2026年8月21日金曜日

<レジュメ版>信条・信仰告白の講解説教 ――1890年「信仰ノ告白」を中心に

信条・信仰告白の講解説教
――1890年「信仰ノ告白」を中心に
 
1.信条・信仰告白を説教するということ
信条(creed)[1]・信仰告白(confession)[2]は、単なる教理(doctrine)[3]・教義(dogma)[4]の要約ではない。その多く―特に信仰告白―は、教理論争、異端との対立、教派間の競合、社会や国家との緊張など、具体的な歴史的状況の中で形成されてきた。したがって、信条・信仰告白を講解するに先立ち、“なぜ、その時代の教会は、それをあえて告白しなければならなかったのか”を問う必要がある。
しかし、講解説教は、単なる教会史・教理史の解説ではない。重要なのは、“その論争を通して教会が守ろうとした福音の核心を明らかにし、それを現代の信徒が直面する問題へと結びつけること”である。
信条の言葉→成立した歴史的背景・論争→そこで守ろうとされた福音
→現代においてそれを脅かすもの→今日「われらは信ず」と告白する意味
この流れが、信条・信仰告白の講解説教の基本形となる。
通常の説教  聖書箇所朗読→説教:聖書・福音内容→聴衆への適用
信条の説教  聖書箇所朗読→説教:信仰告白→聖書・福音内容→聴衆への適用
 
2.1890年「信仰ノ告白」成立の日本教会史的背景
(1)日本基督公会
1859年、開港以後の横浜、各プロテスタント教派宣教師が来日。
米国長老派J・C・ヘボン、米国オランダ改革派、S・R・ブラウン、同じく改革派J・H・バラ、バプテスト系ジョナサン・ゴーブル
 1872年 バラの英語学校→祈祷会を背景に日本人青年が受洗。
(2)日本基督一致教会の成立
1877年、日本基督公会を中心とする教会と、長老派・改革派系の宣教師によって形成された諸教会が合同。→日本基督一致教会が成立。改革派・長老派の伝統。教理的基準が以下。
  • ウェストミンスター信仰告白
  • ウェストミンスター小教理問答
  • ハイデルベルク信仰問答
  • ドルト信仰規準
 日本人基督者の問い:「欧米の教会が歴史的論争の中で形成した信仰告白を、そのまま日本の教会の告白としてよいのか」―日本教会の主体性、日本という文脈
(3)公会主義と「日本の教会」の形成
明治初期の日本プロテスタント教会の気概:欧米の教派的区分の移植ではなく、キリストにある一つの教会を日本に形成する。=公会主義的志向
(4)日本組合基督教会との合同問題
1880年代後半、日本基督一致教会と日本組合基督教会との合同について検討。
→合同教会の信仰的基準をどうするかという課題
合同そのものは実現しなかったが、この過程で生まれた「簡易な信仰告白による一致」という理念が残存。1890年の信仰告白制定へ繋がる。→簡易信条
 
3.1890年という社会的文脈
近代国家として急速に自己形成を進める日本――天皇中心主義
1889年 大日本帝国憲法発布
1890年10月30日 教育ニ関スル勅語(教育勅語)発布
孝・悌・夫婦の和・朋友の信・公益への奉仕などの徳目の明示。総合的に、天皇中心国家秩序の位置づけ。
1890年12月 日本基督一致教会「信仰ノ告白」制定・日本基督教会へ改称
1891年1月 内村鑑三不敬事件
*教派神道十三派の政策にも見られるように、明治政府は管理・統制を強める時代。
 
国家が「日本人はいかに生きるべきか」を言語化する一方、教会もまた、「誰を主なる神として崇め、キリスト者はいかに生きるべきか」の信仰告白の時代。
*ただし、1890年「信仰ノ告白」と教育勅語の因果関係の論証は困難。
*内村鑑三不敬事件が重要。キリスト者の信仰的忠誠 VS近代日本国家の忠誠 表面化。
 
4.1890年「信仰ノ告白」の理念
(1)外国の信条から「われわれの告白」へ
単なる“簡易信条”ではなく、
「何を告白すれば、教会は教会として立つことができるのか」
という喫緊の問題。
詳細な教派的相違を網羅しつつ、キリスト教信仰の核心の告白が模索された。
(2)中心に置かれるキリスト
同信仰告白冒頭:「我等が神と崇むる主耶蘇基督」→我々は誰を主とするのか
(3)教派的一致から公同的信仰へ
1890年信仰告白は、特定教派の詳細な教理体系を提示以上に、歴史的キリスト教会が共有してきた信仰との連続性を重視。
「独自の前文+使徒信条」という構造化。
信仰さえあれば、でもない。日本的文脈は関係ない、でもない。以下の一言に集約。
日本の教会自身の言葉で、公同の教会が受け継いできた信仰を告白する
 
5.1890年「信仰ノ告白」の全体構造
1890年信仰告白の前文は、おおむね次のような神学的展開を持つ。
構成 内容 神学的主題
我等が神と崇むる主耶蘇基督 キリスト告白
神の子が人となる 受肉
罪のために完全な犠牲を献げる 贖罪
信仰によってキリストと一体となる キリストとの結合
赦され、義とされる 罪の赦し・義認
信仰が愛によって働き、心を清める 聖化・信仰生活
父・子と共に聖霊を礼拝する 三位一体
聖霊がキリストを現す 聖霊論
聖霊の恵みによって神の国に入る 救済論
預言者・使徒・聖徒に働く聖霊 啓示・教会
新旧約聖書に語る聖霊 聖書論
聖徒に伝えられた信仰 信仰の継承
使徒信条 公同教会との一致
全体の簡略化
キリスト(神、受肉、贖罪主)復活、再臨などは、“ここでは”言及されず。
 ↓
救い(キリストとの結合、贖罪、義認)
 ↓
聖霊(三位一体論、信徒とされて以降の救済論)
 ↓
聖書(聖霊による歴史介入と霊感、聖書の正典性)
 ↓
歴史的教会(信仰の継承)
 ↓
現在の教会の告白(教会の伝統との連続性)
 
6.1890年「信仰ノ告白」講解説教における現代への適用
教会は、それぞれの当時の戦いを通して何を守ろうとしたのか。
 
キリスト論
古代時代の問答:「キリストは真の神」
明治時代の問答:「人なる天皇ではなく、神であるキリストを崇める」
現代の問答:「イエスは単なる道徳的模範者ではなく、私の罪、重荷を担う方」
 
義認
古代時代の問答:「人はいかにして神の前に義とされるか」
明治時代の問答:同上+「天皇が人なら、誰が私を誰の前で義とするのか」
現代の問答:「自分の過ち、負い目、存在価値、これらはどこから来るのか」
 
聖書論
古代時代の問答:「教会における聖書の権威とは何か」「正典とは。その中身とは」
明治時代の問答:「天皇と富国強兵ニッポンが、私に真理を語りえるのか」
現代の問い:「無数の情報と価値観が自己実現を推す洪水社会で、何を最終的な判断基準として生きるのか」
 
7.1890年信仰告白から現代へ――「誰を主とするのか」
・1890年という時代=富国強兵、国家、教育、社会の近代化。新たな帰属、自己意識、忠誠が求められる時代
・現代という時代:国家、政治的立場、会社、、学歴、社会的評価、SNS、世論、自己実現が、「自分の生きる目的、存在価値を定義せよ」と人に迫る時代。
 
結語
「我等が神と崇むる主耶蘇基督」と告白することは、単なる古い教理の復唱ではない。
それは、「私は誰に属するのか」「何を究極的な価値とするのか」「誰の言葉によって、どのように生きるべきのか」という問いに対する、現在の教会の回答。
したがって信仰告白の講解説教とは、「昔の教会が何を信じていたか」を説明することではなく、受け継いだ信仰を「今日、私たちは何を信じて生きるのか」という告白へと変えていく営みである。
1890年の日本の教会が、受け継いだキリスト教信仰を自らの時代と場所において「我等」の信仰告白としたように、現代の教会もまた、それを「(今を生きる)私たちの告白」として語り直すことを求められている。その意味で、我々は同信仰告白は、これを重んじつつも、常に語り直されていくという形で改革され続けることを我らに求む信仰告白であるし、それを実現する場が、礼拝における同信仰告白講解説教である。


[1] 信条(Creed)――キリスト教会が共有する基本的な信仰内容を簡潔に定式化し、「われらは信ず」と公に告白するもの。礼拝・洗礼・信仰教育などで唱和されることが多い。一般に簡潔であるが、アタナシオス信条のように比較的長いものもある。
[2] 信仰告白(Confession)――特定の歴史的状況で教会・教派の信仰的立場を具体的に表明するもの。一般に信条より詳細で比較的長いが、1890年「信仰ノ告白」やバルメン神学宣言など、簡潔なものもある。
[3] 聖書と教会の伝統に基づいて整理・体系化された信仰上の教え。
[4] 教会が公的・規範的なものとして確定・告白した信仰内容。

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