそれを飲まないかぎり過ぎ去ることができないのであれば、あなたの意志がが成るように。」
  • 新共同訳:更に、二度目に向こうへ行って祈られた。「父よ、わたしが飲まないかぎりこの杯が過ぎ去らないのでしたら、あなたの御心が行われますように。

文法解析


動詞
  • λέγων:λέγω「言う」現在能動分詞・男性単数主格
  • παρελθεῖν:παρέρχομαι「過ぎ去る」アオリスト能動不定詞
  • πίω:πίνω「飲む」アオリスト能動接続法1人称単数
  • γενηθήτω:γίνομαι「起こる、実現する、成る」アオリスト受動命令法3人称単数
  • θέλημά:θέλημα「意志、御心」名詞・中性単数主格

注解

  • 39節では、「もし可能なら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください」しかし第二の祈りでは、「もし過ぎ去ることができないなら」へと表現が変化している。苦難が避けられないことがより前提とされている。
  • 飲む:「杯」を受けることを意味する。旧約聖書では神の怒りや裁きを「杯」として飲むという表現がしばしば現れる(詩篇75:8、イザヤ51:17、エレミヤ25:15などを参照)。
  • 「御心が行われますように」「ご意志が成るように」:主の祈り(6:10)と同じ表現が使われている。イエスは自ら教えた主の祈りを、自身の苦闘の中で実践している。
  • この祈りは、苦しみを率直に神へ訴えながら、最終的に神の御旨を受け入れるという祈りである。ここには、マタイの描く理想的な信仰者の姿が示されている。

マタイ26:43

  • 原文:καὶ ἐλθὼν πάλιν εὗρεν αὐτοὺς καθεύδοντας· ἦσαν γὰρ αὐτῶν οἱ ὀφθαλμοὶ βεβαρημένοι.
  • 私訳:そして再び来てみると、彼らが眠っているのを見つけられた。彼らの目は重くなっていたからである。
  • 再び戻って御覧になると、弟子たちは眠っていた。ひどく眠かったのである。

文法解析

  • εὗρεν:εὑρίσκω「見つける」アオリスト能動直説法3人称単数
  • καθεύδοντας:καθεύδω「眠る」現在能動分詞・男性複数対格
  • ὀφθαλμοί:ὀφθαλμός「目」名詞・男性複数主格
  • βεβαρημένοι:βαρέω「重くする、負わせる」完了受動分詞・男性複数主格

注解

  • 「彼らが眠っているのを…」:人間の弱さが強調されている。26:41の「肉体は弱い」の具体例伴っている。ルカ22:45では、「悲しみのために眠り込んでいた」と書かれている。

マタイ26:44

  • 原文:καὶ ἀφεὶς αὐτοὺς ἀπελθὼν πάλιν προσηύξατο ἐκ τρίτου τὸν αὐτὸν λόγον εἰπών.
  • 私訳:そして彼らを残して再び離れて行き、三度目に同じ言葉を語って祈られた。
  • 新共同訳:

文法解析

  • ἀφείς:ἀφίημι「残す、去るままにする」アオリスト能動分詞・男性単数主格
  • ἐκ τρίτου「三度目に」
  • τὸν αὐτὸν λόγον「同じ言葉を」

注解

  • 三度目:当時のユダヤ社会では、「三」という数字は完全性や確実性を象徴することが多い。よってここでは、十分な祈り、完全な祈りを暗示している。
  • 同じ言葉(τὸν αὐτὸν λόγον):内容的には42節の祈りを指す。「御心が行われますように」という祈りを繰り返した。機械的反復ではなく、神の御旨への従順を確認する継続的祈りである。
  • 「三度」は、後続の記事であるペトロの三度の否認(26:69–75)への伏線となる。

マタイ26:45–46

  • 原文:τότε ἔρχεται πρὸς τοὺς μαθητὰς καὶ λέγει αὐτοῖς· Καθεύδετε τὸ λοιπὸν καὶ ἀναπαύεσθε· ἰδοὺ ἤγγικεν ἡ ὥρα, καὶ ὁ υἱὸς τοῦ ἀνθρώπου παραδίδοται εἰς χεῖρας ἁμαρτωλῶν. 46 ἐγείρεσθε, ἄγωμεν· ἰδοὺ ἤγγικεν ὁ παραδιδοὺς με.
  • 私訳:その時、弟子たちのところへ来て言われた。「もう眠って休んでいるがよい。見よ、その時が近づいた。人の子は罪人たちの手に引き渡されようとしている。立ちなさい。行こう。見よ、わたしを裏切る者が近づいている。」
  • 新共同訳:それから、弟子たちのところに戻って来て言われた。「あなたがたはまだ眠っている。休んでいる。時が近づいた。人の子は罪人たちの手に引き渡される。立て、行こう。見よ、わたしを裏切る者が来た。

文法解析

  • ἀναπαύεσθε:ἀναπαύω「休む」現在中受動命令法2人称複数
  • ἤγγικεν:ἐγγίζω「近づく」完了能動直説法3人称単数
  • παραδίδοται:παραδίδωμι「引き渡される」現在受動直説法3人称単
  • Ἐγείρεσθε:ἐγείρω「立ち上がる」現在中動命令法2人称複数
  • ἄγωμεν:ἄγω「行く」現在能動接続法1人称複数

注解

  • その時(ἡ ὥρα):神が定めた救済史的決定の時を意味する。
  • 「立ちなさい。行こう」は敗北者の言葉ではなく、神の計画を受け入れたメシアの決意の宣言である。

説教や聖書研究をする信徒のための聖書注解 マルコ6:14-20

 

説教や聖書研究をする信徒のための聖書注解

マルコ6:14-20


概要

 本箇所は、ガリラヤの分封領主であるヘロデ・アンティパスが、幽閉していた洗礼者ヨハネを斬首した経緯を語る挿入記事である。
 ヨハネの逮捕自体は既にマルコ1:14で言及されているが、その詳細はここで初めて展開される。叙述の流れとしては、この出来事は本来1章の段階で説明されても不自然ではない。しかしマルコは意図的にこれを6章に配置している。この編集上の判断は、単なる時系列ではなく、神学的・文学的意図に基づくものである。すなわち、先行箇所のマルコ5:17ではイエスの拒絶が語られ、6:1-6では故郷ナザレで受け入れられなかったことが記され、続く本箇所では、洗礼者ヨハネが処刑をもって排除されたことを一連の流れの中で並べることによって、イエスの受難と十字架死を暗示し、その伏線とするためと理解される。

文脈的位置と構造
 本段落は、いわゆるマルコ的サンドイッチ構造(挿入構造)の一部として理解される。
  • 6:7–13:弟子派遣
  • 6:14–29:ヨハネの死
  • 6:30–31:弟子の帰還
 この構造は、弟子の宣教とヨハネの死を結びつけることで、後の宣教者たちが辿る運命を暗示している。

2.受難予告的機能
 ヨハネの死は単なる歴史的出来事ではなく、イエスの受難の予型(foreshadowing)として機能する。いわばヨハネは、先駆的殉教者として提示されている。

3.ヘロデの内面的分裂
 本段落において重要なのは、ヘロデ・アンティパスの複雑な心理である。ヨハネを「正しく聖なる人」と認め、彼を恐れる。しかし最終的に殺害する。これは、真理を認識しながらも、流され、結局は従わない人間の典型として描かれている。

4.ヘロディアの役割(敵対の具現化)
 ヘロディアは、洗礼者ヨハネに対する敵意を体現する。預言者の言葉に対する拒否と排除による暴力。

注解

マルコ6:14

  • 原文:Καὶ ἤκουσεν ὁ βασιλεὺς Ἡρῴδης, φανερὸν γὰρ ἐγένετο τὸ ὄνομα αὐτοῦ, καὶ ἔλεγεν ὅτι Ἰωάννης ὁ βαπτίζων ἐγήγερται ἐκ νεκρῶν, καὶ διὰ τοῦτο ἐνεργοῦσιν αἱ δυνάμεις ἐν αὐτῷ.
  • 私訳:そして王ヘロデは聞いた、というのは彼の名が明らかになったからである。そして彼は言っていた、「バプテスマするヨハネが死者の中から起こされたのであり、それゆえに諸々の力が彼の中で働いている」と。
  • 新共同訳:イエスの名が知れ渡ったので、ヘロデ王の耳にも入った。人々は言っていた。「洗礼者ヨハネが死者の中から生き返ったのだ。だから、奇跡を行う力が彼に働いている。」


注解

  • 「王ヘロデ」は、ガリラヤの分封領主とされたヘロデ・アンティパス。ガリラヤとペレアの分封領主(テトラルク)として統治。生没年:紀元前20年頃 〜 紀元39年以降(没年不詳)。父:ヘロデ大王。母:マルタケ(Malthace)。在位:紀元前4年〜紀元39年。

マルコ6:15

  • 原文:ἄλλοι δὲ ἔλεγον ὅτι Ἠλίας ἐστίν· ἄλλοι δὲ ἔλεγον ὅτι προφήτης ὡς εἷς τῶν προφητῶν.
  • 私訳:他の者たちは言っていた、「エリヤである」と。また他の者たちは言っていた、「預言者であり、預言者たちの一人のようだ」と。
  • 新共同訳:⁠そのほかにも、「彼はエリヤだ」と言う人もいれば、「昔の預言者のような預言者だ」と言う人もいた。

注解

  • 当時のユダヤ人のメシア待望論に沿った解釈が並列されている。エリヤは終末時に再来すると信じられていた。
  • 「預言者の一人」:イエスを神的な存在と認識しつつも、正確な理解には至らずに、風評にとどまる民衆層を示す。

マルコ 6:16

  • 原文:ἀκούσας δὲ ὁ Ἡρῴδης ἔλεγεν· ὃν ἐγὼ ἀπεκεφάλισα Ἰωάννην, οὗτος ἠγέρθη.
  • 私訳:しかしヘロデは聞いて言っていた、「私が首をはねたそのヨハネ、この人が甦ったのだ」と。
  • 新共同訳:ところが、ヘロデはこれを聞いて、「わたしが首をはねたあのヨハネが、生き返ったのだ」と言った。

文法解析

  • ἀκούσας(ἀκούω):アオリスト能動分詞「聞いて」
  • ἀπεκεφάλισα:ἀποκεφαλίζω アオリスト能動直説法1単「私は斬首した」
  • ἠγέρθη(ἐγείρω):アオリスト受動直説法3単「彼は起こされた」

注解

  • ヘロデの個人的罪責意識が、前面に表されている。
  • 「私が首をはねた」は、彼の心理的不安を示す。ここからヨハネの処刑の回想が挿入される。

マルコ 6:17

  • 原文:Αὐτὸς γὰρ ὁ Ἡρῴδης ἀποστείλας ἐκράτησεν τὸν Ἰωάννην καὶ ἔδησεν αὐτὸν ἐν φυλακῇ διὰ Ἡρῳδιάδα τὴν γυναῖκα Φιλίππου τοῦ ἀδελφοῦ αὐτοῦ, ὅτι αὐτὴν ἐγάμησεν.
  • 私訳:というのも、このヘロデ自身が人を遣わしてヨハネを捕らえ、彼を牢に縛っていたのである。それは彼の兄弟フィリポの妻ヘロディアのゆえであり、彼女を妻にしたからである。
  • 新共同訳:実は、ヘロデは、自分の兄弟フィリポの妻ヘロディアと結婚しており、そのことで人をやってヨハネを捕らえさせ、牢につないでいた。

文法解析

  • ἔδησεν(δέω):アオリスト能動直説法3単「彼は縛った」
  • ἐγάμησεν(γαμέω):アオリスト能動直説法3単「彼は結婚した」

注解

  • ヘロデの結婚は律法違反(レビ記18章)であり、ヨハネの批判の原因となった。レビ記18章16節「あなたの兄弟の妻を犯してはならない。」レビ記20章21節「もし人が兄弟の妻をめとるなら、それは汚れである。」ここでは兄弟の妻との結婚が禁じられている。ヨハネの批判は、直接的には上記の律法違反が主体ではある。
  • だが、アンティパスの批判すべき点はこれだけではない。ヘロディアを迎え入れたために先妻ファサエリスと離婚したことが仇となり、先妻の父ナバテア王アレタス4世からの攻撃を受けて敗北した。だが、従属国が独断で戦争を仕掛けたことでアレタス4世は皇帝ティベリウスの怒りを買って身柄を拘束された。

マルコ 6:18

  • 原文:ἔλεγεν γὰρ ὁ Ἰωάννης τῷ Ἡρῴδῃ ὅτι οὐκ ἔξεστίν σοι ἔχειν τὴν γυναῖκα τοῦ ἀδελφοῦ σου.
  • 私訳:というのもヨハネはヘロデに言っていた、「あなたがあなたの兄弟の妻を持つことは許されていない」と。
  • 新共同訳:ヨハネが、「自分の兄弟の妻と結婚することは、律法で許されていない」とヘロデに言ったからである。

文法解析

  • ἔλεγεν(λέγω):未完了能動直説法3単「彼は言っていた」
  • ἔξεστίν(ἔξεστι):現在能動直説法3単「許されている」

注解

  • ヨハネの継続的な告発(未完了)が強調される。「ἔξεστι」は法的・宗教的許可の否定。預言者としての倫理的勇気が示される。

マルコ 6:19

  • 原文:ἡ δὲ Ἡρῳδιάς ἐνεῖχεν αὐτῷ καὶ ἤθελεν αὐτὸν ἀποκτεῖναι, καὶ οὐκ ἠδύνατο·
  • 私訳:一方ヘロディアは彼に恨みを抱き、彼を殺そうと望んでいたが、できなかった。
  • 新共同訳:そこで、ヘロディアはヨハネを恨み、彼を殺そうと思っていたが、できないでいた。

文法解析
  • ἐνεῖχεν(ἐνέχω):未完了能動直説法3単「恨みを抱いていた」
ἤθελεν(θέλω):未完了能動直説法3単「望んでいた」
ἀποκτεῖναι(ἀποκτείνω):アオリスト能動不定詞「殺すこと」
ἠδύνατο(δύναμαι):未完了中(デポ)直説法3単「できなかった」

注解

ヘロディアの敵意は継続的(未完了)であり、物語の緊張を形成する。彼女は直接的に行動できず、後の策略へとつながる。

マルコ 6:20

  • 原文:ὁ γὰρ Ἡρῴδης ἐφοβεῖτο τὸν Ἰωάννην, εἰδὼς αὐτὸν ἄνδρα δίκαιον καὶ ἅγιον, καὶ συνετήρει αὐτόν, καὶ ἀκούσας αὐτοῦ πολλὰ ἠπόρει, καὶ ἡδέως αὐτοῦ ἤκουεν.
  • 私訳:というのもヘロデはヨハネを恐れていた、彼が正しい聖なる人であると知っていたからである。そして彼を保護していた。また彼のことを聞くと多くのことで当惑しながらも、喜んで彼の言葉を聞いていた。
  • 新共同訳:なぜなら、ヘロデが、ヨハネは正しい聖なる人であることを知って、彼を恐れ、保/護し、また、その教えを聞いて非常に当惑しながらも、なお喜んで耳を傾けていたからである。

文法解析
  • ἐφοβεῖτο(φοβέομαι):未完了中(デポ)直説法3単「恐れていた」
εἰδὼς(οἶδα):完了分詞「知っていて」
συνετήρει(συντηρέω):未完了能動直説法3単「守っていた」
ἀκούσας(ἀκούω):アオリスト分詞「聞いて」
ἠπόρει(ἀπορέω):未完了能動直説法3単「困惑していた」
ἤκουεν(ἀκούω):未完了能動直説法3単「聞いていた」

注解
  • ヘロデの二重性が強調される。ヨハネを「正しく聖なる人」と認めつつ恐れるという矛盾した態度。「喜んで聞く」が、悔い改めには至らない点が重要である。マルコ特有の心理描写が顕著な箇所である。


マルコ6:21

  • 原文:Καὶ γενομένης ἡμέρας εὐκαίρου ὅτε Ἡρῴδης τοῖς γενεσίοις αὐτοῦ δεῖπνον ἐποίησεν τοῖς μεγιστᾶσιν αὐτοῦ καὶ τοῖς χιλιάρχοις καὶ τοῖς πρώτοις τῆς Γαλιλαίας,
  • 私訳:そして好機の日が来た時、ヘロデは自分の誕生日に、自分の高官たち、千人隊長たち、そしてガリラヤの有力者たちに宴会を設けた。
  • 新共同訳:ところが、良い機会が訪れた。ヘロデが、自分の誕生日の祝いに高官や将校、ガリラヤの有力者などを招いて宴会を催すと、


文法解析

  • εὐκαίρου:εὔκαιρος 形容詞・女単属:「好都合な」
  • δεῖπνον:δεῖπνον 中単対:「宴」
  • μεγιστᾶσιν:μεγιστάν 男複与:「高官」
  • χιλιάρχοις:χιλίαρχος 男複与:「千人隊長」
  • πρώτοις:πρῶτος 形容詞・男複与:「第一の者たち」

注解

  • 「良い機会「好機」:洗礼者ヨハネの抹殺を願うヘロディアにとっての良い好機。これまで膠着状態だった物語上の転換点。
  • 宴会は政治的・社交的意味を持つ場。支配者の権威誇示の舞台である。17-18世紀のフランス絶対王政時代におけるベルサイユ宮殿での宴を想起させる。

マルコ6:22

  • 原文:καὶ εἰσελθούσης τῆς θυγατρὸς αὐτοῦ Ἡρῳδιάδος καὶ ὀρχησαμένης ἤρεσεν τῷ Ἡρῴδῃ καὶ τοῖς συνανακειμένοις·
  • 私訳:そしてその娘、ヘロディアの娘が入ってきて踊って、ヘロデと同席していた者たちを喜ばせた。
  • 新共同訳:ヘロディアの娘が入って来て踊りをおどり、ヘロデとその客を喜ばせた。そこで、王は少女に、「欲しいものがあれば何でも言いなさい。お前にやろう」と言い、

文法解析

  • ὀρχησαμένης:ὀρχέομαι アオリスト中分詞「踊った」
  • ἤρεσεν:ἀρέσκω アオリスト能動直説3単「喜ばせた」
  • συνανακειμένοις:συνανάκειμαι 現在中分詞・男複与「共に食卓についている者たち」

注解

  • 踊りは宴席の娯楽。王族の娘が人前で踊るのは異例で、この背後にヘロディアの策略が垣間見られる。

マルコ6:23

  • 原文:καὶ ὤμοσεν αὐτῇ ὅτι Ὃ ἐάν με αἰτήσῃς δώσω σοι ἕως ἡμίσους τῆς βασιλείας μου.
  • 私訳:そして彼は彼女に誓った。「あなたが私に求めるものは何でも与えよう、私の国の半分に至るまで。」
  • 新共同訳:更に、「お前が願うなら、この国の半分でもやろう」と固く誓ったのである。

文法解析

  • ὤμοσεν:ὄμνυμι アオリスト能動直説3単「誓った」
  • αἰτήσῃς:αἰτέω アオリスト接続法2単「求めるなら」
  • ἡμίσους:ἥμισυς 中単属「半分」

注解

  • 誇張された誓いであり、その意図は自身の王権の誇示。現実に王権の半分を与えるというよりも、無制限の約束を意味するする表現。軽々しく誓いなどするものではない、ということの典型。
  • 旧約的王語法との類似としての用例は、エステル記5:3。

マルコ6:24

  • 原文:καὶ ἐξελθοῦσα εἶπεν τῇ μητρὶ αὐτῆς· Τί αἰτήσωμαι; ἡ δὲ εἶπεν· Τὴν κεφαλὴν Ἰωάννου τοῦ βαπτίζοντος.
  • 私訳:そして彼女は出て行って母に言った。「何を求めましょうか。」すると母は言った。「バプテスマするヨハネの首を。」
  • 新共同訳:少女が座を外して、母親に、「何を願いましょうか」と言うと、母親は、「洗礼者ヨハネの首を」と言った。

注解

  • 一連の出来事の主体は、娘ではなく彼女の母ヘロディアであることが示されている。
  • 「κεφαλή(首)」は、斬首による処刑を暗示。

マルコ6:25

  • 原文:καὶ εἰσελθοῦσα εὐθὺς μετὰ σπουδῆς πρὸς τὸν βασιλέα ᾐτήσατο λέγουσα· Θέλω ἵνα ἐξαυτῆς δῷς μοι ἐπὶ πίνακι τὴν κεφαλὴν Ἰωάννου.
  • 私訳:そしてすぐに急いで王のもとに入り、求めて言った。「今すぐ皿の上でヨハネの首を私に与えてください。」
  • 新共同訳:早速、少女は大急ぎで王のところに行き、「今すぐに洗礼者ヨハネの首を盆に載せて、いただきとうございます」と願った。

文法解析
  • ᾐτήσατο:αἰτέω アオリスト中直説3単「求めた」
  • δῷς:δίδωμι アオリスト接続法2単「与えるように」
  • ἐξαυτῆς:副詞「直ちに」
  • πίνακι:πίναξ 男単与:「皿」
注解
  • 「μετὰ σπουδῆς(急いで)」:物語的な緊張感を高めている。
  • 「皿の上で」:宴の席と斬首を掛け合わせた、皮肉的な表現。
  • 「今すぐ首を」:心変わりや時間伸ばしされてごまかされることを避けるためか、相手に即時の行動を求めるという知恵の深さが示されている。

マルコ6:26

  • 原文:καὶ περίλυπος γενόμενος ὁ βασιλεὺς διὰ τοὺς ὅρκους καὶ τοὺς συνανακειμένους οὐκ ἠθέλησεν ἀθετῆσαι αὐτήν.
  • 私訳:王は非常に悲しんだが、誓いと同席者たちのために、彼女を拒むことを望まなかった。
  • 新共同訳:王は非常に心を痛めたが、誓ったことではあるし、また客の手前、少女の願いを退けたくなかった。

文法解析

  • περίλυπος(形容詞):「非常に悲しい」
  • ἠθέλησεν(θέλω)アオリスト能動直説3単:「望んだ」
  • ἀθετῆσαι(ἀθετέω)アオリスト不定詞:「拒否する」

注解

  • ヘロデの内的葛藤を如実に示す。悲しみと躊躇。ヨハネを殺したくない、生かしておきたいという願いと、拒否できない状況のもつれ。

マルコ6:27

  • 原文:καὶ εὐθὺς ἀποστείλας ὁ βασιλεὺς σπεκουλάτορα ἐπέταξεν ἐνέγκαι τὴν κεφαλὴν αὐτοῦ·
  • 私訳:そしてすぐに王は護衛兵を遣わし、彼の首を持って来るよう命じた。
  • 新共同訳:そこで、王は衛兵を遣わし、ヨハネの首を持って来るようにと命じた。衛兵は出て行き、牢の中でヨハネの首をはね、

文法解析

  • σπεκουλάτωρ:ラテン語由来の語(speculator)。処刑執行人
  • ἐπέταξεν:ἐπιτάσσω アオリスト能動直説3単「命じた」
  • ἐνέγκαι:φέρω アオリスト不定詞:「持って来る」
  • κεφαλήν:κεφαλή「首」

注解

  • ヘロデ大王は元々ローマの後ろ盾で支配者となった。ヘロデ・アンディパスもまたローマ寄りで、ローマ的制度が宮廷内に反映されている。

マルコ6:28

  • 原文:καὶ ἀπελθὼν ἀπεκεφάλισεν αὐτὸν ἐν τῇ φυλακῇ καὶ ἤνεγκεν τὴν κεφαλὴν αὐτοῦ ἐπὶ πίνακι καὶ ἔδωκεν αὐτὴν τῷ κορασίῳ καὶ τὸ κοράσιον ἔδωκεν αὐτὴν τῇ μητρὶ αὐτῆς.
  • 私訳:そして彼は行って、牢で彼の首を切り、皿の上に載せて持って来て、それを少女に与え、少女はそれを母に与えた。
  • 新共同訳:盆に載せて持って来て少女に渡し、少女はそれを母親に渡した。

文法解析

  • ἀπελθών:ἀπέρχομαι アオリスト分詞:「行って」
  • ἀπεκεφάλισεν:ἀποκεφαλίζω アオリスト直説3単:「斬首した」
  • ἤνεγκεν:φέρω アオリスト:「持って来た」

マルコ6:29

  • 原文:καὶ ἀκούσαντες οἱ μαθηταὶ αὐτοῦ ἦλθον καὶ ἦραν τὸ πτῶμα αὐτοῦ καὶ ἔθηκαν αὐτὸ ἐν μνημείῳ.
  • 私訳:そして彼の弟子たちはそれを聞いて来て、彼の遺体を取り上げ、それを墓に納めた。
  • 新共同訳:ヨハネの弟子たちはこのことを聞き、やって来て、遺体を引き取り、墓に納めた。

文法解析

  • ἦραν:αἴρω アオリスト:「取り上げた」
  • πτῶμα:πτῶμα 中単対:「死体」
  • μνημείῳ:μνημεῖον 中単与:「墓」
注解
  • 弟子たちの行為は敬意と信仰的忠誠を示す。
  • キリストの葬りの場面と並行的。よって、洗礼者ヨハネの葬りは、キリストの葬りの予示の可能性がある。


<この注解に基づく説教の結びの言葉として>
 洗礼者ヨハネの死の物語は、決して私たちを暗い絶望へと閉じ込めるために語られているのではありません。むしろ、マルコはこの出来事を通して、神の言葉がどれほど力強く、またどれほど挑戦的であるかを示しています。ヨハネは権力者に対して真理を語り、その結果として命を奪われました。しかし、彼の死によって神の言葉が沈黙したわけではありません。ヨハネの声が途絶えたその時、イエスの宣教はさらに力強く進み、神の国の福音は広がっていきました。
 ヘロデの姿は、真理を知りながらも従いきれない人間の弱さを映し出します。ヘロディアの姿は、神の言葉に照らされることを拒む心の頑なさを象徴します。そしてヨハネの姿は、神の真理に生きる者の勇気と忠実さを示します。これら三つの姿は、今日の私たちの心の中にも存在するものです。
 私たちは、どの道を選ぶのでしょうか。
 真理を知りながらも恐れに支配されるヘロデの道か。
 神の言葉を拒み続けるヘロディアの道か。
 それとも、たとえ代償が伴おうとも、神の前に正しく生きようとするヨハネの道か。
 ヨハネの死は、イエスの十字架を先取りする出来事でした。しかし、十字架の先には復活があり、神の救いの勝利があります。人間の罪と暴力がどれほど深くとも、神の計画は決して挫かれません。神の言葉は沈黙せず、神の国は前進し続けます。
 だからこそ私たちは、恐れではなく信仰を、拒絶ではなく従順を、沈黙ではなく証しを選び取りたいのです。
 神の言葉に心を開き、真理に生きる勇気を求め、福音の証人として歩む者とされたいのです。
 ヨハネが命をかけて指し示したお方、イエス・キリストこそ、私たちの救いであり、私たちの希望です。
 この方に従う道は、時に困難を伴いますが、決してむなしく終わることはありません。
 神の国の福音は、今日も私たちを招き、私たちを通して前へと進もうとしています。
 どうか私たちが、神の言葉に忠実に応える者として、この世界の中で光を放つ歩みを続けていくことができますように。

説教や聖書研究をする信徒のための聖書注解 マルコ6:6b-13

 

説教や聖書研究をする信徒のための聖書注解

マルコ6:6b-13


マルコ6:6b

  • 原文:Καὶ περιῆγεν τὰς κώμας κύκλῳ διδάσκων.
  • 私訳:そして彼は周囲の村々を巡りながら教えていた。
  • 新共同訳:それから、イエスは付近の村を巡り歩いてお教えになった。

文法解析

  • περιῆγεν:(未完了能動3単)περιάγω「巡る」
  • κύκλῳ:(副詞的与格)「周囲を」

注解

  • ナザレでの拒絶の一件後(6:1–6a)、イエスの宣教は継続する。未完了形は継続的活動を強調し、挫折にもかかわらず宣教が止まらないことを示す。また、かえってその範囲は拡大することになる。神にあって、失敗は新たな始まりという可能性を持つ。

マルコ6:7

  • 原文:Καὶ προσκαλεῖται τοὺς δώδεκα καὶ ἤρξατο αὐτοὺς ἀποστέλλειν δύο δύο, καὶ ἐδίδου αὐτοῖς ἐξουσίαν τῶν πνευμάτων τῶν ἀκαθάρτων,
  • 私訳:そして彼は十二人を呼び寄せ、彼らを二人ずつ遣わし始め、そして彼らに汚れた霊たちに対する権威を与えていた。
  • 新共同訳:そして、十二人を呼び寄せ、二人ずつ組にして遣わすことにされた。その際、汚れた霊に対する権能を授け、

文法解析

  • ἤρξατο:(アオリスト中動)←ἄρχομαι「〜し始める」
  • ἐδίδου:(未完了)←δίδωμι「与える」

注解

  • 「二人ずつ」は、証言の信頼性(申命記19:15)を伴う。当然、一人とは異なる相互協力が実現する。弟子たちはイエスの代理として働き、権威の委譲が強調される。
  • 汚れた霊に対する権能とは、実質的には、悪霊払いの力を授けられることを意味する。

マルコ6:8

  •  原文καὶ παρήγγειλεν αὐτοῖς ἵνα μηδὲν αἴρωσιν εἰς ὁδὸν εἰ μὴ ῥάβδον μόνον, μὴ ἄρτον, μὴ πήραν, μὴ εἰς τὴν ζώνην χαλκόν,

  • 私訳:そして彼は彼らに命じた、道のために何も持って行かないように、ただ杖だけは別として、パンも、袋も、帯の中に銅貨も持たないように。\
  • 新共同訳:Mar006008旅には杖一本のほか何も持たず、パンも、袋も、また帯の中に金も持たず、

文法解析

  • παρήγγειλεν:(アオリスト)παραγγέλλω「命じる」
  • αἴρωσιν:(現在接続法)αἴρω「持ち上げる/持つ」
  • εἰ μὴ「〜を除いて」
  • χαλκόν「銅貨」

注解

  • 挙げられている項目は、旅に必須の持ち物の数々。その否定ということは、徹底した無所有の命令。これが象徴的なメッセージなのか、それとも現実に実行された命令なのか、判断し難い。
  • 象徴か、現実的命令か、いずれにせよ、宣教者は神から与えられるものをもって、そしてそのことを信じて活動するということ。また、明日の心配をせずに生きるという、「主の祈り」の「日毎に糧をあたえたまえ」の精神が背後にあるのかもしれない。
  • マタイ・ルカとの並行箇所と差異がある。例えば、杖の許可など。これは伝承の多様性を示す。

マルコ6:9

  • 原文:ἀλλὰ ὑποδεδεμένους σανδάλια καὶ μὴ ἐνδύσησθε δύο χιτῶνας.

  • 私訳:ただしサンダルを履き、二つの衣を着てはならない。
  • 新共同訳:Mar006009ただ履物は履くように、そして「下着は二枚着てはならない」と命じられた。

文法解析

  • ὑποδεδεμένους:(完了分詞)ὑποδέω「履く」
  • ἐνδύσησθε:(アオリスト中動命令)ἐνδύω「着る」
  • δύο χιτῶνας:「二つの衣」

注解

  • サンダル:一般的な履き物。長旅には必須。
  • 下着は2枚着てはならない:携行してはならないという意味ならば、余分のものや明日必要になるものなどの不携行という前節における精神性と合致する。つまり、必要最低限の装備のみ許可される。
  • 現代のミニマリストを批判も肯定もする意図ではないが、我々は、無駄なものに囲まれすぎてかえって生きる本質が見えなくなっているかもしれない。


マルコ6:10

  • 原文:καὶ ἔλεγεν αὐτοῖς· Ὅπου ἐὰν εἰσέλθητε εἰς οἰκίαν, ἐκεῖ μένετε ἕως ἂν ἐξέλθητε ἐκεῖθεν.
  • 私訳:そして彼は彼らに言っていた、「どこであれ家に入るなら、そこに留まりなさい、そこから出るまで。」

文法解析

  • Ὅπου ἐὰν:「どこでも〜するところは」
  • εἰσέλθητε:(アオリスト接続法)εἰσέρχομαι「入る」
  • μένετε:(現在命令)μένω「留まる」

注解

  • 宿を変えない命令は、利益追求の回避と(一定期間の)一貫性を示す。宣教は、その地に対する任務への誠実さと、選り好みをせず事足れりとする精神を伴うべきもの。

マルコ6:11

  • 原文:καὶ ὃς ἂν τόπος μὴ δέξηται ὑμᾶς μηδὲ ἀκούσωσιν ὑμῶν, ἐκπορευόμενοι ἐκεῖθεν ἐκτινάξατε τὸν χοῦν τὸν ὑποκάτω τῶν ποδῶν ὑμῶν εἰς μαρτύριον αὐτοῖς.
  • 私訳:そして、もしどこかの場所があなたがたを受け入れず、またあなたがたの言うことを聞かないなら、そこから出て行くとき、あなたがたの足の下の塵を払い落としなさい、彼らに対する証しとして。

文法解析

  • ὃς ἂν τόπος:「どの場所でも」
  • δέξηται:(アオリスト中動接続法)δέχομαι「受け入れる」
  • ἀκούσωσιν:(アオリスト接続法)ἀκούω「聞く」
  • ἐκτινάξατε:(アオリスト命令)ἐκτινάσσω「振り払う」
  • τὸν χοῦν:埃

注解

  • 「受け入れず」:故郷におけるイエスの拒絶のエコー、もしくは伏線回収となっている。
  • 塵払いの行為は、対象の今後に関する責任は、自分にはないことを表す。宣教者の責任は伝えることにあって、結果の責任を負うものとも異なる。
  • 対象に永久に関わり続けるものでもなく、復讐をするのでもなく、定められた「時」が来たなら、対象との関係を打ち切っても良い。何事にも「時」があるのだから。対象側も、相手が永遠に自分に構ってくれると甘えてはならない。神の愛にも甘えてはならない。


マルコ6:12

  • 原文:καὶ ἐξελθόντες ἐκήρυξαν ἵνα μετανοῶσιν,
  • 私訳:そして彼らは出て行って、人々が悔い改めるように宣べ伝えた。

文法解析

  • μετανοῶσιν:現在接続法 μετανοέω「悔い改める」

注解

  • 宣教内容の根幹が「悔い改め」であることが示されている。
  • 悔い改めとは、神不在の人生、生き方から、神と共に歩む人生、生き方への転換である。イエスの宣教(1:15)との連続性が示されている。

マルコ6:13

  • 原文:καὶ δαιμόνια πολλὰ ἐξέβαλλον καὶ ἤλειφον ἐλαίῳ πολλοὺς ἀρρώστους καὶ ἐθεράπευον.
  • 私訳:そして多くの悪霊を追い出し、多くの病人に油を塗って癒していた。

文法解析

  • ἐξέβαλλον(未完了)←ἐκβάλλω「追い出す」
  • ἤλειφον(未完了)←ἀλείφω「塗る」
  • ἐθεράπευον(未完了)←θεραπεύω「癒す」

注解

  • 未完了形により活動の継続性が示される。
  • 油の使用は象徴的(儀礼的)・実践的両面を持ち、後代の教会における実践(ヤコブ5:14)との関連が指摘される。


以上の注解を踏まえた説教の結びとして

 イエスは故郷で拒絶されても歩みを止めませんでした。むしろ、その出来事を契機として、より広い村々へと宣教の歩みを進めていきました。
 そして今度は、十二人の弟子たちを二人ずつ遣わし、ご自身の権威と使命を分かち与えられました。弟子たちに与えられた命令は、必要最低限のものだけを携え、与えられるものに満足し、受け入れられた家に留まり、拒絶された場所では塵を払い落として次へ進む、というものでした。
 そこには、「神の働きは、人間の備えや成功に依存しない」という深い真理があります。私たちはしばしば、もっと準備が整ってから、
もっと状況が良くなってから、もっと自分が強くなってから、そう思って歩みを止めてしまうことがあります。
 しかしイエスは、「今あるものを携えて行きなさい」と弟子たちを送り出しました。また、拒絶に出会ったとき、私たちは心に傷を負い、立ち止まり、時には復讐心や執着に囚われることもあります。けれどイエスは、「塵を払い落として、そこから次の場所へと進みなさい」と教えます。それは、相手を見捨てるためではなく、自分の心を自由にし、神の次の導きへと向かうためです。
 弟子たちはその言葉に従い、悔い改めを宣べ伝え、悪霊を追い出し、
病人を癒し、イエスの働きを実際に担っていきました。私たちもまた、
神の働きに招かれています。完璧でなくても、十分な備えがなくても、
拒絶や失敗を経験しても、それでもなお、神は私たちを遣わし、私たちを通して働かれます。
 今日、私たちが問われているのは、「何を持っているか」ではなく、「誰に従うか」です。イエスが共に歩まれるなら、私たちの小さな一歩は、神の大きな働きの一部となります。どうか、与えられた場所で、与えられた使命に忠実に、そして必要のない重荷を降ろしながら、主と共に歩む者でありたいと思います。

2026年6月10日水曜日

説教や聖書研究をする信徒のための聖書注解 マタイ26:6-13

説教や聖書研究をする信徒のための聖書注解

マタイ26:6-13

並行箇所:マルコ14:3-9、ヨハネ12:1-8


概要

 マタイ26:6–13は、受難直前のイエスがベタニアにおいて一人の女性から高価な香油を注がれる出来事を描く。無名の女性による突発的な行為と、それに対する弟子たちの反発という対立構造、そしてそれを破るようにイエス自身の解釈が提示されるという筋である。
 弟子たちは彼女の行為を「浪費」と評価し、貧者救済という倫理的観点から批判する。しかしイエスは、彼女の行為を自らの死と葬りを先取りする象徴的行為として再解釈し、これを「良い行い」として極めて高い評価を与える。ここには、「実用的善」と「キリストへの献身」という二つの価値の緊張関係が示されるが、最終的には受難の切迫性が強調され、これ以降開始される一連の受難物語へと繋がっていく。この出来事は単なる逸話を超え、教会の記憶と宣教の中核に位置づけられる。
 この記事は受難の予示にととまらず、神に捧げるべき行為、神への献身とは何かを問う主題をも読み手に提示している。

注解

マタイ26:6
  • 原文:Τοῦ δὲ Ἰησοῦ γενομένου ἐν Βηθανίᾳ ἐν οἰκίᾳ Σίμωνος τοῦ λεπροῦ,
  • 私訳:さて、イエスがベタニアで、重い皮膚病の人シモンの家におられたとき、
  • 新共同訳:さて、イエスがベタニアでらい病の人シモンの家におられたとき、

文法解析

  • γενομένου(γίνομαι):アオリスト中動分詞・属格単数男性
→ 属格絶対構文「〜のとき」

注解

  • ベタニア:エルサレム近郊の村。タイミングは受難目前で、この後はユダの裏切りの企てを経て、過越の場面へと移る。事実上、通常的な物語記事としてはここが最後となる。
  • 「重い皮膚病の人シモン」:イエスによって癒された人物か。健康としても社会的にも回復された人の家で為された会食という場面。

マタイ26:7
  • 原文:προσῆλθεν αὐτῷ γυνὴ ἔχουσα ἀλάβαστρον μύρου βαρυτίμου καὶ κατέχεεν ἐπὶ τῆς κεφαλῆς αὐτοῦ ἀνακειμένου.
  • 私訳:ある女が彼のもとに来て、高価な香油の入った石膏の壺を持ち、食卓についている彼の頭に注いだ。
  • 新共同訳:一人の女が、極めて高価な香油の入った石膏の壺を持って近寄り、食事の席に着いておられるイエスの頭に香油を注ぎかけた。

文法解析

  • κατέχεεν:καταχέω「注ぐ」未完了能動・直説法・3単
  • ἀνακειμένου:ἀνάκειμαι「横たわる」現在中動分詞・属格単数男性
  • μύρου:μύρον(香油)の属格単数
  • βαρυτίμου:「高価な」βαρύτιμος の属格単数
  • ἀλάβαστρον:香料を入れるための小さい石膏製の容器。

注解
  • 「高価な香油」はナルド香油と考えられ、非常に高価だった。
  • 油を頭に注ぐ行為は、王や祭司への油注ぎと共通する。イエスのメシア性を象徴する行為。

マタイ26:8
  • 原文:ἰδόντες δὲ οἱ μαθηταὶ ἠγανάκτησαν λέγοντες· Εἰς τί ἡ ἀπώλεια αὕτη;
  • 私訳:しかし弟子たちはこれを見て憤慨して言った、「何のためにこの浪費か?」
  • 新共同訳:弟子たちはこれを見て、憤慨して言った。「なぜ、こんな無駄使いをするのか。

文法解析

  • ἠγανάκτησαν:ἀγανακτέω「憤る」アオリスト能動・直説法・3複
  • ἀπώλεια:「浪費」「損失」

注解

  • 弟子たちはこの行為を「無駄」と評価する。ここに、価値判断の対立(実用性 vs.象徴的献身)が示される。
  • 並行箇所のマルコ14:4では、「弟子たち」ではなく「その場にいた何人か」と匿名の人々。

マタイ26:9
  • 原文:ἐδύνατο γὰρ τοῦτο πραθῆναι πολλοῦ καὶ δοθῆναι πτωχοῖς.
  • 私訳:これは高く売られて、貧しい人々に与えられることができたのに。
  • 新共同訳:高く売って、貧しい人々に施すことができたのに。」

文法解析

  • πραθῆναι:πιπράσκω「売る」アオリスト受動不定詞

注解

  • 弟子たちの発言は正論。ただし、イエスの受難死の神的必然性と重要性については、まだ理解していないという構図。

マタイ26:10

  • 原文:γνοὺς δὲ ὁ Ἰησοῦς εἶπεν αὐτοῖς· Τί κόπους παρέχετε τῇ γυναικί; ἔργον γὰρ καλὸν ἠργάσατο εἰς ἐμέ·
  • 私訳:イエスはそれを知って彼らに言った、「なぜこの女に労苦を与えるのか。彼女は私に対して良い行いをした」
  • 新共同訳:イエスはこれを知って言われた。「なぜ、この人を困らせるのか。わたしに良いことをしてくれたのだ。

文法解析

  • γνοὺς:γινώσκω「知る」アオリスト能動分詞・単数主格
  • κόπους:名詞 κόπος 「労苦」 複数・対格
  • παρέχετε:παρέχω「与える」「提供する」現在能動・直説法・2複

注解

  • ここでの「良い行い」(ἔργον καλόν)は道徳的善行というよりも、イエスに対する誠実な礼拝的行為、献身的意志を意味する。イエスはただ一人この女性の意図を汲み取り、それを評価し、彼女の行為を弁護する。

マタイ26:11

  • 原文:πάντοτε γὰρ τοὺς πτωχοὺς ἔχετε μεθ’ ἑαυτῶν, ἐμὲ δὲ οὐ πάντοτε ἔχετε·
  • 私訳:貧しい人々をいつもあなたがたは共に持っているが、私はいつもそうではない。
  • 新共同訳:貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいるが、わたしはいつも一緒にいるわけではない。

注解

  • イエスが受難死を遂げ、やがていなくなるという限られたタイミングにあることを暗示している。次節におけるイエスの葬りの伏線でもある。

マタイ26:12

  • 原文:βαλοῦσα γὰρ αὕτη τὸ μύρον τοῦτο ἐπὶ τοῦ σώματός μου πρὸς τὸ ἐνταφιάσαι με ἐποίησεν.
  • 私訳:この女はこの香油を私の体に注いで、私を葬るためにそれを行った。
  • 新共同訳:この人はわたしの体に香油を注いで、わたしを葬る準備をしてくれた。

文法解析

  • βαλοῦσα:βάλλω「注ぐ」アオリスト能動分詞・女性単数主格
  • ἐνταφιάσαι:ἐνταφιάζω「葬る」アオリスト能動不定詞

注解
  • おそらくこの女性は自らの一連の行為を埋葬行為とは自覚していないが、イエスは埋葬の先取りとして解釈している。

マタイ26:13

  • 原文:ἀμὴν λέγω ὑμῖν, ὅπου ἐὰν κηρυχθῇ τὸ εὐαγγέλιον τοῦτο ἐν ὅλῳ τῷ κόσμῳ, λαληθήσεται καὶ ὃ ἐποίησεν αὕτη εἰς μνημόσυνον αὐτῆς.
  • 私訳:アーメン、あなたがたに言う。この福音が全世界で宣べ伝えられるところではどこでも、この女がしたことも彼女の記念として語られることになる。
  • 新共同訳:はっきり言っておく。世界中どこでも、この福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう。

注解

  • この物語のクライマックス。この女性の行為は、後代の福音宣教と不可分に結びつけられる。「記念」(μνημόσυνον)は、教会の礼拝などにおいて、教会全体で共有される出来事ないし記憶を意味する。彼女の行為が教会の記憶に永続することが示され、現在も事実そうである。

<この注解に基づく説教の結びとして>
 ベタニアでのこの出来事は、単なる美しい献身の物語ではありません。イエスが「良い行い」と呼ばれたこの女性の行為は、受難のただ中にある主を深く理解し、主の歩みに寄り添おうとする心から生まれたものでした。弟子たちは「もっと実用的な善がある」と考えましたが、イエスはその思いを超えて、ご自身の死と葬りを受けとめた者の静かな信仰のしるしとして受けとめられました。
 私たちはしばしば、何が「役に立つか」「効率的か」「社会的に正しいか」という基準で物事を判断しがちです。しかしイエスは、目に見える価値や実用性を超えたところにある、神へのまっすぐな献身と愛を見ておられます。あの女性の行為は、誰にも理解されず、時には批判されるようなものでしたが、主はそれを受けとめ、「世界中どこでも語り伝えられる」と宣言されました。
 私たちの歩みの中にも、誰かに理解されない献身、評価されない愛、見返りのない奉仕があるかもしれません。しかし主は、それらを見過ごされる方ではありません。むしろ、主のためにささげられた小さな行為を、永遠の記念として受けとめてくださる方です。
 受難週を前にしたこの物語は、私たちに問いかけます。
 ――あなたは今、主に何をささげるだろうか。
 ――主の十字架の前に立つとき、あなたの心はどこに向いているだろうか。
 ベタニアの女性のように、主の歩みに寄り添い、主のために最も大切なものをささげる者でありたい。主はその献身を受けとめ、祝福し、記念としてくださる。
 その確かさの中で、私たちもまた主の十字架へと歩みを進めていきたい。

説教や聖書研究をする信徒のための聖書注解 マタイ26:1-5

説教や聖書研究をする信徒のための聖書注解

マタイ26:1-5


概要

 マタイ26章1–5節は、イエスの受難物語が始まる転換点である。24–25章の長い説教(終末的講話)が締めくくられ、物語は再び「受難」へと焦点を移す。
 過越祭というイスラエル最大の救済記念日に、神の小羊としてのイエスが差し出されるという深い神学的結びつきが暗示されている。この箇所は、神の主権と人間の策略が交錯しながらも、最終的には神の救いの計画が揺るぎなく実現していくという、受難物語全体の構図を象徴的に示している。

注解

マタイ26:1

  • 原文:Καὶ ἐγένετο ὅτε ἐτέλεσεν ὁ Ἰησοῦς πάντας τοὺς λόγους τούτους, εἶπεν τοῖς μαθηταῖς αὐτοῦ·
  • 私訳:そして、イエスがこれらすべての言葉を語り終えたとき、彼は彼の弟子たちに言った。
  • 新共同訳:イエスはこれらの言葉をすべて語り終えると、弟子たちに言われた。

文法解析

  • ἐτέλεσεν(τελέω)アオリスト能動・直説法・3単:「完了した/終えた」
  • Καὶ ἐγένετο ὅτε ~:ヘブライ的表現「〜の時に起こった」

注解

  • 本節は物語の流れの転換点で、説教が連続する24-25章のブロックを終えて、次の展開へと向かう。

マタイ26:2

  • 原文:οἴδατε ὅτι μετὰ δύο ἡμέρας τὸ πάσχα γίνεται, καὶ ὁ υἱὸς τοῦ ἀνθρώπου παραδίδοται εἰς τὸ σταυρωθῆναι.
  • 直訳:あなたがたは知っている、二日の後に過越が来ること、そして人の子は十字架につけられるために引き渡される。
  • 新共同訳:「あなたがたも知っているとおり、二日後は過越祭である。人の子は、十字架につけられるために引き渡される。」

文法解析

  • παραδίδοται(παραδίδωμι)現在受動・直説法・3単:「引き渡される」
  • σταυρωθῆναι(σταυρόω)アオリスト受動・不定詞:「十字架につけられること」

注解

  • 「過越(πάσχα)」:過越の祭り。出エジプトの救済を記念する最大の祭典。イエスの死と過越が暗に結びつけられている。
  • 「人の子」:婉曲表現であるが、ダニエル書における終末的な人物を指しての用法が特徴的で、ここでもそれが背景にある。
  • 「引き渡される(παραδίδοται)」:受動態。いわゆる神的受動態で、神の計画によって「引き渡し」が引き起こされる。また、この語は「裏切る」と訳されることが多々ある。
  • 十字架:犯罪者、重犯罪者に対してローマが行う処刑方法。

マタイ26:3

  • 原文:Τότε συνήχθησαν οἱ ἀρχιερεῖς καὶ οἱ πρεσβύτεροι τοῦ λαοῦ εἰς τὴν αὐλὴν τοῦ ἀρχιερέως τοῦ λεγομένου Καϊάφα,
  • 私訳:そのとき、祭司長たちと民の長老たちは、カイアファと呼ばれる大祭司の中庭に集まった。
  • 新共同訳:そのころ、祭司長たちや民の長老たちは、カイアファという大祭司の屋敷に集まり

文法解析

  • συνήχθησαν(συνάγω):「集める」アオリスト受動・直説法・3複
  • λεγομένου(λέγω):「呼ぶ」現在受動分詞・属格単数

注解

指導者層(祭司長+長老)が結集し、イエス排除の陰謀が協議される。
  • 「大祭司カイアファ」:在位18–36年。
  • 「中庭」:公的会合の場。半公式のサンヘドリン的集会の可能性がある。

マタイ26:4

  • 原文:καὶ συνεβουλεύσαντο ἵνα τὸν Ἰησοῦν δόλῳ κρατήσωσιν καὶ ἀποκτείνωσιν·
  • 私訳:そして彼らは、イエスを策略によって捕らえ、殺すために相談した。
  • 新共同訳:計略を用いてイエスを捕らえ、殺そうと相談した。

文法解析

  • συνεβουλεύσαντο(συμβουλεύω):「協議する」アオリスト中動・直説法・3複
  • κρατήσωσιν(κρατέω):「捕らえる」アオリスト能動・接続法・3複
  • ἀποκτείνωσιν(ἀποκτείνω):アオリスト能動・接続法・3複:「殺すために」

注解

  • 「δόλος(策略)」:正面からではなく、欺きによる逮捕
  • 協議の主題は、イエスの捕縛と殺害が中心。

マタイ26:5

  • 原文:ἔλεγον δέ· μὴ ἐν τῇ ἑορτῇ, ἵνα μὴ θόρυβος γένηται ἐν τῷ λαῷ.
  • 直訳:そこで彼らは言っていた、「祭りの間にはしてはならない、民の中に騒ぎが起こらないように」と。
  • 新共同訳:しかし彼らは、「民衆の中に騒ぎが起こるといけないから、祭りの間はやめておこう」と言っていた。人の思惑が、神の計画のもとに進展していくという構図。
文法解析
  • ἔλεγον(λέγω)未完了能動・直説法・3複:「言っていた(繰り返し)」

注解

  • 「祭りの間はせず」=巡礼者も多く、暴動の危険があるため。共観福音書の物語上では、過越の時期に処刑が行われる。ヨハネ福音書では、過越祭の前日の準備(小羊が屠られる日)。
  • 彼らは彼らで実行の期日を計画するが、イエスは事前に「二日後に」と述べており、思惑通りにことが運ばないという皮肉が暗示されている。

<この箇所の注解をもとにしての説教の結びとして>
 今回の箇所は、これまでの終末的な講話が閉じられ、代わりにイエスの受難物語の幕が静かに開いていく場面です。ここで私たちは二つの流れを見ます。一つは、神の計画としての「人の子の引き渡し」。もう一つは、人間の思惑と策略による「イエス排除の協議」。この二つの流れは、並行して進んでいきます。
指導者たちは「祭りの間は避けよう」と語り、民衆の反乱を恐れて計画を調整しようとします。しかし、イエスはすでに「二日後、過越が来る。そして人の子は引き渡される」と宣言しています。人々がどれほど計算し、どれほど都合よく物事を運ぼうとしても、神の救いの計画は揺らぐことなく進んでいきます。イエスの受難の始まりを描くこの箇所は、神の計画が人間の思惑を超えて働くことを示しています。
 イエスは、裏切りや陰謀のただ中にあっても、恐れず、揺らがず、父の御心に従って歩まれました。その歩みは、私たちの救いのための歩みでした。だからこそ、私たちもまた、見えないところで働いておられる神を信頼し、状況に振り回されるのではなく、神の御心に従って歩む者でありたいものです。
 過越の小羊としてご自身をささげるために歩み出された主イエス。その確かな一歩は、私たちの救いの確かさを示す一歩でもあります。この主に信頼し、今日もまた、神の御手の中に自分の歩みを委ねていきましょう。

2026年6月6日土曜日

【キリスト教史解説】オリゲネス—最も重要かつ最も批判された古代神学者

 

【キリスト教史解説】オリゲネス(184頃–254頃)

1 概要

 オリゲネスは、3世紀前半に活躍した初期ギリシア教父の中でも、最も重要な神学者の一人であり、アレクサンドリア学派神学を体系的に確立した人物である。
 彼はキリスト教思想を単なる信仰の表現にとどめず、ギリシア哲学、とりわけプラトン主義の枠組みを用いて理論的に再構成しようとした最初期の試みを担った。
 その神学はきわめて思弁的であり、魂の先在説や万物回復思想(アポカタスタシス)など、後の正統教義と緊張関係を持つ教説を含んでいた。このため、後代には「オリゲネス主義」として異端視されることもあったが、同時に彼の思想はキリスト教神学の発展に決定的な影響を与えた。
 また彼は聖書解釈において、テキストが複数の層の意味を持つと考え、逐語的・道徳的・霊的という三重の解釈原理を提示した。これは後の神学・霊性思想に深く受け継がれていくことになる。
主著としては、聖書本文研究の画期的業績である『ヘクサプラ』、および最初期の体系神学書『原理論(De Principiis)』が挙げられる。

2 生涯

出自と教育

オリゲネスはエジプトのアレクサンドリアに生まれた。父レオニデスは敬虔なキリスト者であり、幼少期から聖書教育を施したと伝えられる。彼はキリスト教教育のみならず、当時の知的基盤であったギリシア哲学・文法学・修辞学にも精通し、広範な教養を身につけた。

迫害と青年期

202年、セプティミウス・セウェルスによる迫害の中で父が殉教し、家計は困窮した。これを契機に彼は若くして教師として活動を開始し、学問と信仰の双方において自立していく。

教理学校での活動

アレクサンドリア主教デメトリオスは、彼の才能を高く評価し、教理学校の責任者に任命した。オリゲネスは厳格な禁欲生活を送り、信仰の徹底を追求したとされる。伝承によれば、マタイによる福音書19章12節を文字通り解釈して去勢したとされるが、この点については史実性に議論がある。

学者としての名声と対立

215年頃にはその学識によって広く知られるようになったが、パレスティナにおいて平信徒の立場で説教を行ったことが教会規律違反とみなされ、問題となった。さらに230年頃、パレスティナで司祭に叙任されたことが主教デメトリオスとの対立を決定的なものとし、最終的にアレクサンドリアを追われることとなる。
その後はカイサリアに移住し、そこで学問活動を継続した。

晩年と死

250年、デキウスの迫害により投獄され、拷問を受けた。この時の後遺症がもとで、彼は254年頃に死去したと考えられている。

3 神学と業績

(1)聖書研究

オリゲネスの代表的業績の一つが『ヘクサプラ』である。これはヘブライ語原文と複数のギリシア語訳を並列した巨大な聖書対照表であり、聖書本文を比較・検証するという意味で、後の本文批判学の先駆的試みであった。

(2)体系神学

『原理論(De Principiis)』は、神、キリスト、人間、自由意志、救済史といった主題を統一的に論じた著作であり、キリスト教史上最初の本格的な組織神学と評価される。この書において彼は、信仰内容を理性的体系として提示しようと試みた。

(3)聖書解釈学

彼は聖書の意味を三つの次元に区別した。すなわち、
  • 逐語的意味(身体)
  • 道徳的意味(魂)
  • 比喩的・霊的意味(霊)
このうち特に霊的解釈を重視し、聖書の深層にある神学的・神秘的意味を読み取ろうとした。この方法はアレクサンドリア学派の基本原理となり、中世の聖書解釈にも大きな影響を与えた。

4 神学的特徴と論争

オリゲネスの思想には、以下のような特徴的教説が見られる。
  • 魂の先在説:人間の魂は現世以前から存在していたとする思想
  • 万物回復思想(アポカタスタシス):最終的にはすべての存在が神へと回復されるとする救済観
  • 従属説的キリスト論:子なるキリストが父なる神に従属する形で理解される傾向
これらは後の正統教義と緊張関係を持ち、特に三位一体論の確立以後には問題視されることとなった。ただし、これらの思想は彼の時代においては未確定であった教義領域を理論的に探究した結果でもある。

5 オリゲネス主義論争

4世紀後半になると、エピファニオスがオリゲネス思想を強く批判し、異端視する動きが強まった。さらに、当初は擁護的であったヒエロニムスも後に批判へと転じ、論争は拡大した。
この論争は修道士たちの間にも波及し、対立や迫害を引き起こした。6世紀にはパレスティナの修道院(聖サバス)を中心に再燃し、最終的には教会によって異端として排斥されるに至った。

6 評価

古代~中世

オリゲネスは長く「オリゲネス主義」の代表者として異端視され、その著作の多くは散逸した。現存するものもラテン語訳に依存する場合が多い。

近現代

近代以降、彼の思想は再評価されている。従来「異端的」とされた教説の中には、誤解や後代の単純化によるものも多いと指摘されている。今日では、彼は聖書学・組織神学・霊性思想の先駆者として高く評価されている。

まとめ

オリゲネスは、キリスト教神学を哲学的かつ体系的に深化させた最初の巨人であった。その大胆な思弁は後代に論争を引き起こしたが、同時に彼の業績は聖書解釈、組織神学、霊性思想の各分野に決定的な影響を及ぼした。彼の試みは、信仰と理性の統合というキリスト教思想の根本課題に対する最初期の本格的応答として位置づけられる。

【キリスト教史解説】アレクサンドリアのクレメンス—キリスト教神学と中期プラトン哲学の融和

アレクサンドリアのクレメンス レジュメ

1.基本情報

  • 名称:アレクサンドリアのクレメンス
  • ラテン名:Clemens Alexandrinus
  • 活動時期:2世紀後半〜3世紀初頭
  • 生没年:140〜150年頃生 ― 211〜215年頃没
  • 活動地:アレクサンドリア
  • 立場:
    • 初期キリスト教神学者
    • 哲学者
    • 教育者
    • 聖書釈義家

2.時代背景

(1)知的環境

  • ギリシア哲学、とくに「中期プラトン主義」が大きな影響力を持っていた。
  • キリスト教はまだ少数派宗教であり、異教世界との対話が必要だった。
  • 「弁証論者(Apologists)」たちは、キリスト教を理性的・哲学的に説明しようとした。

(2)クレメンスの特徴

  • ギリシア的教養(パイデイア)を修めた哲学者。
  • キリスト教とギリシア哲学を融合。
  • キリスト教に「体系的教育」という枠組みを与えた。

3.生涯

(1)学問と改宗

  • 各地を遍歴する職業哲学者として活動。
  • 後にアレクサンドリアへ移住。
  • キリスト教教師パンタイノスに師事。

(2)アレクサンドリア教会学校

  • パンタイノスの後継者となる。
  • 教会学校(カテケーシス学校)の校長職を継承。

(3)迫害と晩年

  • 202年:
    • ローマ皇帝 セプティミウス・セウェルス の迫害開始。
    • 洗礼志願者や教師が弾圧される。
  • クレメンスはアレクサンドリアを離れ、カッパドキアへ避難。
  • 215年頃に死去したと考えられる。

4.神学思想の核心

(1)啓示神学

  • 真理は「神の自己伝達(啓示)」によってのみ認識可能。
  • 人間の魂は物質への傾きによって歪められている。
  • 教師は人間を「神のロゴス」へ導く必要がある。

5.三段階の教育課程(三階梯)

段階内容対応著作
① 転向(Protreptikos)異教から神へ向かう回心『ギリシア人への勧め』
② 帰依(Paedagogus)倫理的訓練・魂の浄化『教師』
③ 真理認識(Didascalos)真の霊的認識(グノーシス)未完・未執筆

特徴

  • 密儀宗教の三段階構造
    • 「入会」
    • 「伝授」
    • 「観照」
  • をキリスト教化したもの。

6.主要著作

(1)『ギリシア人への勧め』(Protreptikos)

内容

  • 異教宗教の不合理・非倫理性を批判。
  • キリスト教ロゴスの優位性を提示。
  • 回心を促す弁証的著作。

(2)『教師』(Paedagogus)

内容

  • キリスト者の倫理的生活を指導。
  • 日常生活・食事・衣服・習慣などを規定。
  • 真理認識への準備段階を担う。

(3)幻の第3書『ディダスカロス』

重要点

  • 本来は真理伝達を扱う予定だった。
  • しかし執筆されなかった。

理由

  • 真理そのものは「文字で固定化できない」。
  • 真の理解は体験的・霊的認識である。

7.『ストロマテイス(雑録)』

特徴

  • 全8巻。
  • 「じゅうたん」「パッチワーク」のような構成。
  • 意図的に体系化を避けている。

主題

前半

  • キリスト教とギリシア哲学の関係。

後半

  • 真のキリスト教的グノーシス
    vs
    異端的グノーシス主義。

対象となる異端

  • ウァレンティノス 派など。

8.『救われる富者は誰か』

聖書箇所

  • マルコによる福音書 10章
  • 「金持ちの青年」の記事。

クレメンスの解釈

問題なのは

  • 富そのものではない。

真の問題

  • 富への執着。
  • 回心しない心。

意義

  • 所有否定ではなく「心のあり方」を重視。
  • 優れた聖書釈義の例。

9.その他の著作

現存するもの

  • 『テオドトス抜粋』
  • 『預言書精選』

失われた著作

  • 『ヒュポテュポーセイス(概要)』
  • 『過越』
  • 『摂理』

10.クレメンスの歴史的意義

(1)キリスト教と哲学の統合

  • 信仰と理性の対話を推進。
  • ギリシア哲学を積極的に利用。

(2)教育体系の形成

  • キリスト教信仰を段階的教育として整理。
  • 後の神学教育に大きな影響。

(3)後世への影響

  • とくに オリゲネス に継承される。
  • 東方教会神学の基礎形成に貢献。

11.まとめ

  • クレメンスは、ギリシア哲学を用いてキリスト教信仰を高度な知的体系へ高めた。
  • 「回心 → 倫理教育 → 真理認識」という三段階教育を提示。
  • 真理は単なる知識ではなく、「神との霊的一致」によって理解されると考えた。
  • その思想は後のキリスト教神学・教育・聖書解釈に大きな影響を与えた。

【目次】説教や聖書研究をする人のための聖書注解

 説教や聖書研究をする信徒のための聖書注解 マタイ福音書 22 :15-22    22:23-33    22:34-40    22:41-46 23章 23:1-12    23:13-36(① 23:13-14、② 23:15、③23:16-22)    23:13-36...