汎神論 ― 神と世界は一つなのか
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【宗教学】汎神論──汎神論論争・スピノザ論争・汎在神論・ホワイトヘッド
0. 本日の要点
- 汎神論とは何か ― 神と世界を同一の実在とみる立場
- 「汎神論」という語の誕生 ― トーランドと、その批判者
- スピノザ ―「神すなわち自然」(Deus sive Natura)
- 汎神論論争(スピノザ論争) ― レッシングはスピノザ主義者だったか
- 汎神論と汎在神論 ― クラウゼ、ホワイトヘッド、ハーツホーン
1. 汎神論とは
- 定義:神と世界とを同一の実在として捉え、世界のすべてを神的な一体性のうちに理解する立場
- 対比:伝統的な有神論 ― 神は世界の創造者であり、世界を超えた存在(神と世界を区別)
- 注意:形態は多様で、一つの統一的な定義はない
- 汎神論は、神の存在を否定する思想(無神論)と同じではない
1.1 二つの方向
| ① 神だけが実在 | ② 自然=神 |
|---|
| 考え方 | 世界は神の自己表現・現れ | 自然や宇宙の全体を神と同一視 |
| 行き着く先 | 世界の実在性を否定すると無世界論(アコスミズム) | 自然主義的な汎神論 |
- すべての汎神論をこの二つに分類できるわけではない(理解のための整理)
1.2 態度としての汎神論
- 自然を生きた一つの全体として捉え、そこに神聖さや究極的な価値を見いだす
- 自然を利用の対象ではなく、畏敬の対象として見る
- 学説であるだけでなく、宗教的・文学的な態度でもある
2. 「汎神論」という語の誕生
| 年 | 出来事 |
|---|
| 1705年 | ジョン・トーランド(アイルランド出身)、『ソッツィーニ主義の真相』で自らを pantheist(汎神論者)と称する |
| 1709年 | 批判者ジャック・ド・ラ・フェイが pantheism(汎神論)の語を用いる(名詞形の初出とされる) |
| 1720年 | トーランド『パンテイスティコン』 |
- 「汎神論」という言葉は、批判する側によって名づけられた面がある
3. 言葉より古い思想
- インド:ウパニシャッド、ヴェーダーンタ哲学
- 中国思想
- 古代ギリシア:ストア派
- いずれも後世に「汎神論的」と解釈されるが、同一の学説ではない
- 不二一元論(ふにいちげんろん、アドヴァイタ・ヴェーダーンタ)
- 現象世界を究極的には実在しないとみなす
- 汎神論よりも無世界論に近いと評されることが多い
4. 古代からルネサンスまで
4.1 ストア派と新プラトン主義
| ストア派 | 新プラトン主義 |
|---|
| 中心概念 | 宇宙を貫く理性的原理=ロゴス | 万物の根源=一者からの流出 |
| 神と世界 | 神的原理が自然に内在 | 一者と世界を単純に同一視しない |
| 汎神論との関係 | 汎神論的と理解されることがある | 汎神論とは区別されるが、後世に大きな影響 |
4.2 中世末期~ルネサンス
- ニコラウス・クザーヌス(1401–1464)
- ジョルダーノ・ブルーノ(1548–1600)
- 神と宇宙の関係を考察し、汎神論との関連で論じられる
- ただし、そのまま汎神論と分類できるかは議論がある
5. スピノザ(1632–1677)
- 主著『エチカ』(1677年、没後刊行)
- 神=唯一の無限な実体
- 「神すなわち自然」(Deus sive Natura、デウス・シーウェ・ナートゥーラ)
- 神は世界の外から世界を造る人格的存在ではない
- すべての事物は神のうちに存在し、神から理解される
- 個々の事物は、神という実体の様態(神のあり方の一つ)
- ヘーゲルの評価:世界の実在性を神のうちに解消する「無世界論」
注意
- スピノザを「汎神論者」と呼ぶことの妥当性は、現在も議論が続いている
5.1 「無神論者」という非難
- 近世ヨーロッパでは、汎神論はキリスト教の正統的な神理解と対立する思想とみなされた
- スピノザは無神論者として激しく非難された
- しかし汎神論は、神を否定する思想ではなく、神を従来とは異なる仕方で理解する試みでもある
6. 汎神論論争(スピノザ論争)
6.1 発端と経過
| 年 | 出来事 |
|---|
| 1780年 | ヤコービ、ヴォルフェンビュッテルでレッシングと対話 |
| 1781年 | レッシング死去 |
| 1783年 | ヤコービとメンデルスゾーンの書簡のやりとりが始まる |
| 1785年 | ヤコービ『スピノザの学説について――メンデルスゾーン氏宛書簡』公刊 → 公の論争へ |
| 1786年 | メンデルスゾーン死去(年初)/カント「思考の方向を定めるとはどういうことか」 |
| 1787年 | ヘルダー『神――幾つかの対話』 |
6.2 争点
- 啓蒙期を代表する劇作家・批評家レッシングは、スピノザ主義者だったのか
- ヤコービ:生前のレッシングがスピノザ主義への共感を打ち明けたと主張
- メンデルスゾーン:レッシングの親友。ヤコービに反論
6.3 影響
- ヘルダー、ゲーテらも巻き込み、スピノザ哲学の再評価へ
- ドイツ・ロマン主義、ドイツ観念論(フィヒテ、シェリング、ヘーゲル)の形成に大きな影響
7. 汎神論と汎在神論
| 汎神論 | 汎在神論 |
|---|
| 読み | はんしんろん | はんざいしんろん(万有在神論とも) |
| 英語 | Pantheism | Panentheism |
| 神と世界 | 神 = 世界 | 世界は神のうちにあり、神は世界を超える |
| 重視する点 | 神の内在 | 神の内在と超越の両方 |
- 「汎在神論」の語:ドイツの哲学者クラウゼ(1781–1832)が19世紀前半に造語
8. 補説:ホワイトヘッドと汎神論
8.1 「過程哲学」
- アルフレッド・ノース・ホワイトヘッド(1861–1947)
- 主著『過程と実在』(1929年)
- 本人の呼び方は「有機体の哲学」。「過程哲学」は後に定着した呼称
- 実在とは固定した実体ではなく、生成の過程である
8.2 スピノザとの近さと違い
| スピノザ | ホワイトヘッド |
|---|
| 究極の実在 | 唯一の実体=神 | 多数の現実的存在(生成する出来事) |
| 実体の位置にあるもの | 神 | 創造性(creativity) |
| 個物 | 神の様態 | それ自体が究極的な実在 |
- 本人もスピノザの体系との近さを認めつつ、枠組みを組み替えた
- → スピノザ型の汎神論からははっきり離れる
8.3 神の二つの本性
- 原初的本性:あらゆる可能性を秩序づけ、各々の出来事に生成の方向づけを与える
- 結果的本性:世界で起こったことを受け取り、自らのうちに保持する
- 神は世界を無から創造するのでも、世界と同一なのでもない
- 神と世界は、互いを必要とする相互的な関係にある
8.4 汎在神論との関係
- 結果的本性 → 世界は神のうちに
- 原初的本性 → 神は世界を超える
- → 汎在神論の構図に近い
- ただし、ホワイトヘッド自身は「汎在神論」の語を用いていない
- 自覚的に掲げたのはハーツホーン(1897–2000)。ホワイトヘッドの神論を修正しつつ継承
- 本人を厳密な意味で汎在神論者と呼べるかは議論がある
- その後、プロセス神学(ジョン・カブら)へ
8.5 伝統的有神論への批判
- 皇帝のように支配する神、不動の第一動者としての神のイメージを退ける
- 強制ではなく説得によって働き、世界の苦しみを共に受け取る神
9. 汎神論が投げかける問い
- 可能性:自然への畏敬、環境倫理との結びつき
- 問い①:神と世界が同じなら、悪と苦しみをどう説明するか
- 問い②:人間の自由と道徳的責任をどう説明するか
- 問い③:創造者である神と、被造物である世界との区別をどう考えるか(キリスト教神学との比較)
10. まとめ
- 汎神論とは、神と世界を一つの実在として捉える立場
- 語は1705年のトーランドにさかのぼるが、思想はそれ以前から各地にあった
- スピノザがその体系的な表現者であり、汎神論論争を通じて近代思想に大きな影響を与えた
- 汎在神論は、神の内在と超越の両方を保とうとする立場として区別される
- ホワイトヘッドは、神と世界を区別しつつ相互的な関係として捉え、汎在神論の源泉となった
- 汎神論は今も、神とは何か、自然とは何かを問いかけている
略年表
| 年代 | 出来事 |
|---|
| 15世紀 | ニコラウス・クザーヌス |
| 16世紀 | ジョルダーノ・ブルーノ |
| 1677年 | スピノザ死去、『エチカ』刊行 |
| 1705年 | トーランド、pantheist と自称 |
| 1709年 | ラ・フェイ、pantheism の語を用いる |
| 1720年 | トーランド『パンテイスティコン』 |
| 1785年 | ヤコービの書簡公刊、汎神論論争が公の論争となる |
| 1786年 | メンデルスゾーン死去/カントが論争に応答 |
| 19世紀前半 | クラウゼ、「汎在神論」の語を造る |
| 1929年 | ホワイトヘッド『過程と実在』 |
| 1953年 | ハーツホーン/リース編『哲学者たちは神を語る』 |
読み方・発音メモ
- 汎神論:はんしんろん/Pantheism(英語発音:パンシイズム)
- 汎在神論:はんざいしんろん/Panentheism(英語発音:パネンシイズム)
- 不二一元論:ふにいちげんろん
- Deus sive Natura:デウス・シーウェ・ナートゥーラ(慣用:デウス・シヴェ・ナトゥーラ)
- J. Toland, Socinianism Truly Stated (1705); Pantheisticon (1720)
- B. de Spinoza, Ethica ordine geometrico demonstrata (1677)
- F. H. Jacobi, Über die Lehre des Spinoza in Briefen an den Herrn Moses Mendelssohn (1785)
- I. Kant, „Was heißt: Sich im Denken orientieren?" (1786)
- J. G. Herder, Gott. Einige Gespräche (1787)
- A. N. Whitehead, Process and Reality (1929)
- C. Hartshorne & W. L. Reese (eds.), Philosophers Speak of God (1953)
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