2026年4月23日木曜日

【キリスト教学講義シリーズ②】第1章 イエス時代のユダヤ社会—ローマの属国支配とメシア待望

 

1.イエス時代のユダヤ社会

  • 前37年、ヘロデ大王の支配下、ユダヤは実質的にローマの属国(植民地)とされる。
  • 重税・異民族支配に対するユダヤ人の不満。政情不安。経済的貧困。
  • サドカイ派:神殿祭司を中心とする貴族層。親ローマ的現状維持、利権確保。
  • ファリサイ派:律法学者・宗教家・教師。異教民族の支配に反対。福音書では批判的に描かれるが、実際は敬虔で倫理的。民衆に影響力。
  • 「熱心党(ゼーロータイ)」:反ローマ武装闘争を行う急進派。親ローマ側の暗殺も。

宗教的背景

  • メシア待望の高まり:政治的・宗教的救済者への期待(終末思想と結合)

2.イエスの歩み

  • 前4年 イエス・キリスト誕生(推定)
  • 27年頃 洗礼者ヨハネの活動。ヨルダン川で洗礼を授ける宣教活動。
  • 27-30年頃 イエス、宣教活動(「公生涯」)ルカ3:1などから推定
  • 30年頃 イエス、十字架刑に処せられる。

補足

  • 年代は厳密には測定不可能。
  • イエス誕生年のずれ:西暦元年がイエス誕生年ではなく……。6世紀頃、キリストの誕生年を元年とする暦がディオニシウス・エクシグウスにより考案。しかし後代、年代計算に4年のずれがあったことが判明。イエス誕生年の推定年代は前4年とされた。
  • イエスの活動期間

  ・共観福音書 → 約1年説   ・ヨハネ福音書 → 約3年説   ・2世紀の教父エイレナイオスは、10年以上と報告。『異端反駁』2巻

3.イエス以後:教会の誕生とパウロ

  • 復活から50日後:ペンテコステ(聖霊降臨) → 教会誕生。『使徒言行録』より。
  • 35/36年頃:「七人」(ギリシャ語を話すユダヤ人で構成)のステファノ殉教。
  • その後、パウロ、ユダヤ教からキリスト教に回心。

初期教会の特徴

  • ユダヤ人からの迫害。
  • 非ユダヤ人(ゴッドフィアラー)の流入。
  • 割礼不要(割礼=ユダヤ人の証、包皮切除) → 民族宗教から普遍宗教へ
  • 教会の初期の姿は、家の集会(ハウスチャーチ)。礼拝堂建築は後代。

宣教の展開

  • 40年代以降、パウロ、シリア・小アジアで伝道。他でも進展。
  • 地中海世界へ急速に拡大。ローマへも伝播。

4.パウロ以後:キリスト教の成立

  • 64年:ローマ皇帝ネロによる迫害。ローマの大火。
  • 66-70年:第1次ユダヤ戦争 →エルサレム神殿崩壊

文書成立

  • 新約中、パウロ書簡は最も早く、主として50年代成立。四福音書(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ)その他、70年代から100年代に多くの書が成立。

結果

  • ユダヤ教からの分離が決定的に進行。→ キリスト教がユダヤ教の一派ではなく、独立宗教として成立。

5.ローマ世界への浸透と迫害から、キリスト教公認、国教化

  • ユダヤ教は、第1次ユダヤ戦争で壊滅状態になり、戦後に再編成。

  メシア思想、終末思想の放棄。律法遵守中心。離散により国家を持たない民族へ。

  • 100年頃 ユダヤ教のヤムニア会議。キリスト教の排除が決定。正典決定。
  • 教会の「排除」から異物としての無視へ。よってユダヤ人による迫害は下火に。
  • 132〜135年 第2次ユダヤ戦争(バル・コクバの乱)。再度、エルサレム陥落。他方、キリスト教はローマ他、各地で徐々に勢力を拡大。
  • ローマ帝国において、キリスト教はまだ変人集団扱い。「人肉を食らう」聖餐の誤解
  • 国家規模の迫害は、先の皇帝ネロを除いては、まだまだ。
  • 250年 ローマ皇帝デキウスによる国家的規模の迫害
  • 253-262年 ローマ皇帝ワレリアヌスによる国家的規模の迫害
  • 303年 ローマ皇帝ディオクレティアヌスによる国家的規模の迫害。殉教の時代。

  ・ローマ帝国によるキリスト教迫害は皇帝の考え次第で、迫害なしの時代も。

  • 313年 ローマ皇帝コンスタンティヌス1世によるミラノ寛容令。キリスト教公認(保障)。理由は諸説あるが、帝国の安定のため。個人的体験。
  • 325年 ニカイア公会議。アレイオス論争ひとまず決着。アタナシオス派は正統、アレイオス派は異端とされる。
  • 380年 テッサロニキ勅令。キリスト教の国教化。ニカイア信条に基づくキリスト教(アタナシオス派)をローマ帝国の唯一の正統信仰とする
  • 392年 テオドシウス帝、ニカイア信条に立つ正統派アタナシオス派キリスト教以外の宗教を禁令。異教の禁止。アレイオス派は異端として弾圧対象に。
  • 395年 ローマ帝国は東西に分割(テオドシウス1世の死後)
  • 476年 西ローマ帝国滅亡。ゲルマン人将軍オドアケルが最後の皇帝ロムルス・アウグストゥルスを退位させた。ローマ・カトリックは存続。
  • 東ローマ帝国(ビザンツ帝国)は1453年にオスマン帝国により滅亡。 滅亡後も、ギリシア正教(東方正教会)は存続。

オスマン帝国は征服後、ギリシア正教会を「ミッレト(宗教共同体)」として公認。パトリアルキ(総主教)は宗教的指導者であると同時に、ギリシア人共同体の行政的代表としても扱われた。そのため、政治的国家は消えても、宗教組織は残った。

#1.講義用

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