日蓮宗と日蓮正宗 ── レジュメ
0. 本稿のねらい
- 「日蓮宗」と「日蓮正宗」は、宗祖も題目も同じで名称も似ているが、別個の宗派である。
- 創価学会など日蓮系新宗教を理解するための前提として、両者の異同と分立の経緯を整理する。
三つの問い
- 二つの宗派は、何が同じで、何が違うのか
- なぜ別々の宗派になったのか
- 「日興門流=日蓮正宗」という図式は正しいのか
1. 基本データ
| 日蓮宗 | 日蓮正宗 | |
|---|---|---|
| 総本山 | 身延山久遠寺(山梨県身延町) | 大石寺(静岡県富士宮市) |
| 宗務機関・規模 | 宗務院は東京・池上/全国に約5千か寺(公式サイト) | ── |
| 法人格 | 独立した宗教法人 | 独立した宗教法人 |
2. 共通点
- 宗祖は日蓮(1222–1282)
- 法華経を最高の経典とする
- 「南無妙法蓮華経」の題目を唱えることを信仰の中心に置く
3. 四つの違い
一覧
| 論点 | 日蓮宗 | 日蓮正宗 |
|---|---|---|
| ① 日蓮の位置づけ | 上行菩薩の現れ(究極の対象は釈尊) | 末法の本仏(日蓮本仏論) |
| ② 本尊 | 大曼荼羅を重視しつつ、祀る形は多様 | 本門戒壇の大御本尊を根本とする |
| ③ 法華経の読み方 | 一致派の流れが中心 | 勝劣派に属し、寿量品「文底」の法を重視 |
| ④ 他宗との関係 | 他宗寺院・神社への参拝は「問題ありません」 | 謗法として戒め、神社に参拝しない |
① 日蓮は菩薩か、本仏か(最も根本的な違い)
- 日蓮宗:宗憲第一条で、日蓮聖人を、釈尊から末法に法華経を広める使命を託された「上行菩薩(じょうぎょうぼさつ)」の現れとする。信仰の究極の対象は釈尊。
- 日蓮正宗:日蓮そのものを末法の世を救う本仏とする(=日蓮本仏論)。
- 呼称への反映
- 日蓮宗:「日蓮聖人」
- 日蓮正宗:「日蓮大聖人」
- 「大」は単なる敬称ではなく、日蓮を本仏と見る教義の表れ。日蓮正宗およびその流れをくむ団体で用いられる。
② 本尊
- 日蓮宗
- 宗憲第二条で「三大秘法」(本門の本尊・本門の題目・本門の戒壇)を宗旨に掲げる。
- 日蓮が文字で書き表した大曼荼羅は重要な本尊。
- ただし寺院での奉安形式は一つではなく、釈迦像や「一尊四士(いっそんしし)」(釈迦と四菩薩)を祀る寺院もある。
- 日蓮正宗
- 「本門戒壇の大御本尊」を根本とする。
- 教団の立場では、弘安2年(1279)に日蓮が図顕し、大石寺に安置。
- ※成立時期については、他門流や研究者のあいだに後世の作とする見解がある。上記はあくまで教団の立場。
③ 法華経の読み方
- 日蓮門下では、前半の「迹門(しゃくもん)」と後半の「本門」の関係をめぐり二派に分かれてきた。
- 一致派:両者を一体と見る
- 勝劣派(しょうれつは):本門を優位とする
- 日蓮宗は一致派の流れが中心。
- 富士門流は勝劣派に属し、日蓮正宗は寿量品(じゅりょうほん)の「文底(もんてい)」に秘された法を重視する独自の解釈をとる。
④ 他宗との関係
- 日蓮宗:公式サイトQ&Aで、信徒が他宗の寺院や神社に参拝することについて「問題ありません」と回答。
- 理由:大曼荼羅には他宗の開祖や神々の名も書かれている。
- ただし、信仰の中心はお題目であることを忘れないように、と付言。
- 日蓮正宗:正しくない教えへの帰依を「謗法(ほうぼう)」として厳しく戒める。
- 「神天上(しんてんじょう)の法門」(善神が社を去っているという教え)に基づき、神社には参拝しない(寺院の説明による)。
- 歴史上の日蓮は他宗を激しく批判した。その姿勢を現代にどう受け継ぐかで両者は大きく異なる。
4. なぜ別々の宗派になったのか ── 歴史
4-1. 日蓮の死と弟子たち
- 1282年、日蓮没。
- 生前に定めた六人の高弟=六老僧:日昭・日朗(にちろう)・日興・日向(にこう)・日頂・日持(にちじ)
- 没後、弟子たちはそれぞれに門流を形成。一つの教団としてまとまっていたわけではない。
4-2. 日興、富士へ
- 1289年、日興が身延を離れる。
- 1290年、富士に大石寺を開く。
- 日蓮正宗は日興を正統な後継者=「第二祖」とし、以後の歴代法主へ一人から一人へ法が受け継がれたとする(=唯授一人の血脈相承/ゆいじゅいちにんのけちみゃくそうじょう)。
4-3. よくある誤解:富士門流 ≠ 大石寺
- 日興の門流(富士門流)は、北山本門寺・西山本門寺など複数の本山に分かれて展開した。
- いわゆる「興門八本山(こうもんはちほんざん)」。大石寺はそのうちの一つ。
4-4. 近代の再編(年表)
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1872 | 日蓮門下の諸門流が「日蓮宗」として一括される |
| 1874 | 一致派・勝劣派に分かれて管長を置くことが認められる(富士門流は勝劣派) |
| 1876 | 富士門流の八本山と末寺が「日蓮宗興門派」を結成 |
| 1899 | 興門派が「本門宗」と改称 |
| 1900 | 大石寺と末寺が本門宗から独立し「日蓮宗富士派」を名乗る |
| 1912(明治45) | 「日蓮正宗」と改称 ── 現在の宗派名の始まり |
| 1941 | 宗教団体法のもと、日蓮宗・顕本法華宗(けんぽんほっけしゅう)・本門宗の三派が合同し、新しい「日蓮宗」が成立。日蓮正宗は同年3月に合同拒否を決め、単独で存続 |
5. 系譜の整理
- 本門宗は富士門流の本山が集まった団体だった。
- その本門宗が1941年に合同したため、現在の日蓮宗には、身延・池上などの流れに加えて日興門流の寺院も含まれる。
- したがって「身延系=日蓮宗、日興門流=日蓮正宗」という二分法は不正確。
- 正確には、「日興門流のうち、大石寺の系統が日蓮正宗になった」。
6. 補足:創価学会との関係
- 創価学会は、もともと日蓮正宗の在家信徒団体として出発した。
- 1970年代後半の対立、1990年代初めの再度の対立という二段階を経る。
- 1991年11月、日蓮正宗が創価学会を破門。
7. まとめ
日蓮宗と日蓮正宗は、同じ日蓮を仰ぎ、同じ題目を唱える。しかし次の四点で分かれた別個の宗派である。
- 日蓮を菩薩の現れと見るか、本仏と見るか
- 門流を広く含むか、大石寺の血脈を正統とするか
- 本尊を多様な形で祀るか、大御本尊を根本とするか
- 他宗の寺社への参拝を認めるか、戒めるか
どちらか一方がもう一方から分かれた、という単純な関係ではない。
出典
公式
- 日蓮宗ポータルサイト「基本情報」(宗憲第一〜三条) https://www.nichiren.or.jp/activity/basic/
- 日蓮宗ポータルサイト「仏教・仏事のQ&A」 https://www.nichiren.or.jp/qa/
- 日蓮正宗公式ホームページ「総本山大石寺 よくあるご質問」 https://www.nichirenshoshu.or.jp/jpn/taisekiji-faq.html
寺院の説明(宗派の立場を示す資料)
- 日蓮正宗 妙通寺「なぜ、神社にお参りしてはいけないのですか?」 https://www.myotsuuji.info/
沿革
- Wikipedia「日蓮正宗」「富士門流」「本門宗」「日蓮宗」(脚注の事典類で裏づけられる範囲で参照)
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