2026年6月10日水曜日

説教や聖書研究をする人のための聖書注解 マタイ26:6-13

説教や聖書研究をする人のための聖書注解

マタイ26:6-13

並行箇所:マルコ14:3-9、ヨハネ12:1-8


概要

 マタイ26:6–13は、受難直前のイエスがベタニアにおいて一人の女性から高価な香油を注がれる出来事を描く。無名の女性による突発的な行為と、それに対する弟子たちの反発という対立構造、そしてそれを破るようにイエス自身の解釈が提示されるという筋である。
 弟子たちは彼女の行為を「浪費」と評価し、貧者救済という倫理的観点から批判する。しかしイエスは、彼女の行為を自らの死と葬りを先取りする象徴的行為として再解釈し、これを「良い行い」として極めて高い評価を与える。ここには、「実用的善」と「キリストへの献身」という二つの価値の緊張関係が示されるが、最終的には受難の切迫性が強調され、これ以降開始される一連の受難物語へと繋がっていく。この出来事は単なる逸話を超え、教会の記憶と宣教の中核に位置づけられる。
 この記事は受難の予示にととまらず、神に捧げるべき行為、神への献身とは何かを問う主題をも読み手に提示している。

注解

マタイ26:6
  • 原文:Τοῦ δὲ Ἰησοῦ γενομένου ἐν Βηθανίᾳ ἐν οἰκίᾳ Σίμωνος τοῦ λεπροῦ,
  • 私訳:さて、イエスがベタニアで、重い皮膚病の人シモンの家におられたとき、
  • 新共同訳:さて、イエスがベタニアでらい病の人シモンの家におられたとき、

文法解析

  • γενομένου(γίνομαι):アオリスト中動分詞・属格単数男性
→ 属格絶対構文「〜のとき」

注解

  • ベタニア:エルサレム近郊の村。タイミングは受難目前で、この後はユダの裏切りの企てを経て、過越の場面へと移る。事実上、通常的な物語記事としてはここが最後となる。
  • 「重い皮膚病の人シモン」:イエスによって癒された人物か。健康としても社会的にも回復された人の家で為された会食という場面。

マタイ26:7
  • 原文:προσῆλθεν αὐτῷ γυνὴ ἔχουσα ἀλάβαστρον μύρου βαρυτίμου καὶ κατέχεεν ἐπὶ τῆς κεφαλῆς αὐτοῦ ἀνακειμένου.
  • 私訳:ある女が彼のもとに来て、高価な香油の入った石膏の壺を持ち、食卓についている彼の頭に注いだ。
  • 新共同訳:一人の女が、極めて高価な香油の入った石膏の壺を持って近寄り、食事の席に着いておられるイエスの頭に香油を注ぎかけた。

文法解析

  • κατέχεεν:καταχέω「注ぐ」未完了能動・直説法・3単
  • ἀνακειμένου:ἀνάκειμαι「横たわる」現在中動分詞・属格単数男性
  • μύρου:μύρον(香油)の属格単数
  • βαρυτίμου:「高価な」βαρύτιμος の属格単数
  • ἀλάβαστρον:香料を入れるための小さい石膏製の容器。

注解
  • 「高価な香油」はナルド香油と考えられ、非常に高価だった。
  • 油を頭に注ぐ行為は、王や祭司への油注ぎと共通する。イエスのメシア性を象徴する行為。

マタイ26:8
  • 原文:ἰδόντες δὲ οἱ μαθηταὶ ἠγανάκτησαν λέγοντες· Εἰς τί ἡ ἀπώλεια αὕτη;
  • 私訳:しかし弟子たちはこれを見て憤慨して言った、「何のためにこの浪費か?」
  • 新共同訳:弟子たちはこれを見て、憤慨して言った。「なぜ、こんな無駄使いをするのか。

文法解析

  • ἠγανάκτησαν:ἀγανακτέω「憤る」アオリスト能動・直説法・3複
  • ἀπώλεια:「浪費」「損失」

注解

  • 弟子たちはこの行為を「無駄」と評価する。ここに、価値判断の対立(実用性 vs.象徴的献身)が示される。
  • 並行箇所のマルコ14:4では、「弟子たち」ではなく「その場にいた何人か」と匿名の人々。

マタイ26:9
  • 原文:ἐδύνατο γὰρ τοῦτο πραθῆναι πολλοῦ καὶ δοθῆναι πτωχοῖς.
  • 私訳:これは高く売られて、貧しい人々に与えられることができたのに。
  • 新共同訳:高く売って、貧しい人々に施すことができたのに。」

文法解析

  • πραθῆναι:πιπράσκω「売る」アオリスト受動不定詞

注解

  • 弟子たちの発言は正論。ただし、イエスの受難死の神的必然性と重要性については、まだ理解していないという構図。

マタイ26:10

  • 原文:γνοὺς δὲ ὁ Ἰησοῦς εἶπεν αὐτοῖς· Τί κόπους παρέχετε τῇ γυναικί; ἔργον γὰρ καλὸν ἠργάσατο εἰς ἐμέ·
  • 私訳:イエスはそれを知って彼らに言った、「なぜこの女に労苦を与えるのか。彼女は私に対して良い行いをした」
  • 新共同訳:イエスはこれを知って言われた。「なぜ、この人を困らせるのか。わたしに良いことをしてくれたのだ。

文法解析

  • γνοὺς:γινώσκω「知る」アオリスト能動分詞・単数主格
  • κόπους:名詞 κόπος 「労苦」 複数・対格
  • παρέχετε:παρέχω「与える」「提供する」現在能動・直説法・2複

注解

  • ここでの「良い行い」(ἔργον καλόν)は道徳的善行というよりも、イエスに対する誠実な礼拝的行為、献身的意志を意味する。イエスはただ一人この女性の意図を汲み取り、それを評価し、彼女の行為を弁護する。

マタイ26:11

  • 原文:πάντοτε γὰρ τοὺς πτωχοὺς ἔχετε μεθ’ ἑαυτῶν, ἐμὲ δὲ οὐ πάντοτε ἔχετε·
  • 私訳:貧しい人々をいつもあなたがたは共に持っているが、私はいつもそうではない。
  • 新共同訳:貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいるが、わたしはいつも一緒にいるわけではない。

注解

  • イエスが受難死を遂げ、やがていなくなるという限られたタイミングにあることを暗示している。次節におけるイエスの葬りの伏線でもある。

マタイ26:12

  • 原文:βαλοῦσα γὰρ αὕτη τὸ μύρον τοῦτο ἐπὶ τοῦ σώματός μου πρὸς τὸ ἐνταφιάσαι με ἐποίησεν.
  • 私訳:この女はこの香油を私の体に注いで、私を葬るためにそれを行った。
  • 新共同訳:この人はわたしの体に香油を注いで、わたしを葬る準備をしてくれた。

文法解析

  • βαλοῦσα:βάλλω「注ぐ」アオリスト能動分詞・女性単数主格
  • ἐνταφιάσαι:ἐνταφιάζω「葬る」アオリスト能動不定詞

注解
  • おそらくこの女性は自らの一連の行為を埋葬行為とは自覚していないが、イエスは埋葬の先取りとして解釈している。

マタイ26:13

  • 原文:ἀμὴν λέγω ὑμῖν, ὅπου ἐὰν κηρυχθῇ τὸ εὐαγγέλιον τοῦτο ἐν ὅλῳ τῷ κόσμῳ, λαληθήσεται καὶ ὃ ἐποίησεν αὕτη εἰς μνημόσυνον αὐτῆς.
  • 私訳:アーメン、あなたがたに言う。この福音が全世界で宣べ伝えられるところではどこでも、この女がしたことも彼女の記念として語られることになる。
  • 新共同訳:はっきり言っておく。世界中どこでも、この福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう。

注解

  • この物語のクライマックス。この女性の行為は、後代の福音宣教と不可分に結びつけられる。「記念」(μνημόσυνον)は、教会の礼拝などにおいて、教会全体で共有される出来事ないし記憶を意味する。彼女の行為が教会の記憶に永続することが示され、現在も事実そうである。

<この注解に基づく説教の結びとして>
 ベタニアでのこの出来事は、単なる美しい献身の物語ではありません。イエスが「良い行い」と呼ばれたこの女性の行為は、受難のただ中にある主を深く理解し、主の歩みに寄り添おうとする心から生まれたものでした。弟子たちは「もっと実用的な善がある」と考えましたが、イエスはその思いを超えて、ご自身の死と葬りを受けとめた者の静かな信仰のしるしとして受けとめられました。
 私たちはしばしば、何が「役に立つか」「効率的か」「社会的に正しいか」という基準で物事を判断しがちです。しかしイエスは、目に見える価値や実用性を超えたところにある、神へのまっすぐな献身と愛を見ておられます。あの女性の行為は、誰にも理解されず、時には批判されるようなものでしたが、主はそれを受けとめ、「世界中どこでも語り伝えられる」と宣言されました。
 私たちの歩みの中にも、誰かに理解されない献身、評価されない愛、見返りのない奉仕があるかもしれません。しかし主は、それらを見過ごされる方ではありません。むしろ、主のためにささげられた小さな行為を、永遠の記念として受けとめてくださる方です。
 受難週を前にしたこの物語は、私たちに問いかけます。
 ――あなたは今、主に何をささげるだろうか。
 ――主の十字架の前に立つとき、あなたの心はどこに向いているだろうか。
 ベタニアの女性のように、主の歩みに寄り添い、主のために最も大切なものをささげる者でありたい。主はその献身を受けとめ、祝福し、記念としてくださる。
 その確かさの中で、私たちもまた主の十字架へと歩みを進めていきたい。

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【目次】説教や聖書研究をする人のための聖書注解

 説教や聖書研究をする人のための聖書注解 マタイ福音書 22 :15-22    22:23-33    22:34-40    22:41-46 23章 23:1-12    23:13-36(① 23:13-14、② 23:15、③23:16-22)    23:13-36(...